手紙
登場キャラ、用語解説
・ニャーヂェン族
元帝国人、最近領民になった獣人族、ほぼほぼ人間族と同じ姿だが、猫耳と尻尾がある、柔軟な体をしていて、夜目が効く、族長はソマギリ
・エルアー伯爵
隣領の更に向こうにある小領地の領主、善良とは言えず欲が深く最初は敵対的であったが改心、今は王都でディアスのためのロビー活動に励んでいる
・メーアの六つ子達
フランシスとフランソワの子で、フラン、フランカ、フランク、フランツ、フラメア、フラニアの6人、結構成長してきた
突然小メーアが現れるという事件はあったけども、概ね平和に各地の視察が終わり、イルク村に戻ってきた私は、いつも通りの日々を過ごしていた。
いつも通りと言ってもすべきことは多く……そのうちの一つが領民の証となる首飾り作りだろう。
ニャーヂェン族という新たな仲間を迎えて……もともと制作中だった分も合わせてかなりの数を作らなければならない。
欲しいと希望しているメーアに、鷹人族に……一つ一つ丁寧に作らなければいけないこともあって、全員に行き渡るまではかなりの時間がかかりそうだ。
アルナーなんかは完成する前にまた領民が増えそうだと笑っていたが……うん、本当にありそうだから困ってしまうな。
ならいっそ、首飾り作りに専念しては? なんてことも考えたが、生活に欠かせないかと言われるとそういう訳でもなく、皆もそこまではして欲しくないとのことなので、あくまで空いた時間にやっていくことになる。
あとは手紙の確認なんかも重要なすべきことの一つだ。
神殿でもそうだったが、貴族社会においても手紙のやり取りはとても重要なものらしい。
貴族であれば誰であってもやらなければならず、それをやらないということは相手に絶縁を突きつけるようなもので……情報収集という意味でも欠かすことは出来ないんだそうだ。
うちに届く手紙はエルダンからの手紙か、エルアー伯爵からの手紙しかなく、そこまで手間ではないが……追い追い増えてくると皆が―――ヒューバートやダレル夫人、ピゲル爺が言っていたなぁ。
まぁ、手紙は読むのも書くのも嫌いではない。
神殿にいたころ散々教え込まれたし、言い方は悪いがエルダンが良い練習相手になってくれたこともあって中々の仕上がりになっているようで、ダレル夫人には驚く程褒められた。
何度も何度も褒められていると悪い気分はしないもので……ダレル夫人の授業の中では手紙の時間が一番楽しかったりする。
ピゲル爺にも褒められたが……ピゲル爺が言うにはもう少し粗雑な、野趣溢れる手紙の方が情緒があって良いらしい。
戦功で出世した貴族の手紙に求められるのはそんな内容らしい……が、ダレル夫人は渋い顔をしていて、私の趣味としてもあまり合わないので、今のままで続けていくつもりだ。
だがまぁ、手紙に関してのピゲル爺の助言は無視することは出来ない。
何しろピゲル爺は毎日100通とか200通の手紙の処理をしていたそうだからなぁ。
ただ読んで返事を書くだけでなく、送り主を地域別や派閥別ごとに分別して、そこに書かれている情報を整理して、地方に行くことなく地方の情勢を読み取ったり、そこに書かれた嘘を見抜いたり、どうして嘘を書いたのかその意図まで読み切ったりもしていたらしい。
あるいは同じ送り主からの手紙の文面や単語の使い方、内容の変化をしっかりと読み取って相手に何があったのかを察し、相手に何かを言われる前に対策を取ったりもしていたらしい。
当然手紙を送ってくる者もそういう使われ方をすることを承知していて、あえて手紙の中にこっそり知らせたい情報を紛れ込ませたりもしているそうで……ピゲル爺曰く、手紙こそが社交の本領、なんだそうだ。
ピゲル爺のような人でなくとも、王都に住む貴族であれば誰でも手紙に埋もれているものらしく……ダレル夫人の旦那さんなんかも、毎日のように届く手紙の束の整理やらに結構な時間を使っていたそうだ。
……と、言う訳で今日はユルトに籠もって首飾り作りと、手紙の返事を書くことに時間を費やすことにした。
村の見回りと鍛錬は午前中に終わらせていて、特に問題もなかったから、夕方まで籠もっていても問題はないはずだ。
少し気になったことは草原の草の様子で……なんか最近、草がどんどん元気になっている気がする。
一面を刈り取ったように食べてしまっても翌日には綺麗に生え揃っている、むしろ前日より大きく育っている気もする。
メーア達も馬達も、そんな新芽が美味しい美味しいと喜んで食べていて、問題はないように思えるが……去年とは何か様子が違うように思える。
しかし去年の草の様子なんてのはハッキリと記憶していないというか、注意を払っていなかったので、ハッキリしたことは言えず……アルナーも問題はないと言っていたので、問題はない……のだろう、うん。
そんなことを考えながらまずは二つの封筒を手に取る。
一つはエルダンから、一つはエルアー伯爵から。
エルダンからの手紙の内容のほとんどは子育て日記だ。
初めての子供を溺愛している様子がよく伝わってきていて……家族皆で楽しい子育ての日々を送っているようだ。
そう、家族皆で……エルダンにはたくさんのお嫁さんがいて、その全員でもって子育てをしているらしい。
貴族の中には重婚に近いことをしている人もいるそうだが、そんな風に仲の良い家庭を構築しているのは稀なことであるらしく、ダレル夫人は目を丸くしていた。
アルナーは良い男気だと感心していて……ピゲル爺もいつもの表情のままだったけども、瞳の動きから動揺が伝わっていた。
そもそも貴族の中には乳母や家庭教師に育児を任せて、成人するまで顔を合わせない親もいるそうだから、エルダンはかなり稀な例になるのだろう。
何故顔を合わせないかと言えば、忙しいから、いつ死ぬか分からないから、成人しない限り人として認めていないからなど、様々な理由があるらしい。
会っても無駄とまでは言わないが、そういった私的なことに時間を割くくらいなら、公的なことに時間を割くべき、というのが貴族的な考えになるらしい。
貴族の本来の仕事は領土や民を守ること、そちらを優先すべきで子育てを優先すべきではない。
……という建前を言い訳にして、子育てから逃げている親もいるとかなんとか。
私にはそういう生き方は無理だろうなぁ……。
とりあえずエルダンはそんな風に育児に忙しいようで、こちらに中々遊びに来られないことを詫びる内容だった。
……わざわざ詫びるようなことでもないだろうにと、そんなことを思いながら、読み飛ばしがないかもう一度読み直し、返事を書くかと座卓の準備をし始める。
するとメーアの六つ子達……すっかり大きくなってきたフラン達がそんな私の動きを見てか、
『メァメァメァメァ~』
なんて声を上げながらユルトの中で動き始める。
1人はペンが入った小箱を咥えてこちらに持ってきて、1人はインク壺が入った小箱を、1人は封筒の入った小箱を、更に手紙が入った小箱、印章が入った小箱、そして最後の1人は私が手紙を書く時に参考にし始めた本、ダレル夫人からもらった詩集を咥えて持ってきてくれて……私がそれらを受け取ると、誇らしげにふんすと鼻息を鳴らす。
「ありがとう、助かったよ」
と、礼を言った私は六つ子達を1人1人丁寧に撫でていく。
最近の六つ子達はそうやって私の仕事を手伝うことを趣味というか遊びにしている。
本人達は至って真面目で、決して遊びのつもりはないようで、本気で私の手伝いをしたいと考えているようだ。
ある日にそんな様子を見かけたダレル夫人が、
『まるで執事見習いですね』
なんてことを言ったものだから、六つ子達は執事になるために頑張っているようで……時たまダレル夫人にメァメァと話しかけて、執事とはどんな仕事をするものなのかと質問責めにしていたりもする。
まぁ、うん、無茶をしたり迷惑なことしたりする訳ではないので、好きにさせておこうと思う。
……と、その時、バサバサッと聞き慣れた羽音が響いてくる。
それはサーヒィのもので……我が家の天井に止まった辺り、何か用事があるようなので手紙は一旦中断ということにし、外に出る。
六つ子達はそんな私の後を追いかけてきて……主人を追いかけるのも執事、の仕事なのだろうか?
とにかく外に出るとサーヒィがいつになく大きな革布に包まれた何かを足で掴んでいる。
「おう、手紙だぞ、今日は随分と数が多いな」
と、そう言いながらそれをこちらに投げてよこし、受け取って縛っていた紐をほどいてから布を広げてみると、確かにかなりの数の手紙が入っていた。
10……いや、20程か、署名を見ていくと……どこかで見た名前だ。
知り合いとかではなく……そうだ、エルアー伯爵の手紙に書かれていた、伯爵の友人の貴族の名前だ。
恐らくは私を気遣って練習用に親しい友人に手紙を書いてもらったのだろう、エルアー伯爵の友人相手であれば多少の失敗があっても許されると、そういうことに違いない。
……エルアー伯爵はなんだかんだと役に立ってくれている。
ピゲル爺に関わることとか、その後の王都のこととかも手紙で知らせてくれていたし……銅貨1枚の得もないのに、本当に良くやってくれている。
今回の返信で正式に名代になってもらっても良いのかもしれないが……そのためには色々と準備も必要だ。
特にニャーヂェン族達が計画してくれていることが強く関わってくるはずで、私はとりあえずサーヒィに礼を言ってからユルトの中に戻り、手紙をペイジン達からもらったラデンとやらの文箱にしまってからニャーヂェン族達の下へと、計画についての確認をするために向かうのだった。




