三好さんの受難
わしの名は河村久五郎。
あ、ありのまま、先ほど起こった事を話そうぞ!
「お師匠様のお投げになった御神体を探しに三好軍の陣地に行ったら、三好軍はもぬけの殻で、代わりに頭をかち割られた岩成主税助の死体と御神体が、転がっていた」
何を申しておるかわからぬと思うが、わしも何が起こっておるかわからなんだ……
……はっ!なるほどお師匠様は御神体を遣わし、こやつを討ち取られたに違いなし!
神の御力の凄まじさよ……!
ならば、わしは御神体と首を持ち帰らねば。
そうやって持ち帰った御神体と首を見て、お師匠様は歓喜のあまり腰がお砕けになり、その潤んだ瞳にわしの腰の『えろ』も歓喜の涙を……
(前半意訳、後半原文ママ)
「いや、それ以上はもうよい。……むしろ語ってくれるな」
信長は疲れた顔で久五郎の報告を制止した。
少し前、河村久五郎が持ち帰った首と、何故か後退を始めた三好軍について、夜夜中だというのに信長が急遽軍議を開いたのだ。
ミッドナイト召集。
ブラックな労働環境ではあるが、戦争中の軍隊だから仕方ない。
さらにいえば、希美が元凶なので、希美に文句を言う資格はない。
ともあれ、信長を始めとした織田方の将達が集められ、首を持ち帰った河村久五郎に説明を求めている真っ最中なのであった。
「この首の様子、状況から見て、柴田殿の放った前立てが岩成主税助の頭部に当たり、それが致命傷になったのには間違いありませぬ。……そう。織田の陣中から投げ放った前立てが、三好の陣までな……」
稲葉良道が眉間を揉みながら見解を述べた。
全員のなんともいえぬ眼が、希美に注がれる。
ただ、丹羽長秀だけは、
「これを突っ込まれて死ぬ……ふふ。なんという恥ずかしき死に様!ただ殺すだけでなく、世に類を見ぬ辱しき死を与えるとは。やはり柴田権六……。良い!!」
と腰を震わせている。
信長はじとりと希美を見た。
「権六、またその方か……」
希美は、そろりと目を逸らした。
そこへ滝川一益が発言する。
「何にせよ、三好軍は現在混乱して、我等から離れつつありまする。物見の報告によると、三好の兵共は『魔王が来るよ』などと喚きながら、後ろに逃げ動いている様子。恐らく、この柴田の放った魔王が原因でしょうが、これは一つの好機やもしれませぬ」
信長は頷いた。
「混乱しておる三好軍に接近し、攻める、か」
「左様」
信長は思考した。
(観音寺城の後藤は、返答を引き延ばし存外粘っておる。三好の力を頼みにしておるのだろう。当主兄弟もこちらに屈したというに。馬鹿め)
「観音寺城を攻め落としてもよいが、三好を前にあのように大きな城を攻めるは、兵を分けねばならぬし面倒じゃ。ならば、三好なぞ当てにならんと後藤に教えてやろう」
「ならば、三好を?」
希美が聞く。
信長は、不敵に笑って言い放った。
「夜の内に三好に近付く。攻めるぞ!!」
「「「「「ははぁっ!!」」」」」
すぐに稲葉良道、竹中半兵衛など頭脳派武将等が作戦を立て、一刻後には、希美は馬上の人となっていた。
三好軍は、織田の将が詰める箕作城を避けるため、観音寺城から見て未(およそ南南西)の方角に布陣していたのだが、現在さらに南下している。
希美率いる加賀勢は、さらに西南から回り込んで、西からアタックする計画だ。
浅井長政や六角義治、蒲生父子などが率いる近江勢と上杉輝虎率いる越後勢は、三好軍の東側から回り込む手筈となっている。
ちなみに、森可成率いる越前勢は織田本陣を固め、近江の進藤賢盛は観音寺城の後藤賢豊への使者役として本陣に残った。
織田方の布陣と計画は、大体こんな感じだ。
希美達は、こちらの動きを悟られぬよう、できるだけ三好軍から距離をとり、琵琶湖に沿うように軍勢を進めた。
そんな希美が自軍に通達した命は単純だ。
『静かに急げ』
相手が混乱し敵の大将が軍をまとめるのに手一杯だからといって、自軍が下手に大きな音を立てれば、こちらの意図を気付かれてしまう。
そういうわけで、希美は自軍に『私語は禁止』としたのである。
「はあっ、はあっ、はふんっ、あふうっ!」
「ひいっ、ひいっ、も、もうっ、くううっ!」
「ぐうっ、ぐうっ、ううっ、んああっ!」
「ーーッ!ーーッ!ーーッ!ーーーッ!!」
「てめえら、三角馬隊っ、命令無視してんじゃねええ!!」
「殿もうるさいんですが……」
「ごめんなさい」
茂部伽羅郎にたしなめられ、希美は素直に謝った。
「私語だけでなく、喘ぐ声も禁止にするべきでしたな」
「うん、そうだね。あいつら、変態の上にバカだもんね……。で、なんでここにいるの?浅井下野守(久政)よ」
「くくく……。えろ大明神様がとうとう封印されし御神体を解放。野に放たれた荒ぶる御神体は、突き込むべき贄を求めて矢も盾も堪らず飛び去り、そのまま敵将に突っ込んでその命を啜ったと聞きまして。是非、その荒ぶる御神体を近くで見せていただこうと潜り込み申した」
浅井久政は右目を覆っているふんどしをずらし、邪眼(自称)で希美の兜にそそり立つ金色の御神体を眺めた。
「流石、えろ大明神様の御神体。なんと立派で凄まじき『えろ』器か!わしの右目には耐えられぬ……!」
「じゃあ、見んなよ……。お前、新九郎(浅井長政)君に言いつけて、また竹生島に封印してもらうからな!」
「わはは、えろ大明神様の『えろ』気を浴びて昇華したこのわしを、息子のような未熟者が封じようとは片腹痛し!今のわしは、鎖をまとわずとも常に縛られし者!見えぬ鎖で既に封じられておる故、封じようとしても無駄である!!」
「何言ってんだ、お前……」
「お二方は、もう本陣に帰れ!!」
「「ごめんなさい」」
茂部伽羅郎君に怒られた二人は、すぐに謝った。
(それにしても……)
希美は自軍を見渡した。
月明かりを受けて、草地を馬で駆ける武者共が浮かび上がる。
苦悶の悦びに喘ぐ声がうるさい三角馬隊もそうだが、何故か森可成と共に本陣にいるはずの会露田利家が勝手に忍び込み、馬を器用に操り蛇行運転しながら並走している。
隣を見れば、朝倉景紀が舌なめずりして、希美の頭部に生えている御神体を見ている。
絶対にペロペロを狙っているに違いない。
だが絵面的にアウトなので、ここは確実に阻止したい。
希美は現実から目を背けたくなり、琵琶湖方面を望んだ。
視界の端に、えろ兵衛のふんどし兜がちらつく。
希美は泣きたくなった。
「お師匠様。遠くに明かりが見えまする。恐らくあれが三好軍の本陣かと」
えろ兵衛が馬を寄せて進言する。
確かにちらちらと明かりが見える。
風に乗って、ごく薄く、騒ぎのような声と金属音を重ねたような音も聞こえる。
希美は頷いた。
「なるほど、確かに。では皆に光り物を外して隠すように使いを出せ。『これからは、私や前の者が発する目印が無くなる故、よく目を凝らし、月明かりだけを頼りについて参れ』とな」
そう言って希美は兜を外し、差し出された手に乗せ……ようとして乗せなかった。
「……っぶねえ!!」
希美は兜を抱き締めて、ちょっと震えた。
「ちっ」
伸ばした手を引っ込めた朝倉景紀が、舌打ちをした。
さて、希美は軍を一旦止め、えろ兵衛がてきぱきと使い番を出す。
幾人かの使い番役が各部隊に指示を伝えて戻り、軍勢から微かな光が失われた。
そうして、希美達はまた動き出した。
三好軍の側面、気付かれぬギリギリの距離を取り、希美達は闇の中で息を潜めている。
馬の使えぬ足軽勢も、使い番や玄任の先導の元に、ようやく希美達に追いついた。
切らした息を整えながら、足軽大将の指示の元、組頭が足軽達を動かし陣形を作っていく。
夜が明け始めた。
その頃には三好軍はなんとか静まり、後退も止まっていた。
敵軍の姿が、朝日に照らされてよく見えた。
陣形はぐちゃぐちゃだ。
よほどの混乱だったのだろう。
皆、夜の狂乱から覚めて、朝の明るい光にどこかほっとした雰囲気を漂わせている。
だが、そんな事は織田軍には関係ない。
この気の抜けた瞬間。
ここが相手を再び狂乱に陥れる、絶好のアタックチャンスーー。
希美は危ない兜を装備し、馬のサークルエンジョイ号に跨がった。
「かかれええーーい!!」
「「「「「うおおおおおおおーーー!!!」」」」」
希美が先陣を切り、全速力で三好軍に突っ込んだ。
鋼の槍を振り回し、三好兵をまとめて吹き飛ばす。
利家が、嬉々として馬を走らせているのが見えた。
配下の武者達が好き放題に暴れ回り、少し遅れて足軽勢が勢いのままに蹂躙していく。
遠くで閧の声が聞こえる。
東からも、襲撃が始まったのだろう。
三好軍は硬直し、混乱が増していった。
「魔王じゃあ!魔王が来たあ!!」
「いやあああ!突っ込まれるう!!」
希美の姿を見るだけで、腰を抜かし、逃げ出す者は少なくなかった。
三好軍はまた後退を始め、今度は三好の本陣もそれを止めなかった。
むしろ、力を合わせて全速力で後退した。
二刻後には、三好軍の被害は甚大になり、更に大きく後退。
結果、織田軍は三好軍を近江の国境近くまで押し戻す事に成功したのである。
その日はそのまま、休戦となった。
恐らく、陣を再編成しつつ、このまま侵攻を続けるか否かが話し合われるのだろう。
信長は、本陣と三好軍を攻めている軍勢が離れ過ぎる事で、三好軍に分断の隙を作るのを嫌って、それ以上の追撃をさせなかった。
次の日を迎えた。
希美達は、また攻めてくる事を予想し、待ち構えていた。
だが、来ない。
それもそのはずである。
三好軍は、一目散に自領に向けて戻っていったからだ。
物見によると、三好軍は異常なほどに慌てた撤退ぶりだったという。
何故、そんなに慌てて帰っていったのか。
三好義興が、希美が以前予言した通り、病に倒れたのである。
『三好義興は六月に病に倒れ、八月に死ぬ』
希美がプレイした18禁乙女ゲームと違い、当然現実には義興を治すファンタジーな薬草など無い。
そもそも、医療が発達していない中世だ。
人間五十年の時代だ。
死の予言は、成就に向けて動き出した。