長い耳の3人 その3
2章までの改稿作業を進めています。
基本的に内容に変更は無く、誤字脱字の修正や、イラストに合わせての表現変更です。
詳しくは活動報告に書いてありますので、気になる方はチェックしてください。
また変更部分が本編で登場する最は、その都度前書きなどで告知させて頂く予定です。
本編は引き続きエイマ視点になります。
日が沈んで夜が更けて、周囲に響いていた音が寝静まったのを確認してから倉庫を出たボクは……あの約束を果たすべく、セナイちゃんとアイハンちゃんのお家へと向かいます。
道中小川に立ち寄って、久しぶりのお水をたっぷりと味わったりもしながら、ピョンピョン跳ねながら移動して……到着した先にあるのは白い布で作られた丸い、ちっちゃなお家です。
目的のお家に到着したなら、後は勇気を出してこの白い布のお家に入るだけなのですが……その勇気が中々出てくれません。
何しろこの白い布の家の中には、ドラゴン殺しのディアスさんが居るのですから、それも当然だと思います。
寝ていても尚、敏感に気配を感じ取って起き上がってくるのでは無いか……とか。
あるいは企みがバレてしまっていて、寝ずに待ち構えてしまっているんじゃないか……とか。
そんな想像をしてしまって足が竦んでしまいます。
うううっ……でも恩人であるセナイちゃん達が待っているのだし……何としても勇気を出さないと……。
セナイちゃん達の話によると、このお家では、寝る際に入り口の布に重しをぶら下げているんだそうです。
そうすることで入り口の布を開きにくくして……それでも無理に開こうとしたりすると重しがぶつかりあって音が鳴り、その音で誰かが家に入ろうとしていることをお家の中の人に知らせるんだとか。
ボクは幸いにも体が小さいので、その重しを鳴らすこと無く侵入出来そうですけど……それでも万が一の無いようにと慎重に、ゆっくりと布の端っこをちょっとだけ捲って……そこから中の様子を窺いながら……なけなしの勇気を振り絞ってゆっくりと足を踏み入れます。
お家の中は真っ暗……かと思ったのですが、天上の中央に開いた天窓が僅かな月明かりを取り入れていて結構明るいです。
お家の中には様々な道具が吊るされていたり、床に敷かれた絨毯の上に無造作に置かれたりしていて、その中には大きな斧と鉄鎧などの装備もあります。
あの装備達でドラゴンを殺したのでしょうか……。
そして視線を床に移せば、そこには無造作にゴロンと寝転がる人影達。
うぅん、ベッドが無いのですね、このお家は。
床の中央に両手両足を大きく広げながら寝ているディアスさんと思われる男性がいて……そしてそのすぐ側に白い毛布に包まった小柄な女性がいます。
えぇっと……セナイちゃんとアイハンちゃんは……ああ、ディアスさんと女性の間で、白いぬいぐるみを抱きしめながら寝ていますね。
……ああ、いえ、違いますね。
あの白いの……ぬいぐるみじゃぁないですね?
鼻でピスピスと音を鳴らしながら呼吸しちゃってますもんね? さては生きてる動物ですね?
セナイちゃん、アイハンちゃん……。
せめて、こう、もう少し起こしやすい場所で寝ていてくださいよ……。
なんだってまたそんな邪魔者だらけの場所で……。
し、仕方ありません、それでも約束をしちゃったのですから、勇気を出して起こしにいきましょう……!
ピョンッと跳ねてセナイちゃん達の下に向かっても良いのですが……その音で気付かれちゃいそうなので、慎重にすり足で移動します。
尻尾が変な所に当たったりしないように、両手で尻尾を持ち抱えて、体を小さくしながらソロリソロリと……ゆっくりと慎重に、息を殺しながらディアスさんと女性の間を進んでいきます。
……途中なんとなく気になってスンッと小さく鼻を鳴らすと、ディアスさんの方から汗臭い匂いが漂ってきて……うん、セナイちゃん達の言っていた通りですね。
そんなことをしながらソロリソロリと足を進めて……なんとか誰にも気付かれることなくセナイちゃんとアイハンちゃんの枕元に到達することが出来ました。
後はセナイちゃん達を起こす為に、大きなお耳に向かって、セナイちゃん達にしか聞こえないような小さな声で……、
(こんばんはー、エイマですよー、起こしにきましたよー、おきてくださーい)
と話しかけます。
……まぁ、当然そう簡単には起きてくれませんよね。
五月蝿そうにうめき声を上げて、身悶えするセナイちゃん達にボクは根気良く話しかけ続けます。
(エイマですよー、畑の時間ですよー、ディアスさんのお手伝いをするのでしょー?)
(はやく起きないと朝になっちゃいますよー、お手伝いできなくなっちゃいますよー?)
(……夜ですよー、夜のお出かけですよー、夜にお外を歩けるんですよー)
根気よく話しかけ続けたのがよかったのか、夜のお出かけという言葉が良かったのか、そこでセナイちゃん達は反応してくれてバッチリと目を開けてくれます。
そしてしばらくの間、眠そうに目をこすってから……キョロキョロと視線を動かし、ボクのことを見つけるなりに、セナイちゃんがガバッとボクのことを抱き上げながら起き上がって、アイハンちゃんがそれに続き、そして2人で揃ってタタターっと駆けて玄関へ……。
って、ちょっと待って?!
2人共、静かにしてくださいよ?!そんなに音を立てちゃぁディアスさん達が起きちゃいますよ?!
……とのボクの懸念虚しく、ディアスさん達がその足音で起きることはありませんでした。
結構な音を出しちゃっていたと思うのですが……うぅん、ボクの考え過ぎだったのでしょうか。
玄関に辿り着いたセナイちゃんとアイハンちゃんは、入り口にぶら下げられていた重しをそっと外して、入り口の布を捲ってお家の外へ。
そうして月明かりの下に一歩進み出た2人は……何故だかそこで、はたと動きを止めてしまって……そのまま固まってしまいます。
「……あれ?
どうしたんですか?2人共、畑に向かわないんですか?」
「暗い……」
「こわい……」
えーっ?!
あ、あれだけ楽しみにしていたのに、ここに来て怖くなっちゃったんですか?!
「えぇっと……暗い時におトイレとかに行きたくなったら、普段はどうしているんですか?」
「いつもはディアスかアルナーが一緒に行ってくれる」
「て、つないでくれたり、だっこしてくれる」
あぁー……。
ボクは今セナイちゃんに抱っこされちゃっている側ですし、ボクの小さな手じゃぁ繋いでも安心しては……貰えなさそうですね。
うぅん、どうしたものでしょうか……。
何かセナイちゃん達を勇気付けられる言葉は無いか、とボクが頭を悩ませていると……ハッと何かを思い付いたというような顔になったアイハンちゃんが、ゴソゴソと服の脇にあるポケットに手を入れて何かを探り始めます。
私を抱きしめていたセナイちゃんもそれに続こうとして……抱きしめていたボクが邪魔になったのか、ボクを自分の肩へと乗せてからポケットの中へと手を入れて……そんな2人がそれぞれポケットから取り出したのは、小さな陶器の壺でした。
木の枝で作られたらしい壺の口に詰められた蓋を、2人がキュポッと引き抜くと、そこからふんわりと紅茶の香りが漂ってきて……どうやらその壺の中には紅茶の茶葉が詰められているようです。
エルダンさんの屋敷に居た頃はよく嗅いだ香りですが……うぅん、やっぱり良い香りですね。
何故こんなときに紅茶を……?とボクが首を傾げていると、セナイちゃん達は壺の中から何かを取り出そうとし始めて……あっ、茶葉の中から細長い種のような物が出てきました。
……種?種と言えば……。
「セナイちゃん、アイハンちゃん、その種ってもしかして……?」
「うん、お父さんとお母さんの種」
「セナイがおとうさんのたねで、わたしがおかあさんのたねをもってるの」
倉庫で話した時に、植えようとしていた……なんて話を聞いたものですから、既に植えてしまったものかと思っていましたが、まだ植えていなかったんですね。
「この種を握ってるとね、お父さんとお母さんが元気をくれる」
「おとうさんと、おかあさんは、こうちゃがすきだったから、いつもこうちゃといっしょ。
でも……たまにこうしてにぎったり、おしゃべりする」
と、そう言いながら2人はぎゅっとその手で種を握って……種から元気と勇気を貰えたのか、暗闇の中で顔を上げてスッと前を向きます。
「……セナイちゃん、アイハンちゃん。
ボクは夜目も利きますし、耳も良いですから……ボクが安全に畑に辿り着けるように案内してあげますよ」
ボクのそんな言葉を合図にして、セナイちゃんとアイハンちゃんは恐る恐るといった感じで畑があるという方角へと歩き始めます。
そうしてボクとセナイちゃんとアイハンちゃんの夜の冒険が始まったのでした。
夜の冒険にはたくさんの敵が存在していました。
小川のせせらぎに、風が吹く音に、風に揺れる草の音。
井戸に雫が垂れる音に、お家の中から聞こえて来たお婆さんのくしゃみの音に、寝ぼけた馬の鳴き声や、微かな虫の羽音。
様々な音がボク達……というかセナイちゃんとアイハンちゃんに襲いかかって来て、それらの音が襲いかかってくる度にセナイちゃん達は怯えてしまい、足を止めてしまい……時にはその恐怖からかお家に帰ろうとしてしまって……中々目的地である畑にたどり着くことが出来ません。
敵は何も音だけではありません。
雲が月を隠し、月明かりが無くなってしまえば、暗闇という強大な敵がその姿を表します。
そんな敵を前にしたセナイちゃんとアイハンちゃんには打つ手は無く、再び月明かりが蘇るその時まで、恐怖に耐えながらその場にしゃがみこみながら耐えることしか出来ません。
強風もまた2人にとっては強敵でした。
強い風で動けなくなるのは勿論、草の破片なんかが風に乗って飛んで来て……2人の頬にひとたび触れたなら、それはもう悲鳴を上げそうになるくらいの最悪の攻撃です。
それでもセナイちゃんとアイハンちゃんが、一度も悲鳴を上げず、一度も涙を流さなかったのは……なんとしてもディアスさんの役に立ちたいという強い思いがあったからなのでしょう。
ボクも勿論、二人と一緒になって頑張りました。
耳をそばだてて、獣だとかの危険な存在が2人に近寄って来ないか警戒したりだとか、2人が恐怖に負けそうになる度に励ましたり、勇気づけようとしたりです。
……まぁ、警戒する必要があるような危険な気配は全く無く、励ましの方もあんまり効果が無かったようですけど……ちゃんと頑張りましたよ、うん。
そんな風にして2人はいくつもの敵と戦い、恐怖と戦い……それらの敵達と恐怖達を乗り越えて……そうして2人は無事に畑へとたどり着くことが出来たのです。
ディアスさんが頑張って作ったという畑は、四角く区切られた区画に、いくつもの畝が並ぶ、傍目には問題など無いように見えるとても立派な畑でした。
セナイちゃんとアイハンちゃんは畑に着くなり、早速始めるからとボクに離れているようにとの声をかけて、手に持っていた種を壺の中へとそっとしまい……畝を踏まないようにしながら、畑の中央へと進んでいきます。
畑の中央まで進み、そこで向かい合うように立ったセナイちゃんとアイハンちゃんは……両手を胸の前で組み、瞑目しながら魔力を込めた声を放ち……聞いたことの無い不思議な言葉での呪文を唱え始めました。
それは静かな声で、歌うようにして唱えられ続けて……そんな呪文に呼応するかのようにして2人の首から下げられたペンダントと髪飾りの宝石達が白い光を放ち始めます。
うぅん、とっても綺麗な光景ですね。
意外なことに2人は宝石達が光を放ったことに驚いているようでした。
セナイちゃんとアイハンちゃんは目を丸くして驚きながら、それでも呪文を中断することなく唱え続けて……そんな2人を中心として綺麗な光が広がっていきます。
その光はまるで月の光のようで……白くて綺麗で大きくて、暖かくて……。
セナイちゃんとアイハンちゃんの周囲に広がったそんな光は、だんだんと地面へと降りていって、そのまま地面に沈んでいって……そうして消えてしまいました。
光が消えた後、セナイちゃん達はそれぞれに何かをブツブツと呟いていました。
ハゴエがどうとか、ミゴエがどうとか……それと結界が上手くいって良かったとかなんとか……そんなことをです。
いくつかの言葉の意味がよく分からず、呪文の続きなのかな?とボクが首を傾げていると……セナイちゃんとアイハンちゃんは、
「眠いー……疲れたー……ユルトに帰るー……」
「ねむいー……」
なんてことを寝ぼけ眼で言い始めます。
そうしてセナイちゃんはボクを抱き上げて、ここまで来る時の恐怖は何処へ行ったのやら、寝床のあるお家へと一直線にタッタタッタと駆け出して、そのすぐ後にアイハンちゃんが置いていかれまいと続きます。
って、えっ、あれっ?!
あのっ、お家に帰るならボクを離して欲しいっていうか、ボクの役目はもう終わったっていうか……なんでボクを抱きしめたままなんですか?!
「はっ、放して、放してくださーーい!!」
と、ボクが必死に声を上げながらジタバタと手足をバタつかせますが、その言葉がセナイちゃんに届くことは無く、ボクを抱きしめる腕の力が緩むことは無く……そのままセナイちゃんはお家へと辿り着いてしまって、ボクを抱きしめたままお家に……ディアスさんのお家に入っていってしまいます。
そうして寝床へと入り込んだセナイちゃんは、ボクを抱きしめたまま眠りに就き、そのすぐ後に寝床へと入り込んで来たアイハンちゃんは、そんなセナイちゃんごとボクを抱きしめたまま眠りに就き……そうしてボクは、そんな2人の手によって身じろぎの一つも出来ない囚われの身となってしまったのでした。
お読み頂きありがとうございました。
次回は……またもディアス以外の視点のお話になる予定です。




