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長慶を慰めていたら、物語が生まれた話

あの後、狂喜乱舞するマイナススティックから転がるように走り去った希美は、その勢いのまま、厠から戻ろうとしていた信長と愉快な近習達に、ボーリングの玉のように突っ込んだ。


信長に希美がしがみつくように倒れこみ、その希美の上には衝突の瞬間、咄嗟におんぶに切り替えられた長慶が折り重なるように乗っている。

近習達は、外側の者達を除き、信長の回りにいた者が弾き飛ばされ後ろの者を巻き込んで倒れており、まさにスプリット!といった状態だ。

衝突を免れた近習達はパニックながら闖入者に刀を向け、鎖に巻かれた生尻を目にすると、闖入者の正体に戸惑いながら刀を収めた。


信長もすぐに上体を起こして己れにしがみつく物体を確認した。

そして無表情で、すっと左手を出した。

信長の手前ではね飛ばされ、床に転がっていた滝川一益は、状況を判断するや庭に降りて、ボーリングの玉ほどの大きさの庭石を拾い、濡れ縁に戻るや、流れるように信長に手渡した。


信長はその石を受けとると、両手で持ち上げた。

大きく振りかぶる。

希美の背にいた長慶は、「ひっ」と喉奥から声を発し、背から飛び退いた。


「ふんんっ」

ガキッ


人類最初の殺人者と巷で噂のカインさん顔負けの打撃っぷりだ。

しかし、幸か不幸かノーダメージである。

ただ、衝撃が伝わったのか、希美はようやく顔を上げた。

その目は見開かれ、瞳孔は開ききっている。鼻の穴は最大限に広がり、ガチガチと歯の根が合わない様子だ。


「なんじゃ、その面白い顔は」


信長は希美の顔芸により、怒りが少し和らいだらしい。

どこか残念なものを見るような目で希美を見ている。

希美は、「デ、デデデデ……!」と信長の肩衣を握りしめ、ずずいっと信長に顔を寄せた。

「ぶふっ、やめよ!その顔でわしに寄るでない!」

信長は、変顔のズームアップに思わず吹き出し、持っていた石で希美の顔面を殴打した。


「お主等はどんな主従なんじゃ……」

長慶が呆れ顔だ。


「それで、なんじゃ、権六。猪のように突っ込んできおって」

問いかける信長に、希美はさらに顔を近付けた。

「デデ、デタ……」

「はあ?何が出たのじゃ」

「そうじゃ、出たのじゃ、織田殿!あ、いや、殿!」

長慶も先ほどの出来事を思い出して、信長ににじり寄る。

信長は再度問いかけた。

「だから、何が?」


「物の怪じゃ!!」

「ニワ、ニワ、ナガヒデガッッ!!」

長慶と希美の声がユニゾンする。


「「「あー……」」」


織田方の者達は、何やら腑に落ちたようだ。

信長は、希美を己れの上から蹴り落とすと、長慶に言った。

「お主が見たのは、丹羽長秀といううちの家中だ。物の怪ではない。安心召されい」

「え、織田の家中?あの怪しい棒が?」

「棒?まあ、ただの怪しい家臣じゃ。気にされるな」

「いや、殿!ただの怪しい家臣って何!?怪しい時点で、おかしいでしょ!」

突っ込む希美に、信長は一喝した。

「お前のような家臣の事じゃ、この大うつけめ!!おかしいのはお前の格好じゃ!」

「ああっ、ブーメランッ」

ぐうの音も出ない。


「では、三好殿、後ほど。……行くぞ!」

「「「はっ」」」


信長一行は行ってしまった。

希美の変顔にツボッてしまい、笑いを落ち着かせんと、隅で腹を抱えて息を整えている滝川一益を残して。


希美は一益に話しかけた。

「なあ、丹羽長秀って、どう考えてもヤバイだろ。なのに何故みんな、あいつの奇行を受け入れるんだ?」

一益は希美を見ないように壁に顔を押し当てて、答えた。

「お前もな!」


確かにその通りである。だが、丹羽長秀とひとくくりにされてはたまらない。

不本意な気持ちをもて余した希美は、一益の耳に顔を寄せた。


「なあ、殿が夜な夜な薬を使っているのを知っているか?」

「何!?殿に何かご病気が?!」

「軟膏だよ。その名も『乳首チヂメール軟膏』……」

「ぶばあっっ!!!」


(殿の顔を見る度に、地獄を味わうがいい。彦右衛門よ)

一益はしばらくここから動けないだろう。

希美は、座り込んだままの長慶を抱えて広間へと立ち去った。




次の日、希美は信長と共に長慶の部屋を訪れていた。

そこには、長慶の弟の安宅冬康、三好家の変態家宰である松永久秀、医師の曲直瀬道三、三好家料理番の坪内石斎が集められている。

それに、右筆の家臣も同席している。

織田方の右筆は、太田牛一である。


何故このメンバーが集まったのか。

それは、長慶の延命に関わる会議がこれから行われようとしているからだ。

希美は、久々の着物をパリッと着こなし、皆の前に立った。


「皆様お揃いのようですので、これより、『三好長慶さんを長生きさせよう!まずは生活改善から』会議を始めます」

「おい、権六!いみなを呼ぶな。失礼だぞ!」

「はい、そこ!勝手に発言しない!意見があれば、手を挙げて下さい」

「な、なんじゃとお!?わしを『そこ』呼ばわりしおったな!」


ぷりぷりと怒る信長を放って、希美は話を進めた。

「それでは、皆様に知っておいてもらいたいのは、現在修理大夫殿がかかっている『酒毒』と『飲水病』は、生活改善無しには悪化するばかりだという事で御座る。ただし、改善すれば、良くなり申す。つまり、修理大夫殿の病を治すには……」

「はい」

安宅冬康が挙手している。

「どうぞ」と希美が促すと、冬康は答えた。

「その生活改善とやらをすればいいのですな?」

「そのとおーりっ!大事な大事な延命チャーンス!で御座る」


希美は、肯定した。そして説明を続ける。

「酒毒は、酒を飲まぬようにすればよい。とにかく酒を飲んでないか監視する事。飲めなくて暴れたら縄で縛りつける事。これは身内の協力なしでは無理だからな」

三好家の面々は頷いた。長慶を除いては。

長慶の顔色が悪い。


希美は構わず続けた。

「次に、飲水病だが、これは軽い運動と食事療法だな」

「飲水病は、それで改善できるのですか!?」

曲直瀬道三が食いついた。

希美は、現代で糖尿病の姑から聞いた話を思い返しながら話す。

「運動は、散歩を四半刻ほどでいいので毎日行う事。規則正しい生活に、糖、つまり、穀類や甘いものを控えて、水分と野菜、海藻や茸にこんにゃくなどをしっかりとる。あ、お茶も飲水病に良いですよ。お酒は厳禁です」

右筆役が、さらさらと希美の説明を書き留める。

長慶延命計画には大事な情報だ。

この情報を文書で残しておけば、希美やこのメンバーが傍にいなくとも、引き継ぎをして同じ対応をしてもらえる。


特に、食事療法はバランスが大事なのだ。

糖が怖いからと、全く糖分をとらないのは逆に良くない。

それも、太田牛一達が書き留めていく。

後、曲直瀬道三の眼力が怖い。

(ペニシリンは作れんぞ!私は、ただのおばちゃんだ!)


「……以上が私の知りうる知識で御座る。四十九日まではこちらにおられるだろうから、我々が帰った後は、皆様に修理大夫の生活をお願いします」

三好家の面々が、頷く。

特に、料理番の責任は重い。長慶のシェフ坪内さんには、是非美味しい糖尿病食を作ってほしい。



皆がやる気になる中、一人意気消沈する人間がいた。

御当人様の、三好長慶である。


「せめて、少しだけ、酒を飲ませて下され……」


「なりませんぞ、修理大夫殿。酒は酒毒はもちろん、飲水病にも毒で御座る」

希美は長慶の言葉を切り捨てる。

長慶の表情が暗い。

松永久秀が、希美に言った。

「若殿があのようになってからというもの、大殿は、酒がないと眠れぬので御座る」

希美は目線を長慶に移した。

長慶は、ほろ苦く笑った。

「お恥ずかしい事に御座る。ですが、目を閉じれば、息子の姿が浮かび、眠れば息子が地獄で苦しむ夢を見る。わしら武士は人を殺しますから、極楽どころか地獄に行くのは仕方のない事。なれど、若くして死に、地獄におるであろう息子が不憫で……」


希美は、知っている。

死んだ所で、極楽も地獄もない。希美自分を思えば、恐らく転生するのではなかろうか。

希美は、長慶の不安を取り除きたいと口を開いた。

糖尿(飲水)病は、ストレスも大敵なのだ。


「長慶殿、安心めされい。私は死んだが、地獄には行かなかった。死んだら生まれ変わるのですよ。恐らく、筑前守殿も生まれ変わりましょう」

「生まれ変わる?」

「そう。どこかに。下手したら、こことは違う世界に転生してるかもしれませぬよ?剣と魔法の世界とか」

「剣とマホウ?」

希美は、昔読んだラノベを懐かしく思いながら説明した。


「剣と魔法。魔法とは、人智を越えた力に御座る。水や炎が出て、敵をやっつける」

「おお、そんな世界に息子が?」

「ええ。ある日、小さな領地を持つ小領主夫婦に次男が生まれるのです。彼は『ヨシオッキー』すくすく育ちますが、ある時頭を打って自分の前世が三好義興である事に気付いてしまうのです……」

「次男か……」

声が漏れた長慶に、希美は話の腰を折られて苦言を呈す。

「長男教やめて。次男だっていいじゃない」


次男に不満の長慶だが、希美の話が進むにつれ、なんだかワクワクしてくる。

『転生ちいと』とやらで最強の力を手に入れた義興。

特に、勇者とかいう輩の集団に入って理不尽にも追放される場面や、義興の抜けた後、その集団が全滅する場面などは、思わずざまあみろと長慶は笑った。


そして龍を退治し、気が付けばツルペタな女の子を侍らせる毎日。

ラッキースケベ。

『え?何か言った?』たまに女の子の言葉が聞き取れなくなる、突発性難聴。

最強な癖に学園に入り、無双ざんまい。


「『ふう、やれやれだぜ……』、そう言ってヨシオッキーは女の子達と次の旅に出たのだった。次回。『ヨシオッキー、王様になる!』お楽しみにっ」



「義興よ、女の子を侍らすとは、なかなかやりおる」

そう言ってにまにまする長慶に、希美は言った。

「こういった、違う世界に生まれ変わり、『わし強ええー』で成り上がる物語が、あの世では流行っておりましてな。筑前守殿も、そんな風に生まれ変わっておると考えれば、楽しみに御座ろう?」

「なるほど、いや、確かに胸がすっとして、面白い。息子が幸せにやっておると思うと嬉しくもある。続きが気になりますなあ」

「ならば、その話の続きをあなたが考えたらよろしい。寝る前に想像して楽しむ。そうすれば、夢の中でヨシオッキーに会えるやもしれませぬぞ?」

「よい思案で御座る!」


長慶は、悩みを解決したようだ。

そこへ、太田牛一が声を上げた。


「某、その物語に感銘を受けました!!」

「え?」

「『わし強ええ』で成り上がる物語。なんと心躍り胸がすく物語か。自分とは違う自分に成り、成り上がる。軍記物語とは違う、『成ろう物語』といった所か。某も、『成ろう物語』を書いてみたい!」

「ええ!?」


今まで黙って聞いていた信長が、牛一に言った。

「ふむ。ならば、書け!」

「殿、必ずや面白き『成ろう物語』を書いてみせまする!できれば、殿を主人公にした物語を書きとう御座る」

「許す!」

「有り難き幸せ!」


「な、なにいーー!!?」

希美は叫んだ。

なんと、戦国時代に『成ろう系物語』が爆誕した。

太田牛一は、成ろう作家への道を歩み始めた。


『信長公記』は、どうなってしまうのか!

まさかの転生ものに改変されてしまうのか?



真相は、後世の人々のみが知っている。

誤字報告機能ってやつを、やっと設定しました。

なんせザルなので、誤字だらけのよ・か・ん☆

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