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かぶくにも程があるんじゃないですかね

やっと、血と汗と泥にまみれた男達の宴を始める事ができました。

五月十三日、勝村に陣を張った信長は、希美から『えろ』について事情聴取を行った後、軍議を開いた。



「物見によると、斎藤軍は我らの動きに対し、墨俣砦に兵を集めておる。その数、五千以上と報告を受けた」

軍議の司会・進行は林秀貞だ。

勝家のかつての謀反仲間である。今日も髭の角度はぴしりと正確だ。

散々『エロ』の知識を信長に披露させられ疲労困憊の希美は、ぽけーっと秀貞の髭に注視していた。

(あのふさっとした口髭で全身をくすぐられるなんてのはどうだろう。髭ぷれい、今度佐渡殿に頼んでみるか)

希美の目が虚ろだ。まだ、『エロ』の世界から戻って来ていないようだ。

そして、おっさんがおっさんを髭でくすぐるという地獄絵図は誰も見たくない。



「おい!権六ぅっ!」

「ひゃいっ!」

呆けている所へ上司(信長)に突然怒鳴られ、希美は飛び上がった。

「その方の意見も聞きたい。言え」

「ええと、軍の動かし方で御座るよね」

希美は慌てすぎて言葉が変になってしまった。

「それ以外に何がある!」

信長が軽く゛おこ゛である。さては、呆けて会議内容を聞いていないのが、ばれているのかもしれない。


希美は、今まで読んだ転生小説を思い返した。

(確か、五月十四日に雨が降ってて、森部で両軍が激突。斎藤軍は織田軍の四倍だったけど、軍を三つに分けて勝ったんだったよね。その時に早く槍働きしたいと文句を言う前田利家の濡れた髪を森可成がそっとかきあげて、「そんなに焦るな。どれ、そのようにうるさい口にわしが蓋をしてやろう」と口づけを……)

どうでもいい記憶まで掘り起こされたようだ。

希美は向こうにいる森可成を見てしまい、ニヤニヤが抑えられず、可成に怪訝な顔をされてしまった。


そうこうしているうちに信長の顔が、メンチを切るヤンキーを彷彿とさせてきたので、希美は慌てて具申した。

「あ、明日は雨が降るので、田にたっぷりと水が入りましょう。そこに敵を誘い込み、動きの鈍った斎藤軍を一網打尽にしましょう!敵はこちらの四倍の六千ですが、動かぬ的など童でも石を当てられまする」

信長の顔が、みるみる険しくなった。

「明日は雨かよ、権六ぅ。何故そんな事がわかるのかのう……?それに、斎藤軍六千?物見よりも詳しいのう?おい」

(やっべ。またポロリ!私のお口も誰か塞いで!)

その時、長秀が唇を尖らし、こちらをじっと見ているのに気付いてしまった希美は、ギギ……と体を逸らした。



とにかくもう色々面倒だ(長秀含む)。誤魔化すしかない。いつもの希美の思考回路である。

「に、匂いがするので御座る。雨の匂いが。それに、気圧が低くなるから、ちょっと頭が痛くなるので御座る」

「きあつ??」

(ああっ!私こそが馬鹿!!)

「そ、それより、義龍が死んで斎藤家中は混乱しておりましょう!この機を逃してはなりませぬ。明日、早めに出立しましょう!」

「……うむ。その通りよな。明日は早く出立するぞ!」

(よし!なんとかなった!)


「斎藤軍、六千……また誰も知らぬ事を……」

一益が爛々とした眼でこちらを見ている。

(め、面倒臭えー)

希美はげんなりして、軍議の終了を待ったのだった。




五月十四日、早朝。

はたして、雨は降った。なかなかの降り様である。

織田軍は、飛沫を鎧具足に当てながら北上した。

行軍を続けて数刻、先行していた物見が駆け戻り、信長に告げた。


「斎藤軍、長井甲斐守と日比野下野守を大将に、その数六千!森部村に向かっておりまする!」

「六千……森部……雨……」

信長は何か言いたげに希美をちらと見たが、ふっと笑うと言った。

「これぞ、天の与うる所よの。……前進じゃ!!」

「「「「「おおぉぅっ!!!」」」」」

武者共が荒々しく叫び、士気高揚してぬかるむ足元をものともせず戦地へと行軍を進めた。


そして、楡俣川を越えた先の森部村近郊にて、とうとう両軍は向かい合ったのである。



「全軍、陣を整えよ!!」

織田軍は沼田の広がる辺りの手前に布陣した。

森部周辺の地理は、去年森部城に滞在した時に調査済みだ。希美とて、ひたすら久五郎と猥談をして過ごしていた訳ではないのだ。

……嘘です、ごめんなさい。ほぼ『エロ』一色の日々でした。

調べたのは一益である。


一益によれば、ここの沼田は、普段は水の量も少なくただの湿地帯に見えるが、ひと度雨が降ると水量が増えるばかりか底無し沼の如く泥が足を絡めとり、下手をすればそのまま呑み込まれて死んでしまう村人も出るという、知る人ぞ知る危険スポットらしい。

今回の作戦にはおあつらえ向きの場所である。


さらに信長は、兵を集め、陣形を丸く固めるように敷いた。

織田軍の数を実際よりも少なく見せ、斎藤軍を誘い込むためだった。



その計略は見事に当たった。

斎藤軍は小勢に釣り込まれて、二手に分かれたかと思うと、遮二無二目の前の沼田に突っ込んだ。

信長はそれを見て握った馬鞭を手のひらの上でぴしと鳴らし、「馬鹿め」と笑った。

そして斎藤軍がほぼ沼田に入り尽くしたのを見て、自軍を三手に分けた。

一手は本陣の守備に、一手は斎藤軍の正面に、最後の一手は、挟撃のため斎藤軍の後背に。

その後、斎藤軍が足を取られながらもなんとか進み、織田軍まで後百メートルほどに迫ったのを見計らって、一斉に矢を射かけさせたのである。



希美はその時、斎藤軍の正面にいた。

矢を掻い潜り沼田を抜け出た美濃兵を、槍でぶっ叩いて沼田へ押し戻すだけの精神的に簡単ではないお仕事である。

希美が他に美濃兵が抜け出ていないか見回していると、向こうから立ったまま、猛スピードでこちらに滑ってくる武者が見えた。

その武者、馬の首に縄をかけ、その縄を自分の胴にくくりつけたまま両足を兜に突っ込み、トップスピードで駆ける馬に立ったまま引きずられ、移動しているようだ。


「なんだ、馬ウェイクか。新しいな……」

さて、お仕事お仕事、と目を逸らしそうになった希美は、綺麗な二度見を決めた。

「ウェイクボードって、この時代にもあったのか……」

そんな訳がない。

希美が現実から目を逸らしかけた時、馬ウェイク武者は沼田から命からがら抜け出た美濃兵さんと激突し、ふっ飛んだ。


「う、うわあああ!!事故っ!人身事故!救急車……は、いねえ!!」

希美は騎馬で、モーターボート状態だった馬に駆け寄ると、モーター馬を落ち着かせ足を止めさせた。

そして腰に縄を巻いたまま、ぬかるんだ地面の泥に埋もれかけている馬ウェイク武者を仰向けにし、頬を叩いて呼びかけた。

「ま、まずは意識確認……おい!生きてるか?おい!」


「う、うぃぃぃ……」

武者はよろよろと片手を上げて、反応した。

「おお、よかった。生きておるの」

希美は念のため、馬ウェイクに轢かれた被害者の様子を確認しに、倒れている美濃兵さんに近寄った。

残念だが、お亡くなりになっている。

せっかく沼田地獄から這い出たのに、こんな訳のわからないものに轢かれて死んでしまうとは……

人生万事塞翁が馬とはまさに、この事だろう。


希美はもう一度、馬ウェイク武者の元に戻った。

馬ウェイクは縄を体から外し、座り込んでいる。

大きな怪我も無いようだ。

馬ウェイクは近づく希美を見上げると、泥だらけの顔で破顔した。

「おお!柴田殿が助けてくれたのか!!いや、かたじけない!いや、助かったー!」

(え、誰?)

知り合いのようだ。

希美が持っていた水を男の顔にかけて泥を洗い流すと、二十そこそこの若く精悍な顔が現れた。

希美は、勝家の記憶をさらって驚いた。



この馬ウェイク、希美が現代で愛読していた転生もの小説、『利家とよし(なり)~攻めの三左に又左が陥落(意味深)~』の主人公にもなっている゛前田利家゛その人であった。

森部の戦いといえば、この人ですよね!


見落としがあったので、修正入れました。

『攻めの三佐』➡「攻めの三左」

『利家陥落』➡『又左陥落』

いやあ、又左にするか股座にするか迷ったー

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