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持ち込まれた呪い

遠くでごろごろと響くような音が聞こえる。

春雷だろう。

空は雲が薄暗い雲が低く垂れ込め、今にも落ちて来そうだ。

二月も終わろうとしている。


しかし希美は、春の雷などに構う余裕もなく、目の前で赤々と燃え盛る護摩檀と坊主の読経に集中していた。

ここは越前の地、朝倉氏の本拠地である一乗谷を見下ろす波着なみつき寺だ。

波着寺は真言宗の寺院で、お願いすればこうやって、呪われたアイテムをお焚き上げしてくれる、ありがたいお寺である。



ところで何故、希美が越前の、しかも真言宗の寺でファイヤーしているのか。


尾山御坊で越前攻めの軍議を行った次の日、希美を始め、朝倉寝返り隊と河村久五郎、会露田(前田)利家、下間頼照、他数名の供の武士達は、信長達に先行して越前に入った。

寝返り隊のお家を拠点に、他の越前の将達を調略しておいて、信長達が越前に入った時、スムーズに進軍できるようにするためだ。

いわゆる、地ならしという奴である。


その地ならし旅にいざ出ようと尾山御坊の大手門に向かっている最中、恒興が希美にてがみを渡した。

「ん?何これ?」

「忘れぬうちに。岐阜で留守居をしている五郎左からで御座る」

丹羽五郎左長秀。その名を聞いた希美は、過去のトラウマが甦り、恒興から渡された文を落としそうになった。

だが、彼もあれで有能な武将だ。何か大事な事が書いてあるかもしれない。

そう思い直し、希美はかさりと文を開いた。

「?何も書いてないぞ?」

中は、非常に細かな柄の紙だ。敷き詰められた柄が黒だから、文字など書くスペースは無い。

恒興が覗き込み、「本当ですな」と同意した。

「この柄が、もしや透かしになっている?」

希美は柄を光にかざしながらじっと観察し、ある事に気付いて思わず「ヒッ」と悲鳴をあげた。


これは、柄なんかではない。

非常に小さな文字が、びっちりと隙間なく書いてある。


『丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家丹羽勝家……』


「けけけけけけ結婚……!私の方が、嫁!!?」

「何を言っておられる?」

恒興が不思議そうに呟く。

希美は、ガタガタと震えながら恒興にお願いした。

「この文、今すぐ燃やしたい!火種をプリーズ!!」

「ぷり?火種など、こんな所にありませぬよ。それに、もう出立するのでしょう?」

恒興が不思議そうに首を傾げた。

「ああっ!くそうっ!!……よし、捨てよう。できるだけ遠くに、だ!」

希美は文を、震える手で飛行機に折り、堀に向かって飛ばした。


その時、一陣の風が……!


「うわああああああ!!も、戻ってきたあ!?」

希美は、恒興に抱きついた。

恒興は、希美の足元に落ちた文飛行機ふみひこうきを拾って手に取ると、不思議そうにその形状を確かめて、希美に渡した。

「不思議な形ですなあ。風に乗るのも面白い。それに、ちゃんと手元に戻ってくるのも良いですな」

「ち、違う!普通は飛ばしっぱなしで、手元にには戻ってこないんだ!偶然……、そう!偶然イタズラな風が吹いて戻ってきただけだ!ほら、今は風向きも変わったから、こうやって飛ばすと、戻っては来な……」


文飛行機は、堀の上で旋回して進行方向を変え、真っ直ぐ希美の元へ。


「なんだ、戻ってくるではありませぬか」

「キャアアアアア!!!」

希美は、腰を抜かした。


その一連のやり取りを後ろで見ていた河村久五郎が、希美の傍に落ちている文飛行機を手に取ると、目を細めてじっと見た。

そして、おもむろに希美に告げた。

「この文、凄まじいほど、陰の『えろ』が込められておりますな。こうして持っているだけで、お師匠様の持ち物全てを知らぬ所でペロペロし、そ知らぬふりしてそれを使うお師匠様をニヤニヤハアハア眺めていたい気持ちが抑えられなくなりまする」

「おい!それは、その呪われた文の影響だよな!?心の奥底にあるお前の欲求とかじゃあないよな!!?」

希美は尻を地面につけた状態のまま、後退りして久五郎から距離を取った。

久五郎は否定も肯定もせず、真っ黒な瞳で笑みながら希美に近付き、文飛行機を手渡した。

そうして、そのまま希美の腕を掴んで立ち上がらせる。

「なんにせよ、それはどこかでお焚き上げしてもらった方がいいでしょうな。誰かに持たせると、知らぬ内に持ち物をペロペロ……」

「この文は、誰にも触らせぬぅ!!」



こうして越前に入った希美達は、朝倉さんがある一乗谷まで、進行上の城に立ち寄り、順調に調略を進めていった。

なんせ、朝倉方の重臣が揃い踏みで寝返っているのだ。

当主と一門衆の死という現実に加え、目の前に魚住、前波のような重臣が何人も織田を支持し、『越前の、朝倉の行く末のために』などと言われたら、そりゃあ寝返るというものである。

調略を寝返り隊に手分けさせず、全員で一つ一つお城訪問していったのは、『有力者が皆寝返るんなら、自分もしちゃお☆』と寝返りの敷居を下げる、『赤信号、皆で渡れば怖くない』の心理を応用した希美の作戦であった。


希美は旅の途中、どこかで呪われた文をお焚き上げしたかったが、信長が出陣を待っているのだ。そんな暇は無い。

そうして気が付いたら、一乗谷の守りの要所と言われる成願寺城まで来ていたのである。



成願寺城は、寝返り隊の一人である前波景当の弟、前波吉継が城主として築城している城だ。

元々は波着寺のある山であったが、一乗谷の朝倉館守護の要所として、朝倉と縁の深い波着寺を城郭の一部と為し、城を建て始めたのだという。

だが、縄張りを引いて本格的に建て始めたのが最近のため、まだ完全には完成していなかった。

とはいえ、前波吉継が居城として既に使用していたので使えぬわけではない。

残念ながら、その吉継は一向宗との内輪揉めの際に、朝倉義景と共に討死してしまっている。

希美は、ここを一乗谷に向かうための織田の本陣として使用させてもらおうと、兄の景当に頼んで成願寺城を味方に引き入れ、織田軍の宿泊予約を無事取り付けたのであった。




そして、話は冒頭に戻る。


いよいよ、波着寺でのファイヤーな儀式も佳境に入ったようだ。

真言か何かを唱える僧の声が、ひときわ大きく甲高くなる。

希美は近付いてきた僧侶に促され、燃え盛る護摩檀の中に文を投げ入れた。

文が赤い炎に巻かれ、端から黒く焼き尽くされていく。

白い煙が立ち上ぼり、辺りに薄く拡散した。


お焚き上げの儀式は無事終わった。

希美は波着寺の僧達に深く感謝し、礼を言いながら握手をした。

僧達は握手に困惑しつつ、護摩檀祈祷によって汗にまみれた顔に笑みを浮かべている。

今回お焚き上げ儀式を中心として勤め上げた波着寺の老僧、照任は「よう御座いましたの。これで安心で御座いますよ」と言いながら、握手中の希美の手を引き寄せ、その手の甲をペロリと舐めた。


「……え?」

希美は一瞬固まり、バッと照任の手を離した。

照任は、ハッとした様子で慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ありませぬ!気が付いたら、あのような事を……」

「い、いや……、お気になさらず……」

希美は顔をひきつらせながら愛想笑いを浮かべた。

しかし後ろで何か、もぞもぞと違和感がある。

希美は、後ろを振り返った。

お焚き上げに参加した別の僧が、希美の袴をペロペロしていた。

「う、うわっ!!」

希美は飛び退いた。

「おい!何をやっておるんじゃ!」

照任に叱られて、僧が我に返る。

「あ、あれ……何故か、どうしても舐めたくなって……」

僧は戸惑っている。

希美は辺りを見回した。

入口近くで希美の刀を預かった稚児が、刀の柄をペロペロしている。


希美はふと久五郎の言葉を思い出した。


『こうして持っているだけで、お師匠様の持ち物全てを知らぬ所でペロペロし、そ知らぬふりしてそれを使うお師匠様をニヤニヤハアハア眺めていたい気持ちが抑えられなくなりまする』


(あ、あわわ……呪いが拡散されてる……!由緒あるお寺のお坊さん達が、私のせいで『ペロペロ』の呪いにかかったあ!!)

「あ、あの……、ありがとうございました!私、成願寺城に戻らないとっ。……皆さんが『ペロペロ』したくなるの、私、一切関係ないです……関係ないですからあ!!」

恐怖と気まずさから、希美は無関係を装って逃げる事にした。

入口まで早歩きし、稚児から刀を奪う。

そして、入口の扉を開け放ち、そそくさと走り去ったのだった。






『波着寺』


∧ 逸話

別名、『ペロペロ寺』とも呼ばれるこの寺院の謂れは、柴田勝家が関係している。

織田の越前攻めにあたり、調略のために先行していた柴田勝家は、成願寺城に至った際、この波着寺で厄払いの護摩焚きを行った。

その際、高僧実泉坊照任の行によってえろ大明神としての神威を引き出された柴田勝家は、その場にいた僧達の内なる『えろ』を開花させた。

それが、『ペロペロ』である。

照任を始めとした僧達は、舌で対象物そのものを感じ取る事により、『ペロペロ』の対象物と自己の本質を深く突き詰めて内なる仏の真理を会得する事相を編み出した。

この波着寺出身の空照は、その後金沢に呼ばれ、この地に金沢波着寺を建立した。

その教義の特性から、今日の両波着寺では祈祷を受けたペロペロキャンディーや、ペロペロキャンディーの形をしたお守りが売られている。

(Wikipediaより抜粋)

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