挟まれる武将
いつも誤字を直していただき感謝します!
ケツ論から言おう。
越中神保氏は、降伏した。
だが、それだけの話ではない。
今回の神保氏をめぐる始末は、戦による犠牲者も出したが、武田・神保双方共に大きな被害と変革とをもたらした。
多くの兵の腰が、砕けたのである。
そうは言っても、前後運動による腰の酷使と、摩擦による尻の酷使が原因なので、全治は三日ほどであろうか。
しかし極楽を知った彼らは、それぞれの領地で同好の士を募り、数珠サークルを作って活動を始めた。
数珠サーの活動日ごとに砕ける腰。
越中と武田領では、灸のためのい草と、様々な用途にお使いいただける馬油が大変売れ、柴田の懐は潤った。
後世において、『実は越中神保氏の始末は、馬油の消費を拡大させるために、柴田勝家が仕掛けた』という陰謀論がまことしやかに囁かれているが、今は置いておこう。
ともかくも、冷たい川の中で存分に手を洗い、なんとか先ほどの場所まで戻った希美は、降伏した神保家家臣と、いろんな意味で尻にダメージを受けた神保長織を連れて武田信玄と合流した。
奇襲が失敗して精鋭の主戦力を失い、その上トップを人質に取られて戦意を失った増山城の者達は、早々に開城を決めたのである。
「つまり、散々サンドイッチして、事後で呆けていたけど、気付いたら私達が迫っていたので逃げようとした。しかし、腰が砕けていて逃げるのは困難だったから、みんなで茂みの中に隠れた、と」
「は。その通りに御座る……」
増山城の広間にて、本来は城主が座るべき席へ希美が座している。
ようやく着物を着せてもらえたようだ。
露出武将脱出で、大変喜ばしい。
その希美の両脇を固めた武田信玄、上杉輝虎は、目の前で平伏している武将に睨みを効かせて……いや、希美を挟んですぐ向こうの仇敵に睨みを効かせている。
誰もが知るビッグ戦国大名の熱視線が真ん中の希美にも突き刺さり、非常に鬱陶しい。
希美はおもむろに立ち上がると、自分の手拭いを割いて、信玄と輝虎の目を覆い隠すように巻いた。
しかし彼らは、見えていない筈なのに、目隠しをしたまま互いに睨み合っている。
「殿……。なんでしたら、今から必えろ技をかけましょうや?殿がかすがいになり、前後で武田殿と上杉殿を繋げば、きっと真の平和に至りましょうぞ?」
輝虎の向こうで、河村久五郎が恐ろしい提案をした。
「絶対やめろ。つーか、お前の必えろ技は今すぐ封印だ。わかったな?」
「何故!?」
大変迷惑な歴史改変が行われてしまうからである。
河村久五郎は、いや柴田勝家は困ったらすぐサンドイッチした、とか、『釣り野数珠』が得意であった、などと後世のWikipediaに載りたくはない。
希美は、目隠しぷれい中の信玄と輝虎を無視して、神保長織に声をかけた。
「それで?なんで私を裏切った?そもそも、お前が私に同盟を頼んできたんだろうに」
神保長織は、益々床に額をめり込ませて這いつくばった。
「そ、それは、大変申し訳御座いませぬ!!あの時は、わしが間違っておったのです!あの極楽を得た今ならわかり申す。えろは偉大なり。この世に極楽を生み出すえろ大明神様に逆らうなど、大変恐ろしい罪を犯し申した!どうかお許しを!!」
「いや、あれを生み出したのは私じゃ……え、なに?お前、えろになったの?ならなんで私から隠れたの?」
「あなた様のお命を奪わんとした自分が、どの面下げてあなたの前に出られましょうや……。それに恥ずかしながら、命が惜しかった。生きておればこそのえろ。あの幸せを、また得たかったので御座る。この危機をやり過ごせば、わしはもう一えろ教徒として、野で男と男に挟まれる日々を送ろうと思ったので御座る……」
「城の奴等見捨てて、なんつー日々を送ろうとしてんだ、お前……」
長織の後ろで、青年武者がなんともいえぬ目で長織を見ている。
長織の嫡男である長住だ。
尊敬していた父親が、男と男に挟まれんと城を捨てて、浪人ならぬ『えろう人』となろうとしていたとは、息子としては信じたくない事実だろう。
「クズかよ、お前は。なんか欲棒に忠実過ぎて、いっそ好感度上がったわ。あー、もう平伏しなくていいから、頭上げなよ」
「無理に御座る。あなた様のきつい一発でわしの腰は終わり申した。動けませぬ……」
「あー、……それはごめん。急に目の前にぽっかり開いた洞穴が現れた挙げ句、サイレントポイズンウィンドが……。この嫌過ぎる記憶、誰か消して……」
希美は、盛大に顔をしかめている。
一方長織は、片側を小島職鎮に、もう片側を息子の長住に支えられ、体を起こした。
なんだか、男に挟まれてご満悦な気がするのは気のせいだろうか。
息子はともかく、家老の小島職鎮はあの場にいたのだ。
長織と小島職鎮の距離が近過ぎるような気がするのも、やはり気のせいだろう。そうに違いない。
「よし、あんな汚れた洞穴など存在しない!私の記憶にも存在し得ない!ええと、それで?間違ってたって、何を間違ったんだ?」
「おい、正直に言え!わしはお前の奇襲のせいで死にかけたのだからな!」
希美の問いかけに目隠し信玄が追随する。
それを聞いて、長織は激昂した。
「この腐れ坊主が!どの口で言うか!!散々わしを脅かしたお前がおったから、柴田様に同盟をお願いしたのじゃ!わしを守ってもらえると思うたから。じゃが、蓋を開けてみれば、壁役として柴田様とお前に挟まれ蹂躙されるだけの日々。わしに何の益もないではないか。これからも挟まれ続け、磨り減る日々が続くと思うと……わしは……!」
こいつ、挟まれるのが好きなのか、嫌いなのか。
しかし、希美はちょっと反省した。
わかっていて騙すように同盟を結んだのは希美である。
無理なご契約は、当然破綻する。戦国時代にはまともなクーリングオフなどない。
片方の武将が「この同盟、やっぱ無理~」と思ったら、同盟破棄して裏切るのが、戦国時代的クーリングオフのやり方だ。
「あー、それは私が悪かったよ。お前に不利な契約を結ばせた私にも責任はあるわ。すまなかった」
頭を下げる希美に、神保長織を始めとした神保勢も、希美側の信玄や輝虎も驚愕した。
「ゴンさん、何故謝るのじゃ!不利な同盟と見抜けなんだこやつが悪いだけじゃ。それを逆恨みして、助けに参ったわし等をそこの糞共々葬ろうとするなど、度しがたい行いじゃ!」
「てめえ、せめて坊主をつけろや!だが、のぞみ、こやつの言う通りよ!お主が謝る必要はない!そもそも、お主は同盟の肝である婚姻関係すら、神保との間にはないではないか。わしなぞ、今川との同盟で、あそこの姫を息子の嫁にもろうたが、これから今川を攻める気満々だぞ!」
「いや、信玄。それはどうかと思うわ……」
「だからわしはこの男が嫌いなんじゃ。誠も糞もない」
希美と輝虎は、軽く引いている。
信玄とは、こういう男である。
だが、こういう男こそ、乱世の雄なのだ。
ここは、乱世。裏切りは常、騙された者が弱者。そういう世界だ。
しかし、希美は首を横に振った。
「確かにこの時代、騙されるような弱者は生きていけないさ。だけど、ずーっとそんな風に騙し合いをしてたら、争いは終わんないでしょ。私はちゃんと知ってたんだ。同盟には、相手を裏切れない何かが必要だって。例えば自軍を駐屯させてもらう代わりに、相手を自分無しじゃ生きていけないように庇護と圧力を与え続けて、自国の価値観を植え付けるとか」
「相手の領地に堂々と兵を送り込むだけでなく、洗脳して国を従わせるとは。恐ろしい話じゃのう……」
「のぞみ、流石のわしもそこまでの事はせんぞ?」
輝虎と信玄がドン引きしている。
希美は慌てて否定した。
「いや、そういう事じゃないし!そりゃ軋轢もあるけど、国単位で見るとお互いに利があるし、仲良くしてるから!とにかく、私は神保さんが裏切りたくならないように、利益を与えないといけなかったんだ。私は、それを怠ったんだよ。だから、神保さんは裏切った。結果には理由があるんだ」
希美は立ち上がると、男に挟まれたまま、ポカンと口を開けてこちらを見ている長織の近くまで歩みを進め、目の前に座りもう一度頭を下げた。
「お前を追い詰めてしまった。自分勝手な同盟だったよ。すまなかった」
長織は、口をぱくぱくさせ、そうして深く平伏した。
「恐れ……恐れ入り申した。これほどの懐の深さ、えろの素晴らしさ。敗軍の将として死ぬ事をもし逃れたならば、わしはあなた様の下で働きたい。どうか、わしを御家中にお加えくだされ!」
「わしも、父と同様、柴田家に仕えたく思いまする」
神保親子は、柴田家に与する積もりになったようだ。
小島職鎮は、「殿と柴田様とみんなで繋がるのが夢に御座る」とツイートしながら平伏している。
希美は頭を上げて小島職鎮に拳骨を食らわすと、
「じゃあお互い様って事で、まあそれとは別にお前等は戦で私に負けたし。本領安堵するから、今日からここはうちの領土な!」
と宣言した。
「ほ、本領安堵……?わしは、死ななくてもよいので……?」
驚く長織に希美は力強く頷く。
「では、これからもわしは、挟まれてもよいので……?」
うち震える長織に、希美は笑顔で「それは知らねえよ」と切り捨てた。
背後でため息が二つ聞こえる。
「のぞみよ、お主はやはり甘いのう」
「ゴンさんらしいといえば、らしいか。仕方のない主じゃ」
信玄と輝虎だ。
希美は、そうだった、と何か思い出したように、長織に言った。
「死傷者の分の損害賠償はこの領から行うから、とりあえず信玄に食料と賠償金を持たせるぞ。足りない分は柴田家が貸し付けるから、今後は借金返すためにしっかり働かせるぞ」
それを聞いて信玄が訝しげに希美に尋ねた。
「お前、わしには何も取り分はないと言っておったのでは?」
「取り分はな。だが、迷惑料はもらわないと。お前のとこ死傷者出てんだから、そいつらの分も含めてな」
「のぞみ……」
「あ、それとな、お前私に従うんだから、もう神保も上洛も私の尻も諦めろよ。そうしたら、たまになら、遊びに来てもいい」
「ちっ……仕方あるまい。お前の尻は諦めよう。その代わり、わしの尻になら、よかろう?」
「何一つよくねえわ!なんだ、その代替案は!」
これがどちらもイケるサンドイッチ武将の強みである。
だが、どちらもイケない希美は、そのどちらをも却下した。
信玄は憤慨しているが、希美に従う約束なので、渋々受け入れる。
今回の事で信玄もわかったのだ。希美には敵わぬ事を。
そして希美を裏切りたくない自分がいる事も。
こうして、神保氏の始末は幕を下ろした。
その結果、北陸の一部と甲信地方に、新たな一大えろ勢力『数珠』衆が爆誕してしまったのであった。
まさに悲劇としか言いようがない。
「「わしは、いつこの目隠しをとれば……」」
メジャー級戦国大名二人は、未だに目隠しぷれい中である。