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秀吉は天下きびだんごを食べてしまった

翌朝、斎藤軍は引き上げていった。

十四条村から続いた軽海での戦いは、結果的に織田の勝利で終わる事となった。


とはいえ織田も、十四条の戦いの最中笑って逝った織田広良の兄、織田信清率いる犬山衆の造反という火種を抱えている。

信長はすぐにでも清洲に戻るつもりであったため、急ぎ軽海西城で論功報償が行われた。




「お前は一体何なんだ……」

信長は呆れ顔で希美を見た。

「何と申されましても……」

希美は心外とばかりに眉根を寄せた。

信長は目頭を揉んだ。

「普通はの、討ち取るといえば、槍働きか計略よ。それが、落とし穴……」

「落とし穴とて、計略といえば計略でしょう」

「阿呆!あんなあからさまに怪しい落とし穴など、わしは計略として認めんぞ!!」

希美の反論に信長は思わず声を上げた。

希美は言った。

「でも、実際落ちましたし。しかも、あの武者、敵の大将だったとか」

「真木村牛介といえば、美濃にその人有りと言われた歴戦の武者だぞ!真木村牛介め!なんであんなのに引っ掛かったんだっ……」

信長は何故か悔しげだ。

希美はやれやれと肩をすくめて首を振った。

「うつけで有名な殿のお言葉とは思えませぬな。武士らしい討ち取り方が何故槍働きでないとならぬのですか」

どこかで聞いたセリフだが、信長は自分が以前希美に言った事など忘れ、憤った。

「誰がうつけじゃあ!!」

「某が言っているのでは御座りませぬ。有名という事実を申したまで。殿とて、ご自分がそのように呼ばれていた事くらいご存じでしょうに」

「確かに知ってはおるが、そういうのは、本人の前では言わぬものじゃ!暗黙の了解じゃ!この真のうつけ者が!!」

「ちょっと!『うつけ』の称号に『真の』とか色付けてこっちになすりつけてくるのはズルいで御座るよ!」

「お前が真のうつけである事とて、間違う事無き事実であろうが!」

「私の事をうつけ呼ばわりしたら、柴田勝家がうつけになってしまうので、止めて下され!」

「当たり前じゃあ!!」


何故か論功報償が主従の口合戦となってしまっている。

周囲はハラハラして見ているが、柴田勝家が案外主に無礼な口を利いても許されているくらいには信長に信頼を勝ち得ている事を、一部の者は知っていて涼しい顔をしていた。


信長は上がった息を整えると、希美に言った。

「その方には墨俣城と十九条城を与える。そのまま、末森も面倒見よ。坊丸にはその方が必要じゃ。ただ、その方から目を離すと何が起こるかわからぬから、柴田で扱う品の納品にはその方が来い」

「報償が酷い!それ、美濃の最前線一人で守れとか、無茶苦茶な仕事量になるじゃないで御座るか!働き過ぎて死ねる!」

「お前は槍でも鉄砲でも死なぬだろうが!少々寝ずとも死なぬわ」

「心が死ぬわ!!」


信長は面倒になったのか、多少希美に譲歩する事にしたようだ。

「その方には、人も金も回してやる。望みの者がいれば、貸し出してやる。誰か良さそうなのがいるなら言え」

希美は考えた。

(くそっ!出来るだけ有能な人材を確保せねば。丹羽長秀は当然却下。林秀貞はエロ教と相容れないだろう。武士が商売やる事に理解もいるし、手伝ってくれる人がいい。有能で、エロくて、商売出来る武将……あ!)

「木下藤吉郎」

信長の眉が上がった。

「ほう、猿を望むか」

「は、木下藤吉郎を某につけて下され」




数日後、希美は有能で商売上手なエロ武将と墨俣城下を歩いていた。

木下藤吉郎秀吉である。


「あの……、なんでわしをお望みなさったんで?」

おどおどしながら聞く秀吉に、希美は考えた。

「うーん、お主を見込んでおるからかな」

秀吉は目を見開いた。

「わ、わしのどこが……?!」

「知恵が回るし、商売も出来る。人当たりも良い。私のしたい事を理解してくれようからな」

「柴田様のしたい事……商売だぎゃ?」

希美はにっこりと笑った。



「ねえ、天下取りに興味はあるかい?」



「どどど、どういう事で?!天下を目指しとるんは、織田の殿ですぎゃ!ま、まさか、謀反?!」

希美は、慌てる秀吉の背中をスパンと軽く叩いた。

「そんな訳ないだろう。殿には当然、天下を取ってもらうよ。でも私達には私達の天下取りがある」

「私、達……?」

「そうさ、私゛達゛、さ」


希美は秀吉の肩に手を回し顔を寄せた。

「私と藤吉郎は、仲良くできると思うんだ」



希美にはどうしても阻止したい未来があった。

それは、賤ヶ岳の戦いである。

史実では、賤ヶ岳付近で勝家と秀吉が戦い、勝家は負けて自刃する。

今の勝家が死ぬとは思えないが、例え生き残ったとして天下人の秀吉と険悪なのはまずいし、朝鮮で無双してこい!みたいな無理難題を吹っ掛けられるのも御免だった。


(まずはマウントを取らねば。懐柔しつつ、誰が上かわからせる。その上で私の仕事も丸投げよ。こいつ営業向きだし商売関係、任せまくろう!)


とにかく、面倒事回避のためには努力を惜しまぬ。それが希美である。

その努力は、大概斜め上にぶっ飛び、そのまま落ちて自分にぶち当たり、柴田勝家の看板が大怪我をする。これも希美である。


希美は努力をぶっ飛ばし始めた。



「さて藤吉郎、天下を人の体とするならば、その体を巡る血となるものは何だと思う?」

希美の問いに、秀吉は考えた。

「ええ、と……物資ですかいのう?」

流石に秀吉である。物の流れの重要性を見抜いている。希美は素直に感心した。

「お主、凄いのう。それがわかるかよ。だがな、ちょと惜しいかな」

秀吉は誉められて満更でもない顔をしたが、惜しいと言われ希美を見つめた。

その視線に希美は答えた。

「そりゃの、経済よ」

「けいざい?」

秀吉は聞き慣れぬ言葉に戸惑っている。


希美は、別に自分も詳しい事は知らぬので適当に説明した。

「物の流れは、欲しい者の方へと流れて行くだろう?だが、流れぬ事もある。例えば百姓など米を自分で作っておるにも関わらず腹一杯食えぬ。食べ物が欲しいが、食えずにいる理由は何だ?」

「そりゃ、税で米を取られるし、銭がないから……」

秀吉は百姓時代を思い出したのだろう。濁った表情をした。


「つまり、物の流れは物そのものではなく、銭で動いておる。富める者に物は集まり、貧しい者に物が行かぬ。物の流れは銭の流れよ。この銭の動きを『経済』という」

希美の説明を受けるにつれ、秀吉の表情が変わった。

秀吉は独り言のように呟いた。

「銭の動きを牛耳れば、天下の体の生き死にを操れる……」

「そうよ。銭だけでいうと商人の元にも集まるがの。堺の商人など、力を持っていよう」

「確かに」

「だが商人は銭を集めて、己れのために利用し、富める者たろうと貯め込む。貯めて使わねば天下は」

「「廻らぬ」」

希美と秀吉は顔を見合わせた。希美が笑って見せると釣られたのか秀吉もにやりとした。

希美は悪い顔をして秀吉に囁いた。

「商人は利己的過ぎて天下を操れぬ。……ならば、金を持った為政者なら?」

秀吉も悪い顔で希美を見た。

「柴田様は為政者で、まさに今柴田様に莫大な金が集まっておりますのう」


「藤吉郎や、お主も悪い顔をしておるよのう」

「いえいえ、柴田様ほどでは……」

二人は時代劇のテンプレ悪役のようだ。

秀吉はふと疑問を生じ、希美に問うた。

「ならば天下人は、天下の体のどの部分なので?」

希美は答えた。

「身なりだな」

秀吉は仰天した。

「体ですらないので?!」

「なんせ、すげ替えがきくからなあ。身なりが変われば天下の方針も変わる。その時代の流行が来る。それがダサければ扱き下ろされ、ボロくなれば新しき身なりとなる事を求められる。今がそうではないか。足利がボロくなったから、各地でそれぞれの身なりの武将が、新しき天下の身なりを飾ろうと狙うておる」

(ファッション戦国!これは楽しそうだ。うふふ、服大好きなんだよねえ。また、ワンピース買いに行きたいなあ)

柴田勝家のワンピース姿はいけない。


「足利がボロ……ひ、ひええ」

秀吉が呻いている。

希美は構わず断じた。

「武士は金を集める事をなぜか卑しむ。殿はあまりそういう事はないが、あの方の関心は天下の覇と新しき政よ。私はな、殿も殿の掲げる『身なり』も好きよ。藤吉郎、お主もそうだろう?」

秀吉はこくこくと頷いた。


希美は秀吉の眼の奥にある野心に語りかけた。

「天下人は殿に。私達は、銭で天下を牛耳る。私の傘の下に入れ、木下藤吉郎秀吉。私と来れば天下の夢を現実にしてやる!」


希美はしれっと、共同経営者ではなく『傘下』である事を盛り込んだ。




秀吉は叫び出したくなった。


『上にのし上がりたい』

『百姓だった自分が天下の景色を見る』

誰も知らぬ筈の野心を見抜かれている恐ろしさと、自分を認め引き上げようと心を砕いてくれるその有り難さ、天下や『経済』の進んだ捉え方に対する畏怖。

色々な感情がごちゃ混ぜになり、野心を叶える道筋が見えた興奮に震えた。


柴田勝家は、とんでもない男だ。

自分と同じ、主君織田信長への忠誠と、野心を持っていながら、その度量は計り知れない。


ついに秀吉は柴田勝家という男にまいってしまった。

その手を取り、共に天下を見たいと、強く思った。



「お願えします。」

秀吉は自然と平伏していた。

「わしゃ、何でも頑張りますだで、わしにも天下の血にならせてくだせえ!!」

額を地にこすりつけた。


希美は菩薩のような笑みを浮かべて秀吉の肩に手を置き、頭を上げさせた。

そして、その手を取る。

「頼むぞ、我が左腕よ」

(右腕は次兵衛だからな)


そして、希美は社畜を手に入れた。



そこへ、河村久五郎が通り掛かった。

「おや?お二方、何をなさっておいでで?」

希美は思い出した。商売だけでなく、エロ教の事も教えておかねば。


「おお、久五郎。ちょうど良い所へ来たな。この者、木下藤吉郎という。今後私の片腕となる男よ。エロ教の事も教えておいてくれ」

久五郎の眼が怪しく光った。

「これはこれは……わしは森部城主、河村久五郎で御座る。いや、お師匠様の片腕とは羨ましい事で。ですが、えろ大明神であるお師匠様の片腕となるならば、えろの教えはしっかと理解してもらわねば!お師匠様、木下をお借りしますぞ!!」

「え、ああ、うん。よろしくな」

「へ?あ、あのどこへ連れていかれるので?!柴田様??」

久五郎の勢いに希美はおとなしく、連れ去られる秀吉を見送った。




その後、帰ってきた秀吉は開口一番こう言った。


「着衣えろこそ、至高ですぎゃ!」



訂正する。

希美は、社蓄と信徒を同時に手に入れた。


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