それからのニャーヂェン族
――――関所に向かいながら スーリオ
久しぶりとなるメーアバダル領に向かいながら、獅子人族の若者スーリオは改めて自分に与えられた任務の確認をしていた。
何より重要なことは、今回の件に関する謝儀の品をメーアバダル公に渡すことだ。
荷馬車にこれでもかと積み込まれた品々、前々から準備していた数え切れない程の家畜、そして最高級と言って良い軍馬、これらを確実に渡すことだ。
少し前に数え切れない程のドラゴンの襲撃を受けたというメーアバダルから手紙が届いた時、スーリオの主であるエルダンは救援や復興の人手を求めているに違いないと考えたようだが、手紙の内容は全く違っていた。
『うちにたくさんのドラゴンが来た、うちは無事に倒せたけどそっちに行ったら危ないだろうから、どうやって戦ったかの報告書と使われた兵器の設計図、それと兵器に使用出来るだろうドラゴン素材を送るから、ちゃんと備えてね、被害が出る前にやったほうが良いよ』
と、大体そんな感じの内容で……エルダンと腹心であるジュウハは目を丸くしながらもその助言を即座に受け入れることにし、鷹人族によって送られてきた報告書と設計図を元にした領軍の急ぎの再編成をと行動を開始していた。
それだけのことをしてもらったなら当然、相応の謝礼をすべきだが、与えてくれた物が大きすぎて返しきれず……今回の品はあくまで第一弾、これからメーアバダル公の希望を聞いて第二弾、第三弾と続けていくことになっていて、その監督役に急遽抜擢されたのがスーリオだった。
メーアバダルの地で暮らしたことがあり、武芸に優れていて忠誠心もあるとの理由で……スーリオからすると過大評価も良いところだったが、主からの信頼を裏切る訳にもいかず、今回の話を受けたのだった。
スーリオとその部下30人、そしてグリンがその任務に当たっていて……そうして関所に到着し、メーアバダル領へと久しぶりにやってきたスーリオは、以前とは比較にならない程の変わりっぷりに目を丸くすることになった。
一体どこがどう変化していたのかと書き上げ始めたらキリがない程だ。
入領する際に渡された領法に関する文章は難解ながらスーリオでも読み取れる程に洗練されていて、森の中では木が動いて片付けを手伝っているし、初めて目にする獣人が数え切れない程の人数で働いているし、街道の整備が進んでいることはある程度予測していたが、そこに攻城兵器が並んでいるのは予想外にも程があるし、空を見上げれば数え切れない程の鷹人族、草原を見ればこれまた数え切れない程の獣達。
静かで何もなかったはずの草原が、ガラリと雰囲気を変えてなんとも賑やかな光景を作り出しているのには本当に驚かされてしまう。
メーアバダルの中心たるイルク村に到着したなら、以前よりも人が増えていることに驚き、100人近くの女性達が楽しげに家事に励んでいる光景に驚き、それだけの人数が働けるように改良された施設に驚き……そんな村の中を闊歩する大きな馬にも驚き。
まるで5年も10年も経ったかのような錯覚を起こす光景に目眩を覚えていると、そこに茜色の髪をした若い獣人が駆け込んできて……そうして巻き起こる会話にも驚かされたスーリオは、メーアバダル公を発見しながらもしばらくの間、挨拶をするのも忘れて呆然としてしまうのだった。
――――駆けてくるニャーヂェン族の族長を見やりながら ディアス
ピゲル爺によってせっかくここまでやってきたのにバラバラの場所で暮らすことになったニャーヂェン族。
と、言ってもそれはあくまで一時的な措置で、段々と緩めていくというか、いずれはそれぞれ好きな場所で働いてもらうことになるそうだ。
それがいつなのかは具体的には言えないが、それまでにはいくつかの段階があるそうで……その一段階目がニャーヂェン族の族長による直談判らしい。
ピゲル爺に丸め込まれて言われるがまま関所で働いている族長……だけども族長としてまずすべきことは私との交渉、あるいは私に忠誠を誓うことらしく、いずれそれに気付いた族長がそのためにやってくるはず……とのことで、まさに今がその時なのだろうなぁ。
ピゲル爺の言葉のままになっていることを憐れむべきか、若いなぁと微笑むべきか……私としては忠誠どうこうはそこまで必要とは思わないというか、真面目に働いてくれたらそれで良いのだけども、ピゲル爺が言うにはそれでは駄目らしい。
忠誠どうこうを言うなら出会ったあの日に片付けるべき話だったのでは? とも思うけど、それはそれで駄目だった……らしい。
若くピゲル爺に丸め込められてしまう程に未熟で、こちらの状況を全く分かっていない上に、自分が冷静さを欠いていることに気付いていない所に付け込むのは良くない……とかなんとか。
つまりピゲル爺はあの若者に落ち着くための時間を与えてあげた……ということなんだろうなぁ。
まぁー、実際ここに来た頃は緊張してばかりだったニャーヂェン族の女性達も、数日経ったことで落ち着きを取り戻してイルク村での暮らしに馴染み、笑顔を見せてくれるようになったし……必要なことではあったのかもしれない。
ちなみにだけど女性達のまとめ役はアルハルの母親で、母親と私の橋渡しをアルハルがやってくれていて……そのおかげなのか、特に混乱やトラブルもなく、イルク村の皆とも仲良くやってくれている。
ピゲル爺に余計な負担をかけるというか、変な気遣いをさせてしまうかもしれないと言われて、私はあまり彼女達に近付かないようにしているが、アルハルからの報告は良い報告ばかりで……突然のことではあったけど、上手くいってくれて本当に良かったと思う。
「め、メーアバダル公! 本日はお願いがあって参上した!
こ、ここでの暮らし、公のお気遣いどれも素晴らしく、また我らのための装備まで拵えていると聞き、感謝に堪えない!!
まずは深い感謝を……! そして我らの忠誠を受けていただきたい!
そして出来ることならば一族の者に家族と再会する機会も与えていただきたい!」
そして駆けてくるなり若者がそんな声を上げてくる。
汗をびっしょりとかいて、荒く息をしていることから関所からここまで駆けてきたらしいなぁ……。
うぅん、モントに馬を借りるなりしたら良いだろうに……。
「そうか、分かった。
家族との再会は元々禁じていたことではないので自由にして良い、モントやクラウスと相談して良いように機会を作ってくれ。
女性達が望むのならそれぞれの職場に連れていっても良いが……まずは相応の準備が先だろうな。
関所とかにも似たような設備があるが、ここほどの竈場や洗濯場はないからなぁ……。
それと装備に関しては出来上がり次第送るからもう少し待っていてくれ、ドラゴン素材の加工はどうしても時間がかかるそうだから」
「……お言葉とお気遣いありがたく……!
……ああ、いや、まずは、まずは名乗りをさせていただく! ニャーヂェンの族長、ソマギリ・ビシニアと申します!
これからメーアバダル公の忠臣として、この神々に愛された楽園の一員として忠勤に励むことをここに誓います!
そして我らが一族も、同様にメーアバダル公の力となることでしょう……どうか、メーアバダル公の寛大な御心を我らにも向けていただきたく……よろしくお願いいたします!」
私の言葉にそう返してきたソマギリは、モント達に習ったのか丁寧な礼をしてきて、私もそれに応じて公爵としての礼を……胸を張り手を差し出し、下げたソマギリの頭の上に置くという仕草を取る。
「……まぁ、もうここで暮らしている訳だし、真面目に働いているという報告も聞いているから気楽にしてくれ。
ニャーヂェン族がここに慣れるまでは色々と支援をするつもりだし、特に厳しく接したりはしないから安心して欲しい。
……その忠誠を受け入れ、公爵として報いよう」
それから少しでもソマギリの硬い態度を柔らかくしようと手を戻しながらそう言うと、ソマギリは笑みを浮かべながら顔を上げ……どういう訳かとても人懐っこい笑みを浮かべて、元気な声を張り上げる。
「ありがたい……!
そういうことであればこのソマギリ、忠誠の証としていくらかの情報を献上いたしたく!
我らは夜目が利き、身軽で柔軟ということから様々な仕事を任されることがあり、その際に手に入れた情報……たとえば皇家の醜聞などを握っております。
更には海軍新設のために動いておりましたから、帝国の海軍に関する情報や技術、運用法も熟知しており、何冊かの海軍に関する本も持って参りました。
もちろん陸軍に所属しておりましたので、それに関する情報もございますし……なんであれば我らの能力と土地勘と人脈と情報を活かす形でゴブリン達と共に帝国の沿岸部に攻め入り、なんらかの手土産を持ち帰ることも可能!
本来であればお会いしたその日に渡すべき所、失念してしまっていたこと誠に申し訳なく……」
そこで手を上げて制止した私は、ソマギリが落ち着くのを待ってから声をかける。
「気持ちはありがたいが、出奔したとは言え帝国は故郷なんだろう? 故郷をそんな風に裏切る必要はない。
……仮に帝国に何かをして弱らせたとして、今回みたいなドラゴンの襲撃があった際に困るのはそこで暮らす人々だ……今回のことで改めて思ったが私達が戦うべきは人ではなくモンスターで、そのためには帝国にも頑張ってもらう必要があるのだろうと思う。
……だからそれらの情報はソマギリの胸の内にしまっておいてくれ……そしてどうしても必要だと思ったならその時には、ソマギリの判断で必要な情報だけを教えてくれたらそれで良い。
その気持ちだけはしっかり受け取って、なんらかの形で報いるつもりだから、その点についても安心して欲しい」
するとソマギリはその顔を……切れ長の目と若々しさに満ちた顔を破顔させ、笑っているのか泣いているのかよく分からない表情を浮かべながら、私の手をぐっと握ってくるのだった。
――――頭を抱えながら スーリオ
誰か止めろよ、あの公爵を止めろよ、ぶん殴ってでも止めろよ。
それが会話を盗み聞いたスーリオの感想だった。
せっかくの敵国の情報を何故受け取らない、何故活用しようとしない、何故周囲の人間がそれを咎めない、誰か何か言ったらどうなんだ?
と、そんなことを考えながらスーリオが周囲を見回すが、動こうとする者は一人もおらず……ただただ自らのすべきことに向き合っているようだ。
忙しそうに洗濯物が入った籠を運んでいたり、地下に続くと思われる階段から食料を運び出していたり、動物の世話をしていたり、絨毯をそこらに敷いて座って何か議論をしていたり。
仕事で忙しいというのはまだ分かるが、そこの初めて見る顔の爺さん達は一体何なんだ。
小難しいことをあれこれ言い合い、哲学的なことを語り合い……そんなことをする暇があるならすぐ側でやらかしている主を助けるべきではないのか?
というかあの鳥人の……鷹人族と思われる雛はなんだ? 生まれたばかりらしい雛が妙に小難しい言葉でもって、爺さんと渡り合っている。
議論し意見を提案し合い、なんらかの答えを求めてその知性を炸裂させていて……見るからに幼い雛がそうしていることへの違和感など最早どうでも良く、スーリオは頭痛の余りに倒れそうになってしまう。
と、そこでディアスは若者との会話を止めてスーリオの存在に気付き、挨拶しようとなんとも良い笑顔で駆け寄ってくる。
それを受けて抱えていた頭痛の原因を解決することを諦めることになったスーリオは、初志貫徹……自分のすべきことをしようと思考を切り替え、自らに与えられた任務をこなすために、駆け寄ってくるディアス……メーアバダル公へと精一杯の敬意を込めた礼をするのだった。




