能登の親子喧嘩
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越中の南西部は、ほぼ柴田家の支配下に入った。
加賀と領を接する、越中守護代の一家遊佐氏の領は、元々一向一揆勢力の支配下にあったため、加賀のえろ門徒がえろを伝え、その多くはえろ門徒となっていた。
もちろん加賀にいたえろ反対派の門徒や坊官達も多く越中に流れていたが、先の一向一揆騒ぎで神保氏から粛清されている。
今回、神保氏がえろ宣言し、正式に柴田家に組み込まれた事で、越中のえろ門徒達の神保氏への評価が上がった。
越中の各国人衆達もそれを見て、柴田家に恭順し、えろと共存する道を選んでいる。彼らは、土地を守りたいのだ。
こうして、越中南西部の騒動は収まりを見せた。
これまで争ってきた信玄とは、良き隣人になるだろう。
同じ数珠で繋がった者達も多いのだから。
一方、希美はというと、加賀に戻り、能登の畠山親子に会っていた。
まぞ猪と、まぞ猪になってしまった父親に能登を乗っ取られた可哀想な息子、畠山義続と畠山義綱である。
(ノトをノットられた、か……。ぷふっ)
大変だ!希美は心までおじさん化している!
「えろ大明神様、ご無沙汰しており申す。この度は、この卑小なる猪めがために貴重な兵をお貸しいただき、真にありがとう御座りまする」
まぞ猪の畠山義続が挨拶と礼の口上を述べた。
それにしても、以前はまさに豚であった体が、今やガチムチの筋肉ボディに引き締まってきている。
流石、三角鞍だ。馬と組み合わせれば、最強のドM製造機にして、ダイエット効果も抜群の柴田屋売れ筋商品である。
希美はドMな筋肉マンに軽く引きながらも、鷹揚に頷いた。
「あー、能登の様子はどうだ?多少は落ち着いたか?」
「は。おかげさまで、民にはさほど混乱もなく。流石規律の整った柴田兵に御座いますなあ。乱取りもなく事が収まりました故に、民も我等もそれほど不足なく正月を迎えられまする」
「そりゃあよかった。飢えなければそれに越した事はないからな」
希美は、ホッと息を吐いた。
多くの戦は武士の事情だ。それに巻き込まれて死ぬなど、民からしたらたまったものではない。
最悪、頭など誰でもよいのだ。飢えず、命を脅かされぬ国を経営してくれるなら。
畠山義続は、爽やかな笑顔を見せた。
「民といえば、三角鞍隊の勇猛果敢な活躍が話題となっておりましてな。城下町にいくつか三角鞍や三角木馬の体験場を設けて、民にその良さを広めておるので御座る。わしの体が引き締まったのも三角鞍のおかげと言ってやりましたら、能登の民の多くが興味を持ったようで、老若男女木馬や鞍に跨がっては、その魅力にはまっておりまする。木馬や三角鞍の生産が追いつかぬと、柴田屋尾山御坊店の者が申しておりましたぞ!」
ハッハッハッと義続は楽しそうに笑っている。
能登は、着々とまぞ猪の国へと変貌を遂げ始めたようだ。
希美は、隣りに座る輝虎のじとりとした視線を受け、「あ……あれぇ?私、また何かやっちゃいました……?」と嘯いた。
どこぞのテンプレチート主人公臭い台詞が思わず口をついて出てしまうほど、希美は己れの大罪を自覚しており、かつ大罪過ぎて直視できなかったのである。
「ゴンさん、わしの国は、まだ家臣共が猫になるだけで済んでよかったのやもしれぬな……」
「なんか、ほんと、ごめん……」
希美は心の底から、この時代の人々と、後世の人々に謝罪した。
そして、げんなり顔をしている青年武士に目を向けた。
彼が畠山義綱。能登のまぞ猪化政策を進めるドMロリコン武将の息子である。
「あー、それで?息子さんは、どうしてここへ?ぶっちゃけ、事前に書面で連絡してさえくれたら能登の仕置きはお前に任せるから、息子の処遇も好きに決めていいぞ?」
そんな風に希美から声をかけられた義続は、希美と同じように義綱に目をやり、話し始めた。
「流石はえろ大明神様。お心が広う御座る!息子は負けを認め、柴田様に恭順すると申しておりまする。が、此度の騒動の張本人がこやつに御座りますれば、きちんと主となる方に筋を通さねばと思い、連れて参りました」
「へえ、恭順してくれんのか。そりゃあせっかくの人材を殺さずに済んで助かるよ」
「それから、もう一つお願いが。こやつ、決して三角木馬にも三角鞍にも乗らぬので御座る!えろ大明神様、どうにかして、倅をどこに出しても恥ずかしい、立派なまぞ猪にお導きくだされ!!」
「とんでもないマゾブターペアレント!!?」
モンペならぬマゾペの意味不明な主張に、希美はすっかり同情して義綱を見た。
義綱は蒼白になって、怯えながらこちらを見ている。
希美を、「お前もまぞ猪にしてやろうかー!!」などと言って、鞭と蝋燭を持って調教を始める悪魔だとでも思っているのだろう。
だが、幸か不幸か、その期待には答えられそうにない。
希美はどちらかというと、わりとえむな人だからである。
「ああー……、ええと、君、息子君?名字呼びだとそこのブタと被っちゃうから、官位名かなんか教えて?」
「は……。し、修理大夫に御座る」
「えろ大明神様っ、わしは左衛門佐ですぞっ」
「うっせえ!てめえは、まぞ猪だろうが!人間の官位名を名乗ってんじゃねえよ、この猪野郎!!」
「は、はうんんんっっ☆」
希美の罵倒に悦び体をしならせた気持ち悪い猪を無視して、希美は優しく義綱に尋ねた。
「それで、修理大夫君はどうしたいの?やっぱ、お父さんみたいなまぞ猪にはなりたくないんだよね?」
義綱は、がばりと平伏した。
「こ、この度は、えろ大明神たる柴田様に楯突くような愚かな真似を致しまして、真に申し訳御座いませんでした!!戦に負けたからには、某は柴田家家臣の一として、粉骨砕身働く所存に御座る!で、ですが……」
「ですが?」
「木馬に……三角木馬や三角鞍に乗るのは、ご勘弁を!あのような恥ずかしい姿を人前で晒すのは、某には無理に御座る……!」
「な、なんじゃとお!修理大夫!」
息子の言葉にいきり立つ義続を「黙ってろ!」と一喝して、希美は義綱に言った。
「ねえ、修理大夫君。私は、別に無理してまぞ猪になる必要はないと思ってるんだ」
「え?」
「えろ大明神様!?」
驚く義続を、希美は睨んだ。
「だから、黙って聞けよ。そもそも、お前はえろの教えをちゃんと理解してないだろ。えろは共存共栄。自分の宗派やえろのstyleを押しつけず、尊重し合うんだ。えろでもえろじゃなくても、みんなが一つ所で平和に過ごせるのが、えろの平和だ。お前もえろなら、決して息子にお前のえろを押しつけるな。息子には息子の趣味嗜好があるんだ。それを大事にしてやれよ」
義続は、黙った。えろの教えについて考えているのだろう。
息子にしろ、領民にしろ、それぞれのえろがあり、中には非えろもいる。
そんなみんなが共存できる場所を作るのが、領主となった者の仕事だ。
「えろ大明神様……わしは、わしは三角木馬と三角鞍を愛するあまり、そればかりを……」
「これまでの事はいい。今、お前が気付けた事が大事なんだ。お前は領主だし、お前のえろを民に紹介するのは間違いじゃない。でも、自分とは違う趣味の者も共存できるように、これから頑張ればいいんだよ」
「えろ大明神様……」
これで、能登のまぞ猪化もストップするだろうか。
いや、無理だろう。
既に、多くの民がまぞ猪になっている。
木馬や三角鞍が飛ぶように売れている。
能登は、もう手遅れである。
「うーん、となると、修理大夫君が能登に住んでると、どうしてもまわりから三角木馬や三角鞍へ乗るように圧力がかけられかねないよなあ」
そこで希美は閃いた。
「そうだ、修理大夫君。君、能登では色々肩身も狭いだろうし、まぞ猪も多い。ならいっそ、能登から出ない?」
「能登を?と、申しますと?」
訝しむ義綱に、希美が言った。
「最近神保氏を降して、越中の南西部を柴田家の領にしたんだけど、まだ代官を決めてないのよ。君なら越中にも詳しそうだし、柴田家の者として、あっちで代官してくれないかな?」
希美の提案を、義綱は快く承諾した。
よほど、まぞ猪となるのが嫌だったのだろう。
義綱は心機一転して越中に住み、神保氏と共に越中の差配を進める事となった。
さて、しばらくして、義綱から希美へと手紙が届く。
それはこんな内容だった。
「殿へ
某は、こちらで某のえろを見つけ申した!『数珠』という素晴らしいえろで、神保も畠山も、身分すらも関係なく、全ての男達と一つに繋がり…………」
「くっそおお!また、やってしまったああ!!」
『まぞ猪』から逃れた結果、『数珠』玉の一つとしてサンドイッチされてしまった義綱に、希美は頭を抱えて呻いたのである。




