メーアバダルの老賢人達
登場キャラざっと紹介
・ピゲル
人間族、羊飼い、内政スキルと経験は国内一
・ナルバント
洞人族、鍛冶師、大工や細工職人など物作り全般担当
・モント
人間族、西関所の主、元帝国軍人で内政もそれなり
・ベンディア
人間族、神官長、毒の短剣などを使えるため実は戦闘力No2
――――草原で、メーア達の食事を眺めながら ピゲル
この地に来てばかりの頃はすべきことが色々とあったため忙しくしていたが、それらを終えた最近のピゲルは、こんな風にただメーア達の食事を眺めて過ごすようになっていた。
賢く可愛いメーアの食事、それを見ていると心がなんとも言えない温かい気分に包まれ、今までの疲れや苦しみを癒やしてくれた。
そんなメーア達の世話をする犬人族達の姿もまた心を奪われるし、そよ風で揺れる新芽の姿さえもが愛おしく感じる。
……こうしてみて初めて知ることも多かった。
羊などから毛をどう刈るのか、刈った毛をどう紡ぐのか、紡いだ糸からどう布を織るのか、布からどうやって服を仕立てるのか。
いや、本などで読んで知識として知ってはいたが自らの目で見たのは初めてのことで……見なければ分からないということが多いのだということを知った。
そしてその毛の根幹にあったのは食であることも知ることが出来た。
全ての生き物は食事をしなければならない、生命の根幹であり要であり不可欠なものであり……それはどんな人間であっても同じことだった。
悪人だろうが敵国人だろうが、政敵であろうが食事をしなければならない……生物である以上、食という共通点があり共通認識があり、言葉が違っても文化が違っても食に関しての考え方は変わらない。
このことをもっと早く知ることが出来ていたなら、もっと違う政を行えていたのではないか? もっと分かり合えていたのではないか? 争いを減らせていたのではないか?
自分はちゃんと食に向き合えていたのだろうか?
内政を得意としていたことから、戦争中であっても国民から食を奪うようなことはしないで済んだ。
そのことは誇りに思っているが……しかしもっと違うやり方があったのではないか? もっともっと国民を満たせたのではないか?
もっともっと上手くやっていれば……この地の主は食を満たしているではないか―――。
と、ピゲルがそんなことを考え始めてしまったところで、近くにいたメーアが声をかけてくる。
「メァメァーメァ、メァ~メァ」
ピゲルを案じてのその声で我に返ったピゲルは「ありがとう」と礼を言いながら手を伸ばし、そのメーアのことを撫でてやる。
優しくゆっくりと、メーアが望むように撫でて撫でて……それから小さなため息を吐き出す。
結局自分は器ではなかったのだろう、未だに後悔を拭いきれず苦しみ、負い目もあってその苦しみを振り払うことが出来ない。
こんな有様で国を動かすなど、出来ようはずがなかったのだ。
最初から羊飼いの子に生まれていれば……と、そんな夢想をしながらピゲルは、メーア達から学んだあることだけは大事にしようと心に決める。
食だ、食を疎かにしてはいけない、この地から未来永劫飢えを奪ってみせる、そのために自分の中に押し込まれた知識と今までの経験を活かすとしよう。
そんな決意を強く強く抱きながらピゲルは、しばらくの間、不思議そうに「メァ~?」と声を上げ首を傾げるメーアを撫で回し続けるのだった。
――――金床に槌を振り下ろしながら ナルバント
イルク村の工房で、魔石炉の熱気を身に受けながら槌を振り下ろし続ける。
何度も何度も、良い鋼になれと念じながら何度も何度も。
ニャーヂェン族という新しい仲間が増えて、そのための武具が必要で、ディアスは急がなくて良いと言っていたが、必要に応えてこそ職人だと動きを止めることはない。
そんなナルバントの周囲でも同じように洞人族達が懸命に、真摯に働いていて……そうしているうちに一人が歌を口ずさみ始める。
「鉄は熱せ! 酒は冷やせ! 甘い甘い酒は冷やせ! その酒で鍛冶仕事で火照った体を冷やせ!!
そうして水を浴びて寝床についたなら翌朝まで熟睡だ!!」
その歌はイルク村でよく歌われるような聞き心地を意識したものではなく、ただただ自らの言いたいことをリズムに乗せただけと言われても仕方ないようなものだった。
力強く雄叫びのように吐き出され、だけどもそれが心地よく、自然と他の洞人族にも伝播して、皆でその歌を歌い始めてしまう。
それでも手を動かし火花が散り続け、初期の頃に比べてすっかりと広くなり、立派な設備を備えた工房は賑やかになっていき……そんな騒ぎの中、もさもさと髭を生やした若者がこっそりとナルバントに近付いて、恥ずかしいのか歌に紛れるような小声で話しかけてくる。
「……長、そろそろ仲間を増やしちゃどうですかね?
領民も仕事も増えてますし、手が回らなくなってから慌てても遅いでしょう?
それに海と繋がって豊かになった今であれば、儀式の完遂も苦じゃねぇはずです。
ですから、その、オレみたいな若い連中の結婚を許可してくだせぇよ」
それを聞いてナルバントは、なるほどなと頷き、槌を振るいながら思考を巡らせる。
洞人族の結婚式は他の種族とは少し違う。
腹が裂けるかと思う程の食事と、いくらかの鉱石や鋼を必要としていて……相当に豊かでなければ行われない。
大事な大事な儀式が重要で、その儀式を完遂してこその結婚で……長として安易に許可してはならないものだった。
「……お前の気持ちは分かったが、オラだけで決断出来ることじゃぁないのう。
あとで坊に相談して、儀式に食料を使っても良いとの許可が出たならその時には結婚を許そう。
……それと結婚ってぇのは1人でするもんじゃぁなくて相手の許可がいることも忘れないようにのう」
それでも今ならばと考え決断したナルバントがそう言うと若者は、照れながら頭を掻き……、
「そ、その時までにはなんとかしときますよぉ……」
と、弱々しい声を上げてからその場から去っていく。
それを見送ったナルバントは苦笑しながら、引き続き槌を奮って目の前の鋼をこれでもかと叩き、鍛えていくのだった。
――――東側関所で モント
森の中にある東側関所……モントがここに足を運ぶのは非常に稀なことだったが、欠かすことの出来ないことでもあった。
関所の主同士で情報交換をしたり、助言をし合ったり……運営方針などについての刺激を得たり、得るものが多かったからだ。
元々モントはクラウスのことが嫌いではなかった。
同じ正規の軍人同士ということで話が通じやすいし、クラウスの柔和な性格もあって衝突するようなことがなかったからだ。
クラウスもまたモントに一定の敬意を示していて、モントからの助言を素直に聞き入れる器も持っていた。
……クラウスが筆頭騎士になってからは、少しだが態度が気安くなり、家族自慢のようなことをしてくるようになり、それなりに鬱陶しかったがディアスよりはマシかと、受け入れることも出来た。
そんな理由でもってここにやってきたモントは、とりあえずここからかと東側関所の壁上歩廊を歩いて周囲の様子を確かめて回り、何か問題がないかと目を光らせていく。
そんな折、森の向こうへと……隣領へと続く街道を歩いて不審な者達が近付いてくる。
パトリック達が着ている服に似てはいるが、より派手に豪華にしたような神官服を身につけて仰々しい態度で杖を街道に突き立てながら歩く白髪の老人を中心とした……10人程の何者か達。
メーアバダル領の者ではないのは明らかで、隣領の人物でもないように思える。
(そう言えばこっちの関所には盗賊がちょくちょくやってくるんだったか……?
いやしかし、あの格好はどう見ても……)
足を止めてそんなことを考え始めたモントを見てか、後ろから追いかけてきていたクラウスが小声で話しかけてくる。
「……ああ、あれですか、
金の無心に何度か来たやつですね……鬼人族の皆さんの鑑定は真っ赤、ディアス様やベン様に報告した結果は無視で良いというもので……それからは無視するようにしています。
調べてみるとどうやら、隣領のエルダン様の所に中央神殿に寄進をしろと要求しに王都からやってきた連中のようでして、新道派だからかエルダン様に冷たくあしらわれてしまって、このままじゃ帰れないとこっちにやってきたみたいです。
……エルダン様の部下には血の気の多い人達もいますから、向こうで無心を続ける勇気はなかったんでしょうねぇ」
そんな説明を受けてモントは冷や汗を浮かべる。
血の気ならこちらだって大差はないだろうに……基本的に温厚なディアスだが怒らせたが最後、相手を踏み潰すまで暴走を続けるし、そんなディアスに忠誠を誓う者達……クラウスだって似たようなものだ。
犬人族も見た目に反して凶暴な一面があり、他の種族にしたってそれは同じこと。
しかも連中は新道派……ディアスの両親を殺した連中だと知れ渡ったなら一体どんなことになってしまうのか……?
そう考えたモントは、こちらへとどんどん近付いてくる連中の顔に死相が浮かんでいるように思えて仕方なく、どうしたものかとかつてない程に頭を悩ませることになるのだった。
――――神殿の書室で ベン
この日ベンは、つい先日にメーアモドキ改め小メーアが出現した時のことを大メーア神殿の公式な記録として書き留めていたのだが……その内容に頭を悩ませていた。
顔だけを出して雑談に割り込んできた、大した要件はなかったようだ。
そんな報告をどう記録しろと言うのか……どうやってこの出来事に神秘性を足せと言うのか。
神官としてありのまま書くというのも手ではあるものの、後世に無駄な混乱を招くに違いなく……かと言って嘘を書く訳にもいかず、ただただ頭を悩ませていた。
同じ書室にてフェンディアもまた、ベンと同じことで頭を悩ませていて……どうにかベンを助けたいと、その悩みを解決したいと思ってはいるのだが、どうにも答えが見つからず、苦悩し続けていた。
ベンもフェンディアも、神官としては超一流、国内有数の人物ではあるのだが、真面目過ぎる性格が邪魔をし、中々この問題を解決することが出来ず、これから数日の間頭を悩ませ続けることになり……結局、領主であるディアスに報告書を書かせ、どんな内容であってもそれを公式記録にするという手段に逃げることになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
婆さん達の活躍も追い追いに
次回はディアス視点に戻る……はずです
そしてお知らせです
15日発売の書籍13巻、既に書店で並んでいるようです
キンタさんの素敵イラストや書き下ろしSSも楽しめるかと思いますので、見かけた際にはぜひぜひチェックしてください!




