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胸を炙る焦燥

誤字脱字報告、いつもありがとうございます!

報告会が終わり、信長不在のため論功行賞の賞与の部分は後日行われることとなった。

先ほど信長にリストラされかかった"空気読めなかったお調子者武将"佐久間信盛と愉快な武将達は、青い顔をしてバタバタと本堂を出ていく。

これから一向門徒の伊勢国人の城を攻める算段を始めるのだろう。

他の武将達は、自陣に戻るのにやはり本堂を出ていった。


まだ本堂に残っていたのは、厳めしくもどっしりと座ったままの織田信広、後ろ手をしてセルフエア緊縛中の池田恒興、「ヒッヒッフー」と腹をかかえて今にも産まれそうな滝川一益、そして希美であった。


希美はエア緊縛な恒興はスルーぷれいして、一益に声をかけた。

「彦右衛門、まだツボってんの?」

「ヒッヒー!誰のせいだっ、ヒーヒー……」

「あー、笑いが止まらない時は、数を数えるとか、なんかつまんない事を考えるといいぞ」

「ヒッヒヒッ?(か、数?)」

「そういや、私いいもの持ってんだー。これを数えてみ?」

そう言いながら希美は懐から紙に包んだおやつを取り出した。

ちょっと小腹がすいた時に、飴がわりに食べようと作っておいた『ふりもみこがし』である。

『ふりもみこがし』は麦を煎って作るお菓子だが、希美がうっかり麦を焦がしてしまったため、ちょっと茶色くなってしまっている。


「おお、ふりもみこがしではないか。以前、殿が自ら作って、振る舞ってもらったことがあるな」


信広が近寄ってきた。

希美は、親切心を出して言った。

「欲しいならお分けしますよ。ほら、彦右衛門も手を出して!ちょうどいいから、数えながら分けてやろうなっ」

信広と一益が希美の前に手を出す。

恒興がヨダレを垂らして見ているが、こいつの場合はスルーが正解だと、希美は感覚で判断した。


希美は小さく楕円に丸めた茶色い『ふりもみこがし』を、まず一つまみ取り出した。

(この茶色み、形、そういえばどこかで……あ!)

希美はニヤニヤしながら、交互に配り始めた。


「どうぞ。これね、殿の乳首……。ほーら、チクビ、チクビ、チクビ……」

「「ぶおっふおお!!!」」


一益をからかってやろうと思ったのだが、信広まで悶絶してしまった。


希美はしげしげと、ふりもみこがしを摘まんで眺めてみる。

そして、ちょっといいことを思いついた。

「これ、殿の乳首そっくりなお菓子と銘打って、『殿のちくびこがし』という名前で売り出せば売れるかも……」


池田恒興が、『ちくびこがし』を物欲しそうに見ている。

仕方ないなあと、希美は恒興の口の中に『ちくびこがし』を入れてやった。

恒興は、噛まずに嬉しそうに舐め転がしているようだ。

希美は、笑い死にかけている一益等の前に懐紙を敷いて、その上に『ちくびこがし』をいくつか置いた。


「はい、ここに『ちくびこがし』置いとくね。じゃ、私、ちょっと商品開発の許しを得たいから、殿を探しに行ってきます!」


「ち、ちくびこがし……!ヒーッヒッ、息が……死ぬ……っ」

「てめえ、権六!(声にならぬ笑い声)……いつか殺すっ!!ぶっはあっ!」


こうして希美は、笑いと乳首による地獄を後にしたのである。



「さて、殿はどこに行ったんだろ。部屋に戻ったのかな?まだおこだったら、『ちくびこがし』の営業許可貰えないかも……」


希美は、願証寺にある貴賓用の離れに向かって歩いていた。

現在、信長はそこを使っているのだ。

希美が信長を探しているのは、なにも『ちくびこがし』の件だけではない。信長の様子がおかしいのが気になったのである。


「部屋にいるといいけど」


離れにたどり着いた希美は、部屋の外で控えている近習に声をかける。

「殿は、戻っておいでか?」

「は。ですが、『誰も通すな』との仰せに御座る」

「あ、まだおこなのね……」


触らぬ魔王にドSなし。

希美は自室に戻る事にした。

「りょーかいに御座る。あなたも寒いのにご苦労様。これ、私のおやつなんだけど、少しお裾分けしてやろうな」

希美は、懐から例のブツを取り出し、少しばかり懐紙に乗せて、近習の手に渡した。

茶色めの小さな楕円を見て、近習の男は目を丸くしている。

「これは……?」

希美は近習の男の耳元に、そっと唇を寄せた。


「これね、殿の乳首だよ」

「ぶっはあっ!!」


近習の男も、『ちくびこがし』の犠牲になったようだ。

希美は悪びれもせず、笑って謝った。

「ごめん、冗談冗談!これ、私が作った『ちくびこがし』。優しく食べて☆」

「ち、ちくびこがし……?ぐひっ、ちくびこがし、て……!ぶふぅっ」


なんというパワーフードか。みんなを笑顔にする奇跡の菓子だ。

これは、なんとしても商品化したい。

希美は、満面の笑みで悶絶する近習の様子を見て、決意を新たにした。



その時、「騒々しいぞ、何事じゃ!」と、中から鋭い声が飛んできた。

信長の声だ。

希美は答えた。

「申し訳ありませぬ。権六で御座る。入ってはならぬと聞き申したので、今戻る所に御座る」

「……」

返答がない。

やはり自分に何か怒っているのか。しかし、話をしてくれぬ事にはどうしようもない。

そう考え、途方にくれた希美は、

「では、御免」

とだけ告げ、戻るしかないなと、一つため息を吐いて立ち上がった。


「……待て」


中から信長の低い声が聞こえた。

希美は動きを止めて部屋の入り口を見た。


「入って参れ」


入室の許可が出た。

「失礼致す」

少し不安な気持ちを抱えたまま、それでも希美は、信長と話が出来ることを喜んで、入り口の障子戸をカラリと開ける。

部屋に入り、戸を閉めて部屋の中を見た。


そこにいたのは、抜き身の刀を持った信長だ。

その眼差しはひどく冷酷で、氷の矢のように希美を射抜いた。

「と、殿?今度は刀でお仕置き?!やめて下されっ。刀が折れまする!」

言い募る希美に向かい、おもむろに信長は、刀で斬りかか……らずに、希美の足元に刀を放り投げた。


「え?セルフでお仕置きしろって事?ぷれいが高度過ぎません?」

希美が何か口走ったが、信長は無視して希美に言った。


「おい、その刀で、わしを殺してみるか?」

「は?!」


信長が意味不明な事を口走っている。

希美は、ぽかんとして信長を見た。

信長は、嗤っている。


「今わしを殺せば、天下はすんなりとお前に転がり落ちよう。どうした、刀を取れ」

「いやいやいや、意味不明。天下は殿が取るんでしょ?私が天下?無理無理無理無理!」

「お前は、あくまで天下を望まぬか」

「望まぬ!望むわけないでしょっ。天下を取りたいのは殿でしょ?!」

「ああ、そうじゃな。わしは天下を取りたい。じゃが、天下はどうじゃ?」

「は?」

「天下は、誰に取られたがっておるのか」


(なんか、急に擬人法使い出したーー!!)

希美は目を白黒させて、信長を見た。

さっきから、意味不明な事しか言わねえ、こいつ。何が起きてんだ?

希美は、そんな胡乱な眼差しを信長に向けた。

信長の目が据わっている。

希美は、とりあえず信長を宥める事にした。


「あー、殿。あなた、疲れてるのよ……」


どこかで聞いたセリフだが、疲れのせいにして、色々なかった事にしようという魂胆である。

だが信長は、ついと希美から目を逸らし、背を向けた。

「もうよい。お前の言う通り、わしは疲れておる。休む故、もう行け」

「え、殿、大丈夫で御座」

「さっさと行け!!」


信長の癇癪が起こった。

「じゃあ、行きますね……」

希美は仕方なく、信長の命に従った。

訳のわからぬまま、心配そうに信長を見ながら、戸を開けて外に出る。

そうして、立ち尽くす信長の背を戸が閉まる瞬間まで見つめ続けながら、コトリと閉めきった。

「大丈夫なのかな……」

希美は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。



一方室内では、信長が、去り行く希美の足音を聞きながら、自嘲した。


「権六ではない。全てはわしの問題じゃ。わしがあやつの主であると、世に示さねばならぬ」


でなければ、天下は決してわしを認めぬ。

信長は心の中でそう独りごち、遥か遠く天下の頂を睨み上げたのだった。

『ふりもみこがし』の逸話紹介

信長が盟友であった家康を安土城に招待してもてなした際には、なんと信長自身がお菓子を作ってあげたそうです。

それが『ふりもみこがし』だったと言われています。


『ふりもみこがし』とは、米や麦を炒って臼で粉状にし、時には砂糖を混ぜて、粉のまま食べたり、熱湯を注いで練って食べたりする菓子だそうです。

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