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尻から出た協定

お食事中の方は、お気をつけ下され……

チュンチュン……チュン……


「いやあ、良い天気だ!」

真っ青な空に、ほんの少しだけ薄く白い雲がかかっている。

朝食を終えて厠に行こうとした希美は、そちらの方向で何やら不穏な声を聞いた。



ドンドンドンッ

「おのれえ!信玄坊主め!!早く!早く出ろお!」

「嫌だの。わしは毎朝、厠にて兵法書を読むのが日課なのじゃ。そもそもわしの方が先に入っておったのだ。お主は、向こうの厠に行くか、樋箱おまるを使えば良いではないか」

「嫌じゃ!わしは厠派なのじゃ!だいいち、急を要する!向こうの厠なぞ、間に合わん!は、はよう……!」



「あいつら、朝から何やっってんだ……」


武田信玄と徳川家康が合戦中である。

家康は、随分追い込まれているようだ。


(おい、森部で合戦すんなよ……)



呆れて様子を見ていた希美だが、ある変化に気づいた。


おや?家康のようすが……!


「あああっ!もうダメじゃ!わしは、わしはぁっ!!」



ぷぴ



(自主規制)



「うわああっ!三方原!!」

希美よ、ここは森部だ。




「うっ、ぐすっ、も、申し訳ありませぬ、えろ母様……」

えぐえぐと泣く家康を見て、希美は深いため息を吐いた。

「泣くな、会露太郎。出てしもうたものは、仕方ない。そこで厠に籠っている糞坊主にも責はあるしな」


信玄が厠から声を出す。

「のぞみも、共に籠ろうぞ」

「一人で籠ってろ!そんで謎の声に何色の紙がいいか聞かれて、『黄色』って答えた挙げ句、狂気の国に連れてかれちまえ!(諸説有り)」

「よくわからぬが、その狂気の国とやらを蹂躙して甲斐の領土にすればよいのじゃな?」

「やだ、この戦国武将脳……」



「殿様、お待たせしました。これでよろしいですかの?」

そこへ草履取りの茂吉が、先程頼んだ、水の入った桶と空桶、大量の古手拭いを持って現れた。

「ああ、すまぬな。湯殿の準備は?」

「今、湯を沸かしておりますぜ」

「うむ、助かった。ありがとう」

「お安い御用でさ」


希美は空桶と水の入った桶を置くと、手拭いを水の中に投入し、絞った。

「おい、会露太郎。脱げ。汚れた着物類は、空桶に入れるんだ」

家康が脱いでいる間に、希美は汚れた床を拭き取り、これでもかとこすってきれいにした。

(うう……我が子ならともかくさあ……)

家康の小姓も、主の汚れた下半身を濡れ手拭いで拭き取り、きれいにしていく。

「つ、冷たいのう」

弱音を吐く家康に、希美はぴしゃりと叱った。

「我慢する!男の子でしょ!」

家康は、ニヤニヤした。

(なんで、嬉しそうなんだよ……)


そうこうしている内に湯殿の準備が出来たようだ。

「風邪を引くから、さっさと湯に浸かるぞ」

希美は汚れ物の始末を茂吉等に任せ、家康を湯殿へと連れて行った。




カコン

湯桶と浴槽のぶつかる音がする。

希美は湯に浸かっていた。

目の前には、家康(全裸)が湯桶を使い、体に湯をかけている。


(いや、男だから。私、男だから、別におかしくは無いんだけどさ)

家康を湯殿まで連れてきた所、『汚物処理をした希美もいっしょに入るべき』と家康に諭されたのだが、やはり違和感は拭えない。


(まあ四十も過ぎて、男の裸なんぞそれなりに見てきたから、今さら「キャー」も糞も無いんだが)


ささっと体を流して湯に入って来ようとする家康に、希美は声をかけた。

「おい、石鹸で丁寧に尻を洗ってから、こっちに来いよ」

「は、はい……!」


(ああっ!声かけが意味深に!!武士に男色が蔓延してるもんだから、男風呂さえ混浴気分!)

希美は、天を仰いだ。

尻を洗い終えた家康がいそいそと湯船に入って来る。

家康は肩まで浸かり、深く息を吐くと言った。

「某、幼き頃は母と風呂に入るのが夢でした」

希美は相づちをついた。

「そうか……だが私は、母ではないし、女ですらないんだがな」

「いつもの風呂も良いですが、母と入る湯とはかくも幸せなものであるとは……」

「ねえ、聞いて。私は、男だぞ?本物のお母さん引き取って、いっしょに入りなよ」


マザコンを拗らせ過ぎた家康と不毛な会話をしていると、湯殿の入り口がガタリと開いた。

誰か、と希美と家康が身構える。


湯気の向こうには、武田信玄(全裸)が立っていた。


(そういえば、『風呂場にいる男の裸の、湯気で隠れた部分を、ゲーム機に息を吹きかけて消す』という謎のゲームを昔やったな……)


希美のどうでもよい記憶が甦った。

あの時は、如何に男に気付かれずこっそり吹き消すかに苦心したが、現実は裸の方から希美に近づいて来る。

希美は眉をしかめた。

「なんで、お前まで入るんだ」

「悋気よ。お主等が仲良い故、邪魔しに来た」

ニヤリと笑って信玄が答えた。


家康が吠えた。

「おのれ、武田め!わしはお主を絶対に、『義父』とは呼ばんぞ!」

(何言ってんだ、こいつ?)

信玄は豪快に笑った。

「わははは、お主の『えろ母』は、わしの妻よ!」

希美はその瞬間、全てを悟った。

「お、お前かあっ!皆に妙な噂を吹き込んでいる奴は!?」

信玄は、股間に天誅を食らって悶絶した。



「お主等、森部城は私の城ではないのだぞ!仲良くできぬなら、さっさと国に戻れ!」

希美の言葉に、全裸の戦国大名二人は渋々その場で協定を結んだ。

松武森部協定(通称『まつたけ協定』)である。


期間は二人が森部にいる間のみ。

お互い仲良くやれるように心掛ける。

その程度の協定だ。


しかし、共に城下町に出かける姿が見られるなど、意外に二人は仲良く過ごした。


その証拠に、森部城城主河村久五郎の経営する睡蓮屋の店内には、『睡蓮屋さん江』の文字と共に、家康、信玄、それぞれの花押が書かれた小さな掛け軸が、並んで飾ってある。




現代にて、二人の押しコースは、『目隠しコース』であったと伝わっているが、この『まつたけ協定』に関わる逸話は、ずっと信憑性が薄いとされてきた。


しかし、睡蓮屋に宛てた二人のミニ掛け軸がみつかった事から、『まつたけ協定』は本当にあったというのが定説となりつつあるようだ。



とはいえ、この協定が風呂場で結ばれた事、遡れば、家康の脱糞事件が元になっている事を知る者は、現代では誰もいない。




お風呂の歴史(うろ覚えでいい加減)


戦国時代の風呂といえば、サウナ。

しかしサウナとは別に、湯殿(湯船にお湯をためる)も寺院ではあったようです。

お釈迦様だって沐浴したんですからねえ。

とはいえ、基本は浴槽にためた湯を体にかけて、垢を落とすのが目的だったとか。

肩まで浸かるスタイルではなかったようですが、多少は湯に浸かっていたんでしょうかね?温泉なら昔からありますし。

よくわかりません。

東大寺には、バカでかい日本最古の浴槽が残っています。

一般庶民にも振る舞われたそうですよ。



ちなみに、希美は転生して末森に入ってすぐ、現代のスタイルの湯殿を作っています。

当然、美濃の拠点に作らないわけがありません。

森部城の湯殿も、その一つ。

久五郎が湯に浸かりながら酒池肉林するために作られているので広い、という裏設定があります。

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