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走れエロス

「えろえろえろえろお!!」

「ええと……、御免な、弟君。私もこんな格好なりになってしまって、気が動転しててさ」



希美に揺さぶられ過ぎて気持ちが悪くなり、とうとう吐いてしまった六角義定の背中を、希美は擦っていた。

義定少年は無防備に、背を希美にさらしている。


とまあ、そんなわけで、なんだかよくわからないが、六角義定はこちらの手中に落ちた。

義定と出陣した六角勢はボロボロになり、あらかた降伏した状況である。

観音寺城に詰める後藤賢秀の元には先ほど、『お前んとこの自称当主?今、柴田勝家おれの隣で吐いてるぜ』というお知らせを託して使者を走らせた。


完全に織田軍の勝利である。

そう思い、皆、一息ついていた時の事だった。



「えろ田大明神殿おー!大変で御座るー!!」

赤母衣あかほろを背につけた、会露田(旧姓前田)馬うえいく利家が馬で駆けてくる。

「『えろ田』はお前だろうが!『柴田』と『えろ大明神』、くっつけんな、阿呆!」

利家は希美の元まで来ると、馬から飛び降りた。

息を弾ませながら、希美に告げる。

「そりゃ、すまねえっ!それより大変なんだ、織田の本陣が!」

「本陣がどうしたって?!」

「三好だ。三好が背後から攻めかかって来やがった!」

「なっ、このタイミングでか!?くそっ!」


希美は、利家の胸ぐらを掴んだ。

「それで、殿は!?殿は無事なのか!!」

「ああ。とりあえずは。上杉殿と杉浦(玄任)殿が越後衆と加賀衆を使って陣を立て直し防戦してる。向こうは二万と数こそうちに劣るが、越前衆を始めとした半数以上を六角を追い詰めるのに観音寺城方面に向かわせているから、今は数の利がねえ!」

「恐らく、それを計算して今この時を狙ったのでしょうな」

河村久五郎が言う。

「三好の跡取りは優秀と聞いておりまする。六角が使い物にならぬとふんで、我ら織田軍の半数をこちらに足止めするために、六角を囮に使ったので御座ろう」

「なるほど。頭のキレる男か。まあ、そんな事はどうでもいい」


希美は眼を据わらせてまわりの者達を見渡した。

「誰か、縄を持っていないか?人を縛りつけられるくらいの長さの縄だ」

「ふうむ。鎖なら御座いますぞ」

久五郎は、じゃり……と鎧の中に装着した鎖を見せた。

「なんで鎖愛尊くさりーめいそんでもないお前が、鎖を装着してるんだよ……」

「あらゆる『えろ』を網羅したいので御座る」

「もう、いっそお前がえろ神になってくれ。……まあいいや。その鎖で私の背に、そこの六角義定をくくり付けろ。どさくさに紛れて逃げられてはかなわん。ああ、荒事になるから、決して落ちぬようにな」

「罪人縛りの変形型でよう御座るか?」

久五郎の眼がギラリと光った。

希美は胡乱な眼で久五郎を見る。

「いつ、なんのために、そんな縛り方を編み出したんだ?久五郎よ……。もう何でもいいから、さっさとやってくれ。時が無い!」


久五郎が吐き終えてぐったりしている義定を、慣れた手付きで希美の背に縛りつけていく。

何故慣れているのかは、知りたくもないのでスルーだ。

「前向きに縛って、万が一空いた手でお師匠様の邪魔をしてはいけませぬからな。背中合わせに縛りつけておりますぞ」

「了解。……全裸に鎖で罪人縛りか。ふっ、近江なんて、大っ嫌いだ。二度と来ない!!」

希美はそうぼやいたが、残念でした。将来信長が建設する『安土城』は、観音寺城からすぐの所だ。

しかも、信長の重臣は、安土城城下に必ずお家を建てなければならないんだ!


「じゃあ、行くか。おい、馬ウェイク。馬を借りるぞ!」

「うぃーす!」

「久五郎、森五郎左や他の将に早馬だ。すぐに陣形を整えて、本陣に来い。私は先に行く」

「えろ(御意)!」


希美は馬に飛び乗った。

鎖が尻にギリギリと食い込む。

たが、肉体チートで特に痛みは感じない。

肉体的には、だが。

「ど、どこへ連れていく気じゃ……」

背中の義定が苦しげに尋ねた。

希美は答えた。

「地獄、だよ」

(うちの殿とうちのケンさん(ペット)に手を出す奴は、この世の地獄を見せてやる!)


希美よ、気付いているか?お前(のぞみ)の姿が、既に地獄だ。


馬に鞭を入れる。

「アヒイッッ」

義定の声がする。

間違えて義定の下半身をしばいたようだ。


今度こそ、馬の尻に鞭を入れる。

馬が走り出す。トップスピードだ。

柴田勝家の記憶と体が連動する。

戦場に転がるあらゆる障害物を跳ね越えながら、希美は人馬一体となって、ひた走る。


「えろえろえろえろえろえろ!!」

後ろでは義定がジェット噴射役を担っていた。




希美が織田の本陣を見つけて飛び込んだ時、信長は無事な姿で床几しょうぎに座っていた。


が、希美を見るなり立ち上がった。

「おま……、なんて格好しておるんじゃ!!なんで全裸に鎖?いや待て、お主の『前立て』がわしの『前立て』より……ぬおおお!背中の若武者は誰じゃあ!?」

支離滅裂である。

だが、半分は信長が命じた罰ゲームのせいだ。


「殿の『前立て』なんぞ、どうでもいいわ!!それより殿、無事よね?怪我は無いよね?」

「無いわ!流石に百戦錬磨の上杉よ。三好が背後から攻めかかるとわかるや、即座に越後衆に指示を出し、反転して逆に攻めかかりおった。加賀衆は、その補佐として陣形を立て直し、稲葉伊予守と竹中半兵衛が本陣を三好勢に対抗できるよう、移動させた」

「よ、よかった……!殿が無事でよかったよおお!!」

「うおい!泣くな!まだ、戦はこれからじゃ!!」

ポロポロと涙を流す希美に、信長は柄にもなく焦っている。

だが、希美はハッとして信長の胸ぐらを掴んだ。


「ちょっと待って。じゃあ、ケンさんは……、うちのペットは前戦で戦ってるのね?加賀衆を任せてたうちのえろ兵衛も、玄任も、他のうちの従業員達、みんな……!!」

「そ、そうじゃが、とりあえず放せっ。首が締まってる!締まってるぞ!!」

希美は、信長から手を離した。

「げほっ……お前は、わしを助けに来たのか、殺しに来たのか、どっちなんじゃ!?」

「ああ?助けに来たに決まってんだろ?このホトトギス野郎!」

「だ、誰がホトトギス野郎じゃあ!!」

「殿と、松平家康と、会露柴秀吉だわ!歴史の教科書に載ってる……いや、載ってないわ。会露柴さんだけ、載ってなかったわ」

『羽柴』になるはずが、『えろ柴』へと最悪の改名改変しちゃったんだった。

万が一、秀吉が天下人になった場合、下手すると『豊えろ秀吉』と教科書に載る可能性も……。

朝廷は、そんな名前の奴を関白にしてしまうのか……。(困惑)


「とにかく殿は、死なないように、超逃げて!私は、ケンさんの所に行く」

「ふん、あやつも助けに行くのか」

信長が、少し拗ねたような口調になる。

希美はそれに気付き、笑みを浮かべた。

「殿といっしょだよ。家族だからね」

信長は目を見開いた後、ふっと笑った。

「そうか。ならば、行け」

「うん」

希美は信長に背を向けた。

自然、信長の眼前にくるりと六角義定が来る。


信長と義定の目が合った。

「誰じゃ、お前?」

「六角……次郎、左衛門尉……義……」

「え?」


次の瞬間、柴田勝家のぞみは駆け出し、あっという間に陣幕を出ていってしまう。

「え、お、おおおい!!権六!とりあえず、後ろの奴は置いていけーー!!」

だが、希美は行ってしまった。

当初の敵の首魁を背中にくくりつけたまま。

『助けて……』。

そんな眼をして、すがるように信長を見ていた。

「わ、わしの家臣が、すまんな……」

信長は、ちょっとだけ、この後の六角義定の仕置きを優しめにしてやる事に決めたという。



一方、希美は……。

『置いてけー……』

背後から、そんな声が聞こえた気がしたが、無視して走った。

(置いてけ堀かよ!)

軽く心中で突っ込み(ジャブ)を入れつつ、本陣の中を駆けていく。


「あ!変態!……なんだ柴田様か」

「うわあっ!変態だっ……えろ大明神様じゃないか」

「上下丸出し!?……おお?!なるほど、えろ大明神のご神体。ありがたや……えろえろ」

「皆の衆ー!!えろ大明神様が新しき『えろ』を体現されておるぞーー!」

「なんじゃと?!」

「わしにも、見せろ!」


織田軍の反応がおかしい。

まるで、柴田勝家が変態である事が当然のようではないか。

だが、急いでいる希美の耳には入らない。

自分が、『崇高なる変態神』として認識されている事など、知らない方がいい。


ここにも、もう一人、『崇高なる変態神』を目撃した者がいる。

「うわっ、変態!!……いや、えろ大明神様?」


蒲生父子を連れて信長の元へ向かう途中の六角義治であった。

こちらに目もくれず走り去る変態神の背中を見送った義治は、思わず眼を剥いた。

神の背に、敵の首魁である己れの弟が、鎖でがんじがらめにくくりつけられていたからである。


その時、義治は確かに聞いた。

「し、四郎兄上……、助け………」

弱々しく手を伸ばす、父の仇の憎き弟。

自分よりも出来る弟だった。いつも自信に満ち溢れ、野良田で失態を演じた自分を見下していた。

その弟が、あんなにも弱さをさらけ出し、自分に助けを求めるとは。

まるで、幼き頃に戻ったかのような……。

「じ、次郎ーーー!!!」


しかし、次郎義定は行ってしまった。

義治は立ち尽くしたまま、弟の去った方角を見ている。

その隣で蒲生定秀が呟いた。


「あれが、鎖愛の最高峰、全裸鎖……。あの姿で合戦に挑むとは、神とはなんと凄まじい存在か……」


定秀は、静かに五体投地に入った。

子の賢秀もまた、それに倣い、地面に身を投げ出した。




うん。

もう、いろんな事が起こり過ぎていた。

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