安定と先の話
デーツの実は美味しくはあるが、それなりに渋くもあり……試食を終えてからは、積極的に食べようという話にはならなかった。
何しろ乾燥したなら渋さが抜ける上に、より甘く美味しくなるというのだからそれを待とうとなるのも当然の話で……デーツが生えてくれたことを喜びながらも、まだ食べる時ではない、というのが皆の反応だった。
そんな中、アルナーだけはどうにかデーツの渋さを抜けないものかと試していて……何故そこまでするのかと言えば、それだけの栄養がデーツにあるから、とのことだった。
デーツの試食をした中には、冬に出産したばかりの女性も何人かいて、偶然かもしれないがデーツを食べてから体調が良くなったという人が何人かいて……アルナーはデーツに何か良い成分が入っているのではないかと目をつけたらしい。
試しにとアルナー自身が食べ続けてみると、ハッキリと分かるくらいの効果があったようで……更にはベン伯父さんから、デーツには血を補うような成分が入っているらしいという話が聞けたことで、確信に近いものを得たようだった。
出産などで血を失った後に食べると体調が良くなる……というか、体調が元に戻る効果があるとかなんとかで……鍛錬などで怪我をし血を流した者で試しても効果が感じられたそうだ。
……栄養があるらしいことは分かったが、小さな実の一つや二つでそんなに変わるものだろうか? と、私もしばらくの間食べてみたりしたが……まぁ、うん、よく分からなかった。
そもそもとして体調が崩れること自体稀な私では意味がなかったというか……普段から自分の体調がどうこうとか意識もしていないからなぁ、分かる訳もなかったのだろう。
そんな風に試行錯誤を繰り返す日々の中でアルナーは、煮込めば多少渋さがマシになることに気付き、他のものを一緒に煮込んでデーツの汁というか、ソースみたいなものを作れるのではないかと試行錯誤するようになり……エリーやゴルディア、ダレル夫人やマヤ婆さんが手伝ったことで、甘くて美味しく、栄養のあるデーツソースが出来上がることになった。
デーツやハチミツ、薬草や香辛料、更にはすりおろしたニンジンなどを入れたそのソースは、焼いた肉などにかけるとたまらない美味しさになってくれて……その美味しさから大人気となったのだけども、だからと言って今全てのデーツを食べ尽くす訳にもいかないということで、そのソースは体調が悪い人だけが楽しめる特別な一品という扱いになった。
将来的にデーツの樹が増えたなら、毎食のように楽しめるものになるかもしれないが……そうなるのはまだまだ先のことだろうなぁ。
ただ、そのソースが出来上がったことで、皆の意識というか、デーツへの期待が増したことは確かで……デーツの樹の警備や、デーツ畑の開墾などに向けるやる気が見るからに上がったのは良いことなのだろう。
領民の皆だけでなく、ゴブリン達も大入江の付近で育てられるかもしれないというのと、ソースの美味しさを受けてやる気を漲らせていて……神様から得られた特別な木の実ということもあってか、デーツ畑の担当者を決めるための決闘まで行われたらしい。
決闘と言ってもそこまで血生臭いものではなかったらしいが、それでも相応に激しい内容ではあったようで……まだまだ先の話だと言うのに、今からそんな調子で大丈夫なのだろうか……?
そんなゴブリン達が住まう大入江には、洞人族が頑張ったことで結構な数の建物が出来上がっているらしい。
ゴブリン達は海水を飲めるので井戸はいらない、厠も……まぁ海で済ませてしまうので必要ない。
食事や料理も海の中で行われ……必要なのは安眠出来る場所だけ。
ということでイルク村の工房で組み立てる寸前という所まで仕上げたものを、川に流し……それを大入江で受け取ってもらって、組み上げるという方式にしていて、組み上げるだけならゴブリン達だけで出来るということで、その勢いは中々のものだ。
それらの木材には瀝青が塗り込んであるので、防水防腐もされていて……大入江の近くで使うには、最高の仕上がりになっているらしい。
まぁ、ゴブリン達からの真っ黒な木材に対する印象があまり良くないので、塗っている量は程々となっているが、それでも十分長持ちするらしい。
ゴブリン達が使っている船も同じ理由で、黒色ではなく濃い茶色程度に留まっていて……まぁ、うん、好みの問題なら仕方のない事なのだろう。
イルク村で積荷運搬用に使っているのはたっぷり瀝青を塗っての黒色で……ぱっと見の色で誰の船か分かるというのは、それはそれで悪くないものだった。
色で分かるのならどこの船が今どの辺りにいるのかを鷹人族の目ですぐに把握出来るし、何か問題が起きた際にも対処が楽になる……これからもこの色分けを続けていくことになりそうだ。
家に船に、かなりの量の木材を使っている訳だけども、それらの木材はゴブリン達がどんどんどんどん……余る程に運んできてくれているので特に問題にはなっていない。
どこかの島で伐採し、枝落としなどをして整え……海に浮かべて引っ張ってきて、大入江についたらそのまま浮かべて保管。
そして必要になったら木材と一緒に川を上り……イルク村で回収し、工房で加工され、川に流してーという流れだ。
大入江にはかなりの木材が浮かんでいるようで、鷹人族の報告によると木材の大地が広がっているようだ、とのこと。
そんなに多くの木材は必要ないというか、伐採しすぎではないか? と、心配になり、その島の森が枯れては大問題だと忠告しておいた……が、ゴブリン達が言うには、あちこちの島から少しずつ集めているから問題はないらしい。
なんでも南の島はここらとは全く違う天候をしているらしく、その天候が木々にとって楽園と言えるようなものなんだそうで……その数も太さも、成長の速さも、全くの別世界なんだそうだ。
多少伐採したところで影響はないし、セナイとアイハンがやっている森の管理のように、木材の大地を作れるくらいに伐採した方が森が元気になる……とかなんとか。
過去にも何度か伐採をしてきていて、その経験からの予測にはなるが、ゴブリン族総出でやったとしても南の森を枯らすことは不可能だろう……とのことだった。
……いやはや全く、世界は広いと言うか何と言うか……この草原に来た時も痛感したことだったが、世界には私の知らないことの方が多いようだ。
そんな南の木材にも一応欠点はあって、質があまり良くないらしい。
私からするとここらの木材も南の木材も同じ木材のように思えるが……ナルバントが言うには、全く別の素材かと思う程の質の差があるようだ。
どうしてそんなことになるのか? という疑問の答えは、セナイとアイハンが知っていた。
「あったかいとこは成長が早い! からスカスカ!
寒いとこは成長が遅い! から目が詰まってる!」
「ほら、みて、ここ! ぎっちりつまってる!」
ある日の工房で、切り分けた木材を前にして、セナイとアイハンがそんな声を上げる。
片方は南の木材、片方はメーアバダルの木材……目というのはどうやら木の模様のことらしい。
そしてそれが詰まっていると同じ太さでも硬さに違いが出るらしく……それが木材の質ということなのだろう。
それと南の方の木材の方が曲がっているものが多いようで……それも成長の速さが関係しているのだろうか?
「ふーむ……模様が詰まっていると硬いのか。
どちらも同じようなものに見えるが……一応、違う、のか?」
作業台の上に並べられた二種類の木材をじっと眺めながら見比べるが……正直大差ないように見えてしまう。
「もー! 全然違うのに!!」
「ちゃんとよくみて!!」
そう言ってセナイとアイハンは木材をベシベシと叩き……私はそれに従って顔を近付け、じっくり眺める。
顔を近付け、木材同士を近付け……くっつけたり並べたり、重ねたりすると、なるほど、はっきりと分かるくらいに差があるなぁ。
しかしこの模様の差は木の種類の差によるものでは? なんてことも思ってしまう訳だけど、セナイ達の説明によるとそうではないらしい。
……まぁ、うん、森のことに詳しいセナイ達がそう言うのなら、それが正しいのだろう。
「……ならこれからはメーアバダルの木材と、南の木材は使い分けるようにしないとだな。
頑丈さが求められるものにはメーアバダルの木材を使うようにして、それ以外を南の木材にするとしよう。
……それで良いか? ナルバント?」
と、そんなことを言いながら顔を上げ、ナルバントへと視線をやると、ナルバントは組み上げた木材にハンマーを振り下ろしながら、
「とっくの昔にそうしとるわい!!」
との言葉を返してくる。
……まぁ、それはそうか、私が言うまでもないか。
使い分けて適材適所……これで木材事情は改善するに違いなく、村のあちこちでも木材を使った施設を増やしていけるはずだ。
差し当たっては皆の家や、手狭になりつつある倉庫と学び舎と……それと孤児院になるだろうか。
以前モントと話した孤児院……領主が余った食材や料理を買い上げ、飢えている子供や人々に振る舞う施設、それを両関所近くに作っても良いのかもしれない。
イルク村の畑も、西関所の畑も、東の森も順調で、家畜達も数が増えてその餌である白い草も増えて……海からの魚も山のようにある。
もう食うに困ることはないだろう、十分な備えも出来るだろう……なら困っている人に恵んでも良いはずだ。
散々世話になってきたエルダンや獣人国に恩返ししたい気持ちもあるし……うん、エルダン達に許可を取ったり誰に管理してもらうかを決めたりとやるべきことは多いからなぁ、そろそろ動き出しても良いのかもしれない。
今から動けば夏か秋には出来上がるはずで……孤児だった私が孤児院を作るとこまで来られたというのは、なんとも言えず感慨深いものがあるなぁ。
と、そんなことを考えているといつの間にか私の左右に立ったセナイとアイハンが、これまたいつの間にか持ってきたらしい木材を作業台の上に乗せながら元気な声を張り上げる。
「ほら、これも目が違うから見て! 見極められるようになって!」
「だいじだから、めききできないとだめ!」
……正直、私が分からなくてもナルバントやエリー達が分かっていればそれで良いと思うのだけど、セナイ達はどこか楽しそうでもあり、それに付き合うことにする。
「……えぇっと、こちらのが良い木材なのか?」
と、新しい木材を指差しながらそう言うと、正解だったのかセナイとアイハンは、満面の……なんとも良い笑みを浮かべてくれるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は孤児院計画やアルナーのあれこれになる予定です




