割符
アルナーとネハが作ってくれた美味しい朝食をたっぷりと食べて、その後の片付けやら身支度やらを終えて……私達は持ち歩きやすいように取っ手がつけられた柵を持って、子供達がやってくるのを待っていた。
その柵は子供達の進路を制限するためのもので……何人かの犬人族達と鬼人族の女性と、たまたま通りがかった洞人族やゴブリン達と共に持って構えていると、そこに元気な……元気すぎる子供達の声が飛び込んでくる。
「ミァミァミァ~~!」
「わぅ~~、わっは~~~!!」
「ミァミァ~ミァ~~!!」
この冬生まれたばかりの子メーア達と、犬人族の子供達。
日に日に成長し、あちこちを駆け回れるようになり……村の中を元気いっぱい駆け回り、去年よりも数が多いことから、大人達で制御しきるのが難しく……仕方ないので移動の際には追いかけっこという形を取ることが多い。
母メーアから授乳することになるメーアの餌場からユルトまでとか、白湯や岩塩、砂糖などをもらえる竈場からブラッシングしてもらえる厩舎までとか、子供達を一斉に移動させる際には大人達が追いかけっこを子供達に仕掛ける。
そうして元気いっぱいに駆け始めた子供達を、私達が持っている柵でもって行き先を制限することで、目的地へと誘導していく……という感じだ。
満面の笑みで手足を懸命に動かして、体に眠る体力の全てを動員しての追いかけっこ。
子供というのは自分の体力の限界を知らないというか、体力が尽き果てるまで全力で動き回ることがあり、私達の近くには婦人会の面々が待機していて……体力が尽きてコロンと転がって寝始めてしまった子がいたら、すぐ駆け寄り回収し、昼寝用のユルトへと運んでいく。
その光景はなんとも微笑ましく、幸せなものだった。
これだけの数の子供達がいる、未来のイルク村を支える元気の塊が笑っている。
思わず頬が緩み、温かい気分になり……と、そこで1人の犬人族の子供が転んでしまう。
皆で楽しく駆けていたのに転んでしまって、涙ぐんで声を上げそうになったその時、長い鼻がにゅっと伸びて子供を拾い上げ……そして鼻の持ち主は子供を優しく抱え、よしよしとその頭を撫で回す。
「よしよし、良い子良い子。
……泣かないで泣かないで、泣かないで我慢できたら美味しいお菓子をあげるから」
そうして鼻の主が歌のようにも聞こえる優しい声を上げると、子供は泣き出しそうだった所をぐっとこらえて我慢をし……それを見て鼻の主であるネハがにっこりと笑うと、それに釣れられて笑顔となって、それからもう一度地面に降り立って、ネハに「ありがと!」と礼を言ってから皆に追いつくべく、元気に駆けていく。
「は~……子供っていうのはどうしてこんなにも愛らしいのでしょうね。
エルダンちゃんが幼かった頃を思い出してしまって……はぁ~、心があったかくなるわねぇ」
それを見送り、頬に手を上げながらそんな声を上げるネハ。
「確かにな……子供達のためなら多少大変な仕事でも頑張れてしまうからなぁ。
あの愛らしさに勝てるものはないのだろうな」
私がそう言葉を返すとネハは、うんうんと頷いて……それからハッとした表情となって、こちらに向き直り口を開く。
「そう言えばメーアバダル公、大事なお話があるのを忘れておりました。
……以前こちらにお邪魔したことのある2人……スーリオとグリンについてのお話でございます」
「ああ、あの2人か……元気にしているのか?」
獅子人族のスーリオと猪人族のグリン。
どちらも別々の機会で私に突っかかってきた獣人で……それぞれ色々なことを経験して成長し、今は隣領で励んでいるとかなんとか。
スーリオはネハの下で修行をしていて、グリンは神官を目指して修行をしている……だったかな?
「えぇ、とても元気にしておりまして……とりあえずスーリオは学ぶべきを学び終えて外に出しても恥ずかしくない人物に育ちました。
グリンは……まだまだ目が離せませんが、以前よりは落ち着きまして、どうにか人前に出せないこともない状態になっております。
……そしてグリンはまたこちらに、特に大メーア神殿に足を運ぶことを強く希望しておりまして……他にも何人か、こちらに行ってみたいと声を上げている者がおります。
そこでアタクシ考えたのですが、グリンに礼拝者達のまとめ役を、スーリオにはその全体の護衛と監督役を任せてみようかと思うのです。
グリンだけでは不安が残りますが、こちらでの生活の経験もあり、教育を終えたスーリオであれば任せられるはずで……今後、こちらとそちらの交流の良いまとめ役になってくれたらなと期待しております。
……こちらの法を守らない者が出た際にも、スーリオであれば断固とした処罰を出来るはずで、メーアバダル公さえ良ければそうしたいと思うのですが……」
「おお、そうだったのか。
スーリオなら問題なく任せられるだろうし……グリンもまぁ、神殿のためにというのなら歓迎したいと思う。
しかしそうすると……スーリオには割符の一つでも渡しておいた方が良いかもしれないな。
それがあれば関所の通過が楽になるような……そういった物も今後必要になるだろうと、少し前に皆で話し合って作り方も決めてあるんだ。
えぇっと……フランシス、エリー! 来てくれないか!!」
と、私がそう声を上げると、私の言葉を遠方に伝えるためか、近くにいた犬人族が遠吠えをしてくれて……それに返事をするかのようにどこかから遠吠えが帰ってきて、それに続いて「メァ~~~!」と、フランシスの声が帰ってくる。
「はいはいはい、どうしたの? お父様?」
そして酒場の方からエリーもやってきてくれて、私が事情をエリーに伝えるとエリーは自分のユルトへと道具を取りに行き……そしてフランシスがふんすふんすと鼻息荒くこちらにやってくる。
「メァ~~、メァメァ? メァ~」
なんだ、仕事か? なんでも任せておけ。
と、そんなことを言っているらしいフランシスに事情を説明するとフランシスは満面の笑みで頷いてくれて……ネハがきょとんとする中、作業が進んでいく。
まず私が、事前に用意しておいた割符用の板を持ってくる。
それは洞人族達が加工してくれたもので……鉄枠に囲んだ上で二つに切り分けられた木の板、といったような物になっていて、それを地面に置いたならまず私の印章でもってしっかりと印を押す。
たっぷりインクを使って、それでいてインクが飛び散らないように気をつけながら押し込み……それが終わったならエリーが持ってきてくれたインクのような塗料をフランシスの鼻に塗りたくっていく。
それは正確に言うなら塗料ではなく化粧品なんだそうだ。
エリーが開発した肌に塗っても問題のない、黒色の化粧品だとかで……それをたっぷり塗ったなら割符へとぐっと、フランシスの鼻を押し付けてもらう。
するとフランシスの鼻の模様と形がくっきりと割符に写り……ついでとばかりに、フランシスの蹄の一部も同じようにして割符に押し付けられる。
それらが終わったなら化粧を丁寧に拭き取ってやって……すっきり綺麗になったならフランシスの仕事は終了、礼の言葉をかけながら撫で回してやる。
ネハは私達のそんな作業をぽかんとした顔で見つめていて……私はフランシスを撫で回しながら、何をしていたのかを説明していく。
「なんでもメーアの鼻の模様は、個々で違うらしく、親子兄弟であっても似たものにはならないんだそうだ。
フランシスの模様はフランシスだけのもので……あとはクラウスの元に割符の片方とフランシスの鼻の模様の写しを渡しておけば、偽造不可能の割符が出来上がりという訳だ。
まぁー……スーリオなら顔馴染みだし、割符なんか無くても通してやっても良いと思うのだけども、皆が言うにはそういうのはあまり良くないんだそうだ。
……特に関所という、他所の目のある場所ではしっかりと手続きをすることが重要だとかで、そのためのものだと思って欲しい。
エルダンやネハのような貴族相手には必要ないそうだから、作りはしないが欲しければ記念品として作るから、遠慮なく言ってくれ。
あとはこれを洞人族に渡して、インクが落ちないように薬品を塗ってもらって乾燥させたら完成になるから、完成品を渡すのはー……多分明日以降になると思う」
ダレル夫人の提案をきっかけに作ることになった割符の第一号を持ち上げながら、私がそんなことを言うとネハは、目を丸くしながらもこくりと頷いて……
「メーアバダル公のお気遣い、まことに嬉しく感謝の至りでございます。
スーリオにはその割符を預けてくださった公の善意を裏切らぬようにと、よく言いつけておきます。
……公のような素敵な隣人に恵まれたこともきっと大メーア様の導き、後で神殿に向かい、この感謝の想いをお伝えする必要もありそうですね」
と、そう言ってから割符作りに協力してくれたフランシスを労うためか、しゃがみこんでからそっと手を伸ばし、目を細めるフランシスの頭をそっと、優しく撫でてくれるのだった。




