磔(はりつけ)は辞さないが、○○は貸さない
今回は、ちょっと長め、たまにシリアス入ります。
岐阜城。
音に聞こえた名城だ。
信長の居城は金華山の山頂に建てられた城で、そこからは岐阜の町はおろか美濃の景色が広く見渡せる。
今日、岐阜市中を熱狂の渦に巻き込んだ希美のパレードの喧騒も、城から望む事が出来ただろう。
後光と十字架を背負い、えろ踊り念仏に囲まれながら自分の元に向かう希美を見て、一体信長は何を思っただろうか。
希美は、城内の庭に打ち立てられた十字架に縄でくくりつけられたまま、ふとそんな事を思った。
今、希美の目の前には、真顔の信長がいる。
「お、お久しぶりで御座る、殿!」
信長は答えない。
ただ磔中の希美を見ながら、扇子を閉じたり開いたりしている。
(うわあ……何なに?今どんな気持ち?どんな気持ちなの??やっぱ、怒なのお?!)
希美はドキドキしながらも、まずは一向宗の件を報告する事にした。
「……というわけで、顕如さんがえろ教徒弾圧の動きを見せているそうで、某も出来る限りえろ教徒のために動きたいと思っているので御座る。故に、他国にえろ教徒支援のためのボランティアに行きたいと思っておる次第。そのための特別休暇を申請したいので御座るが……」
何やら、信長のこめかみがぴくりとしたかと思うと、扇子を開閉していたその手は動きを止めた。
「ほおう……、他国へなあ……」
信長が薄く笑みを浮かべている。
「あ、はい。私事の勝手なアレでナンなんですが……」
(やっべ!マジギレの雰囲気がビシバシ伝わってきてます!ああ、なんで私、秀吉置いてきたの!今こそ会社になくてはならない『緩衝材かつ潤滑油男』、秀吉さんの出番でしょお!?誰か、おちゃらけてこの場の空気をなんとかして!!)
しーん……
ああ、誰もいない!空気のように微動だにしない池田恒興など、何の役にも立たない。
……おや?何か恒興の眼に強い力を感じる。
恒興は食い入るように希美を見ている。
いや、見ているのは十字架に縛られた希美だ。
恒興は、にやにやしている。
(こいつ、自ら十字架を試したがっている……?!)
その瞬間、希美の脳裏に、十字架が立ち並ぶえろ修行場の映像が浮かんだ。
そこには、自ら望んで磔に向かい、なんだか精神的に高められた風な教徒達が、係の者に縄を解いてもらって次に交代する光景がある。
あれだけ大々的に十字架を喧伝してしまったのだ。
えろ教徒達が、これを放っておくはずがない。
「Oh,my god!」
希美は、思わず天を仰いだ。
信長はそんな希美をじっと見つめた後、言った。
「他国といえば、お主、伊達と芦名の縁戚になるようじゃのう?」
(既に知っておられるう!)
「れ、連絡が遅くなって、申し訳も……」
「いやあ、全く何も言ってこなんだのう。お主、このまま陸奥の大名の後押しで、上杉の代わりに越後の大名になれるのではないか?ほれ、お得意の縁戚よ。山内上杉家の養子にでもなって、名実共に越後の大名になればよい。お主もそう思うであろ、勝三郎?」
信長の嫌味な発言を、恒興は即座に受け入れた。
「御意!」
「そんなもの、許されるわけ無かろうがあっ!!」
ビシィッ「アヒッ!?」
信長は、扇子を力一杯恒興に投げつけた。
恒興は額から血をだらだら流しながら、「有り難き!」と微笑んだ。
希美は(うわあ、理不尽!)と思いながらも、これぞ織田信長の真骨頂だったと思い直した。
こんなんだから、明智さんに謀反されるのだ。
明智さんは恒興とは違うのだから。
……多分。え?そうだよね?
希美は少し、不安になってきた。
とりあえず恒興は視界に入れないようにして、希美は信長に声をかけた。
「あの、殿……、勝手に縁組みしてごめん……。でも謀反とかは考えてなくて。むしろ、何も考えてなかったっていうか……いや、越後にとっては必要な手だったんだけど」
信長は、感情の読めない眼で希美を見た。
「それで?その様は一体どういう仕儀かのう?越後殿?」
「これは、殿に某の心を知って欲しくて……。某、殿がどうしてもって言うなら、磔刑も受け入れるくらい、殿にちゃんと忠誠誓ってるから……」
「わしが命じれば、処刑を受け入れると申すか?」
「左様!」
信長は、酷薄な笑みを浮かべた。
「ならば、ずっとそのままそこに立っておれ。飲まず食わずでおれば、その方とていつかは死ぬであろう」
そう言い残すと、信長は希美に背を向けた。
希美は慌てた。
「ならば、殿!某が動けぬなら、せめて殿がえろ教徒の保護に動いて下され!お願い致す!!」
「知らぬ。織田の者ならともかく、他国のえろ教徒とわしは関係ない。その方は、世の中が残酷な事を知るべきじゃ」
「殿!!」
信長はそのまま、希美の顔も見ずに去って行った。
「くそっ!殿の阿呆!無慈悲っ!」
「諦めなされい」
顔を上げると恒興が近くに立っていた。
恒興は流れる血を拭いもせず、希美に微笑みかけた。
「某は経験上わかり申す。あの殿の様子は、しばらく放置されますぞ」
「なんだと!?」
「殿は本気だという事。殿はああして人を追い込む。そのまま殺す事もあるし、気が変わって生かす事もある。何にせよ、殿は柴田殿を見ておられる。どうするのか、と」
希美は怪訝そうに恒興に聞いた。
「どうする、とは?」
「柴田殿は、その気になれば、その縄など引きちぎって抜け出せるでしょう?」
「私をゴリラだとでも思ってんのか!?……出来るけど」
恒興は気にせず話を進めた。
「やはり。ですが、殿の命に従わねば、柴田殿の言葉には信憑性が無くなり申す。柴田殿は寝返り組。殿は二度と柴田殿を信じますまい」
「それは、そうだが」
希美は言葉に詰まった。
恒興は、希美のジレンマを見透かすように笑った。
「柴田殿、えろ教徒の命と殿の命、あなた様ならどちらを取ります?」
希美は声が出なかった。
現代の感覚で普通に考えれば、教徒の命を救うのを選ぶに決まっている。命はかけがえの無いものだ。
しかし、希美は迷ってしまった。
確かに命はかけがえが無い。
では、信長は……?
希美は、考えた。
えろ教徒の命を救うために、信長を捨てて行くのか。
恒興が去ってからも、考え続けた。
そのまま夜になっても考え、いつの間にか寝て、目が覚めたらまた考えた。
不思議と体は辛くない。肉体チートが効いているのだろう。
そうやって、三日経った。
まだ、答えは出ない。
五日が経った。
こんな所で足踏みしている間に、どれだけの教徒の命が失われるのか。
気は焦るばかりだが、縄を外すのは怖い。
縄を外す事は、信長を失うと同義だ。
希美は自分本位な己れの心を責めて、涙した。
十日が経った。
答えなんて出ない。
もう、悩んでいるのかなんなのかわからない。
縄を外そうと思えば外せるのだ。
だけど、悩みながらもそれをしなかった。
それが真実である。
今だって、見知らぬ誰かだろうと、えろ教徒達をすぐに助けに行きたい気持ちに嘘はない。
それでもーー。
(私は、神様失格だなあ)
希美は一つ、白い息を吐いた。
どちらか一つしか手に入らないのはわかっていても、どちらの希望も叶えたい。
「そうだった。私は、欲の神様、『第六天魔王』だったわ」
(欲張りで何が悪いんだ!結局全部は手に入らなくたって、最初から諦めるくらいなら、願いなんて持たないわ!)
希美は天に吠えた。
「欲張って、何が悪いんだあああっ!!!」
「その方、まだそんな元気があるのか」
突然声をかけられ、希美はその主を見た。
信長だった。
辺りはもう暗く、灯明が希美と信長の周りだけを穏やかに照らしていた。
信長は呆れた表情で希美に話しかけた。
「いつ根を上げるかと見ていたが、その方、食べもせず飲みもせず、そんなに雪が積もっておるのに平気な顔で叫んでおる。本当に人間か?」
「知るか!私が聞きたいわ!!……って、殿、毎日こっそり様子を見に来てくれてたの?」
信長は焦ったように、目を泳がせた。
「ち、違うわ!その方がいつ死ぬか、観察しておっただけじゃ!自惚れるでないわ!!」
希美はニヤニヤした。
その顔を見た信長は、ぽかぽかパンチを繰り出した。
その結果、希美に積もっていた雪の固まりを被り、信長は地団駄を踏んだ。
希美は久々に声を上げて笑い、そのうち泣いた。
「何故、泣いておる?」
信長の問いに、希美は泣き笑いで答えた。
「私は、結局答えを出せないまま、ここにいたんだ。もしかしたら、その間に助けられた命があるかもしれないのに。神様なのに、非道いやつなんだ」
「自分を憐れんでおるのか?」
「そうだね。本当に、情けない。でも、殿。私決めたわ」
「なんじゃ?わしを裏切る気になったか?」
この期に及んでそんな事を言う信長に、希美は笑って首を振った。
「私、顕如に言わせると、欲の神様らしいからさ。欲望に忠実に動く事にしたわ」
「というと?」
希美は、縄を引きちぎった。
「まず、縄を引きちぎります」
「おい!」
そうして、おもむろに信長を担いだ。
「殿を誘拐して、いっしょにえろ教徒を助けに行きます!」
「なんじゃと!!?」
希美はどや顔で信長に宣言した。
「そうすれは、殿に仕えながら、えろ教徒を助けられる。うん、これしかない!よし、殿、協力しろ下さい!!」
「あ・ほ・かあ~っ!!結局わしの命令、無視しておるではないかあ!!」
信長は心の底からシャウトした。
その後、諦めたようにため息を吐くと、「下ろせ」と希美に命じ、希美もそれに応じた。
信長は、複雑な表情を浮かべながら希美に言った。
「お主の言い分は、わかった。えろ教徒を助けに行くなら、好きにせよ。その代わり、わしにその方の心を信じさせよ」
「?どうすればよいので?」
希美が不思議そうに問う。
信長は、
「まずは風呂に入って、身を清めよ!その後、わしの部屋に来い」
と言い、さっさと城内に戻ってしまった。
希美は首をひねりながらも、十日ぶりの風呂にウキウキしながら、ゆったり半刻は湯殿で身を清めて、ようやく信長の部屋に向かったのである。
「遅いわあ!!!」
信長の部屋に入るや、希美は枕を投げつけられた。
(長湯して上司に怒られるとか、パワハラ?)
などと、相変わらずズレた思考の希美であったが、思わず受け止めた枕を見やり、「ん?枕投げ?」と呟いた。
見ると、既に布団の用意がしてある。
(ああ、早く寝たいのに私を待って寝られないから、イラついてんのか)
希美は納得して「こっちに来い」という信長の命に従い、信長の近くに進んだ。
その結果がこちらである。
布団の上で、信長が希美を押さえ込んでいる。
「とととと殿?!ご乱心!!?」
「やかましい!権六の癖に、わしとは身内にならぬのに、他所の大名とあっさり縁を結びおって!!もうこれしか、わしとその方が確実に繋がる方法は無いのじゃ。その方とて、『わしがどうしてもと言えば、処刑も受け入れる』と言ったではないか!ならば、これも受け入れよ!」
「阿呆かあ!!処刑は受け入れても、私の尻には何一つ受け入れんわ!」
「大丈夫じゃ!すぐに終わらす故、権六は目を瞑っておればよい。わしとて、その方は趣味ではないんじゃ。わしも目を瞑ってするから!」
「なら、いいかな……なんて気持ちになるかよ、馬鹿んだらっ!!そんなんで忠誠心が芽生える奴がいたら見てみたいわ!」
「いい加減諦めよ!わしに、その方の心を信じさせてくれるのではなかったのか!!?」
希美はキレた。
「下克上キーック!!!目を覚ませ!!」
ドカッ!
信長は、軽く吹っ飛んだ。布団の上だけに。はい、ごめんなさいよー!
「おい!今、下克上と言わなんだか?!」
「気のせいで御座るわ、このリアル馬鹿殿!!こんな方法で無理やり忠誠心確かめて、なっさけない男だな、てめえは!」
「な、なんじゃと!!」
希美は逆に、信長の上にのしかかった。
「今から殿をおか……いや、嘘でも無理だわ。ええと、殿に忠誠示したいから、今から殿を殴りまくるね!大丈夫。趣味じゃないから、薄目開けて殴るし!」
「な、なんじゃあ、そりゃ。ふざけるな!どかんかあ!」
「そんなんで忠誠捧げられても、嫌でしょうが!わかんないの?私の気持ちが」
「う……それは……。じゃが、わしは……」
信長の力が少し抜けた。
希美は信長の上からどくと、手を引っばってその体を起こした。
「殿は、間違ってるよ……。身内になったって、謀反起こす奴は起こすって、殿が一番知ってるでしょうに」
ソースは、信長の弟、柴田勝家の前の上司だ。
信長は項垂れた。
「それでも、誰が裏切るかわからぬ世じゃ。わしは確かなものが欲しい。証が欲しいのじゃ」
希美は信長の眼を覗き込んだ。
「殿は本当に、私の事が信じられないの?」
「……その方は以前、主だったわしの弟を裏切ってわしについた。わしとて、いつその方に見限られるかわからぬ」
信長は、昏い眼をして希美を見返した。
希美は、意地でもその眼から逸らさぬように、信長を見据えた。
「じゃあ、どうして私に越後を任せたの?裁量権を与えたの?私が放っておいたら自由に動く人間だって知ってるでしょう?」
信長は、目を瞬かせて、少し笑った。
「……そうじゃな。その方なら。阿呆で無茶苦茶で、馬鹿みたいにわしを守ろうとするその方なら、と思うたのじゃ……」
「じゃあ、身内じゃなくても、尻で繋がらなくても、殿は私を信じてるんだよ」
希美は信長の隣に座り直すと、その引き締まった肩に、筋肉が程よくついたマッチョめな自身の肩を、くっつけた。
「この世に絶対に確かなものなんて無いんだよ。諸行は無常なんだから。でも、こうやってお互いに寄り添って、支え合ってみるとわかるんだよ。伝わって来るんだ。殿の体温。少しの汗臭さと香の混じった匂い。私の体を支える、殿の力強さが。殿はどうなの?」
信長は呟いた。
「確かに感じるわ、その方の存在を。力強く、わしを支えておる……」
「それが、私の忠誠だよ。今私と殿が互いに支え合って感じている互いの存在が、私達の確かなものだよ」
希美は、肩を離して信長を見つめた。
「今、私は体を離したけど、さっきの殿の感覚を覚えてる。離れても、私は殿を支え続けてるし、殿が私を支え続けてくれるなら、それが本当の心の絆なんだよ。殿は、今も支え続けてる私の心を信じられない?」
信長は、先ほどの感覚を思い出すように眼を閉じ、深く息を吸った。
「わしの肩に、権六の感覚が残っておるわ……そうか。これがその方の心か」
「覚えておいて欲しい。私が殿を支えている感覚。えろ教徒を助けに行きたくても行けなかった、私の十字架を。これが私が示せる忠誠の証だよ」
信長は、そのまま布団の上に倒れると、背を丸めるようにして向こうを向いて寝転がった。
「権六の心は充分わかったわ!ふん、もう、好きにせよ」
「もしかして、照れてます?」
「て、照れてなどおらぬわ!なんで照れるんじゃ、阿呆が」
希美は笑った。
「じゃあ、殿は?殿の主としての心を私に示して下さいよお。私ばっかり、ズルイっすよー」
「はあ?なんじゃ、主の心って?」
信長が呆れたように希美をちらりと見た。
「ねえねえ、主として、私に何か無いんですか?」
「権六の癖に、気安いぞ!」
「さーせん!」
「……権六は、わし以外に主を持つな。その方は無茶苦茶じゃから、主になった者が気の毒じゃからな!わしから言える事は、それだけじゃ!」
「やだ、独占欲!」
「黙れ!わしはもう寝る。不寝番をせよ」
信長は、夜着を被り、背を丸めたままうつ伏せで寝息をたて始めた。
「子どもかよ。その寝方」
希美は知らない。小さな頃から信長が、武士として何が起こっても対応できるように、利き手を下にして寝るよう矯正されていた事を。
毎日、気を張ったまま、眠りについている事を。
無防備に眠る主の横で、希美は尻を死守できた事に、ほっと息を吐いていたのだった。
○○に入る言葉は、わかりましたかね?
答えは、『尻』でした!
最初から『尻』だと予想できてた人!
お下品よお!!(笑)
↑
『お前が言うな!』ですね。ごめんなさい!