新年を迎えて
春の到来を祝う新年の宴の翌日から、イルク村の空気がガラリと変わっていった。
まぁ、春が来たのだから多少はそうなるものなのだけど、今年は特別で……一番大きな変化となったのはガチョウ関係だろうか。
宴でふるまわれたガチョウの丸焼き……その味は本当に美味しいもので、予想していたよりも何倍も、驚く程に美味しくて……それだけ美味しい理由をチルチ婆さんが、
『皆がよく世話してくれたおかげだよ、優しく丁寧に世話をしてあげれば、お肉でも卵でもミルクでもなんでも美味しくなるものなのよ』
と、説明したことで皆の……特に家畜の世話をしているシェップ氏族やアイセター氏族の意識が見て分かるくらいに変わっていた。
元々真面目で丁寧な世話をしてくれていたのだけど、一段と丁寧に……優しく世話をするようになっていて、ガチョウだけでなく白ギーもラクダもヤギ、ロバも馬も皆が心地よさそうにしている。
春となって柔らかな新芽が食べられるというのもあるのだろうけど、それ以上に世話の丁寧さが変化したことを喜んでいるようで……結果として家畜達もよく働いてくれるようになった。
馬達は懸命にプラウを挽いてくれているし、ハルジャ種達は荷物の運搬を力強く頑張ってくれている。
特に最近は洞人族達があれこれと工作をしていて……重かったり大きかったりする品をどんどん作っているので、それらを運んでくれるハルジャ種の活躍はかなりのものだ。
西へ東へ、荒野にも色々な品を運んでいて……鷹人族の話によるとその荒野にもかなりの変化が起きているらしい。
新たな水源が出来て、草原からも雪解け水が流れ込んで……そしてセナイ達が蒔いた種が芽を出し始めた。
まだまだ小さく弱々しい草ばかりだそうだが、確実に水源の周囲に緑が広がっていて……夏になる頃には、かなりの量の草花が生えるだろうとのことだ。
水と草があるとなったら、馬やラクダでの行き来がかなり楽になるはずで、荒野の南にある入江までの距離がぐっと縮まるはずで……そうなればゴブリン達との交流も今まで以上に活発となるはずだ。
荒野にはセナイ達が色々な苗木も植えていて……それらが育てば、荒野も様々な生き物が暮らす土地になるかもしれないなぁ。
苗木と言えばセナイ達が自分達で管理する畑で育てていた苗木も、各地で少しずつだが大きくなっている。
イルク村のあちこちだったり、森の中だったり、西関所の周囲だったりと、セナイ達はあちこちに苗木を植えていて……まだまだ実が成る程ではないが、来年か再来年には小さな実が成ってくれそうだ。
そして苗木畑は今後、西関所に移されるそうで……セナイ達が言うには、イルク村よりも西関所の方が苗木を育てるのに向いているらしい。
森の中の方が良いのでは? なんてことも思ったが、森は森で色々畑を作っていて、これ以上は手が回らなくなるんだとか。
まぁ、畑や苗木のことはセナイ達に任せるのが一番だし、2人の好きにさせておくとしよう。
畑などの世話をしながらもしっかり貴族としての勉強もしていて、アルナーの手伝いもしていて、その上で暇さえあれば幼い子供達とも遊んでいて……全く文句の付け所がなく、私からあれこれと言うことは全くと言って良い程に無くなった。
まだまだ成人には遠い年齢だけども、自立し始めているのは確かなのだろうなぁ。
そんな風に色々なことが変わる中……正式に騎士となったクラウスとアルハルにも変化が訪れていた。
まずナルバントとオーミュンが動き出した。
「クラウス! お主が今使っている鎧を、より騎士らしい鎧に仕立ててやるからしばらくイルク村に残っておれ!」
と、ナルバント。
「アルハルちゃん、女性らしく騎士らしく、そしてニャーヂェン族らしい鎧を一緒に考えましょうね」
と、オーミュン。
そう言ってナルバント達は村にある工房でクラウス達のための騎士らしい鎧作りを始めて……クラウス達はそれに付き合いながら、ダレル夫人による騎士としての教育も受けていくそうだ。
……騎士としての教育に関してはダレル夫人も多少の知識があるだけで専門ではないのだけど、それでも礼儀作法や伝統についてのあれこれは教えることが出来るし、やらないよりは……ということらしい。
鎧作りに関しては、クラウスはすでに使っているものを改良したら良いだけなので、そこまでの手間も時間もかからないそうだが、アルハルの場合は一から作る必要があり……それでいてアルハルの柔軟かつ身軽な戦い方を活かせる形にしなければならないので、それなりの手間と時間が必要になってくるようだ。
……身軽な鎧と言うと、やっぱりトンボの素材だろうか?
空を舞い飛ぶサーヒィが使っている鎧は、紙かと思う程に軽く、それでいてとても硬い素材で作られている。
トンボ……いや、ウィンドドラゴンの甲殻はアルハルの装備としても活躍してくれるはず……だが、手に入れようと思って手に入るものでもないのが悩ましい所だ。
都合よくやって来てくれたら……なんて考えも一瞬頭をよぎるが、連中は空を飛ぶ上に、数が多くて素早い厄介な存在だ。
本当にやって来て誰かが被害に遭ったらと思うと、とてもではないがそんなことを願う訳にはいかない。
オーミュンが何か良い案を思いついてくれると良いのだが……と、そんなことを考えながら広場でフランシス達のブラッシングをしていると、ニコニコ笑顔のアルナーがこちらへとやってくるのが見える。
両手を後ろに回し、何を持っているのか隠している……つもりのようだが、その大きさから隠れきれておらず、どうやらアルナーは大弓を持ってきたようだ。
アルナー達、鬼人族が使う弓は小さなものがほとんどで……それなりに力の強いゾルグの弓でも、戦争の際に見たどの弓よりも小さなものとなっている。
だと言うのにアルナーが隠し持っているそれはかなりの大きさで……一体何の弓なのだろうか? と、訝しがっていると目の前までやってきたアルナーが笑顔のまま声をかけてくる。
「ディアス、これは新年の贈り物だ、受け取って欲しい」
「……それは嬉しいよ、ありがとう、アルナー」
何故私に弓を? 鬼人族が使っているものとは違う大弓を? など、疑問は色々あったが贈り物を用意してくれたことは素直に嬉しく、ブラッシングの手を一旦止めた私は、アルナーが差し出してきた大弓を受け取り、試しに弦を引こうとする。
……が、中々引けない、かなり力を入れてようやくどうにかという感じで、両手に全力を込めて左右に無理矢理引くことでどうにか弦を引き切ることが出来た。
「それはディアス用にと私が作った弓だ。
ディアスは弓が苦手で扱えないと言っていたが、投斧の練習を見る限り狙いをつける感覚は悪くないように見えた。
狙いがつけられるのなら弓も扱えるはず……だが、別の機会に力を入れすぎて壊してしまったことがあるとも言っていたのを思い出してな、ナルバント達にも手伝ってもらいながら、ドラゴンの素材を使って壊れない大弓に仕上げてみたんだ。
その弓で今から練習したなら……達人は難しくても普通に上手いくらいの腕前にはなれるはず、そうしたら私と一緒に騎乗狩りに行くことも出来るはずだ。
……どうだ? 気に入ったか?」
いつの間に作っていたのか……まぁ、暇を見つけてコツコツということなのだろう。
そして何故いきなり弓を、という疑問の答えは……アルナーが言った通り、一緒に狩りに行きたかったから、なのだろうなぁ。
「ありがとう、アルナー、凄く気に入ったが……弦が硬いから、慣れるまで時間が必要になるかもな。
……硬すぎて引くことは出来ても、構えることが難しそうだ」
と、そう言いながら私がもう一度弦を引こうとするとアルナーは、私の背後に回り込み、
「引く時は一気に、さっと引くんだ、じわじわ力を込めても手が痛くなるだけだ。
それと弦を離したりするなよ、弦が強すぎて指の皮が弾けるかもしれない、これを放つ時には弓がけを使うようにしないとだな」
と、そう言いながら弦の引き方と弓の構え方についてを私の手を取りながら教えてくれて……それから私はしばらくの間、アルナーから弓に関するあれこれと教わるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、ディアスとアルナーのあれこれやら、その頃あの女性は……の予定です




