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戦国の夏 若者の夏

盛興がよろよろと起き上がり、希美に聞いた。

「伊達家の彦姫?本当に伊達家の彦姫なので御座るか?」

希美は頷いた。

「そうだよ。今は『小阪彦太郎』だけどな」

輝虎が渋面で希美を見た。

「色々問題があり過ぎる!お主、知らぬのか?彦姫は芦名が……」


盛興が何やらキリッとした顔で、彦姫に向き直った。

「先程は気付かず失礼致した。某は、芦名家当主芦名修理大夫盛興と申します」

彦姫は盛興の名を聞いた途端、眉がぴくりと動いた。

「そなたが……何度断っても親子でしつこく文を送って参ったあの芦名!知っておるのじゃぞ。私の周囲に頼んでそなたの話をやたらさせておるのは……。しかも、あろうことか私の使ったものを集めておるそうじゃな。去年なくした箸は、気に入りじゃったのじゃ!」


しん…………

宴会場は静まり返った。


「箸……まさか、お主……」

希美の疑惑に、盛興は顔を覆って突っ伏した。

「い、いつか室になる人の事を、もっと色々知りたくて……!」

(ヤバイ、気色悪いぞ、こいつ)

「ゴンさん、芦名を滅ぼして越後を広げよう。芦名の血は絶やした方がよい」

不穏な事を口走る輝虎を、希美は一応止めた。

「止めとこう。変態にだって、生きる権利はあるんだ。善良な変態ならな……。こいつもまだ、善良な変態の道に引き返せるはず……。よし、私がえろの神として、必ずこいつを善良な変態に戻してやる!」

「変態は変態なのか……」


ドン引きしていた希美だが、ある事に気が付いた。

「ん?ちょっと待て。室になるって、彦姫はお主の許嫁なのか?」

「違いまする!!」

盛興が答える前に、彦姫が断じた。

「初めて縁談の話が来た四年前に、この話は父が断っておりまする。それ以降、何度断ってもしつこくて……」

「彦姫、わしはこの縁談の話があがった時から、室はそなたと決めておったのじゃ!どうか、わしの気持ちを受け入れてくれ!」

「嫌じゃ」

盛興の渾身の告白を、彦姫は即拒否した。

「お願いします!」

「嫌」

「そこをなんとか!」

「無理」

「確かそなたは衆道の草子をたくさん持っておったの!わしは、そなたが望むなら何人でも男の恋人を作るぞ!」

「最低じゃ。ほんと、気持ち悪い男なのじゃ。この世から消えて」


「うおおおおーー!!酒じゃあ!酒を持ってこいー!」

のじゃロリ姫に容赦なく斬り捨てられ、盛興が発狂している。


「ああ、もう……」

希美は嘆息を隠せない。せっかくうまくいっていたアルコール脱却が、怪しくなってきた。


そもそも、なんぞ、このラブコメ。

盛興(ドMでストーカー。酒乱)は彦姫に片思い。

彦姫(のじゃロリ女武士。家族公認の腐女子。肉食)は柴田勝家に片思い。

柴田勝家(中身はおばちゃんのTSおじさん。女は拒否、男好きだが、尻を守りたい矛盾のえろ神)は、複雑なTS事情により特に誰にも片思いはしていない。

それを見守る輝虎(生涯不犯)。


登場人物の癖が酷すぎて、トキメキとか切なさとかが色々吹っ飛んだ仕上がりである。


これではいけない。

色々、いけない。

まともなラブコメが見たい……!

希美は、決意した。



「よし、お前等。夏合宿やるぞ!」


「「「なつがっしゅく??」」」

「ああ。盛興の治療の一環として呼んでいた奴等が、そろそろこちらに着く筈だ。盛興のアルコール依存治療と(まともな)ラブコメを求めて、皆で海で青春だ!!」

「海?海に行くのか?船の用意はいるか?」

輝虎が希美に確認をとる。希美は首を振った。

「いや、船は要らない。各自替えのふんどしと手拭いをを多めに用意だ。後は、私が指示をしておく」

「「ふんどし……」」

輝虎と盛興は、ふんどしで過ごした石牢生活を思い出し、ぶるりと震えた。

ただ、盛興だけは、何かを期待したような表情だ。

一方、彦姫は頬を赤らめて呟いた。

「私もふんどしかしら……だとしたら、権六様を悩殺する契機!」

「そんなお子さまボディーに悩殺されるような輩はいな……いや、案外いるかもしれん。馬ウェイクの嫁は数え十二才で結婚、出産したんだった。スク水計画は中止だ。海女ちゃん計画でいこう……」



希美はその後、すぐに指示を出した。

キャンプに必要な諸々の用意。食糧や調理器具、飲み水の確保、そして、海女ちゃん風衣装の製作だ。

希美は指示を出して後は丸投げすると、まずは伊達家に『小阪彦太郎』をしばらく預かる旨を伝える書簡を送った。そして三日間、死に物狂いで報告書を捌き、内政に集中した。


そうして、人員も含めた全ての準備が整った後、彼らはふんどし姿+海女ちゃん姿で浜辺に集まったのである。




「元美濃国主、斎藤えろ兵衛龍興に御座る」

「三河国……ま、松平……会露太郎、家康で、御座る……」

「箕輪城城主、長野新五郎業盛で御座る」


戦国武将達が、浜辺でふんどし姿の自己紹介をする中、希美は大きな野点傘の下、笑顔でに話しかけた。

「皆、急に集まってもらってすまんな!ていうか、会露太郎、また人見知りしてんのか!」

「か、母様、またお会いできて嬉しいのですが、此度は一体どのような……?何故我らはふんどしで浜辺へ?」

疑問符を浮かべる家康に、龍興は穏やかな笑みを浮かべて頷き、業盛は困惑気味だ。


「その事だがな、この盛興の断酒を皆に助けて欲しくてな」

「芦名殿の?我等は何をすればよいので?」

業盛が尋ねた。

希美は笑って首を振った。

「別に特別な事はいらん。ただ、皆で楽しく遊び、笑い、語り合う。そんな時を共に過ごすだけでいいのさ」

「それだけですか?」

業盛がきょとんとして希美を見た。他の者達も不思議そうだ。

希美は、「そうだよ」と頷いた。


「実は、盛興だけのためでもないんだ。お前達、共に遊び、語り合える対等な武将の友達っているか?」

三人は、顔を見合わせた。

皆、いないようだ。

「だろうな。お前達は、言わば支配者になるべく育てられた。家臣に信じられる者をつけるのは当然だが、そいつを対等な友達にすると家中の騒動の種になるからできないよな。じゃあ他の武将の友達作れるかって言うとなかなか難しい。生き馬の目を抜く時代だしなあ。つまり、将は孤独なんだ」

「それは、当たり前の事では……」

希美は、そう言った家康の頭を撫でた。

「でも、理解し合える友達がいてもいいじゃないか。むしろ、いた方がいい。友達だからって、なんでもさらけ出す必要は無いんだ。ただ、自分と同じような仲間がいるだけで心強いもんさ」

「それで、同年代の我等を集められたのですね、お師匠様」

「お前達は、同期って奴だな。敵になるのは簡単だが、どうせなら共存共栄すればいいんじゃないの?」

「それは、そうですが……」

盛興が戸惑っている。

他国の将なんて、潜在的危険因子みたいな存在なのだろう。

だが、そもそも誰のためにやってると思ってんだ。

希美は、イラッとした。


「あー!面倒臭え!よし、今から二手に分かれて合戦な!」

「え?合戦?」

何故か、今まで黙って大物ぶっていた輝虎が食いついた。

「じゃあ、助手の彦太郎君、この矢を向こうの砂山に刺して来て!」

「はい!」

希美の命令に、ノースリーブな海女ちゃん姿の彦姫が一町半ほど離れた場所に矢を刺しに行く。

「え?今の、女子?」

家康が驚いて彦姫の後ろ姿を眺めた。

龍興は、彦姫をじっと見て、神妙な顔つきで見解を述べた。

「うむ、わしの見立てでは、胸回りが二尺一寸、腹回りが一尺七寸、腰回りが二尺三寸といった所か」

龍興が謎の魔眼を身に付けている。

女子のスリーサイズを一瞬で見抜く魔眼。これが、えろ大明神二番弟子の実力だとでもいうのか気持ち悪い!

盛興が、「それは真か!?もう一度頼む。心に刻み込むから!」と龍興に詰め寄り、業盛が盛興に「なんじゃ、芦名殿はあの女を好いておるのか?」と声をかけている。


「やはり同年代。楽しそうではないか」

安心した希美は、この流れで、合戦遊技『砂浜矢』の説明を始める事にした。


「『浜辺矢』とは、どの組が早く矢にたどり着いて矢を抜くかを競う。相手の妨害をしてもよいが、怪我をさせたら相手の勝ちとする。審判は、あそこにいる彦太郎、もとい伊達家の彦姫だ。勝者には、真桑瓜を用意した。他に質問のある奴はいるか?」

業盛が質問する。

「組はどうやって決めるのですか?」

「うむ、お前等、今から私が呪文を唱えるから、唱え切ってすぐに、『手のひら』か『拳』か好きな方を選んで一斉に出せ。では、唱えるぞ!」

「「「「え……お、応!」」」」

「ぐっとっぱーで、別れましょっ!」


盛興……拳

業盛……拳

家康……手のひら

龍興……手のひら


「よし、決まり!゛もりもり組゛対゛えろえろ組゛だな!うまい事、名前で別れたもんだ。じゃあ、百数えるから、作戦タイムな!」

「わしも参加したい」

「ケンさんは強すぎるから、ダメ」

輝虎は項垂れた。




盛興達若武将は、散々遊んだ。

『浜辺矢』の勝敗に一喜一憂し、彦姫を交えて海で水をかけ合い、希美が持ち込んだ鉄板で、自分で混ぜて焼いた海鮮お好み焼きを互いに交換しながら食べ、また海に入っていった。

彼らはすっかり仲良くなり、夕暮れ迫る頃には「宿所の寺まで競争だ」と、かけっこで行ってしまった。

盛興は、ちゃっかり彦姫の手を引っ張って駆け出している。

希美はそれを目撃し、笑ってしまった。



輝虎が若者達の背を見送りながら希美に話しかけた。

「あやつ等、すっかり友じゃな。乱世に他国の将同士で友とは、稀な事よ」

希美も、彼らの背を見ながら答えた。

「乱世とて、いつかは終わるからな。彼らが仲良くなって互いの国が発展すれば、皆、争いよりもまとまる方を選ぶかもしれん」

「織田の天下統一か。まさか、そのためにあやつ等を仲良くさせたのか?!」

「違う違う、そんな壮大な計画じゃない。私はただ、盛興を見て思い出したのよ。えろ兵衛も、えろ太郎も、新五郎も、皆、若くして当主となり、苦しんでるんじゃないかな、と。うちの殿も、愛されたい癖に孤独でさ。私は新人の頃、同期と仲良くなっていろんな面で支え合えたから、あやつ等もそんな仲間がいれば、救われるんじゃないかなあと思ってな。盛興だって、仲間に支えられて、酒に走る苦しみを乗り越えられるかもしれんからな」


輝虎は、遠い目をした。

「支えてくれる仲間、か」

何故か、輝虎の脳裏に武田信玄の姿が過った。

輝虎は苦々しい顔で、唾を吐き捨てた。

案外、戦国武将にとって、敵将こそが対等に本音をぶつけられる友達なのかもしれない。


希美は輝虎の胸中など知らずに一人ごちた。

「若い男四人に、可愛い女子一人。なんかラブコメが捗るかと思ったけど、一切捗らなかったなあ。やっぱり人選がダメだったか……」

そりゃ、そうだ。

なんせ、龍興は着衣人形修行のプロ、女子を視るだけで快楽を得られるムッツリとなり果てた人間である。

家康は妻帯者の上、人妻専門。若い女に興味は無い。

業盛も妻帯者で、希美のせいで、どっちかというと衆道の気が強くなってしまったため、女子に目が向かない。


どこを向いても、希美のまわりの人間は癖が酷すぎる。

やはり、まともなラブコメは無理だったようだ。

希美は、『まとも』に関しては諦める事にした。



もうすぐ宿所の寺に着く。

若将達は、既に寺内に入り、井戸水で体の塩を落としているだろう。

だが、まだまだ青春は終わらない。

合宿は、夜こそが真骨頂なのだ。


希美と輝虎のおじさんコンビは、盛興等から遅れる事、四半刻。ようやく寺の門をくぐったのだった。

昔の海女ちゃんの衣装は、上半身丸出しだったらしい。

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