顕如と仕事と忍者への報酬
毎度、誤字脱字報告をありがとうございます!
名前の通りのザルっぷりにも関わらず、報告いただき感謝です。
「顕如様がまだ寺内町に?!あの人、何やってんの……」
フリーズ状態から回復した希美は、頭を抱えて思わず呻いた。
そんな希美の疑問に答えるべく、百地正永は報告を続ける。
「調べた所によると、『筑前尼』とかいう女に未練があり、探しているうちに逃げそびれたようですな。気が付いた時には織田に囲まれ、出るに出られなくなったのでしょう。今は織田方が長島を手に入れたばかりですから、ほとぼりが冷めてから脱出を図るつもりなのではないかと」
「『筑前尼』……。よく殿が尼姿になる時に、使う偽名……」
てるが希美をじとりと見ている。
希美は、てるから目を逸らした。
「それで、如何されますか?この情報を織田の大殿に渡しますか?それとも、こちらで首を取り、大殿に献上しますか?」
百地正永の問いに、希美は首を横に振った。
「いや、どちらも却下だ。顕如様には、大坂に帰っていただく」
「「なんと!?」」
百地正永とてるの声が重なった。
「……敵の首魁を逃がしなさるので?」
「殿、ここは捕らえて処刑すべきよ!顕如の策で、どれほどの騒乱が起きたか!」
百地正永が不可解とばかりに低い声で主の意向を再確認し、てるが鋭い声を発する。だが希美に、顕如を殺す選択肢はなかった。
希美は、揺らぐ事なく答える。
「それは理解してる」
「理解してて、何故なの!?」
「あの人を殺せば、門徒との融和に支障が出る。あの人は、本願寺派の代表で、あれほど壮大に門徒を動かせる宗教的カリスマ指導者なんだ。彼には生きて戦を終わらせてもらい、その後私達えろと節度ある関係を作り上げる事で、門徒達に融和の道を示してもらわないといけない」
「そ、それはそうだけど……、でも奴のせいでどれだけの犠牲が……!」
「すまん、てる。色々言ったけどさ、本当は、私があの人を殺したくないんだよ……」
てるは驚いて希美を見た。
てる、下間頼照は、元々顕如の指示で加賀に攻め入った一向宗本願寺派の坊官である。以前はそれなりに顕如への忠誠心はあった。
しかし、えろに堕ちてから、その心はえろ門徒側に傾き、門徒にえろの弾圧を指示する顕如を忌々しく思っていたのだ。
当然、えろの守護神である希美も、同じ思いであると考えていた。
「殿……。殿は武将にしては甘いお方だし、戦で死んだ味方について心痛めていると思っていたのだけど……」
ついそう溢したてるに、希美は反論しなかった。
「そりゃ、辛いよ。今回の戦では、私が仲良くしていた人も犠牲になったし、殿の弟御である彦七郎信与様も御討死された。すげー腹が立つし、顕如様ふざけんなとも思ってる」
「じゃあ、何故なのよ!」
「でも、顕如様本人を私は知ってるんだ。あの人はあの人なりに、信仰や組織のために頑張ってる。個人では、いい方なんだよ。人間として、好きになってしまったんだ。みんなを殺したから死ねとか、そんな単純に割りきれないし、こと今回の戦で出た犠牲に関しては、私にも責任がある。私がここまでえろを広めなければ、起こらなかった戦なんだからな。彼らは、確かに顕如様が殺した。そして私も、彼らを殺したんだ」
「殿……」と、沈んだ顔の百地正永の口から、声が漏れた。
「でも、戦ならお互いに」
と言葉を返しかけたてるに、希美は口を挟んだ。
「そう。戦だから殺す。だから私は戦争責任者として、全ての犠牲者の命を背負って、生きる。そして今後戦が起こらないようにするんだ。私は顕如様にもそれを望んでるし、何より友人としては、とにかく生きてて欲しい。てるも、ももちんも、私が懐に入れた人間にはみんな、出来るだけ生きてて欲しいんだよ」
「そんな甘い考えが、この乱世に通用するわけ……」
「うん、てるの言う通り、私の考えが甘いのはわかってる。でもさ、ぶっちゃけ、甘くて何が悪いのよ。偽善?矛盾?そんなの上等だわ。理屈なんて糞食らえだ!私の基本理念は、『ドントシンク、フィール』じゃーい!!」
段々語気が強まり、最後には拳を振り上げてシャウトした希美に、てるが言った。
「殿、あなた、無茶苦茶ね……」
百地正永も呟いた。
「ももちん……。今わし、さらりと『ももちん』と呼ばれたような……」
『ももちん』呼びは、ドントシンク、フィールの結果である。
てるは、ふう、と一つ息を吐いて、ほろ苦く笑った。
「本当に、私、とんでもない人に忠誠を誓ってしまったわ。……でも、殿がそういう人だから、今の私があるのだものね。はあー、仕方ないわ。そんな殿だから、私は殿に仕えようという気になったのだから」
憎まれ口を叩くてるに、希美もサムズアップで答えた。
「とんでもないのは、お前の女姿もだけどなっ」
「誰が、とんでもない姿じゃ!!えろ一揆煽動したろか、こらあっ!!?」
「すんませんっしたあっ!えろ一揆だけはご勘弁をっ!!」
秒で土下座した希美である。
『一揆統率スキル』持ちの坊官経験者は、敵に回したら大打撃を被りかねない。
『えろの持ちたる国』と化した加賀に勤める坊官経験者は、特にだ。
あれだ。下手に手を出せば、腐か……いや、えろ海が溢れてしまう。
……いや、もう手遅れだった。既にてるを総大将として三角鞍のまぞ豚隊を始めとしたえろが伊勢長島の地にえろを撒き散らしていたのだった。
伊勢がえろ海に呑み込まれる日も近い。(絶望)
それはさておき、『ももちん』こと百地正永は、ハイパー土下座タイムの希美に判断を仰いだ。
「それで、殿、顕如を秘密裏に逃がすとして、その手筈ですが……」
その瞬間、ガリガリンッと嫌な音が室内に響いた。
希美は、聞いた覚えのあるその音に、戦慄して跳ね起きた。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ……
ガリガリガリガリガリガリガリガリ……
「ど、どこからだ!?どこから音が!!」
キョロキョロ見回すと、天井、百地正永の開けた穴の対角線上に鋸が突き出て、激しく抜き差しされている。
さらにその真下辺りの畳の下からも音がする。
「ま、まさか……」
希美とてる、百地正永が愕然として見守る中、とうとう天井の穴と床下の穴が完成してしまった。
そして天井から勢いよく顔を出したのは藤林長門守、同時に畳をはね除けて下から顔を現したのは多羅尾四郎右衛門であった。
「「顕如脱出の手配なら、是非わしに!!」」
「ああーー!!私の部屋が、穴だらけ!?」
「なっ、長門守に、甲賀の多羅尾っ!顕如めをみつけたのは、わしじゃぞ!手柄を横取りするか!!」
「別に、お前の手柄を横取りなぞせん。同じ伊賀者として、仕事を分担しようというだけよ」
「伊賀者ばかりに手柄を上げさせてなるものかっ。殿っ、甲賀の多羅尾もお忘れなく!」
「うるせえええ!!!てめえら、私の部屋を何だと思ってんだ!わざわざ穴なんて開けずに、普通に入り口から入れよっ。せめて、伊賀は二人まとめて一つの穴にしろや、ど阿呆忍者!!」
「やだ、殿ったら……それじゃ、まるで二輪刺しじゃないの……///」
カオスであった。
しばらく喧々囂々としていたものの、これでは埒が明かないと考えた希美は、伊賀忍者二人と甲賀忍者一人、とんでもないぷれい情報を口走ったてるを目の前に正座させて、拳骨を食らわせた後、仕切り直す事にした。
「とりあえず穴の事は置いておいてだな、順序だてていこうか。まず、ももちんは顕如様の居場所を突き止める手柄を立てた。その褒美をやろう。何か望みのものはあるか?」
百地正永は、目を輝かせて申し立てた。
「はっ、それでは、銭を!わしは千貫貯めるのを目標にしておりまする。今のわしの資産は、密かに集めた名物の価値や領地の石高を全て合わせても八百貫ほど。後二百貫が欲しゅう御座います!」
「二百貫じゃと!?正気か、百地っ」
「欲をかきすぎじゃ、伊賀の!」
口々に忍者達が抗議する。
二百貫は、大金だ。村一つ、二つ分の知行地を与えるくらいだろうか。
無理だと断るのは簡単だが、希美が考えたのは、顕如の命の価値であった。
(ももちんが真っ先に見つけてくれたから、顕如様の命は救われるかもしれない。二百貫は普通に考えたらぼったくり過ぎだけど、私にしても顕如様を心配しているだろう御裏方様にしても、二百貫でその命が救えるなら安いものだよね……。ももちんの功績は、私にとって二百貫の価値はある。だけど、そんな急に先立つものなんて……)
少し考えた希美はおもむろに立ち上がると、ゴソゴソと物入れを探り、中から包みを取り出し、百地正永の前にことりと置いた。
「こ、これは?」
「大名物『三日月文琳』。殿といっしょに朝倉家を落とした時に、越前の領地の代わりに殿からもらったご褒美の一つ。一応大金が必要になったらと持ってきてたんだ。お前、名物集めが趣味なら、これの価値はわかるよな?」
「「「三日月文琳ーー!!?」」」
百地正永が、震える手で包みから中の茶入れと小さな盆を取り出した。
まず盆を手に取り、様々に角度を変えて眺め、次に茶入れを同じように鑑賞した。
「「張成作」の銘ある堆朱五葉盆に、黒釉の上から飴色の釉薬に底の糸切り跡。まさしく聞いた通りの三日月文琳……。朝倉家が所有していると聞いておりましたが、まさか殿の手に渡っていようとは……」
「流石にこれほどの名物は、二百貫どころの価値じゃないから、あげられないけどな、二百貫分お前に貸してやる。とりあえず、十年貸与。それ以降も持っていたければ、お前、私に金払え。その分、貸与期間延長してやるぞ?銭や知行じゃないが、どうする?」
正永は、目を血走らせて三日月文琳を凝視している。
希美は、大名物に夢中な正永に、あえて言った。
「どうしても銭でくれって言うなら、それ返して。そんで五十貫を褒美とする」
正永は、ぎぎ……と希美に向き、三日月文琳をおし抱きながら平伏した。
「三日月文琳の十年貸与で、お願い致しまする!!」
「よし、契約成立な!一応、それ殿からもらったものだし、私に必要な時だけ返してくれよ。あと、壊したらお前、末代まで永遠に無給で働いてもらうから。よし、後で書面にしてちゃんと契約交わすから、それまでとりあえず返して」
「あっ……」
希美は、正永からひょいと三日月文琳を取り戻し、物入れにしまった。
てるが呆れ顔で希美を見る。
「殿……、あなた、こういうのは本当に頭が回るわよね」
「私、名物に興味ないし、お互いにWINWINですよお、てるさん♪」
希美が胡散臭い笑顔を浮かべている。
てるは、その顔にイラッとして憎まれ口を叩いた。
「大殿にバレたら、殿が末代まで無給で奉公させられるのではないかしら」
「確かにどえすな殿なら、そんな鬼畜な事を言い出しそうだな」
「百地殿にその鬼畜な無給奉公を言い出したのは、殿でしょうが!」
「さて、次の話に移るぞ!」
希美は、さらりと話を変えた。
「というわけで、顕如様の居場所を知ってるももちんは、この後私をそこまで連れていってくれ。いいな?」
「ははあっ」
百地正永は頭を垂れた。
「で、顕如様の脱出だけど」
希美の言葉に、藤林長門守と多羅尾四郎右衛門は期待のこもった視線を主に向ける。
「藤林長門守は顕如様が無事に大坂にたどり着けるように陰ながら道中警護してやってくれ。船頭に手下を潜り込ませて、万が一織田の者にみつかって怪しんできたら、伊賀忍者得意の催眠術で煙に巻いてくれ。多羅尾四郎右衛門は船の調達と長島内の脱出経路の確保。お前等、伊賀甲賀に拘らず協力しろよ」
「「ははっ」」
頭を垂れる忍者ズに、希美は告げた。
「早い方がいいな。今夜、暗くなってからももちんと私で顕如様の所へ行く。それまでに警護の選出や経路選び、船の調達など、急ぎ準備を整えてくれよ」
「「御意っ」」
「じゃあ、解散!穴はせめて見た目だけでも塞いで戻れよ!」
「「……」」
「あれ?」
解散宣言をしたにも関わらず、なかなか帰らず何か言いたげな多羅尾四郎右衛門と藤林長門守に、希美は困惑して尋ねた。
「え?もう行っていいけど、何?なんで君達動かないの?」
「あの、殿……お願いがあるので御座る」
おずおずと切り出した多羅尾四郎右衛門に、希美は「なんだ?」と促す。
四郎右衛門は希美に訴え始めた。
「百地だけ、『ももちん』と親しげなのは羨ましゅう御座る!わしにも、何か親しき呼び名を賜りたく!」
「わしも、わしも親しげに呼んでくだされ!百地ばかり、ずるいですぞ!」
藤林長門守も多羅尾四郎右衛門に同調して、希美に催促を始めた。
(あー、あれか。主従が特別なお尻合いの関係になると、親密さが増して家臣の満足度が高まるように、主から特別にニックネームをもらって親密度を上げたいってわけか……)
なるほど、己が尻をプレゼントするよりはずっとマシである。しかも原価なし。ニックネーム0円だ。
希美は、忍者達にニックネームをつけてやる事にした。
「じゃあ、多羅尾四郎右衛門は、『タラちゃん』な!もうこれ以外は決して考えられないわ。日本人の九割以上は、お前のアダ名を『タラちゃん』にする事間違いないわ」
「それほどまでに?!しかし、確かにわかりやすう御座いますな!有り難く頂戴いたしまする」
多羅尾四郎右衛門はホクホク顔である。
それを聞いて、藤林長門守が仲良しの多羅尾四郎右衛門に対抗意識を燃やして、希美に迫った。。
「殿っ、わしにも多羅尾に負けぬほどわかりやすき名を!日本人の九割が『確かに!』と納得するアダ名を!!」
「おい、ハードル上げんの、やめろよ……」
希美は、考えた。
(藤林長門守かー。『ももちん』も『タラちゃん』も、名字弄りだから、こいつも名字からのがいいんだろうけど、『ふじばやし』……。なんか、いい感じなのが思いつかんな……)
希美は「藤林、ふじばやし……」と呟きながら考えるが、全く思いつかない。
その時、希美の脳内で、半裸の細マッチョがどや顔で天啓をもたらした。
『ドントシンク、フィール……!』
希美は、藤林長門守にサムズアップで宣言した。
「じゃあ、お前は今日から『イクラちゃん』な!」
「何故!?」
この日、後世のWikipediaに記載される藤林長門守の別名の一つが、『イクラちゃん』に確定した。