草原への旅路 その3
その3で終わる予定だったのですが……もう少しだけ続きます
カスデクス領の町々に防壁や門が無い理由……それは新領主の方針によるものなんだそうだ。
町を囲う防壁やらは人や物の行き来の邪魔になるだけだと取っ払い、人や物の行き来に一切の税をかけず、誰でも自由に商売をして良いと領主直々に保障することで領内の経済を活発化させて盛り上げる……という方針。
防壁が無いことによる治安などの問題は、新領主が設立した巡警隊と呼ばれる兵士達によって対処しているらしい。
10人程で一つの隊を作り、領内各地にある小高い丘や山の上に建てられた砦から砦へ、町から町へと移動しながらの警邏している巡警隊は、領内の町や畑に何かがあれば、昼夜の別無くその場へと駆けつけてくれるんだそうだ。
以前ある町が20人程の盗賊達に襲われた際には、緊急事態を知らせる笛の音を聞きつけた巡警隊が直ぐ様に駆けつけてくれたらしい。
そしてその巡警隊が盗賊達と戦っている間にも次から次へと巡警隊達が駆けつけてくれて……あっという間に100人を超える巡警隊がその町に集結し、大した被害も無く盗賊達を鎮圧したんだそうだ。
巡警隊は警邏中に見つけたモンスターの討伐なんかも積極的に行っているとかで、そのおかげでカスデクス領内でモンスターに襲われることはすっかりと無くなり、かなりの数のモンスター素材が領内に流通することにもなり……結果、領内の経済の活発化に繋がったというのだから凄い話だ。
そう聞くと巡警隊の設立は良いこと尽くめのように聞こえるが……その数、質を維持する為にはかなりの金がかかってしまうという欠点もあるんだそうだ。
防壁を無くしたり、モンスター素材を流通させたりで経済を上向かせたといっても、それが安定した収入に繋がるのはまだまだ先の話。
……それならば一体、巡警隊の維持費は何処から出ているのか。
防壁が無い理由や巡警隊のことを教えてくれた宿の主人によるとその答えは、カスデクス領の南方にある農園にあるらしい。
そこは多少の時間と金を使ってでも、無理をしてでも一見しておく価値のある場所なんだそうで……そういう訳で俺とアイサと、エリーは大街道から外れて南へと向かい、その農園へと向かったのだった。
カスデクス領の南部の日差しはとても強く、その日差しを避ける為にと露店で買った麦わら帽子を被った俺とアイサと、えらく高そうな赤染布の帽子を被ったエリーは、その農園に到着するなり、その農園を見るなり、何も言えなくなり呆然としてしまうことになる。
そこには何処まで続いているのか、果ての見えない砂糖葦の畑が広がっていたのだ。
カスデクス領の名産品が砂糖だとは聞いていたが……まさかこれ程の規模だとは……。
一体何処までこの畑が続いているのかと、畑の間を走る道を馬車で進んでみるが……夏の空と砂糖葦だけの光景が何処までも変わることなく続いていて、全く終わりが見えてこない。
時たま、畑と畑の合間にかなりの規模の作業場の姿が見えるが……あれは砂糖葦を搾る為の作業場なのだろうなぁ。
しばらくの間馬車を進めて、進め続けて、これはもう果てを見るのは無理だと諦めた俺は……作業場の側にある水場を見つけて、そこへと馬車を止める。
そうして馬達に水を飲ませてやっていると……荷台で呆然とし続けていたエリーがようやく正気を取り戻したのか、ハッとした顔になり、悲鳴のような声を上げ始める。
「……ちょ、ちょっと待ってよ!
何よ、この規模!? これだけの砂糖葦を一体どうやって収穫するのよ、一体どうやって砂糖にするのよ!? 人手がいくらあっても足りやしないわよ!?」
そんなエリーの悲鳴に、
「……確かに広い畑だけど、そんなに言う程かぁ?
それなりの人数で何週間か掛ければなんとでもなる規模だろ?」
「そうねー……砂糖は高く売れるんだし、それなりの賃金で人手を集めれば、一ヶ月くらいでなんとかなるかな?」
と、俺とアイサがそんな声を返すと、エリーは直ぐ様に周囲に響き渡る程の大声を返してくる。
「おバカ! 砂糖葦の収穫はそう簡単じゃないのよ!
砂糖をその身に最も溜め込んでる時期に一気に刈り取らないとだし、刈り取ったら刈り取ったで身の中の砂糖が腐らないうちに一気に搾らないといけないの!
砂糖葦はとっても重いから刈り取るにしても運ぶにしても搾るにしても一苦労だし……砂糖がお高いのにはそれなりの理由があるのよ!
これだけの規模の砂糖葦畑をどうにかする人手なんて、ちょっとやそっとの手段じゃ集められないわよ!!」
エリーのそんな説明を受けて、ならば一体どうやって? と、俺とアイサが首を傾げていると、砂糖葦畑の方からガサガサという音が聞こえてきて……砂糖葦をかき分けながら白い布をその身に巻いた立派な角と硬そうな皮膚を持つ……サイの獣人が姿を見せる。
その目元と口元に寄る深い皺と、ゆっくりとした動きを見るに老人……なんだろうか。
「……やぁ、砂糖葦にずいぶんと詳しいお客さんだねぇ。
その通り、砂糖作りはとっても大変な重労働なんだよ」
嗄れた声でそう言って笑顔を見せて来る爺さんに、俺とアイサが挨拶の後に水を頂いていますとの一言を返すと、爺さんは笑顔でどうぞどうぞと返してくれる。
そうして俺達にこの辺りの地主なんだと名乗った爺さんは、水場の近くに腰を下ろし、その手に持っていた袋から小石くらいの大きさの黒褐色の塊を取り出し、それを口の中に放り込みながら、じじいの話し相手になっておくれよとの一言の後に、この辺りの砂糖作りについてを語り始める。
「アンタ方の言う通り、砂糖作りは重労働な上、かなりの人手が必要でね……それで何代か前の領主がワシらのようなここいらに住んでいた獣人達を捕らえて……奴隷にすることでその労働力を確保しようと考えたんだよ。
人間族より力があって体力があって、暑さにも強い上に多くの子を産む種族も居るから、都合が良いって訳だね。
……それでワシらは随分と酷い目に遭うことになってね……甘い匂いが漂う中、休む間も無く働かされて、だというのに砂糖を舐めることは決して許さず、一舐めでもしようもんなら、言葉にも出来ない罰が待っていたもんさ」
と、そう言って爺さんは二個目の黒褐色の塊を口の中に放り込み……そうしてから語りを再開させる。
「そんなワシらを救ってくださったのが現領主のエルダン様だよ。
鞭を片手に威張り散らしていた農園主共を追い出して、ワシらを奴隷から解放してくださって……その上、この畑は土地を拓いたワシらのもんだとそう言って、ワシらみたいなモンを農園主にしてくださったのさ。
収穫した砂糖を売るも舐めるもワシらの好きにして良いし、砂糖以外の他の作物を育てても良いし、この土地から離れたいなら土地を誰かに売るのも好きにして良いと、エルダン様はそう言ってくださってね。ああ……全く、本当に慈悲深いお方だよ」
カスデクス領に入ってからというもの、あちこちでカスデクス公の評判を耳にしてきたが……どうやら評判通りの人物であるようだ。
兄貴と仲が良いってのも納得だな。
「それだけじゃなくてエルダン様は、ゴミとして捨てていた砂糖葦の絞りカスを乾かして、ソレから紙を作るなんて新しい商売まで考え出してくださってね……おかげで今年は収穫期以外も忙しくって大変だよ」
そう言って爺さんはカラカラと笑い声を上げる。
忙しく大変ではあるが……奴隷の頃のような苦しさ辛さは無いのだろう、その笑顔はどこまでも明るい。
そうして一頻りに笑った爺さんは、そろそろ仕事に戻るからと言って立ち上がり、じじいの自慢話を聞いてくれたお礼だと言って、先程から何度も何度も口にしていた黒褐色の塊の入った袋をこちらに手渡してくる。
「皆で食べると良いよ。
これを食べると力がついて、夏の暑さに負けないようになるから、馬達にも分けておあげ」
と、そう言って爺さんは作業場の方へと去っていき……爺さんの姿が見えなくなると早速とばかりにアイサが袋の中に手を突っ込んで黒褐色の塊を取り出し、それを何の躊躇も無く口の中に放り込む。
「わっ、なにこれ、すっごく甘いよー。
砂糖……なのかな? でも砂糖は白い粉だって話だったよね?」
口の中のそれがよほど甘いのか、そんなことを言いながらほんわかとした笑顔になるアイサに続いて、俺とエリーも袋の中へと手を伸ばす。
「……おお、ちょっとクセがあるけど甘いな、これ」
直ぐ様それを口に入れて味わう俺と、口に入れずにしげしげとそれを眺めるエリー。
「多分だけどこれ、茶砂糖ってやつじゃないかしら。
砂糖葦の絞り汁を煮詰めたらこうなるらしいわ。
白いお砂糖はこれよりもうーんと手間暇かけて作るって話を聞いたわね……。
うぅん、なるほど……この一帯の畑が、そしてあの爺さん達がカスデクス領の資金源という訳なのね」
そんなエリーの言葉を耳にしながら俺は、茶砂糖とやらを馬達にも舐めさせてやる。
「他にも紅茶や香辛料なども名産だと聞くし……王国中から相当なお金がカスデクス領に流れて来ていそうねぇ」
一人淡々と言葉を続けるエリーのそんな言葉を耳にしながら、俺とアイサと馬達はその茶砂糖の甘さを、心行くまでたっぷりと堪能するのだった。
茶砂糖のその甘さがよほどに強烈だったのか、元気になりすぎた感のある馬達をどうにかこうにか落ち着かせながら馬車を走らせて、畑を離れて大街道へと戻る途中……荷台から身を乗り出したエリーが声をかけてくる。
「……ねぇ、イーライ。
あそこの羊飼いさん、ちょっと様子がおかしいわよ。
もしかしたら暑さにやられちゃったのかも……助けた方が良くない?」
そう言うエリーが指差す方へと視線を向けてみると、そこには柔らかそうな毛をいっぱいに蓄えた何匹かの羊に囲まれた……白い、まるで神官のような服を着た白髪の老人の姿がある。
どうやら獣人亜人では無いらしい老人はフラフラと杖をつきながら歩いていて……時折羊達に笑顔で話しかけたり、何があったのか1人で笑い声を上げたりとしていて……確かにアレは少し、いや、かなり様子が変だな。
そうして俺は隣のアイサへと視線を向けて、アイサが頷くのを見てから、その老人を助けるべく、老人の方へと馬車を進めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続き、謎の老人と羊?のお話です。




