加賀の嵐
戦だからね。真面目に書かなきゃ。
地上に出た希美は、そこに見知った顔を見つけた。
河村久五郎、斎藤龍興(えろ兵衛)、会露柴秀吉、会露田利家のえろえろ軍団であった。
この中で、歴史に名を残す有名武将三人が全てが、『えろ』改名をしてしまっている。
希美は気付きたくない事実に気付き、「うわ……」と声を漏らした。
「『うわ』とは、酷いですぎゃあ、社長!」
秀吉がおどけた調子で希美を非難する。
希美は、「ごめん、ごめん!そういう意味じゃないんだ」と謝り、皆に問いかけた。
「お前達、正月くらいは戦無しでゆっくりしたいだろうに、本当に加賀についてくるのかよ」
希美の言葉に、久五郎と龍興は「当然」と頷き、秀吉は「新規開拓の土地になるやもしれませぬし、隠れえろの中に使える人材がおるやも!」と別の方向性から意欲を示し、利家は「同じえろ教徒のために、馬ででっかく暴れまくるぜえ!!」と相変わらずであった。
彼らはそれぞれ、えろ教徒のためにと急遽ボランティア足軽を募り、かなりの数のえろ足軽が集まったようだ。
「馬鹿野郎が……!一向宗原理主義は危険なんだぞ!」
希美が、嬉しいのに腹立たしくもある、複雑な表情で吐き捨てた。
久五郎がそんな希美に、諭すように語りかけた。
「皆、わかっていて集まったので御座るよ。『えろ教徒は自ずから助け合うべし』。お師匠様の教えで御座ろう?」
「そうですよ、お師匠様。我らとて、織田の殿に命じられたからではない。自らの意思で志願したのです。えろの安寧のためにお師匠様と生きる。それが某の幸福なので御座る」
龍興も笑って、兄弟子に同調した。
彼らはえろ教トップ2だ。えろのために加賀についてくるのは、希美とて理解できる。
だが、秀吉を本当に連れて行っていいのか。加賀は、下手したら死地かもしれぬ。というより、既に秀吉の顔色が悪い。
目の下にくまが……
希美は激務続きの秀吉に懇願した。
「藤吉、お主は確かにえろ教徒だが、いつだって超過勤務だったじゃないか!金のために命を危険にさらす事はないんだ。頼むから正月くらいは休んでくれ。過労死しちまう!」
秀吉は、首を横に振った。
「戦をする、羅城門を新たに建てる、天下を回す……。これ等大事を為すのに、金がいらない事がありましょうや?その大事な金を生むために、時に命をかける。これに勝てば大きな市場も手に入り、隠れえろのためにもなる。この大博打、勝たせてみせようホトトギスぎゃあ!」
「あ、はい……」
なんか、名言らしきものまで出てしまっては仕方ない。
希美は、今回の事が落ち着いたら、働き方改革で雇用を増やす事を心に誓った。
プレミアムフライデーを推奨しようにも戦国時代に日曜日はおろか、一週間も、いや休日すら無いのだ。まずは、ローリングサンデーかなんかを休日として設定するのが先だろう。
それに、定時帰宅を推奨した所で、秀吉が抱える仕事量が多すぎる。
秀吉の過労死回避には、仕事量の分散と軽減が急務である。
「あ、馬ウェイクは、もう勝手についてこい」
「うぇーーい!」
利家の扱いは適当だった。
次の日、希美はボランティア軍を全員集めた。
急な招集にも関わらず、二千のえろが集まっていた。
希美は、酒と雑煮を振る舞った後、言い放った。
「よいか、皆の衆!私からの命令は一つだあっ!」
二千のえろ兵が、じっと希美の次の言葉を待っている。
「『いのちだいじに』!!帰ったら、この倍の酒と、さらに具だくさんの雑煮を食わせてやるぞお!!」
うおおおおおおおおおお!!!
えーろ!えーろ!えーろ!えーろ!……
久五郎とえろ兵衛が頭に巻いたふんどしの端が、凍て風に巻き上げられて空を舞う。
身を切るような冬の冷たい空気は、えろ兵達の熱気に負けてどこかに行ってしまったようだ。
その中で希美だけは、戦場という地獄に大勢を誘う事の恐ろしさを胸の中に押し隠し、凍った大地を踏みしめて兵達を見つめていた。
こうして、希美率いるボランティア軍は、宗教戦争まっただ中の加賀国に向かって進軍したのである。
加賀国。
前年から、宗主顕如の意向を受けて、大阪から派遣されてきた坊官が、えろ門徒を摘発、改宗を迫っていた。
そのやり様は苛烈で、拷問によって改宗を迫り、その最中命を落とす信者も少なくなかった。
もし改宗を断れば、悪魔の徒として処刑される。
加賀国は比較的、えろ教の使徒が入ってきたのが早く、多くの門徒がえろ教徒となっていた。
今回の騒動で改宗した者もあったが、それでも多くの者が隠れえろとたり、互いに協力し合いながら、息を潜めて生活をしていた。
だが、いい加減その不満は膨れ上がり、破裂寸前だったのだ。
そしてついに、その不満が爆発するきっかけとなる事件が起こる。
年末に派遣されてきた坊官は、とんでもなく嫌な男であった。
えろ門徒関係無しに、百姓等を見下し、居丈高に振舞い、加賀の門徒達にあっという間に嫌われた。
この男、七里頼周という元下級武士出身の坊官だ。
希美が大阪本願寺に尼として潜入していた頃、希美の尻をペロンしたセクハラの猛者である。
松の内もまだ明けておらぬその日、七里はかねてより目をつけていた百姓娘の元に向かった。そうして、その娘に無体を働こうとした。
その時、その娘の弟が姉を助けようと、七里を木の棒でぶっ叩いた。
七里は激昂し、その弟と弟を庇おうとする姉ごと斬り捨てた。
嘆き悲しんだ姉弟の父と母は、仲間に悔しさを吐き出した。
一矢報いて死にたい、と。
この家族こそが、隠れえろであったのだ。
この悲劇はあっという間に加賀国の隠れえろに広まった。
その結果、各地の隠れえろが蜂起。
加賀一向一揆の本拠地である尾山御坊の坊官達は、自分達に一揆を起こす隠れえろ達を鎮圧しようと、えろではない門徒を煽動してぶつけた。
そうして、加賀国内の至る所で、一向一揆VS一向一揆という、救いようのない内乱状態が完成したのである。
一月二十六日午前。
えろ門徒軍は、尾山御坊の見える平地で、大阪本願寺から派遣された坊官下間頼総率いる非えろ門徒軍と一当てした後、互いに退いて、次の出撃の合図までじりじりと睨み合っていた。
周囲は畑や田が広がっているが、冬である。
枯れ果てたひつじ穂の上に、門徒の死体が折り重なり、まるで積み藁が田に敷き詰められている様だ。
加賀国の住人、相田村の与四郎は、えろ門徒軍の仲間と共に鍬を握って息を潜めていた。
多くの隠れえろが虐げられ、まるで極悪人の如く扱われ処刑された。
皆、えろ教の使徒がもたらした恵みを甘受しておきながら、なんと薄情な事か。
「のう、与四郎。さっき聞いたんやが、えろ大明神様がわしらのために加賀に入られたといに」
隣にいた五作が与四郎に話しかけた。
「まさか!そんなこつ、ないがいに……」
「噂やじ。まあ、ないが。でも、死ぬんならえろ大明神様を一目見てから死にたいのう」
顔を近付けて喋る二人の耳に、何やらざわめきが届いた。
ざわめきは次第に大きくなり、いつしか「えろえろ南無阿弥陀仏」の念仏に変わる。
二人は、首を伸ばして辺りをキョロキョロと見回した。
人々の視線が集まっている方角を見た。
何か、きらきらと煌めいている。
二人は目を凝らし、その後、「えろえろ南無阿弥陀仏」の文句が自然と口から漏れ出た。
そこには、数多のえろ門徒と織田方と見られる軍勢を従えた『えろ』兜の大男。
『えろ大明神』と呼ばれる武将、柴田勝家が、全身金色の鎧を身に纏い、門徒同士の戦場に現れたのである。
で、出たー!
いい加減な方言シリーズ『加賀弁』編だあ!
相変わらず適当だぜ……
加賀の皆さん、ごめん。
金沢の旅館『加賀屋』は良い旅館です。