過日、丘陵地帯の逆転劇 その5
――――陣地で出撃の準備をしながら ディアス
後方での鍛錬を終えて陣地に合流し……さて、これから出撃だという所で、ふと気になったことがあり、隣に立って陣地から周囲を見渡していたジュウハに問いを投げかける。
「ロルカとリヤンの姿が見えないが……二人はどうしているんだ?」
「仕事中だ、それなりの人数を付けてのな、どんな仕事かはすぐに分かる。
そんなことよりしっかり周囲を見回せ……敵の動きを見逃したらせっかくこれまで積み上げてきたものが台無しになりかねん」
そう言われて私は、ジュウハがそう言うならとそれ以上は問わずに、周囲へと視線を巡らせる。
いくつもの丘が続く丘陵地帯の中で、一番高い丘の上に作られた陣地からは周囲の様子をよく見渡すことが出来て……今のところ特に異常は見当たらない。
私達の陣地があり、陣地を囲うように防柵があり、防柵の向こうには木材を適当に切っただけといった感じの杭が何本も丘の傾斜に打ち付けてあり……その向こうにはほぼ何も手を入れていない木材が積み上がっている。
そんな感じの木材の山はこの丘陵地帯のあちらこちらにあって……特に陣地から見て北と南には横に広い、かなりの規模の木材の山がある。
これらの木材の山を作るために、後方にあった森の見晴らしが森とは思えない程によくなる程の伐採を行っていて……そんなことをしたらこの辺りで暮らす人に怒られそうなものだが、それを見越したジュウハがかなりの大金を……帝国軍から奪ったものをばらまいたことで、特に不満の声が上がることはなかった。
大金をただばらまくだけでなく、今後の森の維持管理についての知識とか活用法とかを教えたり、いっそ森としてではなく畑と使ってはどうかという提案とそのための助言なんかもしたりもしていて……その際に行った酒盛りの中で、人々とまるで親友か家族のように仲良くなってもいて……流石ジュウハというか、私には到底真似出来ないだろうなぁ。
なんてことを考えていると、視界の奥の奥……それなりに大きい丘の向こうで動く何かが見えた気がして、そのことをジュウハに伝えるとジュウハはすぐさま、
「行動開始! 狼煙を上げろ!」
との声を上げ……それから陣地内が慌ただしくなり、様々な声が上がり、武装した皆の整列が始まる。
そうしてジュウハがこの日のために練り上げたという作戦が発動し……丘陵地帯全体が一気に騒がしくなっていくのだった。
――――敵陣に向かって進軍しながら 帝国軍指揮官
北と南、そして指揮官率いる本軍は東側から……同時での進軍は問題なく成功し、それぞれの軍がディアスへと迫っていく。
駆けはせずにじわりじわりと着実に……周囲への警戒もしながら足を進めていき、北と南の軍が積み上げられた木材へと迫った所で、突如木材から火が上がり、木の壁があっという間に大きな炎の壁へと変化していく。
「か、火計!?」
「あっという間に火が……!」
「こ、ここらは大丈夫なのか!?」
兵士達がそんな声を上げる中、行軍停止を指示した馬上の指揮官は、周囲の確認のために偵察兵を何人か走らせ……それから誰に言う訳でもなく、声を上げる。
「……あれが目的だったのか? ああやって木を積み上げ乾燥させて火計を行おうと……?
しかし、木材が乾燥しきるにはまだまだ日が浅いはず、それがどうしてあんなに燃えて……油でも撒いたか?
今の王国軍は補給が潤沢な様子、大量の油も問題なく手に入るのだろうが……しかし火を起こすのが早すぎてアレでは北も南も被害がないぞ?
ただ火を起こしただけ……? それで北と南を足止め……? にしては金と手間がかかり過ぎているようにも……」
そう声を上げている間にも炎はどんどん燃え上がり……生木を燃やしたからか、かなりの量の煙も上がり……そして辺り一帯に煙が立ち込め始める。
視界全てを塞ぐ程ではないが、遠方を見通すことは難しくなり、北と南の軍の姿が完全に見えなくなった所で、ようやく指揮官はこれこそが目的だったのか? と、思い至る。
立ち込める煙のせいで視覚的に分断され、狼煙などの連絡手段が使用不可能となり、連携が取りにくくなっている。
そこまでの距離は離れていないのだから伝令を出せば良いのだが……この煙の中を駆けるのは容易ではないはずで、どうしても時間がかかってしまうだろう。
今どこかの軍に何かをされても、それに気付くのが遅れるのは確実で連絡も連携も対処も、一手二手遅れてしまうに違いなく、そんな状況を作り出した王国軍が今することは―――と、そこまで指揮官が考えた所で、東軍の前にひときわ濃い煙が立ち込め始める。
更に火を起こしたのか、何か薬剤でも撒いたのか……どんどん濃くなる煙を見て指揮官は思考を切り替え、とにかく今はさっさと撤退すべきではないか? なんてことを考え始める。
ひとまず撤退し、軍を立て直す。それからまた仕切り直せば、ディアス達は無駄に木材と油を消費しただけになる……はず。
決断は早い方が良いはず、少しでも遅れたら軍師が何かをしてくるはず、時間がかかるとしてもすぐにでも伝令を出して北と南にも撤退させて……うん、それが良い、良いはずだ。
「……撤退するぞ! ただちに北と南に伝令を―――」
「ディアスだーーー!」
指揮官がそう命令しようとした瞬間、それよりも大きい声が周囲に響き渡る。
直後立ち込める煙を切り裂いて、戦斧を担いだ大男が姿を見せて、担いだ戦斧を地面に叩きつける。
瞬間凄まじい音が響き渡り、地面が割れ周囲に礫が散り、それが鎧や兜や盾に当たり音を立て……その音が恐怖を呼んだか、兵士達が悲鳴を上げて煙の中散り散りに逃げ始める。
「落ち着け!! ディアスは単騎だぞ! 逃げずに戦い討ち取ったなら英雄だ! 陛下から山程の恩賞が出るぞ!」
それを受け指揮官がそう声を上げるが……逃げ始めた兵士達が足を止めることはない。
兵士達の精神はとうに限界だった、毎日毎日ディアスがどうした、ディアスがどこにいると、逃げてきた偵察兵からの話を聞いてきたせいで、ディアスへの恐怖が積み上がっていた。
帝国軍を次々と打ち破ったディアス、あの軍将さえも打ち破ったディアス、どんなに不利な状況でも奇跡を起こして勝つディアス……暗殺も毒も通用しない化け物のディアスが自分達に迫っていると……。
その上急襲軍が壊滅したとなり、挙句の果てのこの煙……またも策にハマってしまったのかと怯えていたらそのディアスが目の前に現れて……と、この恐怖に耐えられる兵士はごく僅かだった。
すると兵士達が逃げた先……煙の中から悲鳴が聞こえ、その悲鳴が更に恐怖を増長し混乱を招き……地面から戦斧を引き抜いたディアスが、オーガのような憤怒の表情でもってそれを肩に担ぎ直したことで、恐怖に耐えていた兵士達もが逃げ始める。
「ディ! ア! スゥゥゥゥゥ!!!」
怒りと恨みがこれでもかと込められた声を指揮官が上げる。剣を引き抜き拍車を当て、感情のままに騎馬突撃しようとするが逃げ惑う味方の兵が邪魔で上手く突撃が出来ず、その上に、
「指揮官、どこへ!?」
「に、逃げた!?」
「まさかそんな!?」
なんて声が背後から上がり、最後まで逃げずに踏ん張っていた兵士達にも混乱が広がり、完全に軍が崩壊してしまう。
今の状況でこの私が逃げる訳がないだろう!? ディアスの下へと進んだのが見えていないのか!? なんてことを指揮官は思うが、煙が立ち込め視界が利かないこの状況では兵士達がそう思うのも仕方がないのかもしれない。
……こうなっては全滅は必至、突撃も出来ないとなってはディアスに一矢報いることも出来ないが……それでもと覚悟を決めた指揮官はすぐさま下馬し、逃げ惑う兵士達の隙間を縫うようにして駆け抜け……剣をしっかりと構えた上でディアスへと迫る。
「ディアスゥゥゥゥゥ!!」
もう一度声を上げ、渾身の力でもって剣を振り下ろす……が、ディアスはそれを戦斧であっさりと払い、剣が砕け指揮官の姿勢が崩れ……そこにディアスが返した戦斧が襲いかかる。
咄嗟に指揮官は地面に伏せることでそれを避ける、避けたならすぐに起き上がり、再度の攻撃を仕掛けようとするが戦斧が切り返され、今度は回避する間もなく戦斧が迫り、凄まじい衝撃が指揮官を襲う。
戦斧の腹で思いっきりに叩かれ吹き飛び……地面に転がり倒れ、痛みが全身を襲い、呼吸すら難しくなる。
それでもと指揮官が立ち上がろうとしていると……駆け寄ってきた何人かの兵士達、最後まで逃げずに耐えていた側近達が指揮官の腕や足を抱えて持ち上げ、駆け始める。
空を見上げ太陽を見て方角を確認し、東へと、帝都のある方角へと。
ここで指揮官を失う訳にはいかない、生き延びなければならない、ここで死ぬべきではないと必死に懸命に……それでも指揮官に負担をかけないよう気を使いながら駆け続ける。
途中振り返ると、混乱する軍残党の中でディアスが暴れ続けていて……次々兵士が吹き飛んでいく。
軽々と、まるで人ではないかのように……悪夢のような光景がそこに広がり、そして煙の中から次々に敵軍兵士が現れ、倒れた者達を捕獲していく。
「なんだってこんなことに……」
側近の誰かがそんな声を上げた。
それを受けて泣いているような笑っているような、そんな表情をし……それでも足を止めずに駆け続ける側近達の態度を受けてようやく諦めがついた指揮官は脱力し、そのままされるがまま、後方へと運ばれていく。
そうやって東軍を壊滅させたディアスは、すぐさま南に向かい南軍を壊滅させ、それから北軍を壊滅させようと北に駆けていった。
……が、その時には火が弱まり煙が薄まり、開けた視界でもって北軍は大体の事情を察していて、ほとんどの兵が逃亡していた。
残っていた僅かな兵もディアスに倒され……そうして2万5000だった帝国軍は全滅となり、2000と少しの兵を率いるディアスによる逆転劇が成るのだった。
――――時は戻り、お話会の席で ディアス
「―――とまぁ、あとからジュウハから聞いた話によると、大体こんな流れだったらしいな。
私としてはいつも通り戦っていただけだったのだが……裏ではそんな風に色々とあってそうなったらしい。
それから敵が陣地にしていた場所に向かうと、結構な物資が残されていてな……何しろ2万もの軍の物資だからかなりの量で、ジュウハがいつになく喜んでいたのを覚えているよ。
それからはまたしばらくそこで待機というか、他の軍が立て直して進軍してくるのを待つことになって……そこで体を休めたり新兵をまた鍛えたりと色々やっていたな。
ジュウハはその間に物資を王国や周囲の人に売ったりして大金を稼いでいたはずだが……そう言えばあの時の大金はどうしたんだったかな?」
と、私がそんなことを言うと、クラウスは「そう言えば……?」なんてことを言い、いつの間にかやってきていた戦友達も首を傾げたりと態度で知らないことを示してくる。
あの後、食事が豪華になったとか物資が豊富になったとか、ジュウハが好きな酒が増えたとか豪華になったとかもなく……一体何に使ったやらなぁ。
なんてことを考えていると、わぁっと声を上げた犬人族達が駆け寄ってきて……私の足元で尻尾を振り回し、ピョンピョン跳ねながら声をかけてくる。
「すごいです! 本当にすごいです!」
「もっと、もっとお話してください!」
「オレ達もそんな戦いしてみたいです! 煙の中でもいけます!」
「敵がたくさんでも怯みません!」
その中には子供の姿もあり……私はなんと返したものかと苦笑しながら、とりあえず落ち着かせるために皆の頭を撫でてやるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は……お話会に影響を受けた子たちのお話の予定です。




