避難所
ナルバントが案内してくれた壁の向こうの貯蔵庫は、しっかりと氷を保存するためか、頑丈な作りとなっていた。
入り口には石造りの建物を用意し、扉は鍵付き、そこから石造りの階段があり……更に鍵付きの扉があって貯蔵庫があり……広く大きな貯蔵庫の先には更に扉が用意されている。
「あの先には何があるんだ?」
私がその扉を指差しながら尋ねると、ナルバントは「むっはっは」と笑ってから言葉を返してくる。
「期待させて悪いが、その先は扉と少しの通路だけでまだ何もないのう。
追々、手が空いた時に更に階段と空間を作って、そこを避難所にでもしようかと考えておる。
ドラゴンが村にやってきた時、逃げ先がないでは被害が増えすぎてしまうからのう……フレイムドラゴンの炎の熱も届かん奥底で、坊が倒すまでの時間を稼ごうって訳じゃのう。
厩舎の側には家畜用の避難所も作る予定じゃのう」
「おお、なるほど……!
ドラゴンのことを考えてイルク村にもいつかは砦みたいなのを作る必要があるかと考えていたが……地下の避難所の方が逃げ先としては良いかもしれないなぁ」
私がそう返すとナルバントは、大きく頷きもう一度「むっはっは」と笑い、それから言葉を続ける。
「一族であれこれと話し合ってみたんじゃが、砦に関しちゃぁ関所だけで十分じゃろうのう。
せっかくここらは平坦な土地なんじゃから、変にあれこれ作るよりも、移動可能な装備を整えて対応すべきという訳じゃ。
戦闘用馬車を拵えたり、メーアワゴンを展開したりしての臨時陣地で十分対応出来るはずじゃのう。
砦や城があれば便利なのは確かなんじゃが、あれこれ作りすぎても維持だの管理だので手間がかかるだけじゃからのう……野生のメーア達の邪魔になってもいかんし、やめた方が良いじゃろうのう」
「そうか……砦や城に詳しいナルバント達がそう言うならそうなんだろうな。
それならまぁ、ナルバント達の判断に任せるとするよ。
しかし、こんなに地下にあれこれ作って、大丈夫なものなのか? 突然崩れて埋まったりとか中に良くない空気が溜まったりとか……」
「そこら辺に関しちゃぁオラ共は長年の地下暮らしを経験済みじゃからのう、対策は完璧じゃのう。
モンスター共が地下への攻撃を苦手としておるのも確認済みじゃ、地下には連中が大好きな瘴気があんまり無いようじゃのう。
もちろん、いざという時のための備えもしっかりしておくし……オラ共の魔法なんかでも対処出来るからのう、安心して欲しいのう」
「それなら安心だな。
……あとはあれだな、余裕が出来たらで良いんだが、街道沿いにも避難所を作っておいてくれないか?
鬼人族や旅人とか商人とかが逃げられるようにして……あとは野生のメーアも逃げ込めたらと思うのだが……」
私があれこれ注文ばかりして申し訳ないと、そんな態度でそう返すと、ナルバントは「むっはっはっは!」と笑いながら自分の胸をどんと叩く。
「野生のメーアも助けるか! 坊らしいのう! 任せておけ!
野生のメーアでも簡単に出入りできるような場所を拵えてやるからのう!」
一切の躊躇なくそう言ってくれたナルバントに感謝をしていると……そう遠くない位置で草がガサリと揺れる。
犬人族でも隠れているのかとそちらに視線をやると、草の中に潜んでいたらしいメーアがそぉっと顔を出して……イルク村の全メーアは先程駆けていったから、どうやら野生のメーアのようだ。
恐る恐る顔を出し……警戒しながら体を出し、ゆっくりとのそのそとこちらに近付いてくる。
「メーアの女性……母親かな、去年のフランソワみたいにお腹が大きくなっているな」
その姿を見て私がそう声を上げると、そのメーアは何かに怯えながらも勇気を振り絞って弱々しい声を上げてくる。
「メァ……メァ、メァー……メァ」
流石に慣れたのもあってメーアの言葉をある程度理解出来るようになってきた私だが、その言葉はどうにも理解しづらいものだった。
半分……のもう半分くらいは理解が出来るが、何が言いたいのか言葉の全体を理解することが出来ない。
いや、そもそも一部でも理解出来るのがおかしいはずで、本来野生のメーアは私達との意思疎通が出来ず……出来るようになるまでは何日かの時間が必要なはずだ。
「ふぅむ……オラ共の会話を盗み聞きして、半端に言葉を覚えたんじゃろうのう。
そうなると数日前からここいらに潜んでおったのか」
そんなことを言ってナルバントはそのメーアを驚かせないようゆっくりと足を進んでかがみ込み、それから野生の母メーアと何度も何度も言葉をかわすことで、会話を根気強く行っていく。
メーアとの会話に関しては私よりもナルバントの方が上手なので、私は何も言わずに静かに見守り……かなりの会話の後に立ち上がったナルバントがどんな会話をしていたのか、説明をしてくれる。
「このメーアは夫婦で誇り高き野生での生活をやっておったそうなんじゃが、先日旦那とはぐれてしまったようでのう……それで旦那を探しておったんじゃが、どうにも見つからず……体力を消耗してしまったもんで安全な場所を求めてここにやってきたらしいのう。
そしてコソコソと隠れながら日々を送っていたそうなんじゃが、たまたまオラ共の今の会話を聞いておったようでのう……野生のメーアの避難所を作ってくれるような坊のような男なら、旦那を見つけてくれんじゃぁないか、旦那を見つけられんでも子供を産むまでの間、村にいさせてくれるんじゃないかと思いったって声をかけてきたらしいのう」
「それは……大変な思いをしたんだな……。
旦那さんのことは犬人族達やサーヒィ、鬼人族にも知らせて探してもらうとするよ。
出産の間、村にいたいと言うのなら全然構わないし、それだけではなく子供が大きくなるまでいてくれても構わないぞ。
滞在費を毛で支払ってもらえるなら……他のメーア達の出産のついでという訳ではないが、しっかり世話をさせてもらうよ」
私がそう言うと、ナルバントが通訳するような形を伝えてくれて……するとそのメーアはピスピスと鼻を鳴らしながら近付いてきて……それを受けて私がしゃがみ込んで手を差し出すと、恐る恐るといった様子で手の上に顎を置くことでよろしく頼むと、そんなことを伝えてくる。
「ああ、こちらこそよろしくな、出産のことで不安があるならフランソワに色々聞いてみると良い。
去年元気いっぱいの六つ子を産んで、一生懸命育てている先輩の母親だ」
そう言ってからメーアの顎を撫でてやると、目を細めて喜んでくれて……それから私はそのメーアのことを、イルク村に案内してやり……まずは休んでもらおうと、彼女専用の小さなユルトを用意してやるのだった。




