尾山御坊防衛戦?
大聖寺城「いらっしゃいませー!やだ、そんな物騒なものはしまってよ。少し休憩してく?」
小松城「遠い所をよく来たねえ。今日はここに泊まっていくでしょ?ん?戦?なんで?」
松任城「尾山御坊まで後ちょっとだよ!ここで休息していきなー。はい、体力回復の井戸水!」
朝倉義景を筆頭に、一向宗を含む朝倉軍全員が皆戸惑っていた。
進軍が順調すぎるのだ。
本来なら途中途中で激しい抵抗にあって、双方ともに多くの死傷者を出すはずだ。
それなのに、どこに行っても歓迎される。
城はいつだって解放され、敵である自分達を当たり前のように受け入れる。
人々は、えろも非えろも混在し、皆それに囚われず助け合いながら穏やかに過ごしている。
義景は、城の城主達に聞いた。
「わし等を受け入れるという事は、柴田権六勝家を裏切り、朝倉の支配を受けるという事か?」
城主達の答えはいっしょだった。
「そうではない。我等は、えろ大明神、柴田権六勝家を変わらず支持している」
ある城主は言った。
「いやいや、わし等は柴田様の意向でお主等をもてなしておるのだよ。もし、お主等が城や町に攻撃するなら、全力で抵抗するが、そうでないなら客人だからな。お主等とて、尾山御坊まで無用な戦を避けた方がいいだろう?」
「では、尾山御坊が落ちてわしのものになれば、どうするのじゃ?」
義景の問いに城主は難しい顔をした。
「落ちぬとは思うが、それはお主等次第じゃの。大阪本願寺のようにえろを許さぬなら、この加賀は再び内乱の嵐よ。その時は加賀の非えろもえろと立ち上がるやもしれぬ。もしくは、お主が尾山の殿(柴田勝家)ほどの慈悲と求心力が無ければ、やはり内乱の嵐となろう。民は贅沢を知ってしまった。昔には戻れぬ」
「贅沢?」
城主は頷いた。
「そうじゃ。上に立つ者が、自分達のために働いてくれる、という贅沢じゃ。これまで坊主共はわし等を自分達の戦力として、使い捨てにして来た。だが殿は、わし等に極力戦を避けよと言う。戦をするくらいなら敵をもてなせ、と」
「あり得ぬ」
「であろう?ふふ……。わしは最初、神の威光にひれ伏した。だが、あの方の元にいると、わしらにとって住み良い国を造って下されようとしておられるのがわかるのよ。だから、えろではないわしとて、今は心から臣従しておるというわけじゃ。お主等が、それと同等のものをわし等に示せるか?」
その時、義景は「できる」とは言えなかった。
敵をもてなせ。
そのような事、自分には言えぬ。
敵の底の知れなさが義景にとっては理解不能で、そして妙に心を苛立たせた。
「たかが、織田の家臣の一人ではないか。神などと謳って、胡散臭いものよ」
思わず心が漏れた。
それを聞き付けた坊官の下間頼照が怖々と語った。
「朝倉殿、あれは本物ですぞ!確かに、神の力は持っております。なんせ、あれが地震を起こしたのを、わしは目の前で見たのですからな!」
義景は険のある声で頼照に問うた。
「じゃあ何故、お主はその神と敵対するのじゃ?」
「わしとて、またあのような恐ろしい目には合いとうない!じゃが、真宗は阿弥陀一仏のみを念じねばならぬ。それを惑わす者は、神とて敵じゃ。あれが今は人でもあるなら、殺して天に返す。神殺しじゃあ!」
頼照は焦点の合わぬ眼をしている。
義景は鼻に皺を寄せて、酒を飲み干し、かわらけを壁に投げつけた。
尾山御坊に攻め入る前夜の事であった。
二月二十日朝。
朝倉・一向宗軍は尾山御坊前に布陣した。
彼らの目の前には尾山御坊とその城下町。
そして、一万五千の大軍。
尾山御坊を、えろ大明神柴田勝家を守ろうと、加賀全土から集まった加賀人共であった。
希美は光輝きながら、呟いた。
「集まったねえー。てか、集まり過ぎじゃないか?朝(倉)一(向宗)軍が通ってきたルートの城や村には徴兵の声をかけてないよな?それやると、敵といっしょにここに集まるなんていう、意味わからない事になっちゃうし」
玄任がそれに答えた。
「朝一軍?此度の合戦には、多くの者が志願したと聞いておりまする。皆、うんざりなのでしょう。内乱も。いいように使い捨てにされるのも」
河村久五郎は目を細めながら希美を見た。
「お師匠様、素晴らしく眩しゅう御座るぞ。これほどの輝きならば遠くからでも、ここに『えろ大明神』有り!と敵に見せつける事ができますなあ!くくく……、敵も動揺しますぞ!」
「お前のせいで、あんな所に燦然と光輝く馬鹿がいると、敵も動揺するわ!あほんだらっ!」
憤る希美に、玄任が上申した。
「そんな事よりも、口合戦が始まりますぞ。殿、出られませい」
「……くっ!罰ゲーム!」
肩を落として出ていく希美に、利家が軽く声をかけた。
「えろ殿、金色の後光出てるぅ!」
「馬ウェイク、城で待機な」
「なんか、すんませんっしたあ!!」
希美は渋々馬に乗ると、自陣の前に出た。そして、ポクポクと中間地点まで進み出た。
「お、おい、あの光ってんのが、柴田勝家じゃねえか?」
「目立ち過ぎだろ。馬鹿なのか?」
「しかも、口合戦でこっちに近寄り過ぎだ。誰か弓持って来い!射程距離だし、あの馬鹿狙おうぜ!」
「あんなに金ピカだと、流石に恥ずかしいわー」
敵陣がざわついている。
多少距離があるのでよくは聞こえないが、なんとなく悪口を言われているのを希美は肌で感じ取った。
(おのれ、久五郎め……)
希美は、久五郎にも何か恥ずかしい鎧を贈ってやる!と考えて、やはり止めた。
久五郎なら、恥ずかしい鎧を『えろ』に昇華して、涼しい顔で果ててそうだからだ。
希美は久五郎への怒りを音量に変えて、腹から声を出した。
「私があっ!御仏の親友、柴田権六勝家じゃあ!!ようこそ加賀にぃっ、いらっしゃいましたあーっ!この野郎っっ!!」
朝倉義景も、言葉を返した。
「わしがっ、越前国守護!朝倉左衛門督義景じゃあ!!……『ずっとも』ってなんじゃあー!!」
「ずっと仲良しを誓った、お友達だあっっ!!」
「わかったあーーっ!」
ただの会話になってしまった。
このままでは合戦にならぬ。義景はこちらから仕掛ける事にした。
「神を騙り、人々を惑わし、仏道を妨げる悪魔めぇっ!この朝倉義景が討ち滅ぼしてくれるわあっ!!」
希美も負けじと言い返した。
「余計なお世話だっ、この野郎っ!!討ち滅ぼせるなら討ち滅ぼしてみよ!死なねえからな!バーカ!!」
ほとんど、向こうの言い分は間違ってはいないので、こっちの言い分の内容が薄い!
だが、義景はやる気になったようだ。
「ならば、やってやる!一人でこんな所まで突出してきたのが運の尽きよ。……鉄砲隊、構えいっ!!」
「あっ、馬のプーさんが危ない!逃げろ、プーさん!!」
希美は馬から飛び降りると、馬の尻を叩いて弾の軌道から外れそうな右手に走らせた。
その少し後、一斉に種子島が火を吹いた。
無数の弾が希美目掛けて発射され、希美のゴールドグソクを穴だらけにした。
(よっしゃあ!ゴールドグソクが壊れたら、この生き恥から解放される!)
希美は、さらにゴールドグソクを壊してもらおうと、敵を煽った。
「ヘイ、ヘーイ!どうした、そんなもんかあっ?!水鉄砲かよ?まだ浅井久政の白水鉄砲の方が、勢いあるぞおっ!!」
(いや、見た事は無いけどな!)
多分、凄いに違いない。なんせ、琵琶湖を白く染めるくらいだ。
頼むから、琵琶湖に放出するのは止めて欲しい。
琵琶湖の水は、近畿圏の人達の水源だ。皆が白き汚染水を飲む羽目になってしまう。
煽った甲斐があったか、次の射撃はもっと激しかった。
ゴールドグソクの破壊が捗る。
敵陣が、種子島の一斉発射による大量の煙で、雲の中にいるように見える。
向こうも、煙に遮られてこちらが見えないに違いない。
射撃が止んで煙が晴れるまで、しばらくの間、戦場に静寂が訪れた。
はたして、朝倉・一向宗軍は、見た。
鎧こそ穴だらけとなっているものの、煙が晴れる前と変わらず、平然と立っている希美の姿を。
「う、嘘だ……本当に、神なのか……?」
「あ、あわわわ……」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
「え……えろえろ……?」
彼らの目にはっきりと畏怖の色が浮かんだ。
最後の奴は、えろ化し始めている。
希美はこの機を逃さなかった。
「見たかあっ!!これが、御仏の加護の御力よお!!お前達、仏敵になる覚悟があるかあっっ!?」
拳を突き上げて合図を送る。
すぐに、合図を受けた砲兵が、空に一発種子島を放ち、尾山御坊に合図を送った。
バササササアッッ!!
尾山御坊は、『城仏』した。
以前、尾山御坊の観光目玉として加賀えろ女達に作らせていた、巨大阿弥陀仏の垂れ幕を、城の壁面に垂らしたのだ。
城上層の廻り縁から垂らして、窓や壁に固定した、真宗のご本尊、阿弥陀仏立像のプロジェクトマッピングだ。
朝倉軍の中にいる門徒達が、どよめいた。
そこかしこから、念仏が聞こえる。
希美は、大音声で告げた。
「我ら尾山御坊に攻撃する事、即ち、御仏に攻撃する事と同義なり!よく考えられよおっ!!」
朝倉軍は、混乱の渦の中にいた。
門徒達は、ほぼ全員が希美や尾山御坊に向かってひれ伏し、念仏スピーカーとなっていて使い物にならない。
朝倉兵の中にも、希美の肉体チートを目の当たりにして、腰が引けている者が多い。
士気は駄々下がりであった。
そんな中、朝倉義景は胸にどす黒い塊を抱えて立っていた。
たかが、一武将。大名でも無い男が、これまで自分が苦しめられてきた門徒をあっという間に味方につけ、自分が狙っていた尾山御坊をあっさり下して加賀を手に入れ、一家臣の分際で偉そうな顔して大名の自分に敵対している。
義景は、苛立ちを抑えられなかった。
義景は鉄砲隊の砲兵から鉄砲を奪うと、尾山御坊の城仏目掛けて一発撃った。
そうして、叫んだ。
「何がえろ大明神じゃ……何が御仏じゃ……!何をしておる!尾山御坊は目の前ぞ!?向こうの数は多いが、わし等と違い、突っ込んで死ぬだけが取り柄の無能な百姓共ばかりぞ!奴らを蹂躙せよ!尾山御坊を焼き尽くせ!神仏をも恐れぬ朝倉兵の恐ろしさを思い知らせてやれい!!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
主の叱咤激励に、多くの朝倉兵共が奮起した。
景鏡や景隆も発奮し、「立ち上がれい!尾山御坊を焼き尽くせ!!」と、部下や門徒等を叱咤した。
その最中の事だ。
念仏を唱えていた門徒の一人が立ち上がった。
若い男だ。粗末な着物にたすき掛けし、槍を持っている。
そして槍を構えるや、雄叫びを上げて突進し……
朝倉義景の腹を刺し貫いた。
「ぐ……がぼっ……、何故……」
義景の口から、問いと共に血泡が吹き出た。
男は血走った眼で義景を睨んだ。
「御仏は……焼かせんが!!」
「ば、かな……」
「「「殿おおお!!」」」
朝倉の兵が駆け寄り、若い門徒を斬り捨てた。
門徒が倒れると同時に、義景も崩れ落ちた。
「殿!!」
主の元に行こうとした景隆を、別の門徒が横から襲った。
「御仏を焼こうなどと、仏敵めえ!!」
向こうでは、景鏡が門徒達に袋叩きにあっている。
門徒等は、次々と立ち上がり、朝倉兵を襲った。
「御仏を焼かせはせんぞ!」
「わし等は無能じゃとお!!?」
「偉そうにしやがって!!」
「やはり、わし等の敵は朝倉じゃあ!!」
朝倉兵もこうなっては、遠くで唖然と見守る柴田勢より、門徒が当面の敵である。
自然、朝倉勢も、門徒に襲いかかり始めた。
「な、なんだ、これ……」
希美は、目の前で繰り広げられる凄惨な仲間割れに、ただ立ち尽くしていた。
希美としては、『尾山御坊が城仏化したら、門徒が戦意喪失して士気が下がるかなー?』程度にしか思っていなかったのだ。
まさか、内部分裂して殺し合いを始めるとは……。
気が付けば、馬のプーさんが希美の元に戻っており、「戻ろうぜ!」とばかりに、希美に鼻を押し付けてきた。
「そうだな……。戻ろうか」
希美は困惑したまま馬に乗ると、自陣に戻った。
自陣では、兵達が「流石、殿!」、「神の御業で敵を自壊させたのですね!」、「えろえろえろ」などと、口々に希美を誉めそやしてくる。
本陣に戻ると玄任が、
「全て見越して、あの垂れ幕をお作りになられたのですか……?!」
と目を見開いて聞いてきたので、希美は、
「け、計画通り……!!」
と答えておいた。
ただし、思いっきり目が泳いでいたのは間違いない。
その日の午後、夕刻前になって、ようやく朝倉勢と一向宗のバトルは終わったようだ。
結果、朝倉家当主であり、総大将朝倉義景、大将朝倉景鏡、大将朝倉景隆を始めとした、朝倉家の主だった将達と、多くの一向宗の坊主坊官達が死亡。
当然彼らには、合戦を続ける戦力も意思も失われていた。
希美はまたもや、戦場をうろついただけで、勝ちを拾ってしまったのである。
まあ、戦国武将全員生かしたままというわけにはいかないのが現実。
朝倉さん、変態にしてあげられなくてごめん。