ドとドシラド
・現在のゴブリン達の状況
正式に領民になったゴブリン族 12人
領民ではない協力者の代表イービリス
メーアバダルと組んで冒険したい若者達 10人前後
荒野南の入江で住まう者達 50人以上
海に住まう者達 数え切れない
――――笑顔で会話を進めながら ペイジン・ド
(いやはやいやはや、ここに来るといつも驚かされるけんども、今回もまた驚かされたでん)
セナイやアイハン、ダレル夫人とゴブリン達……予想もしていなかった相手を交えながらの会話を進めていたペイジンは、驚きのあまり顎が外れてしまわないようにと両手で顎を支えながら会話を進めていた。
メーアバダルの発展ぶりに驚かされた、セナイとアイハンの成長にも驚かされた……そしてゴブリンを領民に迎えただけでなく、交易に近い条件での契約を結ぼうとしていることには大いに驚かされてしまった。
そもそもとして魚人という種族は、交渉をするには不向きな相手だった。
海という世界で培われた独特の価値観を有していて無駄に武人肌……自分達と同じか、上の武力を持った相手でなければ友好関係を結ぶのが難しく、交渉する度に力比べを要求されたりもする。
一度まとまった約束も、気まぐれで挑まれた力勝負の結果次第で反故にされることもあれば、海の世界独特の価値観やルールで力勝負の勝敗すらも反故にされることがある。
一度の交渉だけでも大変なのに、それを継続するなんて……ましてや陸上で一緒に暮らすだなんて、普通は考えられないことだ。
不可能とまでは言わないが、相当に難しく……見返りは少ない。
そう考えると今回の話は受けるべきではないのかもしれないが……今回は少しだけ事情が違う。
まず交渉相手がゴブリン族という、魚人の中でも特に誇りを重んじる種族だということ。
誇り高く正義感や倫理観もあり……理由なく約束を反故にすることを恥じている。
そして間にあのディアスが入ってくれているというのも大きな違いだった。
ペイジン・ドが知る限り最強の人間族で、ゴブリン族もその実力を認めて敬意を払っている……そんなディアスが責任を負うとなったらゴブリン族も誇りを賭けて約束を守ろうとするはずだ。
……そして契約を成したなら、破格とも言える成果が手に入るというのにも驚いた。
魚やサンゴなど……海の産物の入手は簡単に行くものではない。
潜って手に入れるにしても網で手に入れるにしても難破などの危険があるし、やりすぎれば魚人族の怒りを買ってしまうかもしれず……迂闊に手だしをして良いものではない。
だがゴブリン族の協力があればそれが安定化するだけでなく……ゴブリン族の協力があれば海の宝の安定生産、なんてことが出来てしまうかもしれない。
たとえば魚や真珠の牧場、たとえばサンゴ畑……海に住まう者ならばそれが可能かもしれない。
他の魚人や海の生物の妨害などはゴブリン族であれば問題にもならないだろうし……大金を投じるだけの価値はある。
いや、ほぼほぼ勝ちが決まっている賭けのようなものなのだから、ここで話に乗らなければ大損をしてしまうに違いない。
(ディアスどんはどんだけあっしらを喜ばせれば気が済むでん。
単純な投資としても上々……先々のことを考えたら無限の可能性があるときたでん……。
未知の素材、新たな航路、先々脅威となるかもしれない大陸外の存在を発見出来るかもという利……その上、競合相手となっかもしれん王国領主より先に話をくれるとは、おとんがこの場にいたら失神するかもしれんで、あっしが来て本当に良かったでん。
これであっしの代はもちろん、ドシラドの代どころか七代先まで安泰……いやはや、どうやって御礼をしたら良いのか分からん程だでん。
欲をかくのならドシラドとメーアバダルのどなたかとの縁を望むとこだけんど……そないな無粋な真似ここに至っては不要も良いとこ、普通に仲良うしてもらっていることを感謝して黙るが吉……きっとおとんでもそうするでん)
そんな事を考えてペイジン・ドが視線をやるのは、息子ドシラドとセナイ達の様子。
ただの友達として……子供同士仲良く楽しく接していて、これ以上の関係を求めるのは欲が過ぎる。
これで上々、何も求めず誠実に……この相手にはただただそうするのが上策のはずだ。
「……ありがとうございます、ペイジン商会にはいつも良くしていただいて、本当に感謝の言葉しかありません」
「ほんとうにありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそこちらこそ、メーアバダルの皆々様にはこっちの我儘を聞いてもらってばっかりで、足を向けて寝られんでん。
これからも仲良うしてもらえたらそれでえぇでん、よろしゅうおねがいしやす」
突然向けられた言葉にペイジンは、反射のような形でそう答えてから目を丸くする。
てっきりダレル夫人かと思っていた相手が、まさかのセナイとアイハンで……こんなにも丁寧な挨拶が出来るほど成長していたとは……あの頃を知っているペイジンとしては驚くばかりだった。
ふいに浮かんでくるのは、怯えて震えるだけだったあの頃の2人……適当な世話をしただけでも思う所はそれなりにあり、思わず涙ぐんでしまう。
それを悟られまいと笑顔を作り出したペイジンは、改めて頭を深く下げてこっそりと涙を拭ってから、海洋冒険に関する投資話を前向きに……ドシラドが驚く程前向きに受け入れて話を前進させるのだった。
――――翌日、荒野のトカゲ川水源で ディアス
ペイジンが冒険への投資をしてくれるということになって、それを受け入れると言うか歓迎すると言うか……とにかく協力者となってくれたことを祝う宴が開催されることになった。
主役はペイジン・ドとドシラドで……なんだかんだと盛り上がり、ペイジン達にはそのまま泊まってもらうことになった。
そして翌日……冒険に関する話をしたいということで朝からトカゲ川の水源に向かうことになり、今ペイジンはその水源池に親子で浸かって乾きを癒やしている。
乾いた風が吹く今の季節、ただでさえメーアバダルは乾燥してしまうのに荒野に来るとそれは更にきつく……フロッグマンのペイジン達には少しばかり厳しい環境らしい。
肌が乾き過ぎると痛みまで感じるんだとかで……そうなる前にしっかり潤ってもらっているという訳だ。
「はぁ~……流石神様が関わった水源だでん、水は綺麗で柔らかく、味も極上……。
この池に入れるってだけで獣人国からやってくる者もいるかもしれんでん」
「おとん、この池の水、凄くきもちいいよ~……」
ペイジン・ドとドシラドがそんなことを言いながら池に浮かんでいて……そんな様子を微笑ましい気持ちで眺めていた私は、2人の乾きが十分に癒やされた所で、ゴブリン達が用意してくれた大きな木箱を抱えて、2人の側へと近寄っていく。
「ペイジン、正式に投資をしてくれることになったということで、ゴブリン達がとりあえずの収穫物を持ってきてくれたんだが、確認してくれないか?
私には獣人国でどんな物が重宝されるか分からないから、その辺りを判断して欲しいんだ」
「よかでんよかでん、こんな状態のまんまでご無礼だけんど、見させていただくでん」
私がそう声をかけると、池を泳いで近寄ってきたペイジンがそう返してくれて……私はその箱をあけて、エリーが少し前に用意してくれた手袋をしてから、箱の蓋を開いて中へと手を突っ込む。
なんでも宝物の中には直に触れるだけで品質が悪化するものがあるとかで……これからはこの手袋を毎回使うことになりそうだ。
そんな手袋でもって箱の中身を掴み、取り出しペイジンに見せてやりながら声を上げる。
「えーっと……まずはこれが赤いサンゴか、そしてこれがゴブリン達が見つけてくれた綺麗な色の貝殻だ、ラデン……だったか? あれにはこういう貝殻を使うんだろう?
それとこれが真珠だな……結構変形しているものも多くて、黒っぽく変色したのもたまにあるらしい。
後は不思議な香りがするクジラの石……だったか、こんなのも価値があるものなのか?
……それと赤以外のサンゴも色々あるようだ……ああ、それとエリーがこんな形の真珠が特に価値があるとか言っていたやつだな、獣人国でもそうなのか?
……まぁ、この辺りの品がすぐに手に入る物らしい、しっかり冒険をしていけば、ゴムか……ゴムとか他の物も手に入るかもしれないという訳だな」
なんて説明をしているとペイジンは目を丸くし……少しずつ池の中に沈んでいく。
ゆっくりゆっくり沈んで何も見えなくなって……思っていた反応と違うと言うか、あまり喜んではいないようで、良い品ではなかったのだろうか? と、不安に思っていると次の瞬間、ペイジンが池から物凄い勢いで飛び出してくる。
池の底を蹴って跳ねたのか本当に凄まじい勢いで……その勢いのまま私の側に着地したペイジンは、箱の中身へと視線をやって……それからしばらくの間無言でそれらを見つめ続ける。
決して触らぬよう、体に残る水が滴らないように気をつけながら……。
そうして確認が終わったらしいペイジンは、にんまりと……初めてみるような凄い笑顔をこちらに向けてきて、気持ち悪いくらいな程に嬉しそうに、
「本当にディアスどんはこちらの予想を超えてくるお方だでん、末永くよろしゅうお願いしますでん」
と、そんな言葉をこちらに投げかけてくるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は隣領にいったエリーのあれこれの予定です