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領民0人スタートの辺境領主様  作者: ふーろう/風楼
第三章 領主様、奮闘す

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戦いの序章


ディアス視点に戻ります。

 

 戦争が始まる前の独特の空気が周囲を支配している。


 大勢の兵士達が一つの場に集まって、それぞれが無言で……無言ながらこれから戦争が始まるのだと自覚していて……緊張しているのか身動ぎしたり深呼吸をしたりして、そうして発生したざわめき達が風に混じり、辺り一帯に広がっていって……独特のなんとも言えない空気を作り出しているようだ。


 誰も声を発してはいないのだが、妙に騒がしく感じる……そんな空気だ。


「戦争だなぁ」


 戦斧の石突きでなんとなしに地面をつついている鎧姿の私がそう言うと、


「戦争ですね」


 と、アースドラゴン素材の防具を身に纏い、槍を軽く構えたクラウスが声を返してくる。


 エルダンから手紙が届き、返事の手紙を送り……その後何度か手紙をやり取りし、そうして迎えた5日後の昼頃。

 私達は草原の東の端に陣を構えるディアーネ達の軍と相応の距離を取りながら相対している。


 念のためにと持って来た遠眼鏡で見える範囲の敵側の陣容は……ざっと数えてみた所、どうやらエルダンからの手紙に書いてあった通りの数のようで、中央にディアーネ率いる槍や剣を持った重装備の歩兵が50名程、左翼に剣や弓を持つ軽装の傭兵達が200名程。


 そして右翼にエルダンが率いる黒いローブ姿の軍勢が1000名程と……なんともいびつな配置の大軍勢となっている。


 そんな大軍勢に対するこちら側の陣容は……私とクラウスと、


「エルダンさん達ってば物凄い数ですね。

 あんなに数が多いとご飯とか大変なんでしょうねぇ」


 と、私の頭の上で髪の毛にしがみつきながらそんなことを言っているエイマと、私達の近くで地面に伏して草の中にその身を隠しているマーフ率いるマスティ達が10名となっている。


 その耳の良さと機動力を活かしての連絡係として同行したエイマは……まぁ、戦力とは言えないので、私を含めた12名がこちらの全戦力となる。


 そんな私達の主戦力であるマーフ達は、クラウスが考案し、鬼人族の職人達が制作し、アルナーが最終調整をしてくれた戦闘用のマスクをその口に装着し、戦闘用のマントをその身に纏っている。


 クラウスが竜牙と名付けたそのマスクは攻撃用というよりかは、マーフ達の口と牙を保護する為に作られた物だ。

 呼吸の為の隙間や穴を確保しながら黒ギーの革で口と牙を覆い、牙の部分をアースドラゴンの爪や牙の先端などで補強するような形になっており、敵に噛み付いた時に怪我をしたり、牙が折れたりしないようにとの目的で作ったマスクなのだが……結果として相応の攻撃力も確保している。


 同じくクラウスが竜鱗のマントと名付けたそのマントには、アースドラゴン素材の端材を削り形を整えた物がびっしりと縫い付けてあり、それらがまるで魚の鱗のように連なっている。

 敵の攻撃を受けるというよりは、鱗でもって攻撃を受け流す目的で作られたそれは、アースドラゴンの素材のおかげでその軽さに見合わない防御力を誇っている。


 竜鱗のマントにはマーフ達の頭と耳を覆う竜鱗付きのフードもついていて、そのフードとマスクを連結することで頭全体をしっかりと覆うことも出来る。


 元々の素早い動きと日々の訓練の成果もあって、それらの装備をしたマーフ達は、その牙で石を軽々と噛み砕くし、クラウスの本気の刺突を軽々と受け流してみせるしで、全くもって頼りになる。



 そうした頼もしい仲間達と共に相対する敵側の数を合計すると1250人になる訳だが―――。


「こうして向き合ってみて改めて実感しましたけど……本当に凄い戦力差ですね。

 やっぱり鬼人族の方々に援軍を頼むとか……せめてアルナー様に来て貰った方が良かったんじゃないですか?」


 と、考え事の途中でクラウスが声をかけてくる。


「……鬼人族達も自分達の村を守らなきゃいけないだろうし、アルナーにもいざという時に隠蔽魔法で村を……皆を隠すという大事な役目がある。

 この場に居てくれれば頼りになるのは確かだが、こればかりは仕方ないさ」


「そう……ですね。

 せめてエルダンさんがこちら側に付いてくれていたらなぁ……」


「エルダンにはエルダンの夢があって、守るべき人々や立場があるのだから、私達の都合でリスクを負わせる訳にはいかないだろう。

 ……ただまぁ、今朝になっても内通するだの寝返るだのとそんな内容の手紙を寄越してみたり、必要も無いのに1000人もの軍勢を用意してみたり、エルダンが本当に敵側なのかはー……微妙な所だろうな」


 偽物かと疑わしくとも王命書にそう書かれているなら……それが王様の命令であるならば、素直に従うべきだ、との返事をエルダンに送って以降、エルダンは毎日のようにそういった内容の手紙を鳩人族の遣いと共に寄越して来ていた。


 それらの手紙の中にはエルダンが知り得る範囲でのディアーネの目的や、兵数、装備の質や数、兵士達の練度に関する情報までもが書いてあって……そんなことをしているとディアーネ達にバレでもしたら一体どうするつもりなのだろうか。


 そうした手紙が届けられる度に、こんな危ない真似はせずに自分の夢を自分とそちらの領民達を優先してくれ、との返事を書いて送ったのだが、それでも尚、同じ様な内容の手紙が届き続けて、結局、戦いが始まるとなった今朝になっても届く始末だ。


 私達を討ち取るにしては数の多すぎるあの1000人の軍勢も、私達をどうこうする戦力というよりかは……いざという時にディアーネ達を制圧する為の、ディアーネ達から私達を守る為の戦力であるように思えてしまって……全く、エルダンは私の手紙にちゃんと目を通しているのだろうか?


「なるほど……。

 エルダンさんが敵側で無いのなら勝ち目も見えて来ますし……そうであることを祈りましょうか。

 ……エルダンさんが敵であれ味方であれ、作戦の方は打ち合わせの通りに……?」


「ああ、エイマが考えてくれた案で行く。

 相手の出方を見つつ草原の中を逃げ回り、草の中に隠れ潜みながら、仕掛けておいた落とし穴地帯に誘導。

 それを繰り返してどうにかディアーネとエルダン達を分断して、ディアーネだけを狙っての奇襲をしかけ……ディアーネを排除するとしよう」


 エイマが効果的な落とし穴の位置を考えて、犬人族達が落とし穴を掘って……と、草原のあちこちには、ここ何日かで急ごしらえした落とし穴地帯が存在している。


 草達によって覆い隠されているそれらの落とし穴は、犬人族のマーキングによって、匂いでの位置特定が出来るようになっていて……人間族の軍には効果的だろうとのことだ。


 本当にこの作戦で上手くいくかは、少し不安が残る所だが……他に良い作戦がある訳でも無いので、やるしかないだろう。


 ……戦場の後方にはベイヤースが、シェフと共に控えてくれている。


 その作戦で駄目だった場合はベイヤースの力を借りて、私が単騎でディアーネの下へと突撃を仕掛けて、ディアーネを排除するという作戦も考えてあるのだが……まぁ、これは皆には言わないでおこう。


 兎に角そうした手段で、なんとしてでも元凶であるディアーネを排除し、この状況を打開することが私達の目的となる。


 ……そう、排除だ。


 あえて殺すという言葉を使わないようにしている私に、クラウス達は何も言ってこない。


 出来ることなら王国民同士での殺し合いなどしたくないと、そうしている訳だが……果たしてその想いも何処まで貫けるやらな……。


「……まぁ、あれですね、イルク村の皆の為なのはもちろんですが……セナイ様とアイハン様の為にも頑張らないとですね」


 嫌なことを考えてしまい、渋い顔となってしまっていた私を気遣ってか、クラウスが笑顔でそんな言葉をかけてくる。


「……ああ、そうだな。

 セナイ達の為に頑張らないとだな」


 ディアーネ達が襲撃しに、略奪しに来たとなって……ユルトという建て直しが簡単な家と馬車を持つ私達には、村を一時放棄し、馬車の中に出来る限りの荷物を積み込み、草原の中を逃げ回り、ディアーネ達をやり過ごすという選択肢があった。


 ……そんな選択肢もあったのだが、しかし私は、私達はその選択肢を選ぶことをしなかった。


 その選択肢を選ぶということは、それはつまり折角成功しつつある畑を捨てるということになる訳で……セナイとアイハンが毎日のように愛情を注いでいるあの畑を捨てるということになる訳で……そればかりはどうしても憚られたのだ。


 村を捨てて、村を離れて……ディアーネ達や野生の獣達に畑を荒らされたなんてことになってしまったら……セナイ達がどんな顔をするのか、どんな事を思うのか……。

 

 ……全く想像するだけで胸が痛くなる。


 あの畑の世話を始めて以降、セナイ達が両親を思い出して夜泣きすることはなくなった。

 セナイ達にとってあの畑はそれ程に大事であり、心の支えなのだろう。

 

 ならば家族としてその支えを守ってやらなければと、そんなことを考えながら戦斧を握る手に力を込めて、気合を入れ直していると……頭上のエイマがペシペシと私の頭を叩いてくる。


「ディアスさん、ディアスさん。

 あの敵兵が運んできているアレは一体なんですか? なんだか凄く大きくて派手な感じですけど……」


 エイマにそう言われてディアーネ達の方へと視界をやると、そこに車輪付きの大きな……人の背丈程ある鉄枠の中に吊るされた白銀の鐘が何人かの兵士達によって運ばれてくる姿が見える。


「……あれは戦鐘だな。

 あの鐘を鳴らして、その音で戦闘中の軍に指示を伝える品……だったのだが、正確に指示が伝わらなかったり、敵に指示の内容がバレてしまっていたり、敵に奪われ使われて混乱したりでな、例の戦争の……割と序盤の方で使われなくなった骨董品だ」


 と、エイマに戦鐘の説明をしてやりながら、ディアーネのすぐ側に戦鐘が配置される様子を眺めて……戦鐘など持ち出して一体何がしたいのか、一体何を狙っているのかと頭を悩ませていると……戦鐘が兵士達によって激しく連打され始めて、けたたましい戦鐘の音が草原に響き渡る。


 そんな戦鐘の音で何か動きがあるかと遠眼鏡を覗き込み、敵兵達の動きに注視するが……特にこれといった動きは無い。

 強いて言うなら中央のディアーネの兵達が勇んで武器を構えてはいるが、何をする訳でもなくただ構えているだけだ。


「……確か連打は全軍突撃の合図だったな。

 戦鐘を連打し、連打し続けて……連打が終わった瞬間に全軍駆け出し、一斉突撃。

 ……だが、この距離で、この戦力差で全軍突撃を仕掛けるのか? 全軍前進では無く?」


 遠眼鏡を覗き込んだままの私がそんな言葉を漏らすと、


「全軍突撃って……あちらは一体何を考えているんでしょうねぇ。

 見た所騎兵は居ませんし、馬に乗っているのはディアーネだけ……。

 ……この距離をあの装備で駆けたらいくらなんでも息が切れるでしょうに」


 恐らくクラウスも遠眼鏡を覗き込んでいるのだろう、少しの間があってからそんな言葉が返ってくる。


 私とクラウスがそうやって遠眼鏡を覗き込む中、エイマは遠くから聞こえてくる鐘の音が煩いのか、私の頭の上から移動し、私の鎧の中の……胸元へと潜り込み、そこで両耳を押さえ込んでいる。


 まぁ、うん、鐘の音が止むまではそこでじっとしていたら良い。


 それからしばらくの間、戦鐘は鳴り続けて……その間に合図の通りに全軍突撃してくるのだとしたら、どう対応すべきか、何処にどう逃げるべきかとクラウスと検討し話し合っていると……戦鐘を連打する音が唐突に止む。


 直ぐ様私とクラウスは話し合うのを止めて武器を構えて、敵の様子を、敵の動きを窺う。


 そうやって敵の動きに注視して……そして草の中に潜んでいるマーフ達に指示を飛ばす。


「しばらく待機だ! 相手が何をしたいのかが読めない! 様子を見る!」


 どうやら連打は全軍突撃の合図では無かったようで……どういう訳だか中央の50名だけがこちらへと突撃して来ている。


 左翼の傭兵達と右翼エルダン達には一切の動きは無く……それ所か武器を構えている様子すら見受けられない。


 うぅむ……ディアーネ達は一体何がしたいのだろうか? 一体どんな作戦であんな行動を取っているのだろうか?


 何故50名だけで突撃を?

 そもそもあの50名は本隊では無いのか……? 


 本陣……と思われる場所に残っているのはディアーネと、ディアーネの白馬と数人の従者達と……戦鐘だけになってしまっているが、本陣を無防備にしてしまって一体何がしたいんだ?


 と、戦斧を構えながら敵を注視しながら、あれやこれやと考えを巡らせていると、こちらに向かって威勢良く突撃してきていた中央の50名達が、徐々にその勢いを失い始めて、声を上げるのも止めて……何故だか周囲をキョロキョロと見回して……そしてその足を止めてしまう。


 そのまま50名の歩兵達はどういう訳だか周囲を見回すだけで一歩も動かなくなり……左翼にも右翼にも一切の動きが無いまま時が過ぎる。



 そうして一切の戦闘が始まること無く膠着状態へと陥ってしまったこの戦況に、一体何が起きているのだと、私もクラウスも私の胸元のエイマも、ただただ首を傾げることしか出来ないのだった。


 



お読み頂きありがとうございました。


次回は誰視点……という訳では無く、場面場面で色々なキャラの視点に切り替えながらの話となる予定です。


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[一言] 天才的奇策 敵が戸惑っておりますぞ
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