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尼駆ける銭の閃き中編

信長が顕如と乳(男の帰る場所)について語り合う二日前の夕刻、越後から加賀に着いたばかりの希美は、二人の使者がもたらした内容に戸惑いを覚えていた。


一人は『救援に来い』と言い、一人は『来るな』と言う。

ちなみに、どちらも花押は本物だ。

もう一つ、どちらにも共通しているのは、『信長さんが大ピンチ』という事である。


だとすれば、希美の行動は一つしかない。


「すぐに殿を助けにいく」


これであった。

「よいのですか?殿は『来るな』と……」

花押のダブルチェックのために文の中身を見た太田牛一が、希美に確認する。

希美は断言した。

「牛一よ。お前はまだまだだな。よいか?これは前フリよ。『押すなよ押すなよ』の本来の意味は『押せよ!』って事なんだ。『来るなよ来るなよ』と言われたら、つまりは『助けて、権えもーん!』という殿のツンデレ心。大体、門パに捕らわれたノブーチ姫を助けに行かないと、天下フラグがフライングゲットできないだろ!」

牛一がメモを取りつつも、『何言ってんだこいつ』的な眼差しを希美に突き刺した。

しかし河村久五郎は流石であった。

何やら小声でぶつぶつと呟いている。

「なるほど、これもえろの極意。『嫌よ嫌よ』は『強引に迫って欲しい』というのと同じで御座るな!となれば、お師匠様がわしを拒むのは、つまりはそういう事……!」

希美はブーメランに気付いていない!

近々、久五郎が暴走するかもしれないぞ!守れっ……尻!!


そんな不穏な久五郎に希美は問いかけた。

「久五郎、伊勢周辺にえろ国人は?」

「伊勢は、国司の北畠内に。実権を持つ先代は六角氏から室を娶っておりますが、えろではありませぬ。使者殿、此度の織田の伊勢侵攻では動いておらぬのか?」

「はい。ですが、北畠氏が密かに一向宗と通じて、伊勢国人の反織田を支援しているともっぱらの噂に御座います」

希美はふと疑問に思う。

「北畠は伊勢の国司でしょ?なんで織田とぶつからなかったの?」

その場に迎えに来ていた斎藤龍興が見解を述べる。

「今思えば、元から一向宗と通じていたのでは?いたずらに兵を損なわぬよう、一揆や反乱が起きた後で、介入する手筈だったとしたら……」

「伊勢の織田軍がヤバいな。目の前の一揆と反乱を抑えても、テッカテカの北畠が力を出し尽くした織田を平らげに来るわけだ。詰んでるな」

「そうとも限りませぬぞ」と、久五郎は、強かな表情を浮かべた。

「実は北畠の実権を握る先代の弟である木造左近衛中将殿は、えろに御座る。あの方を筆頭に、北畠内にもえろ勢力が広がりつつあり申すから、先代殿も動けぬのでは?動けば内部のえろが暴発し、御家騒動になりかねぬ。まあ、それは木造殿も同じでしょうが」

希美はげんなりした顔をした。

「ややこしいな。そうだとしたら、北畠は一揆の成功次第で運命が決まるのか?今あいつら、ドッキドキで観戦してんじゃね?」

「まあ!だから、こっそり一揆を支援していたのですね」

「バレたら御家騒動だものな」

(えろのせいで滅んだら、ごめん……)

その場にいる全員が能登の方角を眺めた。


えろが大変ご迷惑をかけております。



希美は、仕切り直す事にした。

「じゃ、じゃあ、とりあえず違うえろ勢力!あの近くだと……」


「殿、……伊賀はいが(いか)が?」


なんか、どこからか幻聴が聞こえた!

いや、気のせいだな。そういうわけで全員、聞こえなかったことにした。

だが、恐らく親父であろう幻聴の主は、『諦めない心』を持っていた。


「殿、伊賀はいが(いか)がに御座る?」

「誰だ、この切迫した状況で、しょうもない上にドへたくそなダジャレぶっこんだ勇者は!!おうよ、私が第六天魔王よっ!勇者はぶっ殺す!!」

希美はいきり立っている!


しかし、勇者はそのメンタルも勇者であった。

文字通り草葉の影から、怒れる希美(魔王)の前にひょこりと姿を表す。

親父だ。予想通りの親父である。

それも、職業(ジョブ)は忍者の親父である。


「勇者はお前だったか、藤林長門守」

希美は、『いてつくはどう』を放ちがら、お抱えのおじさん忍者を見た。

藤林長門守は、するりと希美の前に出た。

「まずは、某の話をお聞き下され。某は伊賀者に御座るが、伊賀は伊勢の北。近う御座るし、某は北伊賀方面の国人衆に顔が利き申す。某がえろ国人を中心に伊賀にて兵を募って参り申す」

河村久五郎が藤林長門守に鋭い目を向ける

「信用できるのか?」

藤林長門守は、薄く笑んだ。

「その人選も某の得意にて」


希美は頷く。

「任せた。情報はお前の得意分野だ。そのお前が選ぶなら、私に否やはない。三千、集めろ。その三千で尾張と伊勢の境で合戦中の織田に合流し、挟撃して殲滅、いつでも伊勢に攻め入れるように待機しておけ」

「はっ」

「あ、お前の所の手勢はどれほどすぐ集められる?」

「五百ほど」

「ならば、それらは三千とは別に、門徒にでも化けさせて願証寺周辺に潜り込ませておけ。殿を脱出させる際に助けてもらわねばならん」

「御意。殿、お願いが御座る」

「なんだ?」

「某が三千の兵を用意し、無事織田の大殿が救い出されたなら、褒美をいただきたいのです!」

「褒美?何が欲しいんだ?」

希美はちょっと警戒した。

えろの望む褒美には、警戒せざるを得ない。

(久五郎など、「尻のワンナイトメモリー」とか言い出しそうだからな)


だが、藤林長門守は謙虚だった。

「鎖を……。殿ご愛用の鎖を賜りたくっ」

「え?」

(別に、愛用してない……)

希美は鎖を所有などしていないし、気が付けば勝手に久五郎に巻かれているだけなのだが。

(まあ、いっか!久五郎から鎖をもらって、それをやれば)

「よいぞ。巻くなり縛るなり、好きに使え」

「おおっ!必ずや、成功させてみせまする!」


喜色満面の藤林長門守。そこへ待ったの声がかかった。


「狡いですぞっ!」


ガサリッと反対側の草葉の影から飛び降りたのは、甲賀の多羅尾四郎右衛門だ。

「某も、某にもお役目を!某なら、四千は集めてみせまする!さすれば、殿ご愛用のお鎖様は、某にご下賜を!」

「なんじゃとお!?横入りとは、卑怯なり!お主が四千なら、わしは五千集めるわい!」

「はあ?わしは、六千いけるぞ!」


「止めい、阿呆!!いくらなんでも、そんなに集められるわけなかろう!喧嘩せんでも、鎖なら、半分にしてお前等にやるから!」

鎖半分で勇者がやる気になるなら、安いものである。

だが、セオリー通り、半分だと勇者は難色を示すものだ。

「「え、半分……」」

忍者の意欲も半分になりそうな雰囲気に、希美は少し慌てて、特典をつけることにする。

しかし、おじさんが喜びそうなものとは……。

希美は、現代でのおじさん知識を思い返した。


「えーと……、じゃ、じゃあ、一日だけ、お前の好みの格好でお前と過ごしてやろう!」


落ち着け、希美よ。お前は現在、おじさんだ。

おじさん好みの格好をおじさんがして、おじさんと共に一日過ごす。

何の罰ゲームか。

まともな人間なら、決して喜びはしない。



……だが、ここにまともな人間などいなかった。


「「「「「な、何いいっ!!?」」」」」


「そ、その褒美は、此度の大殿救出に功績あれば、私にも頂戴いただけるので……?」

恐る恐る尋ねる龍興に、希美は肯定しながらも釘を刺した。


「でも、お前達加賀衆は、まずは能登と越中の一向一揆が落ち着かないとダメだろ。とりあえず、できるだけ早く事態を落ち着かせてから、兵を伊勢に寄越してくれ。大将は、てるにやらせる。てるは元門徒だから、あいつらの動きも思考も読んで軍を動かせるだろうからな」


てるが、髭を震わせて、ジト目で希美を睨む。

「殿、あなた、私を昔の仲間と戦わせるなんて、意外と鬼畜ね」

「その方が、息子君が戦場に出てきた時に手心加えられるかなと思ったんだけど」

「殿は、最高の主君ね!!」

てるの変わり身は、見事である。



そして、てる以外の変態達は、かつてないほどやる気に満ちていた。


自分好みの格好をさせた柴田勝家おじさんとの一日デート権。

男達は、ご褒美のために、戦国武将としての本気を見せる事となる。

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