豹変
――――広場で行われている踊りの練習を眺めながら アルナー
ナタリー達が領民となってくれたことをアルナーはとても嬉しく思っていた。
ディアスの子供という家族が増えたことそれ自体も嬉しいし、歌や踊りといった以前やってきた旅芸人達がやってくれたようなことを、得意とする仲間が増えたことも嬉しかった。
もう随分前に亡くなった曾祖母が言っていた、稼いで豊かになったら毎日旅芸人を呼んで楽しく過ごしたかったと。
ナタリーがその技能を村の皆に教えてくれたなら、それに近い生活が送れるはずで……それは曾祖母を思い出し温かな気持ちになれるとても良いことだと思えたからだ。
だけどもそんなナタリーを見ていると、アルナーの中にはもう一つの感情も湧き上がってきていた。
何かを怪しいと思う感情、ナタリーの姿がボヤけるような不思議な感覚……ナタリーを疑う訳ではないが、何かを隠しているのではないかとそう思えてしまう何かがあるようで……その様子を見ているとついつい半目になってしまう。
そんなアルナーの様子にはナタリーも気付いているようだが、それを嫌がっているような様子はなく、隠し事とかがある訳ではないようだ。
「うーん、何なんでしょうねぇ」
そう声を上げたのはアルナーの肩にちょこんと座ったエイマで、どうやらエイマもアルナーと同じ感情を抱いているらしい。
何か怪しく見えるがそれが何なのかハッキリとは分からない。
そもそもとしてナタリーは魂鑑定魔法で青という結果、マヤ婆さんに手伝ってもらい魔力の流れを見張ってもらっての鑑定でも青という結果が出ていて、悪意は確実にないはずで……だとしたら一体全体どんな隠し事が、裏があると言うのだろうか?
そんな風にアルナー達が訝しがっていると、子供達に向けた授業を終えたナタリーがメーア布ハンカチで汗を拭きながらアルナー達の方へやってきて、小さな声で2人に話しかけてくる。
(今夜酒場でお話しましょう)
小さい声ながら弾んでいて、どこか楽しそうで……それを受けて更に半目を強めることになったアルナーとエイマは、お互いに色々と言いたいことはありながらも、どうせ今夜分かることだからとそれ以上は何も言わず……その時を待つしかないかとそれぞれの時間を過ごしていくのだった。
そうして夜が更けて、アルナーとエイマが酒場へと向かうと、マヤ婆さん、エリー、ゴルディア、ベンディア、ダレル夫人と全く予想もしていなかった面々が、それぞれ椅子に腰掛けながら待っていて、何事だとアルナー達が目を丸くしていると酒場の奥からナタリーが現れて、それぞれのテーブルに飲み物を用意し、アルナー達にも席につくよう促してから仰々しい仕草で語り始める。
「皆様ようこそ夜の酒場へ、本日お招きしたのは私の態度に違和感を覚えた方々だけ。
そして私の何に違和感を覚えたのか、その答えを披露すべくこの場を用意させていただきました。
……その答えは簡単です、私がわざとそう振る舞ったのです、僅かな違和感に気付く方々がいらっしゃるのかどうか、それに気付ける人になら教えても良い情報があるからと、わざとそういう態度を取ったのです。
そしてその情報が何なのか……その答えもまた簡単で、私には王都の貴族から仕入れた情報があるのです」
そう言われてアルナーは「ふーむ」と言いながら用意された茶を飲み、ナタリーをじっと見つめる。
柔らかな笑みに洗練された仕草、未だに女優なる職業が具体的にどういうことをするのかはよく分かっていないが、ナタリーが只者ではないことだけはその仕草から伝わってきている。
そんな彼女がどんな情報を持っているのかと気になっていると、ナタリーが情報の詳細の前にどうやって情報を手に入れたのかを語っていく。
「情報の入手法も簡単で、私を応援してくださる貴族の方から教えていただいたのです。
王都で大人気の大女優となれば、貴族に批判的な態度を取っていたとしても応援してくださる方はいらっしゃるもの。
そんな方々とやり合ってもう何年になるのか……いい加減こちらも慣れてきていまして、手玉に取れている方もいらっしゃるのです。
そんな方から入手した情報があり、その方は王都で働いている側近ということもあり確度の高い情報かと思われます」
……長い前置きだな、段々飽きてきたな。
なんてことをアルナーは思うが、周囲は真剣そのものといった空気で、今立ち上がるのもおかしな感じになりそうなので黙って成り行きを見守る。
「ではその核心である情報の詳細から。
今、王都の実権は第一王子リチャード殿下が握っておられますが、その殿下がお心を乱されたようです。
突然の豹変ぶりに周囲も困惑するばかりのようですが、指示や方針自体に乱れはないため、今のところは政務などに問題はなく、混乱も広がっていないようです。
……が、近くにいる者程、その変化には気付いているようで、殿下はそんな状態のまま、お心を乱したまま何らかの行動に出ようとしている様子で、周囲はそれを止めるべきかと気をもんでいるようです。
……正気ではない状態での行動となれば、最悪の場合は国が乱れることもあるかもしれません。
この情報をこの場でお話したのは、あまりにも重要度が高い情報でしたので、お父様を始めとした、こういった情報を上手に扱いきれない方には教えない方が良いかなと判断したからです。
そのために私なりの揺さぶりをかけ、それに応えてくださった方だけをお招きしました」
ナタリーのその言葉に、アルナー以外のほぼ全員が困惑した態度を見せる。
アルナーとしては、王族だろうが人間で心が弱ればそういうこともあるだろうと思うだけなのだが……他の者達にとってはそうではないようだ。
「……ナリウスはどうした」
そう発言したのはゴルディアだった。
アルナーとしては聞き覚えのない名前で、一体誰のことだろうか? と、首を傾げながらも、後で聞けば良いかと今はただ成り行きを見守る。
「無事ですよ、ナリウスにも確認を取りましたが大体は事実のようです。
ここから先はナリウスから届いた情報ですが、なんでも殿下は誰かの招きで聖地に至ったそうです。
そこで何があったかは分からないそうです、ナリウスは同行を許可されず、同行した老騎士シルド共々、聖地から帰った時には言動はもちろん顔つきもまるで別人だったとか。
聖地がどうとか嘘くさくて笑っちゃうお話ですが、ナリウスはそれを信じているようで……聖地には殿下程の人物であっても人格が変わってしまう程の秘密や情報があるのではないかと、そんなことを言っていましたね」
話が終わった瞬間、酒場のあちこちからため息が漏れる。
ゴルディアやエリーは頭を抱えて、マヤ婆さんはただただ瞑目し、ベンディアは天を仰ぎ、ダレル夫人はメガネを外して目の周辺を両手で包んで揉み込んでいる。
そしてアルナーは、
「……聖地か、私からすると大した話も聞けなかった変な場所でしかなかったが、あれで人格が変わったりするものなのか?」
と、そんな言葉を口にし、それにエイマが応える。
「えっと、まぁ、はい、前情報からリチャード殿下は真面目な方と聞いていますし、あちらの神殿との付き合い方をみるに、自分を人間と……正しい血の後継者と思ってここまで生きてきた方のようですから、そうじゃなかったと知らされたことがよっぽどの衝撃だったのかもですね」
そしてそれを聞いたナタリーは目を丸くして口をパクパクとさせる。
アルナー達の言葉から聖地のことを知っていると、行ったことがあるらしいと察した上で、それが冗談でも嘘でもないと確信をしているようだ。
思っていた以上に賢い子なんだなぁ。
と、そんな風にナタリーに感心したアルナーは、聖地についての話を出来るだけ簡単に、困惑したままのナタリーに話してやる。
するとナタリーは先程の他の者達のように大きなため息を吐き出して……それから目元を抑えて、そのまましばらくの間、黙り込んでしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はディアス視点に戻ってのあれこれです




