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秘密は喋ったら秘密じゃなくなる

その後、ひとしきり発狂した信玄は、希美に深呼吸を促され、しばらくして落ち着いた。

(いやー、気持ちが落ち着く呼吸法として、うっかりラマーズ法を教えてしまったけど、案外いけるもんだな!はっはっはっ)


ちなみに、希美が教えたこのいい加減な呼吸法は、不思議と傷の痛みが和らぐと武田軍内に広まり、そこからさらに全国の武士に広まった。

合戦では、『えろ呼吸』として重宝され、合戦中は、あらゆる所で「ヒッヒッフー」の大輪唱である。

なんせ、見渡す限り男だらけの現場である。

一人くらい、オメガバースしていてもおかしくなさそうだ。




閑話休題。


信玄がふらふらしながら、「歩き巫女に北条への使者を頼んでくる」と広間を出て行った。

それを見送った希美は、信長から渾身のぽかぽかパンチを食らった。

「お前っ!他国の忍について名を明かすなど、何を考えておるのじゃ!!危なくわし等皆、武田から口封じされる所じゃぞ!!」

「ええ!そんな大事?!」

秀貞がこめかみを押さえて言った。

「最悪、武田との同盟が危うくなるのではないか?」

信長はぽかぽかしながら喚いた。

「その方、簒奪のためにわしを殺そうと、わざとわし等の前で武田の機密情報を喋ったのではなかろうな?!」

「もう、何度言えばわかるんで御座るか!織田信長なんて面倒なもの、絶対なりたくないで御座るからあ!」

「だ、誰が面倒じゃあ!!」


希美は火に油を注いでしまったようだ。

やはり織田信長は面倒である。

希美は、この場から離脱する事にした。

「とりあえず、信玄が動揺してるっぽいんで、裏切らないようにちょっと言いくるめてきまーす!」

希美はなんだか酷い事を言って、ダッシュで広間を後にしたのだった。



信玄を探しに来た希美は、人のおらぬ二階の格子窓の所で、細長く切り取られた岐阜の景色を眺める信玄をみつけた。

妙に情けない顔をしているので、希美は吹き出した。

それで希美に気付いたらしい。


「ヒッヒッ、フゥー」

信玄がラマーズ法で反応した。機密情報漏洩の衝撃を思い出したのか、落ち着きたいようだ。

希美は、武田信玄の出産を想像し、しばらく腹筋と格闘する羽目になった。



希美は息を整えていた。

「落ち着いたか?」

と信玄が問うてきたので、

「お前はどうなんだ?」

と返した。

信玄は、にやりと笑った。

「わしはいつも落ち着いておるわい」

嘘をつけ。今、ラマーズ法使っただろう。


希美は信玄の隣に立ち、格子窓から景色を眺めながら言った。

「あー、武田の機密情報漏らしてごめんな!で、この後どうするか決めたか?」

「謝罪が軽すぎるわ!それに、どうもできぬ」

ふんっと鼻息を吹き出した信玄が、がしがしと頭を掻いた。


希美はにやにやして言った。

「なんだ、我等を殺さぬのか?」

信玄は憮然とした。

「お主、自分が死なぬ体だとわかっているだろうが。だからと言って、織田を害せばお主がえろ教徒ごと敵にまわる。詰み、よ」

「私は確かに死なぬが、社会的に殺す事もできるぞ?なんなら、朝廷に働きかけて、我等を朝敵にでもしてみるか?」

挑戦的な希美の物言いに、信玄はじろりと希美を睨んだ。

「その労力に見合う対価が無いわい。だいいち、お主等を排除し、えろ教徒から技術を奪って追放したとして、わしの土地が厳しい土地である事は変わらぬ。足りぬ食料を他国と奪い合う日々に戻るのは、つまらん」

「共存共栄の重要性がわかっているみたいで良かったよ」


希美は信玄の肩をぽんと叩いた。

「自分で言うのもなんだがな、親兄弟、我が子すら信じられぬ世の中で、私ほど甘い武将はおらんぞ!お主とて私を友と思うてくれておるのはわかっている。だが、お主がいざとなれば情より利を優先させるのも知っているよ。為政者とはそういうものだ」

信玄は、何かを思い出したように苦々しい表情を見せた。追放した父親の事でも思い出したのか。

希美はそんな信玄の肩を再度、ぽんぽんと叩いた。

「お主のそういう所をわかった上で、私は武田信玄を友として共にこの時代を生き抜きたいと思うておるのよ」

信玄が真っ直ぐ希美を見た。

「織田はこれから大きくなる。お主と同盟を組むのは利があるから、妙な事にはならんさ。私がさせぬ。だが、もしこの先、織田と武田が敵対した時は……」

「……した時は?」

信玄の眼が鋭さを帯びた。


「そんなの、その時にならんとわからん!!」


「はあ?!」

思ってもみない希美の言葉に、信玄は思わず変な声が出た。


希美は笑って信玄の肩に腕を回して引き寄せた。

「その時はさ、二人で考えようや。なんなら、うちが武田全部引き取るぞ?」

にひひ、と笑う希美に、信玄は深くため息を吐いた。

「お主、それ、織田に敗れる以前に、武田が柴田に呑み込まれておるではないか……」

「無血開城。ダメかな、やっぱ?」

「あ、阿呆かあ!?そんな合戦あるかあ!」

(あるんだよなあ。まあ、それまでに散々血は流れたけど)

江戸城の話はよい。


信玄は呆れ過ぎて可笑しくなってきた。

「ふふ、ふははは……」

「え?なんかツボり所あった?」

不思議そうな顔の希美に、信玄は至近距離から頭突きをかました。


「ぐあっ!!いってえ!」

信玄は額を押さえてうずくまった。鉄に頭突きしたような固さだ。

方や希美は、平気そうな顔をして「大丈夫か?」などと気遣っている。


「ああ、もう、負けじゃ!負け、負け!!」

自棄になったような信玄に、希美は目を丸くした。

「あれ?柴田に臣従する気になった?」

「阿呆!……それは、やるだけやって、どうしようもなくなった時じゃ。その時までは、同盟国として、協力してやるわい」

とうとう信玄は言いくるめられてしまったようだ。

希美は、信玄が信長を暗殺なんて事にならず、ほっとした。



しかしここで終わらぬのが、信玄という男である。

敵対できぬなら、柴田を武田に引き抜くか、柴田が武田を切れぬようにせねばならぬ。

信玄は、希美に切り出した。


「だが、お主等だけ武田の秘密を知っておるのは、納得いかぬ。信頼関係を築くためにも、お主も何か重要な秘密を話せ」

希美は渋い顔をした。

「織田の情報は渡せんぞ。その権限も無い」

「ならば、柴田勝家の情報で良いぞ。ただし、くだらぬ情報はいらぬ。驚くような情報でないと、な」

秘密の共有。互いの新密度を上げ、関係を縛る信玄の策である。


何だかんだで単純な希美は、そうとは知らずに考えた。

(うーん、転生者とか、TSとかは話せないよなあ。えろの教えは全部適当です!なんて言ったら、暴動が起きるぞ)


希美は真面目な表情で、信玄に顔を近づけた。

「これは、誰も知らぬ情報だ。これを明かせば、私以外、この世でただ一人、お主だけが知る秘密だ……」

「……教えろ」

信玄の喉仏が大きく動いた。


「実はな、『私が女と交わると死ぬ』というあの話、……嘘です」

「はい?」


信玄の口が、ぽかんと開いた。

「別に、女と交わっても死なないの。女避けに言ったのが、なんかめちゃ広まっちゃってさ!ちょうどいいから、そのままにしてるんだよね」

(よっしゃ、信玄さんめっちゃアホ面になってる。驚くような秘密の条件、クリア!)


信玄は呆けたまま希美に聞いた。

「では、つまり、お主は何をやっても死なぬ。女も弱点ではない、と?」

「そうでーす!」



信玄が、わなわなと震えだした。

「お主、無敵ではないかあーー!!!」



しかも、バレた所で希美的にはどうとでもなる秘密である。

「じゃあ、驚いてくれた所で、条件クリアですね!北条さんとの連携、よろしく!!」


希美は、軽ーく信玄の肩を叩くと信長の元へ戻った。

信玄は、無敵の希美を友とできたのだと無理やり気持ちを切り替え、急いで北条と連絡を取った。





その後の事だ。


唐沢山城がなかなか落ちず、攻めあぐねた上杉輝虎は一旦越後に戻ったが、松山城城代の太田資正から救援要請を受け、また越後を離れる事になった。

北条が松山城を攻撃、それに甲斐の武田が同調したのだ。

輝虎はしばらく松山城にかかりきりとなる。



しかし、美濃でも思いもよらぬ事が起きた。

越前朝倉の美濃侵攻である。

信長は兵を出し、この対応に追われた。



まさに合戦をしようにも、お互い一回休みの状態である。

だが、希美は時を稼げた事を喜んだ。

そして、何やらせっせとお手紙を書き始めたようである。


希美の手紙を覗いてみる。




助さんへ


たくさん食べ物の種と苗が欲しいです。

仕入れたらどんどん持ってきて下さい。

後、綿花と蚕も欲しいです。

蚕は、生糸作りに詳しい人も寄越して下さい。

新しい事業を始めるので、お楽しみに!

後、船が欲しいなあ。九州まで行けそうなのが欲しいです。

久しぶりに助さんに会いたいです。

そうだ、今のうちに遊びに来ませんか?

そろそろ、周辺がキナ臭くなりそうなので。

待ってまーす。


権より




いつもの内政レターであった。


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