人事異動は突然に
眠すぎて頭が働きません。もうだめだ……
「いや、やはり柴田殿は面白い」
今まで黙っていた長秀が耐えきれぬように笑いながら言った。
「天王寺屋も、織田の動向が知れると期待して文を開けたら、食材の無心ばかり。とんだ肩透かしを食うでしょうなあ」
「なるほど、柴田殿は天王寺屋を翻弄し、情報の撹乱を狙っているという事か」
一益も合点がいったとばかりに勝手な事を言っている。
(いや、そこまでは考えてなかったんだけど。敢えてこの流れに乗るか?!柴田勝家知将伝説が増えるチャンス?)
「わかってしまいましたか」
希美は半笑いで流れに乗っかった。
信長は胡散臭そうにこちらを見ている。
「そういえば、柴田殿は御仏にお会いなされたとか。もはや柴田殿の御名は知勇に止まりませぬなあ」
長秀の言葉に、信長がはっと目を見開き希美に詰め寄った。
「そうじゃ!それじゃ!その方、全て報告せよと言うたのに、なぜそれを言わん!?御仏に会うたなどと訳のわからんことを言い出しおって!!」
(ちょっ、唾が散ってるから、もう汚ない!……あれ?でも信長の唾って、レアじゃね?現代だったら浴びたい奴いっぱい居そう。だが、私は嫌だ)
信長に胸ぐらを掴まれながら、また希美はどうでもいい事を考えていた。が、信長の追及には答えなければならない。希美は正直に答えた。
「忘れておりました!」
テヘペロである。
信長は、おっさんのテヘペロにぶちキレた。
「お前という奴は、御仏に会うたなどと言うから間者に入り込まれ、命を狙われたのであろうがっ!!末森を間者だらけにしおって!何故斯様な嘘を吐いたっ。吐けぃっ!!」
げしげしと希美を足蹴にする信長を一益は羽交い締めにして止め、長秀はにこやかに眺めている。
希美は考えた。
(流石に、信長は信じないか。比叡山焼き討ちマンだもんな。でもここで嘘だと言えば、こいつが妙な縁談を持ってくる可能性もあるし、最終的にお市との結婚フラグはぶち折っておきたい)
「殿、御仏の件ですが、真の事なのです」
「……なんじゃと?」
信長が動きを止め、希美の上から足を下ろした。
「以前殿より膳をぶつけられた折、死んでしもうたらしく、御仏が迎えに来られたので御座る。死にとうないと暴れて迎えを拒みました所、この世に留まる条件として女犯を禁じられ申した」
「そんな馬鹿な……」
「馬鹿も何も事実に御座る。故に某はもう女と交わる事はありませぬ」
希美の真剣な眼差し(大嘘)を受けて、信長は戸惑った。その話が本当だとすれば、御仏はともかく、あの日信長は勝家を癇癪で殺した事になる。
信長は、ちょっと負い目に感じた。
はたして、信長は折れた。
(そういう事もあるのかもしれぬ。……だが)
「それとこれとは話が別じゃ!天王寺屋の件といい、そのような大事を何故わしに報告せんのじゃ、このうつけ!!」
「それは誠に申し訳ありませぬ」
希美は素直に頭を下げた。
(確かに上司への報連相を怠っちゃいけないよね)
「わしに話しておれば、間者対策もわしがしてやれたのじゃ。馬鹿めが」
(あれ?これ、心配してくれてんのかな。やだ、ツンデレ)
何だかんだ言っても、良い上司なのだ。
希美は信長の事がちょっと可愛く思えてきた。
「おい、そんな目でわしを見るな」
希美を嫌そうに見た信長は、すこし距離をとって座り直した。
「権六、その方に与力をつける」
信長の言葉に希美は眉をひそめた。織田家という親会社から、柴田家に与力という社員が出向してくるのだ。
「与力ですか、どなたで?」
「おい、彦右衛門」
信長に呼ばれ、一益が進み出た。
「滝川彦右衛門一益で御座る。今後は柴田家の与力として励みまする」
「はあ?!」
(与力にするには、年も実力もありすぎるだろう!)
のけ反る希美に、信長は鼻を鳴らした。
「ふん、しばらく貸しておくだけよ」
「ふふ、殿は柴田殿のお命を狙う間者共の対策のために、甲賀衆をまとめる滝川殿を与力につけ為されたのですよ」
長秀の説明に、希美は完全に信長を見る目が変わった。
(流石戦国スーパーヒーロー織田信長!!こんなん、惚れてまうやろー!!)
「殿、ありがとおぉ!」
「うわ!抱きつくな!なんじゃ、お前は趣味ではないわ!わしは元服後あたりの若馬の如き男が良い!!」
「お巡りさん、こいつです!!」
思わぬ信長の嗜好に再度見る目を変えた希美は、飛び退き後ずさった。
「さて、殿。お戯れはこのあたりに為されませ」
長秀の言葉がこの説教タイムの幕を引いた。
信長とて暇ではない。
この説教タイムの肝は、『一益を柴田勝家の与力とする』という人事異動通知だったようだ。
それが終わってしまえば、美濃攻めについて長秀と兵糧の相談があるとかで、希美と一益は退出する事となった。
しかしこれで終わる闇米ではない。
去り際、今回の闇米はまともだったなあ、と安堵した希美の耳許に、長秀は囁いた。
「柴田殿、柴田殿と御仏の邂逅の話、心打ち震えて御座る」
「うひゃぅ!」
油断していた所への不意打ちと、耳許に息を吹きかけられた事で思わず変な声が出た希美に、長秀は重ねて言った。
「あの尊きお方に暴行を加え、脅しつけて現世へ戻られたとは、某、昂り過ぎて果ててしまう所でした……」
希美はギョッとした。
「そんな事は全く言っておらんわ!お主、バチが当たるぞ」
「ふふ、柴田殿と共に当たる仏罰なら、某も本望というもの」
「さらっと私まで仏罰の仲間に入れんな、この野郎っ」
長秀がとろりと希美を見やった。
「ああ、昂りが止まらぬ。某が女であれば、今すぐ柴田殿を押し倒しておる所……」
「それ、私を殺す気ですよね」
長秀は、恍惚としている。
(信長さん、間者よりも危険な奴がお前の側近なんだが……)
希美は闇米に絡まれぬよう、とっとと魔王の部屋を逃げ出したのだった。