勝家はん課長 幕
城下町と城下町を繋ぐ街道。
人やものの交流が盛んな末森の城下町を出てしばらく行けば、その賑わいが嘘の様に、のどかな風景が広がる。
百姓が畔に腰を休める田園風景、風吹き抜ける草原、それらを抜ければ木々の鬱蒼とした森に差し掛かる。
末森城下を出た荷運びの人足一行は、人のいない森の中を進んでいた。
そこへ現れたのが、浪人姿の希美達であった。
人足とその護衛は、警戒しながらその怪しげな浪人達を注視した。
「その荷、こちらに渡してもらうぞ」
希美は声をかけると、ウィンクをした。
「お、おい」
「ああ、片目を閉じたぞ」
「ああ、合図だ。逃げるぞ」
「何で片目を閉じるのが合図なんだ?」
「知らねえよ」
小声でボソボソ会話した人足達は、「うわああー」とわざとらしく叫びながら逃げていった。
護衛達は、一応希美達と斬り結び、「く、敵わぬ……引き揚げじゃ!」と口走りながら、走り去った。
まごうことなき大根であった。
彼らは柴田家家中の面々である。
希美がこの度の作戦のために、事前に頼んでいたのだ。
が、希美は不満顔である。
(あいつら……今度武芸だけでなく、演劇の稽古もつけてやる!)
希美は心に誓った。
そんな猿芝居を経て、馬ごと荷を強奪した希美達は、プータロー始め盗賊達におおいに喜ばれた。
「こりゃあ、最高だぜ!」
プータローが希美の背中をバンバン叩いて言った。
希美もプータローと肩を組みながら提案する。
「これだけの量の酒だ。盗賊団の者を全員呼んで今夜は酒盛りといこうぜ!」
「そりゃあいいな。今日はお前達の歓迎会といくか!」
プータローは上機嫌だ。希美はほくそ笑み、しかし表面はさも楽しそうに笑いながら言った。
「なら、酒の肴は任せた!美味いもんを頼むぞ」
「よし、村の女共を呼んでなんか作らせるか。料理番も、見張りも、今夜は全員参加だ!」
(まじか、ラッキー。てゆうか、こいつがバッカー)
思いもよらぬ好展開に、希美は喜んだ。
(この流れに全力で乗りまっしょい!)
「お!いいね、いいねえ!豪気だねえ!流石大盗賊団のお頭よ!」
「そ、そうだろう?わははは、わしは、行く行くは一国の主となる男よっ。あの柴田勝家とてわしが首をとってやるわいっ」
「「!?」」
どばっちーーんっ
希美は自分の名前が出た事に驚いたが、すぐに次兵衛を見、次兵衛の威圧が膨れ上がる前に強烈な張り手で意識を刈った。
「ど、どどどどうしたんだ?!」
プータローが驚愕している。
「いや、次長之進の顔に妙な虫がついているのが見えてな、思わず払ったんだが、勢いがつき過ぎたわ」
「そ、そうかい。大丈夫か?」
「大丈夫だろう。茂吉、宴まで部屋に寝かせといてやってくれ」
「は、はいっ」
希美はしれっと誤魔化した。
さて、夕闇も迫り、宴が始まった。
(後は仕上げを御覧じろ、だ)
茂吉を使って、宴の開始時間、盗賊共が皆宴に参加する事を配下に知らせた希美は、次兵衛と共に何食わぬ顔をして酒を飲んでいた。
次兵衛は隣でしきりに顎を擦っているが、自業自得なので希美は気にしなかった。
寺の本堂は盗賊達でぎっしりだ。非常にむさ苦しい。
「いやあ、こんな強いお人が仲間になって、頼もしいぜ!」
「ふふ、任せておけ」
盗賊Aが希美に酒を注ぎながら話しかける。そこへ盗賊Bも加わった。
「そういやあ、茂吉達が追いかけてた女はどうしたんだ?」
「ん?ああ、すぐに人買いに売ったぞ」
「すぐ?遊ばなかったんですかい?」
(遊ぶ?ああ、犯さなかったって事?)
「ああ、俺は女はどうでもいいからな」
「ひええ、もったいねえ!」
(クズが……)
希美は腹立ちを抑えながら、下卑た盗賊達の相手をしていた。
そんな時である。
プータローが立ち上がり、まるで盗賊の頭のような顔で話し始めたのだ。
(あ、盗賊の頭だったわ……)
素で驚いてしまった希美だったが、プータローの話を聞き、さらに驚く事となる。
「聞けぃっ、皆の者!わしら風風団に新しい仲間が入った!゛総務課長之介゛と゛経理次長之進゛という。皆が飲んでいる酒は、この仲間が用意したものだっ」
「「「「「うおおぉーー!」」」」」
(ふうふうだんっ!もうほぼ、ぷうぷうだんじゃん。ヤバイ、こんなん卑怯だろっ)
希美は腹筋と死闘を演じている。
「では、恒例の新人歓迎の儀だっ!課長之介か次長之進、どちらでもよい。何か芸をしてわしらを楽しませろ!」
「「「「「うおおぉーー!」」」」」
「……ブラックな会社の歓迎会ですかね」
いつの世もブラックな会社とは似たような事をやるものだ。希美はちょっと懐かしさを覚えてしまった。
「課長之介、ここはわしが尻で箸を折りまする」
「却下」
希美は次兵衛の提案を光の速さで断った。
「ここは派遣、社員、パートと様々な会社を渡り歩いたおばちゃんの腕の見せ所よ……」
「??」
ちょっと素が出てしまった希美だが、おもむろに立ち上がると、あの技を繰り出したのだった。
「う、うわああああーー!」
「ゆ、指がちぎれたあ!?」
「平気な顔をしておるぞっ?!」
「こ、今度はちぎれた指がくっついたー!!」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
阿鼻叫喚である。
小さな子どもに大人気の、親指が離れたりくっついたりして見えるアレをやって見せただけなのだが、純粋な(?)盗賊達には刺激が強すぎた様だ。
「お前、とんでもない技を持っているな……」
プータローが感心しながら希美に話しかけた。
「他にもなんか面白い技はないのか?」
(欲しがるねえーでも、なんかあったかなあ。あ、別に技じゃなくても……)
希美は提案した。
「技ではないが、『フル』……『果物かご』というゲ、遊戯があってだな」
かくして円座を使ったフルーツバスケット、もとい果物籠が始まったのである。
「どうしてこうなった」
希美の目の前では、盗賊達の乱闘が始まっていた。
ガチである。酔って正気ではないせいか、刀を抜いてガチで斬り合っている。
当初、盗賊達は和気あいあいと『果物かご』を始めた。早々に酔いつぶれていた十人ほどを除き、寺にあった円座の数も足りた。
『果物かご』のかけ声でなぜ全員が動くのか不思議がっていたものの、そんなものは希美とてわからなかったので、そんなものとして楽しんでいたのだ。
しかしそのうち、円座の取り合いが始まった。
気の荒い盗賊共だ。次第に殴り合いに発展し、他の者も巻き込み、最終的にガチのバトルロイヤルとなっていたのである。
「まあ、いいか」
どうせ今夜、盗賊達を襲撃する予定だったのだ。
希美は乱闘に巻き込まれぬよう、次兵衛と茂吉と共に庭に出ると、茂吉に、山門を開け外で待っている配下に襲撃を始めるよう言付けた。
茂吉が走り去って後、希美は殺気を感じ、その場を飛びのいた。
「よく避けやがったなあ」
刀を振り下ろしたプータローであった。
次兵衛が刀を構える。
プータローは地を這うような声を出した。
「てめえ、謀りやがったなあ」
「プータロー……」
「この『果物かご』なんて遊戯も、わし等を同士討ちさせるための策かあ!!」
(いえ、違います)
同士討ちは本当に偶然だったのだが、希美は考え直した。
(ここで、私の策だという事にした方が、後世に柴田勝家の知将エピソードって事で伝わるんじゃね?)
「その通りよ!!わはは、作戦通り!」
「おのれぇ、よくもわしの風風団を!」
(次兵衛、なんて顔で私を見てるんだ)
希美は次兵衛から、そっと目を逸らした。
プータローが吠えた。
「てめえ、一体何者だ!」
「我は、柴田権六勝家よ!」
希美は佳境に入った時代劇ヒーローの様に、決め台詞を言おうとした。が、何も思い付かない!
「あー……」
思わず天を仰いだ。美しい満月が煌々と辺りを照らしている。
「つ、月に代わって、お仕置きじゃーい!!」
その時、開け放たれた山門から百の配下共が声を挙げてなだれこんだ。
「者共、かかれぇーい!盗賊共は同士討ちで弱っておるぞ!捕縛せよ!」
次兵衛が声を張り上げる。
「どうしてこうなった」
希美は脱力した。
(なぜか、最終的に柴田勝家が美少女戦士になってしまったで御座る……)
こうして、希美の捕物劇は幕を閉じたのである。




