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お肉大好き!

希美はその夜、久五郎と新装開店する睡蓮屋について話し合った。

新しい遊女屋には、各部屋から使用した石鹸水を流すための排水設備が必要である。

それは建物自体を建て替える事で解決する。

しかし、その資金をどうするか、である。

えろ教の聖地として急激に大きくなった森部は、実入りも多いが、縄張りの拡張やインフラ整備などで出費も嵩んでいた。


そこで、希美は建て替え費用の半分を出資する事にした。

コンサルティングまでしたのだ。どうせなら、共同経営者として利益を得てやろうという、欲深な思考であった。


それに、希美には心配な事もある。

遊女といえば、性病だ。ある程度は仕方ないかもしれないが、感染が広がらぬように最低限、定期に健康チェックをすべきだと希美は考えていた。

経営者ならば、衛生管理がしやすい。


(やっぱり、あれか?青カビで、ペニシリン作るべき?)

昔読んだ漫画に、青カビでペニシリンを作る詳しい方法が書いてあったが、戦国時代に、必要な器具や重曹を用意する事など難しい。

そもそも、カビみたいな気持ち悪いものに関わりたくない。

そもそも自由自在な希美が何故、転生もののお約束である硝石作りを行わないか。

そんなもの、糞尿を触りたくないからに他ならない。

気持ち悪いものは、拒否するスタイルの希美であった。



(それにしても、これまでそんなにえろ教徒の女子と話す事なかったから考えもしなかった。女子も、えろ教の変な教えを案外受け入れてるんだよなあ)


自分の裸を想像して、目を凝らしてくるような男など、気持ち悪過ぎる。

しかし時代の違いなのか、案外女子達は性に耐性があるように、希美には思えた。

むしろ、自分に集まる男達の視線を意識して、自信に繋げている。

希美は昔、『視られている事を意識していれば、ダイエット効果がある』と聞いた事を思い出した。

えろ教の女達は、皆人生に肯定的で魅力的だ。

だから、さらに視線が集まり、魅力が増す。


そして女達は魅力が増す事を楽しんでいる。

ならば、現代の女と変わらない。


(つまり、現代女子が好むアイテムを作れば、売れるに違いない!そのアイテムを女達が作り、うちが買い取り、さらに高値で売る。これぞ、三方よし!)


「さて、何が作れるか……」

戦国時代だ。希美に教えられる事とできる事を考えれば、選択肢は少ない。

希美は、久五郎のふんどし頭巾を眺めながら自分ができる事を考えた。


(料理、家庭菜園、多少の英語、カラオケに、レース編み、エクセル、ワード、後なんだっけ?ああ、教員免許持ってたわ……いや、教員免許は、エクセルワード並みに役に立たねえ!)

しかも、今は更新制なので失効しているだろう。

希美は、呑気にふんどしを被っている久五郎に苛ついた。


「いや、待てよ」

希美はじっと久五郎を見た。

久五郎は、ふんどしの下で頬を染めた。

「何ですかな?そういえば、お師匠様は年上の男が好みとか。わし、お師匠様になら捧げてもよう御座るが、やはり女の方が……お師匠様も、徳栄軒殿という立派な恋人がおられるのにぶべらっ!」

「気色悪い事を言うな!!誤情報だらけだわ!」


久五郎が、殴られた頬を押さえて潤んだ瞳でこちらを見ている。

「お師匠様、愛が激しい……」

お馬鹿な子ほど可愛いと言うが、なんだか希美もそんな久五郎が、百周回ってちょっとだけ愛らしく思えてきた。

危険な兆候である。



「久五郎、えろ教徒の女信者達をまとめている者はおるのか?」

「はあ。わしの娘が女信者の有力な者を集めて、集いをしているようですな」

「何?お前、娘がいたのか。それは好都合だ。話がしたいから連れて来てくれ」

希美の言葉に、久五郎が焦って膝にかじり付いた。

「娘を伽に?!き、危険で御座る!お命が危ない!!」

「ああ、確かに女と交われば死ぬが、伽で呼ぶわけではないのだ。死なぬよ」

希美は久五郎のふんどし頭を安心させるように撫でた。


しかし、久五郎は怯えた眼で希美を見た。

「違うのです!いや、違わないけど違うのです!!娘は、ゆかりは非常に魅力があり、男を狂わすので御座る!」

(なんだ?娘自慢か?)

「ほう、紫と申すのか。そんなに魅力的な娘、見てみたいなあ」

にやにやしながら挑発する希美に、久五郎は悲しげに言った。

「そう言って、何人もの夫が死に申した」

「ええ?!急に、ホラー!!」

「娘の腹の上で」

「腹上死かよ?!!」

驚きっぱなしの希美に、久五郎が語った。


「娘は、昔から男を惹き付けましてな。それに、小さな頃からうちに出入りする遊女達と親しみ、色々教えを受けたようで」

(遊女と女子会か……なんという英才教育)

「つまり、エロの申し子」

「まさに」

「お前達親子は、なんなんだ……」

河村家は、エロに呪われているようだ。


「正直、いくらお師匠様でも娘のえろさには抗えますまい。どうか、お命を大事になさいませ!」

「お前、自分の娘をえろいとか言うなよ……」

「どうか、どうか!」

真剣に止める久五郎に、希美は笑って言った。

「大丈夫だ。私は女に欲情せぬ」

「やはり男好きの噂は真だったのか」ポソリ

「ん?」

久五郎の呟きは希美に届かなかったようだが、なかなかの問題発言だった。

希美は久五郎の肩に手を置いた。

「まあ、安心しろ。私は死なぬからな」

なんせ、全て出任せだ。例えうっかり交わっても、死にはしない。女としての希美が、精神的に死ぬだけだ。




その後希美は、粘る久五郎をなんとか説き伏せ、魔性の娘、紫を呼び出す事に成功した。

夫達を殺すほどの魅力を持つ女子との初対面に、ドキドキである。

(デリバリーで女の子を呼んで、待つ時の男の気分って、こんな感じなのかな)


例えが酷すぎる。


「えろ大明神様、紫で御座います」

「入ってどうぞ」


カラリと襖を開け入って来たのは、単の下着姿の美女であった。

豊かな黒髪をしっとりと垂らし、濡れたような大きめの瞳でうっとりと希美を見ている。

唇はぽってりと愛らしくも妖艶に微笑み、目元は少したれ気味なのがまた男心をそそる。

その体つきは一見ふくよかに見えるが、戦犯は重そうに帯に乗る、重量感溢れるお胸様だ。

以前は希美も巨乳属に分類されていたが、実際希美はただのでぶだった。

しかし紫は、胸と尻以外はいたって華奢なのだ。腕は細く腰はくびれており、全体として何かむしゃぶりつきたくなるような雰囲気を醸し出していた。


(これは、腹上死不可避ですわ……)

女の希美が思わずごくりと生唾を飲み込む、妖しい美しさだ。

あの油ぎった丸顔エロ親父から、どうしたらこんなムンムン美女が生まれるのか。

DNAの謎である。


「で、なんで下着姿なんだ?」

「夜伽のお相手と聞いて」

「やだ、神殺し!」


「うふふ……冗談で御座います」

色気を滲ませ、紫は可笑しそうに笑った。

希美は女らしい会話の手管に感心しつつ、本題に入る事にした。


「紫、女のえろ道について、多少は久五郎から聞いたか?」

「はい。女は輝く事こそがえろ道、と」

「そうだ」

希美は頷いた。

「そして、その輝きをもって男共を虜にせよ、と。ふふ、ふふふ……」

途端、紫の雰囲気が変わった。まるでブラックホールが出現したかのように、引きずり込まれそうな引力を感じる。

(の、能力者??)

多分、肉食系能力者だ。希美の言葉に、やる気になったのだろう。

女には、落とさねばならぬ時がある、という事だ。

希美には通ってきた道だ。

同じ肉食同士、相通じるものがあったのだろう。

二人は目を合わせ、微笑んだ。


「あれ、えろ大明神様。殿方ながら、私と近しいものを感じまする」

「ふふ……お主とは、良い酒が飲めそうだ」


二人はこの日より、ズッ友となった。

希美は、ズッ友の紫に頼んだ。

「まずは、えろ教の女信者に、女のえろ道について教えてやって欲しい。男を虜にせずとも、自分なりに輝ける生き方をすれば良い」

「はいな」

「それとな、もう一つ。お主に手本になって欲しいのだ」

「手本、ですか?」

紫が不思議そうに首をかしげる。

「ああ、今、女の気持ちを高めるものを売りだそうと思っておる。それを身に付けて皆に披露して欲しいのだよ」

「構いませぬが、何を?」

「ふふ……私が試作品を用意する。お主も、きっと気に入るぞ」

「あれ、楽しみな……ところで、えろ大明神様。教えていただきたい事があるのですが」

「なんだ?」

紫の目が光った気がした。


「武田徳栄軒様とは、どこまで進んでおられるので御座いましょうや?どのように迫られたので?武田様の口説き文句は?大きさは?持続時間は?そこの所、詳しく!!」

鼻息荒く迫る紫に、希美は懐かしくも複雑な思いを抱いた。

「いや、信玄も私も男だし。それに坊主で、浮気症でロリコンの露出系変態だから、恋愛対象にはならないってゆーか……柿の木ドンで迫られた時の、意外に筋肉質の腕には、ちょっとドキッとはしたかな?」

「ええ!『信玄』って、真名を呼び捨てで呼んでるの!?真名許すとか、相手、絶対本気ですよぉ。ところで、柿の木ドンって?どんな迫り方?」

どの時代でも、女子トークに恋バナと体験報告は欠かせないものらしい。




その後しばらく、希美の部屋にこもる時間が増えた。

何やら木材を削り、糸を集め、何か作っているようだ。

完成は年明けになりそうだ。


この話はまたその時にでもするとしよう。


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