驚きと贈り物
――――関所の歩廊から、関所全体を見回しながら ライキリ
ライキリ達にとって、この関所の日々は驚きに満ちていた。
まず歓迎の規模がおかしかった。
余計な騒動があったとは言え、ライキリ達は公的な客人であり、歓迎するのは当然のことなのだが、それにしても規模がおかしかった。
今は冬、どこも食料が不足する時期なのに驚く程に豪勢な食事が用意されて……特に獣肉の量が凄まじかった。
『折角客人がいるのだから、ちょっと狩りにいってくる』
と、公爵自ら狩りに出て山程の獣を狩ってきて、その肉をたっぷりの香辛料で味付けし、甘く辛く酸っぱく、獣人国では食べられない味に整えた料理が並んだ。
獣人国において香辛料は貴重品だ、茶碗1杯分で金貨銀貨が飛び交う程だ。
だと言うのにメーアバダル領では茶碗2杯3杯の香辛料が毎食使用されていて……そしてそれを自慢する様子すらない。
それどころかちょっと寒いから体を温めるために舐めようとか、茶の味に飽きたから付け足そうとか、体調が悪い者への薬としても使われていて……ここでは香辛料がただの日用品でしかなかったのだ。
ここまで豪勢な食事を出されてしまうと、ライキリ達としては恐縮してしまうばかりなのだが、それが毎食となるともう何も言えず……ただただ驚きの感情を抱くことしか出来なかった。
そして狩り。
獣人国において狩りは貴族の嗜みだ、ライキリやライマルも良い季節になったなら暇を見つけては狩りに出かけている。
良い獣が狩れたならその肉を家臣や領民に振る舞い……その肉を切り分ける様こそが貴族らしい姿とされていた。
そんな訳でライキリ達は自分達も狩りをしたいと、少しは獣人国貴族らしい姿を見せたいとメーアバダル公爵の狩りに同行したのだが……その狩りはライキリ達が知っている狩りとは違っていた、違いすぎていた。
まず追い立て役を使わない、普通は聴覚嗅覚に優れた獣人が獣を追い回し追い立てるのだが、公爵は自らに不思議な薬を振りまき、自らを囮として獣を集めてしまう。
そして弓を使わない、遠距離から狙い射ることもせず、その戦斧でもって真正面から打ち合うことを良しとし、猛然と迫りくる野生の獣達の中、自らの命などどうでも良いといった様で……武人らしいと言えば武人らしいが、あまりにも野蛮に過ぎる狩り方だった。
当然のように力で野生の獣に打ち勝ち、怪我一つすることなく数十体を狩り、十分な数を狩ったならその威容でもって野生の獣を追い払い……まるで武神を見ているかのようですらあった。
狩りの途中モンスターが現れても驚くことなくあっさりと討伐し、気にした様子もなく狩りを続けて……ライキリ達は貴族らしい姿を見せるどころか、ただただ唖然とするしかなかった。
そんな公爵の分け隔てなさにも驚かされた。
公爵には獣人に対する隔意がなかった、微塵もなかった。
小さな体の犬人族達……その全てと友人家族であるかのように接し、小さな鼠人族や敵国出身の猫人族に我が子を預け、鳥人族や魚人族にも普通に接する。
姿形が違おうが、生活様式が違おうが気にした様子は一切なく……そんな態度は獣人国の者達にも向けられた。
流石に罪人には厳しい態度を向けていたが、それ以外の……ライキリ達の部下にも賓客のように接し……ただの平民には丁寧過ぎるくらい丁寧に接してくれていた。
その後やってきたフロッグマンとはまるで親友のように接し、護衛達まで歓迎をし、やはり香辛料をたっぷり使った馳走を振る舞い……一切の対価は求めない。
そこにあるのはただただ純粋な善意だけだった。
迷惑をかけられたことなど綺麗に忘れて、客人は歓迎するものだと歓迎することしか頭にない。
裏があるのではないか、何か罠にかけようとしているのではないかと、疑う方が馬鹿らしくなるくらいには善意の塊だった。
逆に言えば甘すぎるくらいに甘い、良いカモだったのだが……それを利用しようとしないペイジン商会にも驚かされた。
騙そうと思えば騙せるはず、いくらでも利を得ようと思えば得られるはず。
そうしてこそ商人であるはずなのに……一切そんな様子はなく、それどころか今回の詫びだと山程の贈り物をただ贈るだけ。
いくらペイジン商会が善良な商会だと言え明らかに常軌を逸していて、そこで浮かんだ疑問をライキリは、ペイジン商会代表としてやってきていたペイジン・ドにぶつけることにした。
すると……、
『あっしも最初はそうしようとしたんども、長い付き合いでそれは悪手であると学んだでん。
ディアスどんは純粋アマちゃん、お綺麗過ぎて鏡のようなお人、鏡らしく善意には善意を、悪意には悪意を返す人でん。
だんから騙して小銭を稼ぐなんての下策も下策、そんなんよりも今回の件で獣人国へ隔意を持たないよう、お詫びするのが優先でん。
そうしておいたらディアスどんはすーぐに大きな利で返してくれるでんは、最近のペイジン商会の好調っぷりを見ていただければ分かると思うでん。
……そいと、どーいう訳か、嘘は余さず見抜かれるってのも長い付き合いで学んだでん。
だんから忠告でん、ディアスどん達と話す時は騙すんも変に裏をかこうとすんのも駄目、変なことは考えんで余計なことはせんで絶対に嘘を言わんようにするでん、そうしたらディアスどんは怖いくらいに仲良うしようとしてくれて、全幅の信頼を寄せてくれるでん』
なんて言葉が返ってきた。
まさかそんなことがある訳がないと、最初は信じられなかったが、試しにその言葉の通りにしてみたら、まず奥方の態度が柔らかくなり、ただでさえ豪華だった食事が更に豪華になり、そして公爵の態度も柔らかくなり……他の者達の態度も明らかな程に変化していった。
訳が分からなかった、ライキリ達からすると何もかもが異常に思えて別世界にいるかのような気分だった。
……だけどもそれは決して悪い気分ではなく、獣人国から役人達が来るまでの間、ライキリとライマルは、言葉にどう表したら良いかも分からない柔らかい世界を堪能することになる。
歩廊から見下ろす城壁の中の世界、不意の悪意がない世界、誰もが笑っている世界。
そこを眺めることはなんとも言えずいい気分となり……それからライキリは暇を見つけては歩廊に……歩廊のうちの許された範囲を歩くようになるのだった。
――――関所内部、獣人国側入口に積み上がったたくさんの荷物を眺めながら ディアス
「……うぅん、いや、ペイジンからもらうのは筋が違うような気がするのだが……?」
今回の件を聞きつけてか、お詫びということで山程の贈り物を持ってやってきたペイジン・ド。
盗賊達やその関係者ならまだしも、ペイジン達から詫びの品を貰うのは何か違う気がして、私がそう言うと、隣に立ってその手をこれでもかと揉みまくったペイジン・ドが、なんとも良い笑顔で言葉を返してくる。
「今回のこいはあっしらからと言うよりは、獣人国からと思って欲しいでん。
あっしらが代理としてお渡ししているだけで、費用はしっかりお国に払ってもらうつもりでん。
そして当然お国はそれを連中から回収しようとするでんからお気にならさず。
そいにこんな連中のために薪やら食料やら使ってもらっとるでん? 冬の中そこまでさせて対価を払わんでは、それこそ筋が通らないってものだでん」
そう言いながら手を揉むのを加速させていくペイジン・ド。
その表情に一切の悪意はなく、本当の好意でそう言ってくれているようだ。
そういうことならと目録を受け取ると、ペイジンの言葉を証明するかのように食料の名前がズラリと書かれている。
食料の下には獣人国の酒や調味料が書かれていて、布に紙なんかもあるようで……そして結構な量の金貨とも書かれている。
更には本や美術品がかなりの量あるようで……特に美術品の多さが目立つ。
「……私の絵画まであるのか?」
その中には私の絵画までがあるようで……目録を眺めながら問いかけると、ペイジン・ドは嬉しそうに言葉を返してくる。
「そいはうちの子のドシラドから話を聞いた先生……色々教えてくだすってる画家さんが描いてくれたものだでん。
題して空の英雄……黄金の衣をまとったディアスどんが、ドラゴンを素手で締め上げている、中々迫力のある一枚だでん」
「す、素手で……? 私も流石に素手では無理だと思うがなぁ……」
「まぁ、そこは絵画だでん、絵としての完成度を優先したっちゅうことだと思いますでん。
他にも彫像や、ちょっとした飾りやら何やら、質の良いものまで揃えさせていただきましたでん」
「なる……ほど。
……この美術品の剣というのはどんなものなんだ? 結構な量があるようだが……」
「それらは美術品ですけん、獣人国の剣はその美しさから武器よりも美術品としての価値があるとされておりまして……決して武器を密輸した訳じゃないけん、そこんとこよろしくお願いしますでん。
ディアスどん達とはこれからも末永く仲ようしたいですけん、ディアスどん達がいつまでも壮健であるよう、祈りと共に送らせて頂いた品ですでん」
なんてことを言ってくる。
その言葉に私は何と返したものかと悩んでしまうが……好意を受け取らないのも問題だとダレル夫人に散々言われているし……仕方ないかと頷いた私は、目録を懐にしまった上で、ペイジン・ドに感謝の言葉を送るのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は今章エピローグ……をやれたらいいなぁと思ってます




