武将の茶碗
エイサーと阿波おどりがごっちゃになるの、私だけですかね……?
「ねえ、藤吉?新婚旅行、まだ行ってないよね……?」
希美は部下思いの優しい上司のような顔をして、妻同伴での琉球王国への海外旅行を秀吉にプレゼントした。
年が明けて、少し雪溶けが始まった頃に出港である。
秀吉には、是非営業と子作りをがんばってほしいものだ。
太閤秀吉の種無し疑惑や、豊臣秀頼託卵疑惑は、奥さんのねねちゃんに子どもができれば、解決である。
ねねちゃんが子ども欲しさに追い詰められて、壁腰部屋をご利用しなければ、秀吉の後継問題は後顧の憂いなく片付くというものだ。
それにしても、壁腰部屋は闇が深い。
なかなか子ができなかった夫婦のおめでたい知らせを聞いた時、この部屋の存在がふっと脳裏を横切ってくるのだ。
『知らなければよかった』史上、トップスリーに入る案件である。
「り、琉球、で御座いますぎゃ……?」
顔をひきつらせる秀吉に、希美はなけなしの沖縄知識を授けて、意欲を持たせる事にした。
「よいか?琉球は海に浮かぶ島々から成る王国だ。その地には縄文顔の人々が住まうという、弥生顔の私からしたら、羨ましい民族の地なのだ」
「じょうもん?やよい?」
「うむ。気候は暖かく、空も海も青くて広い。人々は、『めんそーれ』を連呼しながら浜辺でエイサーを踊りまくっているらしい」
それ、どこ情報?である。
秀吉はその場面を想像したのだろう。
興味深そうに希美に尋ねた。
「えいさあ?それは踊りの名前ですぎゃ?わしもねねも、踊りが好きだで、楽しめそうですぎゃ。しかし、どんな踊りだぎゃ?」
「なに、そんな難しい動きではなかったぞ?ええと、確かこんな感じで……」
希美は立ち上がり、それらしく動き始める。
「こんな風に手を頭の上で動かしながら、『えらやっちゃ、えらやっちゃ、ソーランソーラン』と……」
それは沖縄じゃない。四国だ。
阿波おどりとよさこいのリミックスバージョンだ。
だが、秀吉はそんな事とは露知らず、希美の動きを見よう見まねで踊り始めた。
「こんな感じですかのう?」
「うーん、なんか違うな。もっと尻を突き出して踊ってたような……?」
「こんな感じですぎゃ?」
秀吉は、尻を突き出した。
「そうだ。そんな感じ。で、ほっかむりして、割りばしを鼻に刺して、尻をいい感じに振りながら踊ってたはず……」
さらに、安来節の要素が加わってしまった!
「こうですぎゃ?」
両手を上げた秀吉が、腰を前後にカクカク動かす。
「フォーーー!!!って、なんで、ハードゲイ人になってんだ!?」
もはや、エイサーでもなければ、ダンスですらないものに成り下がってしまった。
「この踊りは、なかなか腰にきますのう!だぎゃ、わしも腰を振る事にかけては自信がありますぎゃ!わしの腰さばきで、琉球のもんの度肝を抜いてやりますぎゃ!」
「そんな卑猥ダンス、違う意味で度肝を抜かれるわ!琉球、出禁になるぞ!」
希美がたまらず秀吉に突っ込んだ時である。突然カラリと障子戸が開いた。
「ゴンさん、まだ終わらんのか?なかなか来ぬから、迎えに来たぞ……何をやっておるんじゃ?お主達」
上杉輝虎が希美の執務室に足を踏み入れて見たものは、両手を上げて中腰で腰を振る秀吉と、それを熱く見つめる希美である。
「なんじゃ?また、えろか?」
平然とそんな事を口にする輝虎は、もはや『えろ』ライフに染まってしまっているようだ。
希美はそんな輝虎に答えを返す。
「えろじゃねえわっ。秀吉に琉球の踊りを教えてたんだ」
「りゅうきゅう、の踊り?」
「そうですぎゃ。ほれ、このような動きで」
首を傾げる輝虎に、「めんそーれっ、めんそーれっ」と叫びながら、秀吉がカクカクと腰を前後に振る。
「いや、違うって!だいいち、ハードゲイ人の動きはもっと高速だからっ」
希美がグリコのポーズで高速で腰を前後に振る。
「なるほど、こうですぎゃ?」
秀吉も小刻みに激しく腰を振り始めた。
「そうっ。そんな感じだ、藤吉!ふぉおおおっ!!」
「めんそーれっ、めんそーれっ!くうーーっ、これは腰が鍛えられますぎゃあ!」
「いい加減、腰振りを止めんかあっ!!」
向かい合い、腰振りを見せつけ合っていた希美と秀吉は、我に返って輝虎に向いた。
「何かようわからぬが、伊達殿を待たせておるのじゃ。踊っておる場合か!」
「はい、そうでした……」
「面目ないぎゃ……」
思いの外、腰振りに夢中になってしまったようだ。
希美と秀吉は、素直に反省している。
輝虎は、「さっさと行くぞ!」と希美を促し、先頭に立って歩き出す。
秀吉は、「城中をもう一回りして、猫耳を捌いてきますぎゃ」と言い、荷物を抱えて部屋を出ていった。
希美は、散らばった報告書を揃えて片付け、机上整理を行うと、駆け足で輝虎の後を追いかける。
そうして希美は、輝虎に怪しい琉球情報を語りながら歩みを進め、気がつけば迎賓館の伊達晴宗の居室の前に着いていたのである。
「えろ良う、伊達殿。遅くなってすまんな。よく眠れたか?」
希美の挨拶に、伊達晴宗が戸惑いながら挨拶を返す。
「おは……え、えろよう。のう、柴田殿、ここの者がやたら使っておる『えろよう』とは、挨拶でよいのよな?」
「ああ、うん。私が越後に入るに当たって、尾張や美濃の者達をかなり連れてきたからな。美濃のえろ衆の方言が入ったみたいで、気付いたら皆がえろ語を使うようになっていた。だが、まだこんなのは序の口だ。正直美濃えろ衆同士の会話は、ほぼ『えろ』しか言わぬから、私にもさっぱり理解不能なんだ。実のところ、彼らの言葉には、わかった風に適当に返事してるんだ」
「お主、それでよいのか!?」
「よい。『えろ』のニュアンスで、何となくヤバそうな話は、却下するか聞き返すようにしてるから」
(大体、河村久五郎が興奮しながら『えろ』しか言わなくなる時は、却下一択だからな)
一度、久五郎の話に適当に頷いたら、雄っぱいが見えるように両胸部分が丸く切り取られた斬新えろ着物を仕立てられて、思わずぶん殴った思い出が希美の脳裏を横切った。
希美は呆れたように己れを見ている晴宗に、念押しするように言った。
「そろそろ芦名止々斎が来る頃だ。冷静に話し合わぬなら、お主達を縛ってでも私が一切を取り仕切るからな!否やは言わせんぞ?」
晴宗は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて頷く。
「わかっておる。わしも長年大名を務めておるのじゃ。青二才の小僧のように激情に任せるような真似はせぬ」
「そうかい?それなら、いいけどさ」
部屋の一角で、ゆらゆらと湯気が立っている。
輝虎が、会合のために供する茶の準備をしているのだ。
戦国武将は、茶を嗜む。特に茶器は、金に糸目をつけず、こだわり抜いた逸品を用いる。
下手をすれば、城が建つほどの価値を持つ茶器。それらを使っている最中に、まさか乱闘するわけにはいかないだろう。
そんな目論見もあって、希美は茶席を設ける事を輝虎に提案したのである。
「ところで、柴田殿はどのような茶碗をお持ちか?」
晴宗が希美の懐を興味深そうに見つめている。
希美の雄っぱいが、片乳だけ、1カップほどカップサイズが上がっているのが着物の上からわかったのだろう。
カップサイズといっても、戦国時代だ。
ブラジャーなどではない。
そもそも、現在進行形でおじさんである希美は、ブラジャーなどつけていない。
もしあっても、つけない。どこかの変態ではないのだ。
希美は懐をまさぐり、袱紗に包まれたバストカップではないカップを取り出した。
布を開き、艶めいて黒光りする茶碗を手前にコトリと置く。
「こ、これは、まさか……」
晴宗がゴクリと生唾を呑み込む。
輝虎と目を見張って、茶碗を見つめている。
希美は、事も無げに言った。
「マイカップは、曜変天目茶碗に御座る」
「手に、手にとらせていただいても……?」
「どうぞ?」
晴宗が震える手で、しっとりとした器の肌に触れる。
得難き高貴な女の肌に初めて触れるような、そんな緊張感が伝わる。
晴宗は、そっと茶碗を持ち上げ、様々な角度から繁々と眺め回した。
そして、名残惜しげに希美の前に茶碗を置き、手を離した。
「これを、どこで?」
「堺の天王寺屋から。『えろ太郎』作の人妻人形の代わりに」
「着衣人形師『えろ太郎』の人形か!なるほど、それならば納得に御座る。かの人形は、帝も所望し、献上された逸品に御座るからのう」
「…………え!?」
何かとんでもない言葉が聞こえたような気がする。
「帝が、所望?献上?」
「細部までこだわり抜いた素晴らしい技巧と、時を切り取ったような表現、着物の上からでも滲み出る艶かしさ。堺のとある豪商の所有から話題となり、今『えろ太郎』に製作を頼んでも数年待ちだとか。帝もその人形の話を聞かれ、所望したそうに御座る。人形師『えろ太郎』は、三河の松平殿で御座ろう?すぐに帝に献上奉り、その功績で三河守を賜る予定とか。まあ、今のままでは難しい故、条件を満たしてから、という事になろうが」
「じょ、条件?」
「ふむ」と晴宗は顎を撫でた。
「まずは実質支配。今川がまだおるでな。反対勢力を潰し、三河を統一せねばならぬ。それに、出自じゃな。まあ、そのあたりは色々抜け道もあるから、朝廷の有力者と昵懇になり、根回しすれば、なんとかなろう。なに、それこそ、人形を作ってやれば、朝廷の者達とすぐに仲良うなれようて」
希美は開いた口が塞がらなかった。
(マジか、徳川家康。まさかの人形チートで成り上がり……。そして、帝に着衣人形!?いいのか?着衣人形って、えろの修行のための人形だぞ……!あれ見ながら、女の裸を妄想するんだぞ!?)
帝が人形をどのような意味で所望したのか、人形をどのように楽しんでいるのか、凄く不敬な事を考えそうになる頭を誤魔化そうと、希美は話題を変える事にした。
「そ、そういえば、伊達殿はどんな茶碗をお持ちなので?私にも見せて下されよお」
「え?あ、ああ、わしのは……」
晴宗が言葉を濁す。
「私のを見せたのに、自分のは見せないとか、ズルいで御座るぞ!」
ぷんぷん☆と冗談めかして怒って見せる希美に、晴宗は気まずそうに頭を掻いて目を逸らした。
「いや、わしの茶碗は安物でして……。見せるのはお恥ずかしいというか……」
「いやいや、こういう大事な茶席に、人に見せるのが恥ずかしい茶碗など持ってくるわけないでしょ!謙遜し過ぎると、ハードル上がりますぞ?」
「いや、本当に。はあどるが上がろうと下がろうと、安物には変わりなく……」
なんとも歯切れが悪い晴宗の言葉に訝しむ希美であったが、その時、廊下から久五郎の声がした。
「芦名止々斎殿、お着きになり、もうすぐこちらに参られるとの事で御座る」
四半刻後、『東北一のドM』と名高い芦名止々斎と、東北を代表する『女モノ下着愛好家』伊達晴宗は、希美を挟んで座していた。
互いに目を合わせぬ。
だが、希美を挟んでいるので、手出しはできぬ。
輝虎が、まずは一服差し出した。それぞれの前に、各自が持ってきた茶碗が、抹茶の緑を湛えて置かれる。
「ふん、柴田殿とは雲泥の、悪趣味で詰まらぬ茶碗よな」
ぽそりと晴宗が呟いた。
「いかにも安物の茶碗じゃ。主の器をよう表しておるわ」
止々斎が嘲笑する。
次の瞬間、希美の両隣に座していた二大東北大名は、器の中の茶を相手にぶちまけた。
「うわあっちいいいーー!!いや、そうでもなかったあ!」
だが残念ながら、真ん中にいた希美が、全てひっかぶってしまった!
「な、なんじゃあ、こりゃあああ!!?」
抹茶まみれであわあわする希美をよそに、二大東北大名は立ち上がるや、メリケンサックのように己れの茶碗を握りこんで相手に殴りかかる。
バキイッッ!!!
緑に染まった希美の頭上で、クロスカウンターが炸裂した。
『エロサー』 Wikipediaより
Λ踊り
戦国時代に、会露柴秀吉によって琉球王国に持ち込まれた踊り。
両手を上げながら、腰を激しく前後に動かし「めんそーれ!めんそーれ!」と歌い踊る。
沖縄では宴会の時や、意中の女性にアピールする時に踊られる。
Λ歴史
1564年、琉球の王尚元が、会露柴秀吉とその妻のために歓迎の宴を催した際に、秀吉によって披露された。最初は戸惑っていた琉球側であったが、おもむろに尚元王が立ち上がり、秀吉と同じ踊りを踊った。
それに習って尚元王の家臣達も続々と踊りに加わり、その面白さに大いに沸いたという。この時の様子を詠んだとされる歌が、『おもろそうし』に見られる。
この踊りは琉球の民に広まり、現在の『エロサー』として沖縄の宴会ではポピュラーな舞踊となった。
なぜこの踊りが求愛を表すようになったかは、『動きが男性を主張するようなものだから』や、『エロサーを琉球に伝えた会露柴秀吉が琉球美人にエロサーでアピールした』など諸説ある。
Λ語源
この時の踊りは、秀吉曰く、『えろ大明神からもたらされたもの』であり『エイサー』と称するものであったが、いつしか『えろ大明神』と『エイサー』が混じり合い、『エロサー』と呼ばれるようになったとされる。