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信長の複雑な主(あるじ)心

この真夏に、この書き出しよ……

皆さーん、明けましておめでとうございまーす!『柴田勝家』の中のおばちゃん、希美でっす。

いやあ、1563年、始まっちゃいましたねえ。早いもので、新しい年を迎えてから20日が過ぎようとしています。


さて、ここでいきなりクイズです!

いまだ目出度いムードが漂うこの岐阜城の中、私は一体どこにいるでしょーうかっ!?



答えは……


『いしろうのなかにいる』


でしたー!!わっはっはーー…………はあ……。



「お主は、何を一人で騒いでいるんだ……?」

「あ、ケンさん、来てくれたの?嬉しいよお。独房生活って、暇なんだよおー!」

「一切、反省して無さそうじゃの、お主」

輝虎は石牢の外に立ち、格子の隙間から希美を窺った。

希美は真冬だというのに、ふんどし姿で鎖で繋がれたまま、しどけなく石の壁にもたれている。そのまわりには楠の木材が希美を囲むように散らばっていた。

楠の香りには虫除け効果があるとかで、希美が頼んで牢内に持ち込んだのだ。


そもそも正月だというのに、どうして希美が、お馴染みの石牢に入れられているのか。

それは、滑り込みセーフで信長への年賀の挨拶に間に合った希美が、挨拶の後、こんな事を耳打ちしたからである。



「都の羅城門、ぶっ壊しちゃった☆(てへぺろ)」


それを聞いた信長はふらりと倒れ伏し、周囲は騒然となった。

だが、信長はすぐに起き上がると、心配して覗き込む希美の顎先目掛けてアッパーカットを繰り出し、希美がもんどり打った所を飛びかかるや、マウントポジションからの『ぽかぽかパンチ始め』だ。

そして、しばらく無駄な攻撃を続けた信長が流石にハアハアと息を切らして手を止めたあたりで、希美は言った。


「羅城門の修理費、殿が出すって公方様に約束してきたので、お金下さい!」


信長は仰天した。

「な、なんで、わしがーー!!?」

希美は説得しようと、信長の袖ごとその腕を掴んだ。

「いや、当然某も出しまする!ただ、羅城門は鬼が壊した事になっておりますし、某一人が出すとなれば、殿からすれば出過ぎた真似となるで御座ろ?だから、殿が出すという形を取らば、後々殿が天下を狙って京に入った時に人々の心証が良う御座ろう?」

「なるほどの……、一理ある」


納得しかけた信長を、ぴしゃりと冷たい声が打った。

「殿、何を丸め込まれようとしておられるのか。元々は、羅城門の倒壊など放って置けばよいのに、態々費用を持つなどと勝手に公方様に約束したこの馬鹿がいけないので御座ろう。……今更、費用を出さぬとは言えぬ状況に追い込みおって!この馬鹿権六が!!」

織田軍のご意見番、林秀貞がおこである。

正論を吐かせたら右に出る者はいない。そんな秀貞の冷徹な眼は誤魔化せなかったようだ。

希美は、ブーブーと文句をたれた。

林先輩はやしぱいせん、なんでそれ言っちゃうかなー!?せっかく、殿の怒りが収まりかけてたのにい!」

「誰がぱいせんじゃ、この大馬鹿者っっ!!」

「おのれえ、権六う!お主、また面倒事を持ち込みおってえええ!」

「ひえっ!元祖魔王降臨!!」

今は、希美が魔王認定されているため、信長は元祖となったのである。

その結果……


『いしろうのなかにいる』


というわけだ。



新年の武将達は皆、案外忙しい。主君への挨拶の後は重臣や同僚などに挨拶まわりをし、出仕する。領地に帰れば自分の所の家臣達が挨拶に来る。

今回旅した仲間も例外ではない。

輝虎も希美の家臣として、今年から織田グループの仲間入りだ。牢内の希美の代わりに紹介も兼ねて、挨拶回りなどを頼んでいたため、希美に会いに来る暇は無い。

もとより、信長が面会謝絶を申し渡していた事もあって、希美はボッチな年明けを過ごしていたのだった。


孤独のあまり、すっかり一人上手になってしまった希美である。

先ほども、ユーチューバーになりきって、『牢の中に入ってみた』の脳内配信を行っていたのだが、頼れるペット輝虎が訪ねてきたので、希美は色々外の様子を聞くべく、輝虎に話しかけた。


「ねえねえ、ケンさん、殿の様子はどう?まだ怒ってる?」

「怒っておる、というより、呆れ果てておるのう。何やら疲れた顔をしておったわ。どっちかというと、林佐渡守殿の方が怒り心頭だったぞ。春になったら、ゴンさんの体に砂糖水を塗りたくって木に縛りつけるとか言ってたな」

「ひいっ、虫責め!!私のウィークポイントを確実に攻めてくるやん!林先輩はやしぱいせんのサドの神!!」

希美はブルった。

これまで信長をドSの代表みたいに思っていたが、実はそうではなかったらしい。

希美は呟いた。

「織田信長……奴はドS四天王の中でも最弱だったという事か。そして真のラスボスは、林『サドの神』秀貞。……トップ二人がドSとか、織田家どうなってんだ?!」

そこへ怒号が響いた。

「誰が、最弱じゃあ!!しかも、主君の名を軽々しく口にするとは、このうつけがあ!!」

現れたのは、四天王最弱という噂の信長である。


希美は、悲鳴を上げた。

「ギャッ!殿!!何しに来たの?」

酷い言い草である。

信長は牢の扉を開けようと鍵を取り出し、ガチャガチャと激しく鍵穴攻めしながら、唾を飛ばした。

「『何しに』では無いわ!その方には、わしが最強であると身をもってわからせねばならぬようじゃのう!……くそっ、開かんぞ!」

鍵穴城は堅牢過ぎて、全然開かない。希美は、ぷふうっと吹き出し、信長は益々いきり立った。そして鍵穴は、信長を拒絶した。

そこへ見かねた輝虎が、助け船を出す。

「落ち着かれよ、大殿。……貸してみよ」

ガチャリ。

流石軍神。鍵穴城は、すんなり落ちた。


信長が足音高く牢内に押し入り、散らばった楠の木材を希美目掛けて、投げつけた。

「殿、やめて!虫除けバリアが!!」

「知るか!このっ!うつけめがっ!わしがせっかく!その方のためにっ!!」

なんだか、希美は信長が気の毒になってきた。

せっかく希美に会いに来てくれたのに、呼び捨てにされて『最弱』なんて悪口を言われたら、それは気分を害するというものである。

希美は少し反省した。

「殿……、せっかく来てくれたのに、酷い事言って御免なさいで御座る……」

輝虎も信長を落ち着かせようと、声をかけた。

「そういえば、先ほど上でお会いした時は、何やら慌ただしくされていた様子でしたな。もう、その件は宜しいのか?」

信長は、ふうふうと鼻息を荒げながらも少し冷静になったようだ。少し涙目の希美を見ると、腰に手を当てて深く息を吐き出した後、しゃがみ込む希美を見下ろした。



「その方に、文が来た」

「文?誰から?」

希美は、目をぱちくりとさせながら問い返した。

「大阪からじゃ。河村久五郎を通して、今はわしの元にある。差出人は、『春』。存じ寄りの者か?」

「『春』?ああ、そういえば、顕如様がよく御裏方様を春の花に例えて……って事は、御裏方様から?!」

「おい、顕如()って……」

信長が訝しげに言うのを、希美は、

「いやあ、一応元雇い主だったんで」

と返し、再度信長を激昂させた。

「おい!以前、『わし以外の主は持つな』と言ったよな!それに、わしは呼び捨てで、顕如を様付けじゃとお!?顕如とわしと、どっちが大事なんじゃ!!」

(信長さんが、面倒くさい女のテンプレな台詞を……)

希美は吹き出し笑いの衝動を、息を止めて鼻の穴を最大限に膨らませる事で耐えきった。

ただし、ふざけた表情になってしまったので、信長は結局怒ったが。


ならば、と希美は、般若の信長にかける言葉を探した……が、阿呆なので、考える前に口から出ていた。

「一番は、殿で御座るぞ!」

「二番がおるのか!!」

(あ、やべ。失敗のテンプレですわ)

希美は言い直した。

「殿、顕如を主としたのは作戦のため。狂言で御座る。真の主は殿だけ。殿をうっかり呼び捨てにしたのも、親しみが過ぎた故。顕如と殿では、心の距離が違い申すよ!」

言っている事は間違っていないが、これを浮気男の台詞に直すとかなりのクズ発言である。

だが信長は、これを聞き、少し気を取り直したようだ。

「ふんっ、わしの前で、顕如に様をつけるのは許さぬからの!」

(はい、ツンデレ、いただきましたーー!)

希美は、ほっと胸を撫で下ろした。

そこへ、輝虎が発言した。

「大殿よ、安心するがよい。殿はちゃんと、顕如の側室になる話を断っており申すぞ!」

信長が真顔になった。


「……顕如の、側室?……よし、大阪攻めじゃあっ!」


「ケンさんのアホーー!!」



下克上上等のこの時代、心から信頼できる家臣は何より貴重である。それをかっさらおうとする間男を、魔王が許すはずもない。

希美の口八丁で、なんとか信長までが仏敵だの魔王だのと呼ばれるのを回避した希美だったが、信長から御裏方様の手紙の内容を聞き、愕然とした。


『加賀が割れた』


門徒同士の内乱である。

それも、原理主義門徒VSえろ門徒。

まさに、モーゼが海を割った如く真っ二つに別れた二派は、互いに念仏を唱えながらぶつかったらしい。


(加賀国を割ったモーゼは、私だ)


門徒の一揆は凄まじい。

死を恐れず突進するから、武士以上に多くの人死にが出る。

だが、その数と捨て身の特攻で、戦のプロの武士を圧倒する。

そんな門徒同士がぶつかれば、どうなるか。


希美は、静かに立ち上がった。

信長が、希美の手枷の鍵を輝虎に投げ渡して言った。

「どうせ、止めても行くのだろう?兵を貸してやる。外にお主に貸す家臣を待たせておるから、話し合え」

希美は輝虎に手枷を外してもらいながら、瞳を潤ませた。

「と、殿お……!流石、『上司にしたい歴史上の偉人』の上位に必ず食い込むだけあるよお!!」

「よくわからんが、さっさと行け!どうせなら、加賀国を一向宗から、かっさらってしまえ」

ニヤリと信長が笑う。

「無茶言うなあ」

希美も笑った。

信長は希美に命じた。

「それは冗談としても、まあ、顕如にもう一泡ふかせよ。どうせ、またえろ門徒を連れて加賀を脱出するのであろう?飛弾の三木氏、いや今は姉小路氏か。そちらには先ほど使いを送っておいた。北で武田が暴れておるおかげで、飛弾の調略がうまく進んでおるからのう。越前は朝倉が五月蝿いから通れぬが、飛弾を通って美濃に連れて参れ」

希美は信長に抱きついた。

「ありがとおお!殿お!!」

「臭あっ!離れよっ、そして風呂に入れ!逞しき男に抱きすくめられとうないわ!」

さっきは、あれほど希美を求めたくせに、酷い手のひら返しである。

だが、尻を求められるよりは百倍いい。



希美は、牢を出て薄暗い階段を登った。

先に光が見える。段を踏みしめて歩く度に、光が近付き広がった。

そして希美は、眩しさに目を細めながら、久しぶりに太陽の下にその薄汚れた裸身を晒したのだった。


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