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動き始めた事態

今回はシリアスメイン回です。


さて、あきじゃ様から素晴らしいレビューをいただきました。

『どうせならこんな戦国時代に生まれてみたいんだが。柴田勝家に転生した40代おばちゃんの奮戦努力に胸が熱くなる!』

あきじゃ様の『知将愛』が伝わる素敵なレビューです。

よろしければ、読んでみてくださいませ。


追記

大事な事を言い忘れてました。いつも誤字脱字報告をありがとうございます!

希美が去って数刻、冬の日天は早くも山の向こうに墜ち、その名残は山の端を微かに赤く縁取った。

部屋の中は誰そ彼の如くすっかり影に落ち、信長の表情も窺い知る事はできない。

外では幾人もの近習達が、警護のために身動ぎ一つせずに詰めている。

隣の部屋には、小姓も。信長の呼ばいを、今かと待つ。

彼らはよく主人に忠誠を尽くし、今も信長の邪魔にならぬよう、闇に溶け込み息を凝らしている。彼らの存在を知らしめるのは、微かな呼吸音と白き息のみだ。


そんな静かな闇の中、信長は沈思していた。

彼はずっと考えていたのだ。


自分が命じ動いたわけでもないのに、増えていく領地。

きっかけはともあれ、己れが軍を率い、もしくは言葉一つでも己れの裁量のもと部下が土地を切り取り、領が増えるならそれは信長の得た土地と言えるだろう。

それでもその多くは柴田勝家が切り取ったものだ。信長は、勝家の力を危惧しながらも、己れの家臣でよかったと考えていた。


しかし、堺の支配にしろ三好家の臣従にしろ、柴田勝家がいてこその成果だ。柴田勝家、そしてえろ大明神の名は信長より大きくなりつつある。

この大規模な一向一揆にしたって、えろ教と柴田勝家が扮した『筑前尼』が起因となっている。

時代は、柴田勝家を中心に動いている。

そして自分は周囲から、織田信長としてではなく、柴田勝家の主として見られているのではないか。

そんな思いが、信長の中にいつしか根付き、次第に大きくなっていた。


「このままいけば、わしが何もせずとも権六がせっせと領を増やし、気付けば天下はわしのものになっておるであろう」


闇の中、信長はそう独りごちた。


「それでわしは天下人と胸を張れるか?皆がわしを、真の天下人と認めるかよ……!」


信長は、武将としての矜持を傷付けられた気がした。

柴田勝家に悪意が無いのはわかっている。それでも、天下を目指す武将として、自分が情なかった。このまま柴田勝家に頼っては自分が腐る、と思った。

だから、伊勢で捕らわれた時、勝家に「来るな」と命じた。

不利な状況とはいえ、伊勢には信長が率いてきた軍勢が

もしそれで死んだなら、それは自分に力がなかっただけの事。是非もなし、と信長は考えたのだ。


だが、勝家は単身、信長を助けにやって来た。

わかっていた。勝家ならば、信長が何をどう命じた所で信長を助けに来るだろう、と。

嬉しい気持ちと、少しのわだかまり。

命を聞かぬ勝家は、はたして心から臣従していると言えるのか。

今回は信長を助けるためだ。命を聞かなかったとて、仕方ないかもしれぬ。

しかし、それ以外では?勝家に、何か心に沿わぬような事を命じたとして、彼は信長のためにそれに従うだろうか。


「試してやろうか」


そう心の声が漏れた時、しゅるしゅると衣擦れの音がし、障子の影に明かりが映った。

「殿、彦右衛門に御座る。灯りと火鉢、温石カイロをお持ち致し申した」

「……彦右衛門か。入れ」

するすると戸が開き、暖かそうな灯りに照らされた滝川一益が入ってきた。

共に、小姓達が一益の持ってきた火鉢を持って入り、部屋に設置する。

また、綿でくるんだ温石を信長に手渡す。信長はそれを受け取り、袷から腹の辺りに入れ、その温もりにほぅと一つ息を吐いた。

一益は部屋に燈台を置くと、自らの持っていた手燭の火を燈台に灯した。


小姓達が部屋から出て、仄かに明るくなった部屋で近習から託された信長の夕膳を一益が給仕をする。

信長に飯椀を渡し、一益は尋ねた。


「何か権六が粗相でも致しましたか?」

「そうではない。……いや、あやつは粗相しかせぬ故、今さらじゃ」

「左様ですな」


一益は、力強く頷いた。鼻がひくひくしている。

『ちくびこがし』を思い出したらしい。

一益は信長を見ぬよう、畳の目を凝視した。

信長はそんな一益の様子に気付く事なく、ネギ味噌の後に飯をかっこんだ。一益は黙って給仕に徹し、しばらく信長の咀嚼音だけが続く。そうして、食事を終えた信長は、白湯で喉を潤した後、漏れた息と共に呟いた。


「権六は、わしを裏切るかの……」


一益が目を見張る。

「それは、有り得ぬかと」

「何故じゃ。状況次第で人は裏切る。お主も散々見てきたはずじゃ」

一益は、頷いた。そしてその上で否定した。

「ですが、権六に限っては有り得ぬかと」

「だから、それは何故じゃ」

「なんせ、阿呆に御座います」

信長は、言葉に詰まった。何の根拠もなさそうな言葉が、妙にしっくり来る。

一益は続けた。

「権六は、知恵は回り申す。しかし誰もあれを『知将』とは呼ばぬ。それは、『知将』が利を見る事のできるさかしき者だからに御座る。賢しき者は利により裏切りを選びましょう。しかし権六はただの阿呆に非ず。利よりも思いや情をもって明後日の方角へ飛んでいく阿呆に御座る。その阿呆は、殿を好いておる。故に、権六は殿を裏切りませぬ」

「あの阿呆は、わしを好いておるから裏切らぬ、か」

「は。あの阿呆は殿を好いております故」


信長は、少し頬が緩むのを感じた。

確かに勝家は信長を好いている。だからこそ、信長が危ないと聞いて助けにやって来たのだ。

もし勝家が信長への反逆者として周囲に担ぎ上げられても、勝家はそれを拒否するだろうと、信長には思えた。

勝家が信長の命を聞かぬかもしれない事は、裏切らぬ事に比べれば些細だと思えてきた。


「ちなみに権六の野郎は、殿の事が好き過ぎて、殿の乳首をかたどった菓子を携帯しており申す」

「は?」

「しかも、それを『殿のちくびこがし』と呼んで、ニヤニヤ笑いながら歯を立てて噛みちぎっており申した」

「……権六うぅ!!鞭を、鞭を持てぃっ。今から、権六の元に向かう!」


主の怒号を聞きつけ、隣の部屋から小姓が飛んできて、柴田勝家専用バラ鞭(愛の鞭)を信長に差し出した。

流石、一介の鉄砲傭兵からのし上がり、史実で『進むも退くも滝川』と称された名将滝川一益である。

勝家を擁護しつつも、勝家への先ほどの怨み(ちくびこがしで笑い死にさせられそうになった件)を晴らすため、虚実入り交えて信長を鉄砲玉に仕上げてしまった。


(権六、ざまあああ!!!)


心中で盛大に勝家を嘲笑う一益は、バラ鞭と一体となり魔王化した信長について部屋を出た。

向かうは柴田勝家の部屋である。





さて、その柴田勝家である希美が信長と別れた後どうしていたかを見てみよう。


希美は自室に戻っていた。

まだ正午を過ぎたばかりだ。昼ご飯といきたい所だが、この時代は一日二食。昼食の習慣はない。

そこで希美は、『ちくびこがし』をつまみながら(笑)、茶を飲んでいたのである。


「あ、もうなくなってしまった……。お裾分けしまくったからなあ。また作らないと……」


希美はがっかりして、口の中の最後のちくびこがしをゆっくり、ペロペロコロコロ舐め回した。

できるだけ長く楽しもうというのだ。

そこへ突然、部屋の外から悲鳴が聞こえた。


「おわあっ、髭の女!!?って、てる殿か」

「髭の女?!曲者じゃあ……って、そういえばてる殿で御座ったな」


「てるがこちらに来てるみたいだな」


バレバレだった。

先だっての一向一揆との戦では、『髭の巴御前』の二つ名を欲しいままにした()()である。現在は女中としてではなく、女武将としての扱いで、加賀からの騎馬援軍へんたいをまとめているはずであった。

だが、ここに現れたという事は、何か不測の事態でも起こったのだろうか。


「殿、てるに御座います」

「うん、知ってた。入って」


カラリと戸を開けて入って来たてるは、希美の前に座してしゃなりと頭を下げた。

「面を上げて。それより、どうしたの?まさかあの戦で息子君が討ち取られたとか??」

「いえ、息子は無事に御座いますわ。というのも、甲賀の多羅尾殿に頼んで手下の者に、息子の行方を探してもらっていたのです。おかげで息子の無事は確かめられたのですが、それよりも一向宗の中が現在大変な事になっているようです」

「というと?」

訝しげに眉をひそめる希美に、てるは話し始めた。


「その甲賀者は、うちの息子の情報を手に入れるために大坂に逃げる一揆勢に紛れ込んだそうなのです。その時にわかった事だそうですが、どうも顕如の行方がわからなくなっているらしくて……」

「なに!?」


希美は思わず腰を浮かせた。


「まだ、大坂に戻ってないのか?!」

「はい。向こうは、顕如が討たれたのではないかと、てんやわんやだそうです」

「嘘……っ、顕如様が!?」


口元を手で覆って目を見開く希美は、筑前尼としてショックを受けている。

その時、上の方からガリッという音が聞こえた。

ハッと希美が上を見上げると、鋸が突き出ている。


ガリガリガリガリガリガリガリガリ……


てるが驚いて希美に抱きついた。腕に当たる感触から、てるがなかなかの胸板を有している事がわかる。

だがそれどころではない希美は、デジャブ極まりない光景に、思わず叫んだ。


「また天井から、物理で出てくんのかっ!てめえ、藤林長門守っ、普通に入り口から来いよ!もう忍ばんでもいいだろうがっ」


天井の一部が物理で外され、その穴からひょこりと顔を出した男の顔を見た時、希美は驚いた。


「残念、わしは、百地正永でしたー!」

「忍者違い!てか、伊賀忍者は天井を破壊しないと登場できない鉄の掟でもあんの!?馬鹿なの?!」

「忍び風情の我等が、武家の皆様と同じ入り口から出入りするのは心苦しくて」

「天井破壊する方を心苦しく思え、ド阿呆っ!!」


百地正永は、「それよりも、殿」と話を続けた。


「実は寺内町から少し外れた門徒の農家に、顕如を見つけたのですが、如何いたしましょう?」


希美とてるは、口をあんぐりと開けたまま固まった。


信長さんのシリアスパートにある「自分が腐る」発言は、(意味深)でもないし、腐男子フラグでもないですよーっ。(笑)

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