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最もくだらない歴史改変

人、人、人、馬、人、馬、荷車、人、人………

(流石に清洲の城下町。末森も賑やかだけど、やっぱり市場規模が違うよねえ)

多くの人で賑わう通りを柴田勝家を始めとした家臣団一行が行く。

希美達は、末森で清洲への召集を知らされてからすぐに仕度し、清洲へと向かった。そして先ほど、清洲入りしたのである。


ギキキィッ、ガタンッ

「うわっと、あっぶな!」

突然、こちらに向かってきていた前方の荷車の車輪が外れ、車輪と荷が希美達の前をふさいだ。

(やっべー!危うくハードラックとダンスっちまう所だった)

間一髪で避けた希美であったが、若い近習達が荷車の持ち主に食って掛かった。


「無礼者!このお方は柴田権六勝家様であるぞ!御身に何かあったら如何する!!」

「も、申し訳もごさいません。何卒お許しを……」

(おいおい、ヒートアップし過ぎじゃね?クールに行こうよお)

希美は慌てて止めに入った。

「お前達、心配してくれるのは嬉しいが、そのくらいにしておけ」

「殿、しかし」

「良いのだ。わざとではなし。……大丈夫か?荷は無事か?」

「は、はい。割れたり壊れたりするようなものは積んでおりませんでしたので……」

「ならば良かったの。だが荷車が壊れてしもうたな。おい、茂吉、直せるか?」

「何でわしが荷車を直せると思うんですか!何か壊れたら、何でもわしに言い付けるのは、止めてくだせえよ……」


以前、盗賊の仲間だった茂吉である。

盗賊の捕縛に協力した事で罪一等を許され、かねての約束通り希美は茂吉の仕事を斡旋した。今は希美の下、草履取りとして働いている。

「何だ、直せぬのか……」

残念そうに呟く希美に、茂吉はオロオロして言った。

「べ、別に直せねえとは言ってねえんですよ」

茂吉は外れた車輪を拾ってき、荷車に器用に嵌め込んでいく。

「流石、茂吉よの。これは良い拾い物をしたわ」

希美の褒め言葉に、まんざらでもない表情で作業をしている。

「これは大変お手数をおかけします……」

恐縮しきりの荷車の持ち主に、希美は清洲に入ってから疑問に思っている事を聞いてみた。


「ところで親爺、前に来た時に比べ髭を蓄えた男がやけに少ないような気がするのだが、何かあるのかね?」

「ああ、それはですねーーー」



「まさか、こんな事になっておるとは……」

希美は清洲城の大広間に来ていた。

評定に参加するためである。

もうすぐ始まるとあって、広間は織田家の家臣団が集まっていた。その面々の顔が、やたらさっぱりしている。

髭が、無いのだ。

月代を止め髪を伸ばしている者も多くなった。

もはや、一大ムーブメントだ。

この謎の現象は、ある男の影響だと荷車の持ち主は語った。



「ああ、それはですね、織田のお殿様に倣っているんですよ」

「ええ、なんでもひと月ほど前、髭と月代は、ださい、などと言われて、突然髭を剃り月代をお止めになられたそうで」



(ひと月ほど前……そういえば、末森に出立する前に見舞いと称して殿と闇米野郎が来たな。去り際に髭と月代の事を聞いてきてたわ。クソッ、これのフラグだったのか!!)


「おお、権六。お主、久しいの。」

まわりを見渡しながら目を据わらせていた勝家に、ぴりとした声が届いた。

「おお、佐渡殿」

林佐渡守秀貞だった。

この男、信長の一番家老として信長の元服時には介添えを務めたくせに、信長が当主として不出来と見るや勝家と共に信行を擁立して謀反を起こしてしまうシビアな人である。

必要とあらば主でさえ切り捨てる、まさに政治家であった。信長もそんな秀貞を評価しており、謀反後も勝家同様赦免し、家老として今まで同様側に置いている。

(この人は、流石に髭も月代も変えてないか)

良いものは良い、悪いものは悪い、主といえどもノーと言える日本人、それが林秀貞という人だ。月代は産毛の一本まで取り払われ、その口髭はぴしりとその長さを揃えている。

月代も髭も否定派の希美であるが、この男の変化の無さに内心ほっとした。


「にしても、権六、お主、甚だ迷惑な事を始めたの」

久しぶりに会った旧友は、早速苦言を呈してきた。

「お主がそのような成りを始めたため、今や清洲中から男の髭が失われつつある。皆髪を伸ばし髭を無くし、まるで女じゃ。嘆かわしい」

淡々と紡がれる苦情に、希美は頭を掻いた。

「それは、迷惑をかけ申した。されど、某もまさかここまで広がるとは……」

「それに関しては殿も悪い。事ある毎に『ださい』『ださい』と。皆が感化されてしもうた。」

(おい!めっちゃ『ださい』を気に入ってんじゃん、信長!そして既に周囲に意味が通じているのか。ろくでもない現代語を浸透させてしまった……)

「殿に『ださい』等という言葉を吹き込んだ輩をくびり殺してやりたいわ」

(超ごめんなさい)

静かに恨み節を吐く秀貞に、希美は引きつった顔で相槌を打つしかなかった。



その時、先触れの声が聞こえた。

主君信長の登場である。家臣共は悉く平伏した。

ダン、ダン、ダン、と板張りの広間に足音が響く。

今日も信ちゃんのタップは絶好調だぜ、オーディエンスの興奮も最高潮だ、などとどうでもいい事を希美が考えていると、ドサッという音がし、「皆、面を上げよ」と御許しが出た。


希美が顔を上げると、すごい形相の信長と目が合った。

(うわー、なんかめっちゃこっち見てるんですけど……てゆうか、マジで髭剃ってんじゃん!やべえ!教科書の信長から髭失われた!無茶苦茶くだらない歴史改変やっちまったー!)

希美は、驚きと後悔と半笑いが同居した絶妙な顔で信長を見つめた。


信長の目力がすごい事になった。

怒りが増したらしい。



信長は目線を希美から引き剥がすと大音声で告げた。

「美濃攻めを行う!!忌憚なく意見を述べよっ」

「前の美濃攻めからふた月ほどしか経っておりませぬ。兵糧や具足は足りまするか」

すかさず、秀貞が突っ込んだ。流石のご意見番である。あの信長にノータイムで忌憚なく意見を述べられるのは、この人を置いて他にいない。(希美調べ)

「再度の戦も想定し、兵糧と具足は前の戦直後から準備を始めております。長引かねば問題なく美濃にて戦を行えまする」

闇米、もとい丹羽長秀が返答した。闇米といえども、やはり米は米。戦時中、闇米を拒否した清廉な裁判官が餓死した例えもある。米は生命線だと希美は長秀を見直した。

とはいえ短いスパンでの連戦、前回は勝ったか負けたかもわからぬような終り方だった。慎重な将は考え込んでいる。


信長はそんな家臣団を見て言った。

「斎藤義龍が六角と手を結んだ。そして北近江に勢力を伸ばそうとしておる」

「なんと!?」

家臣共がざわめく。

「これ以上あやつの好きにはさせぬ。今叩かねば、後々面倒な事になる」

信長の真意が、美濃攻め反対派の意識を肯定に向かわせた。

「今度こそ勝ち戦にしようぞ!」

「「「応!!」」」

士気が高まる。その後はトントン拍子に話が進んだ。

希美は、何か大事な事を忘れているような気がしたが、せっかく盛り上がっているのだし、と流れに逆らわず黙っていた。



信長はそんな希美を見ていた。

(こやつ、今日は妙に腹の立つ顔をしよったの。何を考えたらあんな顔になるんだ……)

信長は以前の勝家を思った。

(猪武者であった。真っ直ぐ勝ちに向かって策を弄す。領地も堅実に治めておった。頭は悪くなかった)

だが、今の勝家はうつけとしか思えぬ行動を取る。勝家の武辺は健在だ。頭が期待できぬなら、将ではなく武者として使うしかない。

謀反を企てた男である。うち捨てても問題はないが。

(ふん、わしがあやつに膳をぶつけたせいでうつけになったのだからの。あの猪の顔も少しは愛敬がある。見えなくなれば、物足りなくもなろう)


ツンデレ属性が遺憾なく発揮されている信長であった。


(くくく……今日はその間抜け面を泣き面に変えてくれようぞ)

信長によるお説教タイムは、刻一刻と迫っていた。


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