信長はツンデレ
ダメだ、眠くて頭が働かない。
時を同じくして、希美も一揆の知らせを受けていた。
「一向一揆が起きた!?で、どうなった?なんとかなりそう?」
希美の問いに、使い番の男が答える。
「はっ。一揆と申しましても、実に小規模で……。むしろ、『大恩ある殿のご領地で殿に弓引くとは何事か』と怒り狂ったえろ教徒達の大軍が、『正当防衛』の旗を掲げて一揆勢を蹂躙しており、何やら哀れなほどで……。その地で一揆のために待機していた竹中半兵衛様が、えろ教徒達がやり過ぎて暴徒化せぬよう、奔走しております」
それを聞いた者達の呆れを含んだ視線が、希美に集中した。
希美は、「ええ……」と声を漏らした。
「それ、過剰防衛じゃね……?」
一向一揆勢は、極楽浄土を目指して思わぬ地獄を見たようだ。
輝虎がため息を吐いた。
「どちらが一揆かわからんな。えろの『正当防衛』か?ゴンさんよ、お主、恐ろしいものを生み出したのう。この力が我々に向けば、一向一揆などよりも厄介な事態になりかねんぞ」
これまで散々一向一揆勢と戦ってきた輝虎が、希美に鋭い眼を向ける。
希美は、頭をかいた。
「基本的に、えろ教徒は争いを好まないから、こちらがえろを攻撃しない限り、大丈夫だよ。えろは他の宗教を攻撃しないし。よほど圧政とかしない限り、一向一揆みたいにはならないと思うけど……」
「わかりませぬぞ?詰まる所、これまで一向門徒の力を大名達が利用してきたのと同じに御座る。えろの力を利用して操ろうとする者が出てこぬとも限りませぬ。殿、各地のえろ使徒に繋ぎをつけて、注意を払わせねばなりますまい」
「うむ。そうするよ」
吉田次兵衛に諭され、希美は気まずそうに頷いた。
結局、次の日には越後の一向一揆は完全に鎮圧されていた。一向一揆史上、最短の攻略記録である。
攻略組のえろ教徒達は、希美から負傷者のための救護班と炊き出しを振る舞われた後、『本レイドバトルは終了致しました。皆様お気をつけてお帰りください』という神意を受けて、粛々と解散した。
一方、生き残った一向一揆勢は、犯罪奴隷として佐渡鉱山に送られる事になった。
その佐渡であるが、実は元々本間氏の支配地であった。
しかし希美が越後に来たばかりの頃、秀吉に「佐渡って上杉氏の支配地だったよね?あそこ、金脈があるからうちらも今日からお金持ちだねっ」などとポロリしたため、金に目のくらんだ秀吉が弟の秀長に命じ、越後の反対勢力を一掃するついでに本間氏を全力で滅ぼしたのである。
よって現在佐渡では、鶴子銀山の採掘と共に、その反対側で見つかった金山の開発にいくらでも人手がいる。
犯罪者も人材。むやみに処刑してはもったいないのだ。
さて、その頃になると、周辺諸国の一揆の情報が続々と希美のもとにもたらされてきた。
希美は、東北地方の現状報告のために来た軒猿の棟梁を前に思案顔を晒している。
「東北各地の一揆は、えろの正当防衛軍とその地の領主達に鎮圧されつつある、か」
「は。そもそも、えろに転ぶ門徒が増えておりまする。それに門徒の中でも、えろ使徒によって暮らしが良くなっているのを理解している者も多く、かつてよりも一向一揆勢の数が少なくなっているからでありましょう」
棟梁の言葉に、輝虎が腕組みして語る。
「そもそも、一揆を起こす門徒共は、貧しさや苦しさへの不満をわし等にぶつけ、あの世で幸せになろうと命を捨てて刃向かってくるのじゃ。そうした不満がえろによって解消されつつある今、わざわざあの世に向かう気にはなれぬであろうの」
「じゃあ、加賀も私無しで、『えろ防衛軍』だけでいけそうだな」
『地球防衛軍』みたいな言い方やめろ。
えろを守る戦いなんて、アダルト向け番組でしかない。
しかし、少ししてやって来た加賀方面からの知らせを受け、希美は頭を抱えた。
「加賀国内は問題なかったけど、まさか能登と越中が、かあ……」
加賀では、流石に希美のお膝元という事もあり、越後と同じくあっという間に一揆は収まったらしい。
しかし一向宗は、えろ勢力の強い加賀に戦力を投入するため、加賀が希美の支配となった際に加賀から出て越中に流れ住んだ門徒達に白羽の矢を立てた。
加賀門徒の多くが越中の瑞泉寺に逃げ込んだ事から、瑞泉寺を拠点に多くの門徒が集まり、大きな一向一揆に発展。加賀に向かったのを、先日希美の支配下に入った神保長職が、慌てて抑えているらしい。
越中は、こないだまで希美と関わりの無かった土地だ。
えろ使徒も当然入っており、えろ教徒もいるが、元々門徒の強い土地である。
故に、数で負けて、神保長職もえろ教徒も苦戦しているらしい。
急を要している神保長職は、武田の土地を挟んだ越後ではなく、隣接する加賀に救援要請を出した。
合わせて、越後の希美の元に一連の報告の使いを出している。
それが、先ほど神保長職から来た使い番であるが、恐らく今頃は加賀からの救援軍と共に一向一揆鎮圧に向けて協力バトルをしているに違いない。
またそれとは別に、加賀からの使い番も来ていた。
これは、神保長職が救援要請をする前に加賀を発ったようだ。
彼からの報告では、加賀の一揆は問題無いが、能登で波乱が起きているという事である。
能登は、まぞ豚畠山義続がえろになり、彼を中心に現在まぞ豚拡大中の危険地帯だ。
その能登の『まぞ豚小屋』化に待ったをかけていたのが、義続の息子であり現当主の義綱だった。
大変まっとうな判断である。
しかしそんな経緯もあり、能登は三角豚派とノーマル派に分かれ対立する事となったのだという。
思った以上に増殖していた豚野郎達に、色々な意味で戦々恐々の義綱派。
そこへ現れたのが、一向宗である。
まぞ豚を駆逐したい義綱派に、えろを調伏したい一向宗が急接近。
彼らは想いを確かめ合うと、合体した。
結果、一向一揆勃発。合わせて義綱派もスタンダップ。
勃発とスタンダップが合体して、まぞ豚達に襲いかかった。
荒ぶる男達が自慢の槍さばきで相手に突っ込み、門徒は極楽に逝きたいと戦場で念仏を唱え、まぞ豚は三角鞍と敵に苛まれながら悦びで昇天した。
鬨の声は、合戦の雄叫びと南無阿弥陀仏と悦びの声が入り交じり、阿鼻叫喚の混沌世界であったという。
「能登に放っていた間者が、見たままを報告してくれました」
使い番の言葉に、「わかった、ご苦労……」と疲れた声で返した希美である。
「ゴンさん、お主はまた能登に恐ろしいものを生み出しおって……」
「言うな。私もちょっと反省してるんだ。でも、三角鞍がそんなにまぞ豚に喜ばれるなら、増産して芦名と伊達の所に売ってみたいなあとも思ってる。どう思う?絶対儲かると思うんだが」
「やめよ。売れそうだからこそ、やめよ。戦場の常識が変わる」
変わってはならぬ方向へな、と輝虎は希美を睨んだ。
希美は、胡座をかいた腿を使って頬杖をついた。
「うーん、どうするかなあ。東北はとりあえず落ち着いてきてるし、加賀に戻って能登と越中の一向一揆勢に備えたいと思うんだが、ケンさん、次兵衛、どう思う?」
次兵衛が答える。
「構いませぬよ。こちらは、我等でなんとか対処できまする」
輝虎も頷く。
「うむ。必要なら、こちらから部隊を出すぞ?」
そんな輝虎の申し出を希美は断った。
「いらないよ。越後とて、脅威が完全に去るまで油断は禁物だ。万が一こちらで何かがあった時、困るだろ?」
「であるなら、そうさせてもらおう」
「とりあえず私が連れてきた河村親子とてる、太田牛一を伴って加賀に戻る事にする。ケンさんは、越後を頼む」
「心得た」
「殿……、どうかご無事でお戻りを。向こうは殿を狙う者も多う御座いましょう」
次兵衛が、真剣な顔で希美を見つめている。主の身が心配なのだろう。
そんな気持ちを推し量り、希美は笑って答えた。
「大丈夫だ。私は死なぬ体だぞ?誰も私を傷つけられぬよ」
次兵衛は、重ねて懇願した。
「それでも、ご自愛下され。尻を、尻を大事に……」
「尻の話だった!!」
いのちだいじに。そんなノリで言われても困る。
だが、尻を守るのは望む所だ。希美は、しっかと頷いた。
「うむ。尻もえろもまぞ豚も、全て守ってみせるさ」
「なかなかに、酷い言葉じゃの……」
輝虎がポツリと突っ込んだ。
明日、越後を出立する。
そう決めて、希美は準備を始めた。
河村久五郎達も、慌てて準備を始めている。
急ぐため、直江津湊から安宅湊までの船を手配し、荷物をまとめておく。
一向一揆対策で準備していて結局使わなかった玉薬や食料などと物資を分けてもらい、それも直江津に運んでおいてもらう。
春日山城の侍達も、希美の出立に合わせて慌ただしく動き始めた。
こうして次の日の朝早くに直江津を出た希美一行は、追い風を受けて思ったよりも早く安宅に着いた。
すぐに南下し、夕刻には尾山御坊に入る。
迎えに出た斉藤龍興に状況を聞きながら草鞋の紐を解いている所へ飛び込んできたのは、滝川一益の配下である。
何事か、と立ち上がった希美に、満身創痍のその男は告げた。
「伊勢攻めの際、長島で殿が一揆勢に囲まれ申した。近隣の国でも一揆勢と造反した国衆共が暴れており、救援が難しい状況に御座る。柴田様にもご助勢願いたくっ……!」
「なにっ!!殿はご無事か!?」
希美は男に詰め寄ったが、男は意識を失い倒れてしまった。
男の体を見ると、邪魔にならぬよう矢柄を途中から折ってあるが、肩に矢が刺さったままである。
他にも怪我をしているようだ。
恐らく一昼夜、血を流しながら、トップスピードで馬を飛ばして来たのであろう。
「寝かせてやれ!私は、とりあえず殿の元へ参る。お前達は、越中と能登の一揆勢に兵を割かねばならんから、私一人で殿を助けに行く!」
そう言って草履を履き直し始めた希美の前に、髭おと……女?のてるが立ちはだかった。
「落ち着いて、殿。一人で行ってどうするのよ。いくら不死身でも、一人では無理よ!」
希美は、頭を振って言った。
「私一人なら、速い。時間との勝負なんだ。兵を割いてくれるなら、後から来てくれ。まずは私が、一人で先に出る」
「一人で行って守れるわけないでしょ!門徒は命捨てて物量で押し寄せてくるのよ?せめて、千は兵が必要だし、共同で助けるべきよ」
「それで、間に合わなかったらどうするんだ!頼むから、先に行かせてくれ。千の兵は、てるが率いて後から来てくれ」
「大将、私なの!?」
「経験者だろ!」
「女中に率いられる軍がどこにあるのよっ」
「その髭女姿で、敵を惹き付けて欲しい。その隙に私は殿を連れて逃げるから」
「囮かよ!」
希美とてるがわいわいと言い合っていると、小姓がさらなる来客の存在を告げてきた。
先ほど、着いたばかりらしい。
だが、小姓が来客の存在を告げ終わらぬうちに、その男は現れた。
そして、挨拶の口上もそこそこに、彼は言った。
「殿からの書状に御座る」
希美は、渡された書状を勢い良く開けて中を確認し、絶句した。
『絶対に、権六は助けに来るな』
「新手のツンデレ……?」
危ないから、権六は助けに来ちゃダメなんだからねっ!
でも、どうしてもって言うなら、助けられてあげても……いいんだけどっ。
希美の脳内は、完全に混乱していた。