砕ける関係
近江旅行から帰ってすぐ、風邪でダウンしてましたが、ボチボチ良くなりました。
今回は、いつも以上にBLネタが多いかも。
それと、いつも誤字報告ありがとうございます!!
信長は飲んでいた。
尾張から取り寄せた清酒である。
日頃飲まぬ酒を、かわらけで呷っている。もう既に銚子を何度も空にしているようで、酌を要求して杯を突き出した信長に、小姓が心配そうに声をかけた。
「殿、もうこれ以上は……。お体に障りまする」
「わしの命が聞けぬか!」
ガツッ、カタンッ
「あぐっ……!申し訳御座いませぬ。ご容赦を……」
信長からかわらけを投げつけられ、小姓の額に血が滲んだ。
その拍子に小姓の取り落とした空の銚子が床に転がり、僅かに残っていた酒がほんのりと畳を湿らす。
もう外はとっぷりと暮れて、怪我をした額を押さえることもなく銚子の始末をする小姓の姿が、燭台の灯りでゆらゆら艶かしく浮かび上がる。
古参の小姓だ。その体も忠誠も、知り尽くしている。
信長はどうしようもない苛立ちをぶつけるように、小姓の腕を荒々しく引いた。
「あ、殿……。今宵は、柴田様の……」
「黙れ!考えとうない」
目に浮かんだのは、情ない作り笑いで伽を了承した勝家の顔。
その上、伽をするにあたって、と細かな条件をつけてきた。
「何故、あやつがわしの伽を受け入れるのに、わしが条件を呑まねばならんのじゃ!」
信長は忌々しげにその時の様子を思い返した。
勝家は当初、無理に笑いを浮かべていた。
それが一層、信長には自分を拒んでいるように見えた。あの自由な男の心を殺して無理に従わせている。信長は、死なぬはずの男を殺してしまったような、どこか空虚な気持ちを覚えていた。
しかし勝家は信長に切り出したのだ。
『殿、某の初めてを捧げるに、殿にお願いしたい事がいくつかあるので御座る。それが満たされれば、某も安心して殿に尻を任せられまする』
『なんじゃ、言え』
『叶えてくださるとお約束を』
『何故わしが無条件でそれを叶えねばならん。言え。話はそれからじゃ』
『叶えてもらえられねば、某は……某は……』
『叶わねば、わしを拒むか?』
『いえ、某は殿を拒みませぬ。むしろ、殿を槍まする』
『……は?』
『某の槍で、殿の尻を下克上して槍まする』
『お、おま……!わしを裏切ると!?』
『裏切りでは御座らぬ。どちらも行為は行為。これは裏切りではなく、立場の裏返り、リバ(ース)に御座る。某は、これからも殿から離れませぬ。私の忠誠心を一生かけて殿の尻で示していく所存。ずっとずーっと……!』
『そ、そんな事は絶対に許さんぞおお!』
『殿が某のお願いを聞いてくださらぬなら致し方なし。某とて武士に御座る!殿への真心は、しり働きではなく、ヤり働きで示しとう御座るぅ!!』
『や、槍を主に打ち込む槍働きがあるかあ!!』
『だって、殿ばかり私に求めるのずるい!私だって、殿に求めてもいいでしょ!お願いがだめなら、そう、尻を!』
『わかった!お願い聞く!聞くから、言え!』
『え、そうですか?じゃあ遠慮なく……』
信長は、チッと舌を鳴らした。
願いと言っても、本当にとるに足らぬものであった。だが、結局勝家のペースに乗せられ、丸め込まれてしまったのは間違いない。
しかも気付けば証文まで作らされてしまったのだ。
こんな風にいつだって勝家に翻弄され、好き勝手にされる。
そしてどこかでそれに安堵する自分がいるのが、信長には堪らなく苛立たしかった。
「わしと顕如を天秤にかけておる癖に……。何が一生じゃ。尻の条件に『ちくび』って、何なんじゃ……」
信長はその憤懣を晴らすように、小姓の体に取り組んだ。
勝家が待っているのはわかっている。自分の命じた伽だ。
しかし、どうしてよいかわからなかった。
無理に差し出させた尻で勝家の心を測ったとて、これだけの条件を呑まされたのだ。
おかげで、勝家の忠誠を確かめられようもない。
信長には、顕如と通じながらも、自分への好意がまるきり変わらぬ勝家が理解できず、今も裏切りの疑念に苛まれている。
それでも、勝家が伽を受け入れた事だけは嬉しかった。
信長は、ぐちゃぐちゃの思考をもて余し、しばらくは小姓に逃げた。小姓も心得たもので、信長のささくれた寵愛を受け止め、献身を尽くす。
夜は深々と更けていく。
一段落し多少心の整理がついた信長は、迷った末、小姓の移り香を纏ったままに、離れの居室を出た。
それは、予定の時刻をとうに過ぎ、誰もが寝静まった頃だった。
その足は、勝家の部屋へと向かっていたのである。
一方、信長が小姓と前哨戦を繰り広げているとは知らぬ希美は、自室でうろうろ歩き回っていた。
もちろん、緊張と恐怖のためである。
「も、もう予定の時間じゃん!やっべえ。いよいよ、BL。ああ~~、尻とか怖い~!おおお落ち着け、私!あれだ。かなりため込んだ後の立派な一本う○こを思い出せ。あれがいけたんだ。大丈夫。私の尻は耐えられるはず」
それに、BLチートだしな!
そう希美は一人ごちて、準備物に目を向けた。
「もう一度確認しとこう……。洗浄用の湯が入った桶、十個で足りるよな。あと、石鹸に、手拭い十枚、おまる、馬油……。とにかく、入ってきたらすぐに歯磨きと手洗いさせよう。一応風呂に入ってこいとは言ったけど、この時代の衛生観念は、マジで信用ならんからな」
ムードもへったくれもないスタート確定である。
ちなみに、ただでは転ばない希美は、信長の伽を受け入れるにあたり、条件を出した。譲れないのは、主に衛生面での条件であるが、他にも細々通したい話もあったのだ。
当初、信長は反発した。当然である。この時代の雇用は基本的にブラック極まる。
社長のために部下が家族の命を犠牲にするのを、普通に求められるのだ。
トップからの辞令(無茶ぶり)に「条件次第でやります」なんて、普通なら通りはしない。
だが、通さねばならなかった。
だって希美は、少し潔癖症なのだ。
そこで、希美は信長を脅しつけ、勢いで条件を呑ませる手段に出たのである。
名付けて『攻められたら攻め返す』作戦。
希美に信長の尻をどうこうするつもりなど毛頭無かったが、丹羽長秀のヤンデレっぷりをお手本に真に迫った演技をしてみせた。
『槍まする』の所では、指で、まともな女子なら決してやらない交合のジェスチャーも交えてみた。
オッケーの丸に、もう片方の指でインとアウトを繰り返しながら、据わった目で信長を見ると、信長は真っ青になっていた。
ざまあああ!!である。
尻を狙う者は、己れも尻を狙われる覚悟で狙ってほしい。……いや、そもそも尻は狙わないでほしい。
さて、これには信長もかなり揺さぶりをかけられたようで、希美は勢いのまま、なんとか信長に提示する条件を全て呑ませる言質をとった。
その希美が信長に出した条件は、以下のものである。
『次の日、どんな顔してみんなに会えばいいのかわからないので、この場にいる小姓や近習、既に知っている者以外に、伽の事は伏せる事』
『満足いく準備をしておきたいから、伽は勝家の部屋で行う事』
『風呂に入って石鹸で体を洗ってくる事』
『歯磨きしてくる事』
『ふりもみこがしを改良した『ちくびこがし』を信長公認という形で、『殿のちくびこがし』という名前で売り出す許可をください』
条件を重ねるにつれ、しょうもない細々とした内容ばかりで「面倒な!全て許す」と言い出した信長に、「じゃあ『ちくびこがし』も」とちゃっかり付け加えた希美だった。
「ああ!もう好きに致……え?ちくびこがし?」と戸惑う信長に、さくさくと懐紙に『殿のちくびこがし』についての契約内容を認め、花押をさせた希美。
ほぼ、自身の尻を対価に契約をもぎ取る枕営業である。
そんなこんなで慌てて準備と風呂を済ませ、希美はカチカチに緊張して信長を待っていた。
しかし、なかなか来ない。
手桶の湯に手を入れてみる。もう冷めて水になっていた。
希美は、桶枠に手をかけたまま、ため息を吐いた。
暇な希美は、自身の緊張と不安を解すために、BLシミュレーションを脳内で行う事にした。
(ええと、なんかのまとめサイトで見たBL鉄板ワード2018の第一位は、「力抜けよ……」だったな。つまり、私は力を抜かねばならんのか。よし、リラックス、リラーックス……)
希美は目を瞑って、現代を思い出した。家でホッと一息つく時のリラックスポーズといえば、釈迦の涅槃スタイルだ。
(このポーズで入れてもらおう。。リラックスしないと力入るからな。しかし、ずっとリラックスでいいのか?いや、いかんだろう。BL鉄板ワード2018の第二位は、「キツイな……もってかれそうだ」だった。まあどうせ自然と力が入るだろうけど、殿が『もってかれる』ためには、信長くんを迎え入れたら、今度は力を入れるべし!)
希美はぐっとふんばった。桶の木枠を握る手に力が入る。
木で出来た枠が、バキバキッと握り潰された。
(あ、やべ!肉体チートなんだから、加減しないといけな……あ)
希美の脳内で、信長の信長くんが柴勝おじさんのPC筋で粉砕される映像が浮かぶ。
(……力入れたら、殿が女の子になっちゃう!)
その後、何度も希美は脳内シミュレーションを行ったが、いつだって信長くんは粉砕された。
なんせ、初めてのBL。力が入らぬわけがない。
(殿が来たら説明して中止してもらおう。私の尻、BLチートかと思ったら、女体化チートだったのか……)
希美とBLすると信長の女体化が不可避。何を言っているのかわからないと思うが、これがありのままの事実である。
希美は、待った。多少聞こえていた他の部屋の物音も、他所のBL騒音も、ほとんどの生活音がなくなり、いつしか誰やらのいびきの輪唱が微かに聞こえるばかりだ。
「来ないな……。今日は中止かな」
そんな風に呟いた時、カタリと天井が鳴った。
上を見やり、「ヒィッ」と希美は息を呑んだ。
天井から首が生えている。しかしよく見たら、百地正永だった。
「おま、ももちんか!夜中に首だけ出すの止めろ。怖いわ」
「申し訳ありませぬ。えろの神である殿に、折り入ってご相談が御座いまして。部屋に降りてもよろしいでしょうか?」
「部屋に降りるってなんだよ。いいよ、首だけよりマシだよ」
正永は、するりと部屋に降り立ち、希美の傍に座して頭を下げた。
そうして、部屋にある大量の手桶に気付いたようで、希美に尋ねた。
「今宵は何かあるのですか?」
希美は、少し考えて首を横に振った。
「いや、あったんだが、この時間だ。もう来ないだろう。それより、ももちんこそこんな夜更けにどうしたんだ?顕如様の事で色々働いてもらったから、休みをあげただろ?」
正永は言い辛そうな様子で少し迷ってから、希美に語り始めた。
「殿は、某が以前千貫貯めている話を覚えておりましょうや」
「ああ、覚えてるよ。確か私が茶碗をあげて、貯まったはずだよね」
「そう、そうなのです。それなのに……!!」
正永は、手で顔を覆って俯いた。希美は、ギョッとして見守った。
正永は俯いたまま、話し出した。
「千貫持たざる者が綿を身につけたら、神罰でナニが芋虫になる。そんな話がありましてな……。わしはこれでも上忍。綿の衣を身に付ける事もあります。故に、千貫貯めれば、わしの芋虫も立派な大木になれると信じておったのです」
「なんだ、その話!?てか、お前芋虫なの?それに、虫が植物にはなれんだろ!その例えだと、せいぜいサナギが関の山だぞ!」
突っ込みの止まらぬ希美に、正永は顔を上げて、希美の膝にすがった。
「どうしてわしは芋虫のままなのですか、えろの神よ!千貫持っておりますので、どうか神罰を取り止めてくだされ!」
「私じゃないわ、その神罰!てか、そんなの、迷信に決まってんだろ!」
そう言って希美は正永を引き剥がす。正永は、ショックを受けていたが、諦めてはいなかった。
「神罰が殿ではないと、迷信だと仰るなら、どうかえろのお力で、芋虫をサナギに!!」
「いや、無理だって!まあ確かにえろの力で体積が増えない事はないけど、お前が言ってんの、そういう事じゃないだろ?!」
「そこをなんとか!せめて、せめて見ていただくだけでも!!」
正永は、ゆらりと立ち上がるや一瞬で袴を取り払い、希美の眼前でポロリした。
「キャ……あ、本当だ。ポー○ヴィッツ」
女子らしく叫ぼうとしたものの、驚きのあまり普通に真顔で感想を漏らした希美に、正永は泣いた。
「ぽお○びっつ……。知らない言葉なのに、とても心が抉られる……!」
「ごめん……」
希美は、神妙な顔で眼前の芋虫に謝った。
「権六、来たぞ」
カラリ
突如、入り口の戸が開いた。
現れたのは、来ぬと思っていた信長だ。
「あ」
「へ?」
「なっ……」
布団の敷かれた寝所。準備は万全。布団の前で下半身を露出する男。その下半身に顔を近付け(ているように見え)る勝家。
信長は、秒で踵を返した。
BL用語のリバとは、受け手攻め手どちらもいけるという意味での『リバーシブル』から来ています。