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秀吉の誉められ損

大小様々な池が見える。ぐにゃぐにゃと曲がった輪郭を持つその池には、この所さらに濃さを増した緑の苗がバラバラに植えられている。

そのピンと伸びた苗を、風が水面を波立たせながらついでとばかりに撫で、揺らしていく。

畔は青々と繁った草で覆われており、所々に黄や紫の花の色が飛沫の様に散らされ、そのコントラストがさらに草の緑を引き立てていた。

これが戦国時代の田園風景だ。

のどかである。


しかしそんなのどかさとは対称的に、希美達織田軍約二千は物々しい鎧に身を包み、ガチャガチャと行軍していく。

希美は一武将として馬上の人となっていた。

これから人の命を奪う。そんな実感もないまま、希美は田園の様子から連想し、歌を詠んだ。


「早苗とる山田のかけひもりにけり ひくしめ縄に露ぞこぼるる」


新古今和歌集で大納言経信の詠んだ歌である。

希美が戦国の世に柴田権六勝家として転生してからもうすぐひと月が経つ。その間、勝家の記憶を思い返しながらわかったことは、脳筋として描かれがちな勝家が、実は意外と教養が深く、知謀もそれなりにあったという事である。


(勝家さん、攻撃力重視で賢さ低めの髭キャラだと思っていたよ。本当にごめん)


なんだかんだで、ゆくゆくは信長の信任を受けて越前一国を任される人物だ。確かに馬鹿では勤まらない。

希美はこのひと月、勝家の肉体的な強さだけでなく、記憶力や考察力の高さにも舌を巻いていた。

なんせ以前は、あまりに記憶が飛ぶので脳の病気じゃないかと疑ったくらいもの忘れの激しい希美だ。それが勝家になってから、今までにちらと見たこと聞いたことを明確に思い出せるばかりか、それをもとに正しく考察したり、体で正確に表現できたりもするのだ。

まさにチートである。


以前このチートを使って、朝の鍛練の際にマイコー・若村の『スリラー』を歌ダンス共に完璧に再現した希美が、「ポウッ」と叫んで振り返った先にこちらを注視する次兵衛をみつけ、「ヒェッ」となったのは苦い体験だった。

(あの時は動揺し過ぎて、超ギクシャクしながら何事もなかったようにその場を去るしかなかった……その後しばらく、私を見る次兵衛の目が生暖かかったのは、絶対気のせいじゃない)


実はこのチートも、希美のせいで勝家の肉体が魔改造されたせいだが、希美はすっかり勝家がチートの持ち主だと思っていた。ただあの風貌と武勇が凄すぎて知謀が霞み、脳筋扱いなのだと勝家に同情した。

(大丈夫よ勝家どん、私が柴田勝家を知将にプロデュースするからね!)

全く根拠のない自信だったが何にせよ、これから知将として名を上げていくつもりなのだ。知謀チートを使ってこの戦で結果を残せれば、勝家も知将としてのスタートを切れるに違いない。希美は俄然やる気になった。


「権六、物見遊山ではないぞ」

佐久間半羽介信盛が苦笑いで声をかけた。

「いや、流石柴田様ですな。戦も物見遊山も変わらぬほど落ち着いておられるで」

木下藤吉郎秀吉がすかさずフォローに入る。

(こいつがあの豊臣秀吉か)

織田信長の後に天下統一する金ぴかおじいちゃんのイメージが強いが、槍を持ってひょこひょこ徒歩で行く秀吉は、少し猫背の足軽に毛が生えたような若武者だ。

(確か柴田勝家が秀吉を嫌ってるんだったよね)

希美は勝家の記憶を探ってみたが、あまり秀吉に関するものはない。

(ほとんど関心はないが、主君のまわりをチョロチョロする道化。なんか卑屈で武者らしくない奴ってイメージかあ)


よく人を見て気遣いができる感じだが、態度が何となくオーバーで卑屈に見えた。

(確かに愚直な勝家とは合わなそう)

まあどうでもいいけど、と希美は独りごちた。


「それにしても柴田様は、男ぶりを上げられましたなあ。わしもあやかりたいぎゃ」

重ねて秀吉が誉めそやす。希美はちらと秀吉の顔を見て言った。

「お主も愛嬌があって悪くはないぞ。女にもてぬわけではあるまい」

いつもならとるに足らぬ自分の言など無視する勝家から、逆に誉め返されることなど想定していなかったため、秀吉はうろたえた。

「そそそ、そんな、わしの顔なんぞ……」

「卑下するな。お主の人好きする愛嬌は武器ぞ。良い武器を持っておるではないか」

にやりと希美は笑ってやった。

(絶対勝家は言わんだろうなーこんな台詞。だが、傷つけるばかりが口撃ではない!これぞ秘技誉め返し!)


えらそうな事を考えるわりに、実はたいして深い意味はなかったのだが、秀吉は冷や汗をかいていた。

(し、柴田様はわしを見下しておるのではなかったのか?何か裏があるんだぎゃ?!)

日頃自分を嫌っているだろう人間が突如手のひらを返すと、頭が回る人間ほど疑心暗鬼に陥るものだ。

「は、はははは……」

微妙な半笑いで距離をとる秀吉であった。


「権六ぅっ、楽しそうじゃの!」

先の方から大音声がした。

(なんであの人、大声出さないと気がすまないんだ)

ほぼ全ての戦国もの逆行転生小説において確実に転生者に絡まれると言っても過言ではない、天下御免の絡まれ男。


そう、織田信長さんである。

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