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プロポーズはSuddenly

十二月。

以前ならクリスマスが近付くと、テレビCMではチキン押しのオンパレード、希美は戦隊もののケーキと、ライダーものの何故かDJ口調で喋り倒す武器を予約する時期だったが、戦国時代なんて旧暦なもんだから、クリスマスなんてとっくに終わっているはずで、雪を見ようが目の前の仲良しカップルを見ようが、何の感慨も湧きはしなかった。

その時の希美は、ただただ、降って湧いた自分の縁談に戸惑っていたのである。



「わ、私が、顕如様の側室に、ですか!?」

顕如の正室、御裏方様と呼ばれる二十歳にもならぬ女が、にこにこと笑いながら頷いた。

「ええ。私、あなたの事をすっかり気に入ってしまったの。それに光佐様もあなたなら側室に迎えたいと仰っていますし、この際だから還俗して、一緒に光佐様を支えましょう?」

顕如も赤くなって希美にプロポーズした。

「う、うむ。あなたさえ良ければ、私の室になってほしい……\\\」

(やだ、玉の輿!?……じゃねえ!何これ。こんな事想定してないぞ?顕如も何照れてんだ!お前、今おじさんにプロポーズしたんだぞ?!)

希美は頭を抱えた。

わかる事は、顕如が外見度外視で人を好きになる、案外好感の持てる男だったという事だ。

それにしても、度外視っぷりが変態じみているが。



希美は大坂本願寺内のえろ教徒を全て逃がすに当たり、潜入前には作戦を立てており、逃がした後の脱出用の船の準備や脱出後の受け入れ先の確保を、外に残した仲間達に託していた。

今の所、足利公方に対する輝虎の交渉はうまくいき、隠れえろ難民のとりあえずの受け入れ先として、京の東山にある別荘を解放してくれるらしい。

えろ兵衛は、親戚の娘を戸籍ロンダリングの末、密かに六角義晴に側室として送り込んでいる。

その伝で六角義治の元に交渉に向かったえろ兵衛は、六角の領地でも受け入れ可能であるという返答をもぎ取って帰ってきた。

つい先日の事だ。

沢彦改め角尼は、下間頼宗と協力し、大坂本願寺内のえろ教徒等のまとめ役としてその地位を確立している。

今、隠れえろ達は角尼の説得と支援により、形だけでも踏み人形を行い、えろ教徒の殉教者はストップしている。

堺の天王寺屋助五郎は、Xデーに向けて船の確保を進め、河村久五郎は娼館経営に精を出していた。

河村久五郎は、ちゃんとボランティアしろ!!


久五郎は放っておいて、何にせよ、船の確保待ちだ。

希美はそれまで、久々の女子生活を満喫する事になった。

女子トーク、化粧、たまに七里とかいう坊官のおっさんから尻をペロリと触られ、宗教法人大坂本願寺トップの顕如とたわいのない立ち話をする。


穏やかな日常だ。

仲間だからだろう、門徒は皆親切だ。

えろ教徒の話題になるとピリピリするものの、門徒達は概ねまとまっていた。

顕如も話してみれば、ちょっと真面目で固い所はあるものの、悪人ではない。

油断すると関西弁が出るなんていう人間味もある。

むしろ、気を遣ってくれる良い上司なのだ。

ただし、希美の尻を触るような勇気ある七里某は、地方に左遷されろ。


(えろ教徒を処刑してるのも、この人なんだよなあ。人間は複雑だ)


希美は顕如の仕出かした事は許せないにしろ、顕如自身を嫌いにはなれなかった。

彼はまだ二十歳だ。若いなりに浄土真宗本願寺派の宗主として、仏教の理想を求め、懊悩している。

それに気付いた希美は、顕如を気にして声をかけ、たまに御裏方様達に作った菓子の残りを差し入れて元気付けた。



そうして気が付けば、顕如からプロポーズされるに至ったのである。

(き、気まずいけど、お断り以外の選択肢は無い……)

希美は、断り文句を述べ始めた。

「あの、私、こう見えて、もう四十過ぎてますし、子どもも望めません。(リアルの男はバース出来ないんだよ)顕如様の事は良い方だとは思いますが……」

「そ、そうか……」

顕如はしゅんとした。希美は罪悪感に苛まれそうで、ちょっと目を逸らした。

(私、本当はおばさんじゃなくて、おじさんなのよ。許して……)

御裏方様が残念そうに、ほう、と息を吐いた。

「年も子どもも、それは私が担うのだから気にする事は無いのに。……もしかして、どなたか好きな方がいるの?」

「え?」


希美はふと恋愛もののセオリーを思い出した。

(こういう事を聞かれた時に思い浮かんだ男子が、実は自分でも気付かず好きになっていた人で、そこから意識し始めて、壁ドン顎クイの末にカップル成立、『オレ達のラブはこれからだ!』の流れだったよね?)

もしかしたら自分にも恋愛の種が……?!と期待して、希美は何も考えずに知っている男子を思い浮かべた。



河村久五郎。



ドガッ!

希美は思わず床に額をめり込ませた。

河村久五郎に関するあらゆる記憶を消去して、やり直したい。


「どうした、筑前尼?!」

「だ、大丈夫?」

「い、いえ……ちょっと久五郎の丸顔が……おのれ……」

御裏方が、うふふと口元を袖で押さえた。

「その久五郎とやらが、そなたの好いた男ですか」

「違います!!そんな事実は一切金輪際御座いませんから!!」

顕如が怖い眼で呟いた。

「そうか……久五郎。もしやえろ教徒かな?えろ教徒ならば、私は……」

久五郎がえろ教徒なら、なんだというんだ。

そもそもえろ教徒どころか、えろ教筆頭使徒であり、えろ大明神の一番弟子だ。

堺で娼館の石牢造りを指揮している場合ではないぞ、河村久五郎!

お前はここに何しに来たんだ、河村久五郎!



希美は、勘違いしている若夫婦に再度力説した。

「私は、御仏にお仕えしていきたいのです。久五郎はただの丸顔変態親父で、当方の恋愛事情に一切関わりありません!」

「まあ、年上の殿方なのね!」

「変態……やはり、えろ教徒か。どこまで私の邪魔をするのじゃ!柴田権六勝家!!」

(ご、ごめん、顕如……)

綺麗な自業自得である。

自らヘイトを煽ってどうするのか、希美。

「でも、私、久五郎が好きなんて一言も言ってないよお……」




その日の夜である。

希美の元に、繋ぎが届いた。

小さな紙に、短い文がある。


『船の用意ができた』


希美は読んですぐ火桶に手紙をくべた。

小さく炎が上がる。

希美は揺らめくその火を、じっと見ていた。

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