輝け、エーロー!!
なんのこっちゃな歴史改変。
越後国。
希美の領地の一つである。
久しぶりに越後入りした希美は、春日山城大広間に隣接する一室にて河村久五郎と睨みあっていた。
「お師匠様、観念なされ!」
「嫌だ!断固拒否する!」
「何故そうまで嫌がるのです!」
「何故嫌がらないと思ってるんだ!?おかしいだろっ」
「これがお師匠様の正装だからに御座る!」
「そういう既成事実を積み重ねるの、やめろよおおっ!!!」
ようやく戻ってきた越後の主を迎えんと、越後に住まう家臣や与力達が大広間に集まっている。
その場に、どんな格好で行くのかで揉めているのだ。
もちろん、久五郎の推しルックは、全裸鎖である。
いや、もうそれしか頭に無い。
執念を感じる。
「そんなに全裸鎖がいいなら、お前がなれよ!」と言いたい所であるが、河村久五郎の全裸鎖など誰が見たいものか。
希美は毎度抵抗しているが、忍者の野郎が神業的な『早着替えさせ』を久五郎に教えてしまったために、毎度希美は久五郎に屈し、畿内あたりでは、もう希美の正装が全裸鎖だと認知されつつある。
だが、ここは東北。
まだ、全裸鎖の汚染は無い。
だからこそ、希美はなんとしてでも、衣服を死守しようというのだ。
久五郎がジリジリと距離を詰めてくる。
希美は追い詰められぬように、出入り口を背後に後退る。
「早う、入ってこんかああああ!!!」
ガラッと襖が開かれ、大音声で急かされた。
元春日山城城主の上杉輝虎が、川中島戦の毘沙門天モードの表情で立っていた。
「どれだけ待たせるのじゃ!どんな格好でも良いから、さっさと顔を見せよっ。皆を待たせておるのじゃぞ!」
「はい!40秒で支度しますっ」
希美は敬礼した。
「もらったあ!!」
河村久五郎が肉薄する。
希美はその敬礼のまま、次の瞬間には全裸鎖となっていた。
「ふう……!では、行きましょうぞ♪」
「ぬわあああああああ!!!」
「うるさいのう。いつもの姿ではないか。今さら恥ずかしがる事もあるまい。行くぞ、ゴンさん!」
「ケンさんが順応し過ぎてるだけで、越後の人からしたら、ようやく帰ってきた主が全裸鎖の変態なんだよ!?頼むっ、せめて金の具足に!」
「そんな時間はない」
「無慈悲ぃ!!!」
輝虎に手を引かれて、渋々広間に入る希美。
渋々ではあるが、それを感じさせぬ堂々とした入室っぷりだ。
上に立つ者は、下の者に不安を感じさせてはならない。
どんなにおかしな事でも、それが当たり前だと思わせれば、常識となるのだ。
どよめく越後衆。
だが、希美も輝虎も、加賀や畿内で希美と共にあった者達が平然としているのを見て、『全裸鎖には何か意味があるのだ』と勝手に思い込んでいく。
東北は無事、全裸鎖に汚染された。
広間内が段々と落ち着きを取り戻すのを見て、希美はホッと胸を撫で下ろした。
若干一名、動揺が止まらぬ者がいるが。
(次兵衛よ、鼻血を拭け!)
柴田勝家の義兄にして、柴田家筆頭家老吉田次兵衛が、両の鼻から鼻血を吹き出していた。
さて、滞りなく家臣達との対面も済み、希美は執務室で輝虎と次兵衛のお仕事を見守っていた。
そう。見守っていたのである。
そもそも希美が越後を離れていた長い間、この国を切り盛りし、彦姫の輿入れの準備、調整もしていたのは、この有能な二人だ。
今さら帰ってきた所で、現状も勝手もほとんど知らぬ。
故に、希美の出る幕はほとんど無かった。
「ねえ、彦姫達がこっちに来るの、もうすぐでしょ?なんか手伝う事はない?」
「無いのう。あらかた準備は整っておる」
「ですな。殿はこちらへ来たばかりでしょう?ゆっくり過ごされては?」
輝虎や次兵衛の言葉に、希美は膝を抱えた。
「私いる意味無いじゃん。越後遠すぎて、ずいぶんほったらかしちゃったし。やっぱ越後をケンさんに譲った方がいいのかなあ。ケンさんが殿の直臣になれば、いけるんじゃない?殿に頼もうか?」
何かの目録に目を通していた輝虎が、顔を上げた。
「馬鹿者!!わしも、越後の民も、そんな事を望んではおらぬわ!」
「ええー。だって、この国は元々ケンさんが治めていたでしょ?ケンさんの家臣とか、元に戻りたいんじゃないの?」
「殿」
次兵衛が呆れたように、希美を見た。
「あなたはご自分の影響力をわかっておりませぬ」
「影響力?」
「確かに当初は、逆心を抱く輩もおりましたが、それらは私達で全て排除しておりまする。で御座ろう、上杉殿」
「左様。わしを囮にして、根こそぎ滅ぼしおった。会露柴殿の弟御は、謀術が得意と見た。あざやかな手並みであったわ」
感心したように頷く輝虎。
次兵衛は話を続けた。
「だから、今残った家臣や国衆などは、えろ教徒か野心の無い者、あなたの手腕を認めている者が多いので御座る。さらに、民の人気は高いのです。何故ならえろ使徒がこの国の田畑を増やし、効率を上げただけでなく、あなたは戦を好まずこの地に戦火をほとんど持ち込まない。税も安い。皆、あなたのおかげだと、えろ大明神に守られた地である事に誇りを持っておるのです」
「故に、ゴンさんがこの地からいなくなると、民が困る。それを治めるわし等もやりにくくなる。そもそも、お主は加賀も治めておるのじゃ。実務は下に任せて君臨せよ。得意であろう?」
「丸投げですね?大得意です」
希美は自信満々に言い放った。
次兵衛と輝虎が呆れ顔である。
その次兵衛が、「そういえば」と書簡の束から何かを探し出した。
「どうしてもお暇なら、彦姫の花嫁道中の露払いをされますか?」
「え?どういう事?」
次兵衛が探し当てた書簡を見ながら説明した。
「ちょうど会津への道中にある上北村から、盗賊に困っているという陳情が来ているのです。まあ、流石に大名の姫の行列を襲いはしないでしょうが、彦姫の母御前は、美姫故に、他家に嫁ぐはずだった花嫁行列を今の伊達の当主が襲撃して奪ったらしいですし」
「何!?」
希美の脳裏に、盗賊に襲われたズッ友の紫がよぎった。
あれはあれで、盗賊が悲惨な事になったが、普通なら女子が悲惨な目にあうのだ。
「彦姫を手込めにはさせん!盗賊退治だ!!」
希美は、部屋を飛び出した。
希美は、足軽用の貸出具足がある物置部屋を探して、城の中を歩いていた。
普通は、希美が必要なものは命令一つで誰かが持ってきてくれる。
しかし、今回は自分で用意しなければ。
早急に。
河村久五郎に見つかる前に!
だが、わからん!希美は、通りすがりの女中に尋ねる事にした。
「すまぬが、貸出具足を探しておるのだ。どこにあるか知らぬか?」
「お師匠様、何故具足が必要なので?」
「ぎいやああああ!!!」
女中は希美の悲鳴に驚いて、跳んで逃げてしまった。
「か、河村久五郎……、何故ここに?」
「某の部屋がそこだからで御座るぞ?」
「呪い!」
いつの間に久五郎の部屋の前に……。
希美は、全裸鎖の呪いにかかっている。
「じゃあ、私はこれで!」
さっさと立ち去ろうとする希美の腕を掴んだ久五郎は、再度聞いた。
「具足が必要という事は、荒事ですかな?では、これを……」
ちゃり……。
久五郎が懐から鎖を取り出そうとしている。
希美は、全力で頭を働かせた。
(全裸鎖で盗賊退治……。これもう、どっちも違う罪状の犯罪者だぞ。だが、エロデューサーの久五郎は、普通の具足を許すまい。せめて、金の具足に!)
希美は語り始めた。
「なあ、久五郎よ。私は前々から、子どもへのえろの布教に関して思っていた事があるのだ」
「何でしょう?」
「えろ神の装いとして、全裸鎖は皆に受け入れられている。だが、子どもにはどうだろうか」
「子ども、に御座いますか??」
「そうだ。確かに全裸鎖は、えろを感じさせるだろう。だが、年端もいかぬ子どもには、大人のえろは理解できまい。そう。人にもえろにも、段階があるのだ!」
「えろに、段階が!?」
久五郎は目を瞬かせた。
「例えば、子どもがドキドキするもの、憧れるものは、大人のそれとは違うであろう。子どもは、強いもの、派手なものを好む」
久五郎は頷いた。
希美は聞いた。
「私は強いか?」
「もちろんで御座る」
間髪入れず、答える。
「だな。これから上北村に盗賊退治に行くのだが、村の子どもはきっとそういう物語を好むであろう。では、えろ神は強くて格好いいと子どもに受け入れてもらうのに、相応しい装いは何だ?地味な鎖か?それとも……」
「なるほど、金の具足!わかり申した。お師匠様は、盗賊退治と子どもへのえろの布教を兼ねておられるのか!子どもにまで『えろ』を楽しんでもらおうと……。この久五郎、感服致し申したあ!!!」
「では、金の具足を……」
「ははあっ!!」
希美は、全裸鎖を回避して、光輝く馬上の人となった。
供には河村久五郎と、久五郎の集めた三十ほどの侍達。
事前情報だと、盗賊は二十人弱ほどだそうだ。
希美一人でも制圧できそうだが、盗賊が集めたお宝を運ぶ人間もいるのだ。
馬で一刻半ほどの場所に上北村はあった。
村長が出てくるかと思いきや、出てきたのはふんどし頭巾の男である。
「おお!えろ大明神様!!えろえろえろ。申し訳ありまえろ。村長が今臥せってえろまして、えろえろえろ……」
美濃出身の使徒の方ですね。
えろ方言がきつくてすぐわかります。
村長の家の子どもだろう。
使徒の男にまとわりつくように一緒に出てきたのだが、金の具足のフォルムと輝きに目を奪われている。
折り紙だって、子どもは金とか銀とか使いたがるだろう?
使徒に「この方がえろ大明神様だ」と言われ、さらに目の輝きが増す。
まるで、ヒーローを見ているようだ。
いや、こんな偽神をヒーローなんて言ってはいけないな。
こんな奴は『エーロー』で充分だ。
美濃出身の河村久五郎が、使徒に尋ねた。
「えろえろえろえーろ、えーろえろえーろえーろ?」
使徒は答えた。
「えろえろえーろ、えーろえろ、えーろえろえろえろ」
「お師匠様、盗賊達は、あの山の奥に小さな集落を作っているそうです。今年の地震で、家を失ったならず者達がより集まってここに落ち着いたとか」
「今ので、そんな長文の情報が!?」
えろ方言が難易度高すぎる。
希美達は、供の者と村の男衆を引き連れて、盗賊の集落を目指した。
途中、傷がついている木があった。
「熊じゃな。そろそろ冬眠に入るから、餌を探してウロウロしているのかもしれない。気をつけながら、行きやしょう」
こんな山の中で熊さんに出会いたくない。
さらに言えば、スタコラサッサ以外の選択肢は無い。
そんな事を考えながら山に分け入り、しばらくするとそれらしき集落が見えてきた。
だが、おかしい。
悲鳴が聞こえる。
近付くと、小屋の中から、おじさんを引きずりながら二メートルほどの体長のツキノワグマが現れた。
でかい。
ツキノワグマのサイズではない。
おじさんは、辛うじて生きているようだが、血だらけで色々中身が見えている状態だ。
「ヌシじゃ!」
上北村の男衆の一人が叫んだ。
「ヌシに会うたら、死ぬしかない。これまで、何十人も喰われたんじゃ……」
皆、足がすくんでいる。
希美は叫んだ。
「何やってんだ!スタコラサッサだろうが!!」
その声に興奮したのか、山の熊さんが突っ込んできた。
「お師匠様!!」
河村久五郎が、希美の前に出た。
「馬鹿野郎!!お前は死ぬだろうがっ!」
咄嗟に久五郎をひっつかみ、背後へ投げ飛ばすと、希美は熊さんに激しくハグされた。
熊さんのリアルハグは、きつい。
ガブガブ噛んでくるし、爪は立ててくるし、何より臭い。
ヨダレがベトベトで気持ち悪くもある。
だが、ここで熊さんを自由にするわけにはいかない。
背後には、久五郎や守るべき者達がいる。
希美は、アグレッシブに熊さんをハグし返した。
「逃げろ、久五郎!私が押さえているうちに、早くっ!!」
背後で慌てて走り去る足音が聞こえる。
だが、侍達は、刀を構えて踏みとどまっているようだ。
腰が抜けて立てない者の悲鳴も聞こえる。
だが、もう一つ聞こえたのは、久五郎の場違いな声だった。
「わかった……、わかってしまい申したぞ、お師匠様!」
「は、はあ?!」
「何故お師匠様が、金の具足に拘ったのか!何故この時期に山に住む盗賊退治に御自ら出られたのか!全て、これを某に見せるためだった!この『金太郎』ならぬ『金えろう』の勇姿を!!」
希美は、一瞬ポカンとして熊さんと見つめあった。
「……おい、アホな事言ってないで、早く逃げろ!」
「嫌で御座る!わしはこのお師匠様と熊の相撲を観察し、物語にして子ども達に『えろ大明神』の有り難さを伝えるので御座る!」
「久五郎の、アホーーー!!!」
希美は怒りに任せて熊さんを投げ飛ばした。
熊さんは小屋に激突して倒れる。
「すまんな、人の味を覚えた熊は、殺さねばならん」
希美は刀を抜くと、熊の心臓を突き刺し、念を入れて首をはねた。
「『すまんな、人の味を覚えた熊は、殺さねばならん』!これは、お師匠様の渋さと優しさがよく表れたお言葉じゃ!きっと全国の子ども達に流行りますぞっ」
「金えろう様!えろえろえろ」
「えろ大明神は金えろう様じゃったんじゃあ!」
「何これ……」
希美は、とりあえず河村久五郎をしばいた。
その後、河村久五郎は、太田牛一に頼んで、子ども向け物語『金えろう』を完成させた。
そして、全ての使徒に『金えろう』を覚えさせ、各地の子ども達に語って聞かせた。
子ども達は、『金えろう』の話に憧れ、長じては『えろ大明神』の教えに親近感をもって受け入れるようになる。
子ども達は、『金えろう』ごっこに興じて、悲痛な表情で「すまんな、人の味を覚えた熊は、殺さねばならん」と熊役の子どもを仕留めるふりをした。
果ては、仕留めた熊の生き肝で病の村長を救う話まで、勝手に追加された。
時代が下るにつれ、『金えろう』は子どもの守り神として社が建てられるまでになる。
一部地域では、抜けた乳歯を「人の味を覚えた熊は、殺さねばならん」と言いながら土に埋めると、金えろうのように強い歯が生えてくると伝えられている。
とにもかくにも、全て河村久五郎が悪い。
盗賊達がどうなったかは……、合掌。
次回、200話記念番外編!家庭用ゲーム機版乙女ゲーム『三好一族の淫謀~松永久秀編』をお送りします。
『知将』の登場人物は、一切出ないぞ!