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領民0人スタートの辺境領主様  作者: ふーろう/風楼
第十六章 新たな春風
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世代交代の波 その2


――――一方その頃 王都で



 メーアバダル領各地がドラゴンに襲撃されていた頃、王都でもドラゴンによる襲撃が発生していた。


 一体どういう意図での襲撃だったのか……これもまた遠回しなディアスへの攻撃だったのか、それとも別の意図があったのか、とにかくドラゴンの襲撃などまず起こらない南部にあった王都ではかなりの混乱が発生してしまっていた。


 ……が、仮にも王都、いざという時の備えは十分にしてあり、対ドラゴンを想定しての兵器も多数用意してあり、王都に住まう民達が混乱の中にあるような状況であっても兵士達はしっかりと自分の仕事をこなしていき……襲来したドラゴン達を着々と討ち取っていった。


 第一王子リチャードが指揮を執り、騎士団を含めた王城の全戦力でもって事に当たり、民の避難や救護も完璧な形で行われ……メーアバダル領や、以前各地で起きたアースドラゴン襲来の報告書をしっかりと読み込んでいたリチャードは、誰もが驚く見事な手腕を見せて、他の誰にも真似出来ないだろう戦果を積み上げていった。


 この事態にあって全戦力を投じるのは当然の判断であったと言えるが……若きリチャードは、その隙を狙う者がいるということにまでは頭が回っていなかった。

 

 この時王城では一つの事件が起きていた。


 王の暗殺未遂。


 果たして誰が黒幕なのか、何を目的として命じたのか、誰にも分からないそれは、王の忠臣達の命を奪うという凄惨な結果をもたらしてしまった。


 忠臣達に守られながら王は、剣を振るっての抵抗をし、兵士に化けた暗殺者達を見事返り討ちにした……が、忠臣達を失った絶望は深く、その心を折るには十分だった。


 そして王は後悔する、息子の成長を見届けようなどと思うべきではなかったと、当初の計画通り冬のうちに逃げるべきだったと……。


 驚く程の成長をし、見事な手腕を振るう息子の姿を見たくて逃亡計画を先送りにした結果がこれ、忠臣達の命を徒に失ってしまったことを深く深く悔いた王は、忠臣達に同じくらい深い謝罪をしてから、王冠と王錫と、王としての何もかもを脱ぎ捨てて逃げ出すことを決意する。


 メーア布の服に上等の革靴を、メーア布のクロークでもって包み駆け出し……普通の状況であればそんなことまず成功しないのだが、王都は混乱の中にあり、王が十分過ぎる準備をしていたこともあって成功してしまう。


 王城を出て、王都を出て、街道を進む中で混乱の中で飼い主の下から逃げ出したらしいヤギを一頭、伴として連れることにし、港へ向かい……そして真夜中に港へと到着し、持ち出した僅かな金貨を港の管理者へと手渡し……管理者が用意しておいてくれた船へと乗り込む。


 立派な船と言って良いそれには、いつでも逃げられるようある程度の保存食が積み込まれていたが、水はなく船員もなく、他にも色々なものを積み込む必要があり……王一人ではどうにも出来ない状況にあり、船に乗り込んでようやく冷静になった王は、そこで自分の失態に気付く。


 一体こんな状況の船でどうやって旅立てば良いのやら……金貨はもう支払いに使ってしまったし……。


 逃亡もここまでかと絶望し、手にしていた杖代わりの木の枝で甲板を叩きに叩き、絶望の声でもって言葉にならない言葉で嘆く。


 するとヤギまでが悲しそうに鳴き声を上げ始め、それに同調するかのように船の周囲で不思議な水音がし始める。


 波の音ではない、魚が跳ねているような音にも思えない、一体何が起きたのやらと王は、音のする方へと足を向け……手にしていたランタンをぐいと差し出し、暗い海面をどうにか覗き込もうとする。


 すると海面から何かの顔がぬっと現れる。


 まるで魚のようで大きな口からは鋭い牙が見えていて……ランタンの頼りない灯りが半端に照らすものだから、どうしても恐ろしく見えてしまう何か。


「静かな夜の海で何をそんなに嘆いているのか?」


 と、声をかけてきたそれは化け物と言っても差し支えのない見た目であったが、少し前に殺されかけたからか、不思議と恐怖を感じることのなかった王は、


「己の不甲斐なさを嘆いている……貴殿は何者か?」


 と、語りかける。


 するとそれは自分達はゴブリンであると名乗り……王の方こそ何者かと尋ねてくる。


 この国の王であると答えられるはずもなく王は、少し悩みに悩んでから……、


「友人に会いに行こうかと思ってここに来たが、何もかも準備不足で絶望している愚か者よ」


 と、返す。


 するとそれは王に同情したのか何なのか、


「どこの誰に会いたいのだ?」


 と、返してくる。


 またも悩んだ王は……ここで嘘を言っても仕方ないと正直に目的を口にする。


「西の果てに住まうメーアバダル公、我が友の下に向かいたいのだ」


 すると……それはぐいっと顔を上げ、その目を輝かせ、なんとも楽しそうな声を上げる。


「なんと! まさかこんな東の果てで、名高き公の名前を聞くことになるとは!

 我らの同胞を篤く迎えてくれた公の友であれば我らの友よ! これだけの大きさとなると曳くには難儀するが……まぁ、無理ではあるまい。

 水や食料も途中で調達出来るだろうし……全て我らに任せておくと良い。

 あっという間に公の下へと送り届けてくれよう!」


 それは王が予想もしていない言葉だった。


 直後それは錨に繋がっていたロープをよじ登って船上へとやってきて……王が目を丸くする中、係留していたロープを勝手にほどくなり手にしていた槍でもって切断するなりし、それらを海に放り投げた上で、錨に繋がれていたロープまでをも切断してしまう。


 するとそれらのロープを海にいたそれの仲間が掴み、引く形で泳ぎ始め……船尾で船を押している者もいるのか、船尾の方から激しい水音が聞こえてきて……そして驚くことに船がかなりの速度で海上を進み始めてしまう。


 港からそれを見ていた管理者は目を丸くし何も言えず、ヤギは突然のことに驚き震え……そして王は、あまりの出来事の連続に自らが冒険譚の主人公となったことを確信し、目を見開き輝かせ、そして木の枝を振り上げ声を張り上げる。


「いざ行かん、大海を貫く冒険へ!!」


 それは海から現れた者にとって好ましい発言だったようで、それは「ギャッハッハッハ!!」と笑ってから、王を真似て槍を振り上げ……そして王の友であるかのように、


「冒険へ!!!」


 と、弾む声を張り上げるのだった。





 そうやって始まった王の船旅は、驚きと不思議な体験に満ちていた。


 まず風の方向、強さに左右されないというのが驚きだった。


 人力と言って良いのか……船を引いて押すというまさかの発想は、予想以上に力強く、海の中に無尽蔵とも思える交代要員がいるために、速度が落ちることもない。


 そして水や食料。


 どこから持ってくるのか次々樽が運ばれてきて、真水は使い放題の飲み放題、食料も豊富で……特に新鮮な魚介類と野菜には驚かされた。


 ゴブリン達が捕まえ処理してくれる魚介類は、生でも食べることが出来る上に驚く程に美味しく……焼いても当然のように美味い。


 塩も砂糖も香辛料もゴブリン達が用意してくれるので好きなように味付けすることが出来て……魚介類だらけの食事だとしても飽きることはないだろう。


 樽に詰められた野菜は、収穫したてといったような様子で、特にニンジンが美味しく……ゴブリン達もまたそのニンジンを好物としているようだった。


「このニンジンはメーアバダルの名産品と言っても差し支えないだろう』


 と、ゴブリン達はそんなことを言っていて……あの草原ではいつの間にやらニンジンが大量に収穫出来るようになっているらしいと、王は感心するやら驚くやらだった。


 そのニンジンは水でしっかり洗えば生で食べることも出来て、甘く美味しく……甲板でヤギと一緒にニンジンを齧りながら海を眺めていると……またも王を驚かせる光景が視界に入り込む。


 それは驚く程に大きいイカダだった。


 何本もの大木をロープで固定し、イカダとして仕上げたそれには積荷も乗員もなく、だというのに何故か何人かのゴブリン達が懸命に曳いていて……一体全体何のためにあんなイカダを作り、曳いているのかと王が首を傾げていると、船上のゴブリンがその答えを教えてくれる。


「あれは木材だ、メーアバダル公に春には届けると約束したものでな……海の向こうで伐採したものをメーアバダル草原まで運んでいるのだ。

 ……公が用意してくれたメーア鋼の伐採道具は優秀でな……あのような大木でもあっさりと伐り倒すことが出来るのだ」


 そのまさかの発言を受けて更に驚くことになった王は……色々と聞きたいことがありながらも、まずはしなければならない助言をと口を開く。


「もしその伐採地が島であるなら、伐採のしすぎには気を払うように。

 島の中には木々の根が支えているものがあり、伐採が過ぎると島そのものが波にさらわれ縮小なり消失してしまうのだ」


「……なんと、それは金言だ。

 すぐに一族に共有しよう……あれは別の大陸の木材だが、追々島の木材にも手を付けるつもりだったのでな」


 この発言にまたも驚かされる。


 別の大陸……この世界には別の大陸がやはり存在していたのか、建国王の残した記録には確かにそう記されていたが……と、王は段々と驚くという感情に慣れ始めていることに気付く。


 最初の頃よりは心臓が跳ねることがない、興奮も段々と小さくなっている……いや、それでも城にいた日々よりは興奮しているのだが、どこか落ち着いている部分もある。


 まぁ、これ以上に驚かされるようなことはないだろう、メーアバダル公と再会出来たならまた別の興奮はあるかもしれないが……と、そんなことを考えてニンジンを齧りながらの船旅に意識を戻していった。


 ……が、数日後に王は、より大きく愉快な驚きを味わうことになる。


 その驚きはメーアバダル草原からやってきたという、ゴブリンの若者からもたらされた。


 若者によると、王が王都を脱出したのとほぼ同時期、メーアバダル草原もドラゴン達の襲撃を受けていたそうだ。


 その総数は数え切れない程で、話を聞いたゴブリン達は草原は無事かと泡を食ったがすぐに若者が、被害はほとんどなく、草原はいつも通りの日々を享受しているとの報告をする。


 そうやって一同が安堵する中、若者は更に言葉を続け……メーアバダル草原ではある建物が作られようとしていて、そのための木材を欲しているため、更に多くの木材を運んでやるべきだと、そんな報告をし始める。


「それは一体どんな建物なのか?」


 話を聞いていた王が好奇心に突き動かされるままに割り込み、そう問いかけると若者が本当にとんでもない、愉快な答えを返してくる。


「うむ……なんでもメーアバダル草原だけでなく他の街でもドラゴンの襲撃があった人間の王国では、ドラゴン素材の価値が下がりつつあるらしくてな……下手に売らない方が良いだろうとのことで、持て余しているドラゴンの素材を領内で活用しようとしているそうなんだ。

 ……そこでかの草原に住まう犬人族から提案が上がり、公が快くそれを許可したことにより建築が始まったのだ。

 ……それがどんな建物かと言うと、アースドラゴンの甲羅を屋根にした、ドラゴン素材の家だ」


「は?」


「ん?」


「なんと!?」


 ゴブリン達に続いて、王までがそんな声を上げてしまう。


 それを受けて若者は、驚くのも分かると頷いてから言葉を続ける。


「獲物の素材を使った家に住まうというのは、犬人族にとってはかなり好ましいことらしい。

 それでいて甲羅はゴツゴツとして登り甲斐があり、また噛んでも心地がよく、牙の疼きを落ち着かせるのに程よいのだとか。

 ……まさかそれだけのためにドラゴン素材を屋根にするなんて馬鹿げた話があるかと驚いたのだが、メーアバダル公はいつも頑張ってくれているからと笑って許してしまわれてなぁ……ヒューバート殿が白目を向いて気絶しかけていたのが、なんとも印象的であった。

 それと奥方が防火になるからと、竈場にドラゴン素材をと声を上げられていてな、それもメーアバダル公が了承したことにより、近々改築が始まるそうだ」


 その言葉を受けて王は驚きながらなんとも愉快な気分となり笑い出す。


「ふっはっはっはっはっは!」


 するとゴブリン達も笑いだし……ギャッハッハという声が船上や海から響いてきて、ヤギまでがそれに混ざろうと声を上げる。


 そうしてなんとも賑やかな空気に包まれた船は、西へ西へと突き進み続け……数日後に荒野を貫く大入江へと到着するのだった。


 


お読みいただきありがとうございました。


次回はディアス視点に戻ってのあれこれです

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― 新着の感想 ―
ちゃんと譲位してきたんですよね? せめて書状か何かでも置いてて貰わないと、例え皇太子が継いだとしても簒奪とか言われて争いが起きたり、まだ王位が移ってない可能性も有り得るぞ
NEW! 内政の天才(王様) が加わった! NEW! ノリの良いヤギ が加わった!
忠臣たちは残念でしたが、このお話はワクワクして凄く好きですねー
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