猫の贈り物
登場キャラ簡易解説
・ディアス
主人公、人間族、男、メーアバダル領主
・エイマ
元砂漠の住民、大耳跳び鼠人族、女、領主相談役、兼、村の教育係、兼、暫定軍師
・モント
元帝国軍人、人間族、男、西側関所の主
・ピゲル爺
元王様、人間族、男、隠居
・セキ、サク、アオイ
元獣人国住民、狐人族の血無し、男で兄弟、商人見習い
あれからすぐにピゲル爺は、早く村に帰って記録をまとめたいと言っていたエイマと共にイルク村へと帰っていった。
曰くやるべきことを全て終えたとかで……これからはのんびりとメーア達の世話をして過ごしたいらしい。
まぁー……うん、本人がそれで良いならそうしてもらうのが一番だろうと何も言わずに見送り、私は関所内部にある私……というか私達一家のための部屋へ。
そこは関所の城壁内部の上部にあって、窓からは関所の中庭が見渡せるようになっていて……日が沈んでも篝火や、料理の為の竈の火や、焚き火などがあるので結構明るいままのようだ。
そんな中庭ではここで一泊すると決めた獣人国の人々が野営……と、言って良いのかは分からないが、とにかく一晩を過ごすための準備や調理、洗濯などすべきことをしていて……イルク村程ではないにせよ、かなりの賑やかさに包まれていた。
そこにはセキ達の姿もあって、顔見知りが多いのか談笑をしていて……うん、血無しどうこう言う人はどうやらいないようだ。
まぁ、ここでそんなことを言ったらまずモントが許さないはずなので、当然のことではあるのだけど、モントの目があるから言わないというよりは、ちゃんと血無しに対し心を開いているような態度に見えて……この様子なら新しくやってくる血無し達も、すんなりと馴染んでくれそうだ。
そんな光景をしばらく眺めたなら寝床に移動する。
洞人族達が作ってくれたらしいベッドはかなりの良い出来で、そこに敷かれたメーア布を使った寝具も負けない出来で、寝転べばその柔らかさを堪能することが出来て……たまらないのだけど、なんとも言えない違和感がある。
ユルトではベッドは使っていなかったからなぁ……床で眠る方が落ち着く体になっているのかもしれない。
なんてことを考えながら、寝床で思い出すのはあの猫のこと……また神様ということなのだろうなぁ。
草原の神様が大メーアで、荒野が大トカゲ。
するとあの猫は……獣人国の神様、ということなのだろうか?
モント達は以前から獣人国側に出たドラゴンを討伐していて、そのお礼というか報酬というか……そんなものをくれるつもりらしい。
また何か不思議な力を持った代物なのだろうか……? 本当にもうこれ以上望むものはないんだがなぁ……。
なんてことを考えるうちに夢の中へと旅立って……気付けば窓から朝日と賑やかな声が降り注ぐ朝となっていた。
アルナーもセナイとアイハンも、エイマもフランシスとフランソワもいない静かな朝に唸り声を上げながら体を起こすと……なんとも予想外のものが視界に入り込む。
それはいつの間にか、部屋の中央の絨毯の上に置かれていた。
たとえ寝ている時でも誰かが部屋に入ったなら気が付くはずなのだが……一体いつの間に持ってきたのか。
真っ赤に塗装された本体を、綺羅びやかな金属、金とか銀とかを使った枠が覆ったような形の箱……いわゆる物語や絵画の中で描かれる『宝箱』が、かなり大きなものがそこに置かれていて……なんとも唖然としてしまう。
部屋のドアを見るに明らかにそこを通ることが出来ない大きさ、窓だって当然通ることが出来ない、この部屋に運び入れるにしても運び出すにしても一度解体するしかない大きさの宝箱。
「……まさかこう来るとはなぁ。
……いや、一番それらしい贈り物ではあるのだけども……」
と、そう言いながら寝床から這い出た私は、昨夜のうちに用意しておいた服に着替えて、一旦部屋を出て井戸へと向かい、顔を洗い身支度を整えて……それから領兵が用意してくれた茶を一杯飲む。
そうやって気合を入れ直したなら部屋に戻り……途中で私の様子がおかしいことに気付いたセキ、サク、アオイの3人を連れて戻り、宝箱の確認をすることにする。
「え!?」
「ちょっ!?」
「はいぃぃ!?」
宝箱を見るなりそんな声を上げる3人だったが、すぐに口を手で抑えてそれ以上の声を上げないようにする。
他国の……獣人国の人達にこのことを知られてはまずい、少なくとも中に何が入っているのか把握するまでは騒ぎを起こしてはまずい、そう考えてのことなのだろう、無言で頷きあってから部屋に入り、ドアをしっかり閉じてからそれぞれ腰に下げたりしていた武器を手に取り、一応の警戒をしながら私に視線をやってきて『どうぞ開けてください』と、そう伝えてくる。
それを受けて私は宝箱へと近付く。
改めてみると本当に大きい、中に人が1人か2人は入りそうだ……そんな宝箱の蓋ともなれば相応に重いはずで、力をしっかりと込めながら蓋に触れてぐっと蓋を押し上げる。
「……おぉ、以前見た絵画の通りだなぁ」
押し上げて視界に入り込んだ光景を見て、私はそんな言葉を口にする。
煌めく金貨の中に埋もれる金のツボや、宝石に彩られた宝剣、宝石やアクセサリー、何故だか王冠なんかも金貨の中に埋もれていて……ここが石造りの関所で無かったのなら、その重さで床が抜けてしまいそうな程の量の金銀財宝がそこにあった。
それを見てセキ達は驚きながらも声を上げず、私に視線での許可を取ってから金貨に手を伸ばし……それぞれ一枚手にとって、品定めを始める。
匂いを確認してみたり、武器で軽く傷をつけてみたり、重さを吟味してみたり……その結果は、
『本物の金貨です』
と、異口同音、3人同時に同じ結論が出たようだ。
……うぅん、本物の金貨か、本物の金貨がこんなにたくさんか……どう使えと言うんだ、こんな量。
そんな事を考えて私が困り果てる中、セキ達はさっと部屋から出ていって、それぞれ手頃な大きさの木箱と羊皮紙を持ってきて……そして金貨の数を数えながらその箱に金貨を詰めていく。
一体何枚の金貨があるのか、正確な数を把握しようとしているようで……ならばと私は金貨の中に埋もれる、金貨以外のものを宝箱から引っ張り出していく。
まずは宝剣が4本、王冠が一つ……それから数え切れない程の宝石があって、セキ達に確認してもらったところ、その全てが魔力が込められる、アルナーが言う所の本物の宝石であるらしい。
アクセサリーもかなりの数があって、ネックレスに指輪に腕輪、どれもこれも宝石がはめ込まれている。
……確か私はあの猫に、平和を望んでいるとそんなことを言ったはずなのだが……何故それでこんな金銀財宝が……。
そんな事を考えながら宝箱を掘り返していると、その奥底には黒塗り横長の箱が入っている。
「うん? なんだこれ?」
と、そう言いながら金貨を少しずつ宝箱から出していき……それからその箱を引っ張り出し、蓋を開けてみると中には白木の弓? が入っていた。
「……なんだ、これ?」
思わず同じ言葉を繰り返してしまう。
弓に見えるそれには弦がかかっておらず……かかっていないのに弓のようにしなっている。
弓は弦をかけてこそあの形になるはずで、弦無しでこんなしなり方はしないはず……と、そんなことを考えながら手に持っているといつもの違和感。
これもそうなのかと驚きながら力を込めてみると、白木から光の線が伸びて弦となる。
更には弦に触れると光の矢が現れて……試しにと、窓の外に射ってみると、凄まじい勢いで光の矢が空中を走っていき……当てるつもりは全くなかったのに、関所の見張り塔の一部を、石壁の一部をあっさりとえぐってしまう。
……そしてすぐに弦には光の矢が現れて、それを見ていたセキ達3人は、大口を開けたまま何も言えなくなっている。
「……なんだこりゃぁ!?」
直後、中庭から聞こえてくるモントの声。
どうやら石壁をえぐったのを見られてしまったらしい……早く謝らなければと窓から顔を出すと、モントの視線は石壁ではなく足元に向いていて、そこには黒い鳥の姿がある。
「……ニワトリか? 黒いニワトリ??」
その姿はニワトリのように見える……黒い以外は普通のニワトリで、それが20か30羽程、モントの周囲でコッコッと声を上げている。
一体何が何やら……どうなっているんだと困惑していると、部屋の隅からハッキリとした、昨日に聞いた女性とも男性ともとれない声が響いてくる。
「そのニワトリはアーチェマニという品種で、とても美味しく滋養に優れたニワトリなんだよ。
……さて、君はこれらの贈り物をどう思う?
空前の金銀財宝に、比類なき武器、そして至上の家禽……どれも素晴らしいものだけど、君はどれが一番好ましいと思うかな?
君が何を望んでいるのか……そこを知りたいと思ったんだ」
それはあの猫の声だった。
いつの間にか部屋の中にいて、それに気付いたセキ達は驚きのあまり転んでしまい、尻を地面に突きながら声を失っている。
そして……部屋の隅からゆっくりと私の側まで移動してきたその猫は興味深げに私のことを見つめていて、私はなんとなくここで悩むのは良くないと、さっと答えるべきだと思い、出来る限り早く答えを返す。
「どれかと言うのならニワトリかな……皆もニワトリを一番喜んでくれそうだ」
すると猫は目を細めて笑いながら更に問いを投げかけてくる。
「本当に? これだけの金銀財宝があればニワトリくらいいくらでも買えるんじゃないかい?
武器だってこれがあればもっともっと活躍して多くのものが得られるんじゃないかい?」
「それでもニワトリかな。
財宝も武器も多すぎる上に強すぎてなぁ……手に余りそうだ」
今回も出来る限りの即答でもってそう返すと、猫はうんうんと頷き……そして次の瞬間、目の前に合ったはずの宝箱も手の中にあった弓も一瞬で白いモヤになり、そのまま消え去ってしまう。
「試すような真似をして悪かったね……いや、人を試してこそ神らしいと言えるのかな?
その謝罪と好奇心を満たしてくれた礼に、更に多くのニワトリと……それといつでもどこでも一度だけ、君が困った時に助けてあげるとの約定をしてあげよう。
天災や疫病……他の神々など、君の手に負えない何かがあった時には助けてくれと大地に向かって声を上げると良い。
出来る限りのことをすると誓おう……あぁ、モンスターに関しては畑違いなので、自分達でなんとかしてくれたまえよ」
猫はそう言って目を細めて笑い……そして猫もまた白いモヤとなって消え去っていく。
と、同時に、
「な、なんだってんだ!? 一体全体こいつらどこから湧いて出た!?」
と、そんな声が中庭から上がり、視線をやると更に多くの……数え切れない程の黒ニワトリがモントを囲んでいて……それを見て私はとりあえず、一度咳払いをして気持ちを落ち着かせてから、腰を抜かしたままのセキ達へと手を貸すために、彼らの下へと足を進めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は黒ニワトリやら何やらについてになります




