厩舎が完成して
カマロッツ達がイルク村に来てから4日が経った日の朝、村の外れで隣領へと向かって走るカマロッツ達の馬車を見送っていると……セナイとアイハンがぐすぐすと泣き始める。
カマロッツ達と初めて顔を合わせた時には人見知りをしてしまって挨拶をすることも出来なかった2人だったが、日が経つに連れて打ち解けて一緒に遊んだりする程に仲良くなっていたので、カマロッツ達との別れがたまらなく寂しいらしい。
大声は上げず静かに泣き続けるセナイとアイハンの頭にそっと手を置いたアルナーが、優しく2人の頭を撫でてやりながら、
「ほら、いつまでも泣いてないで、見送りが終わったなら馬達の世話だ。
早くしてあげないと、喉が渇いたお腹が減ったと馬達が泣き出してしまうぞ」
と声をかけると、セナイとアイハンはハッとした顔になりながら涙を拭って……遠く離れて小さくなって行く馬車を一瞥してから……厩舎の方へと駆け出していく。
そんなセナイとアイハンを追うようにしてアルナーが厩舎へと向かうと、クラウスも乗馬の練習がしたいからとそれに続く。
私は特に厩舎に行く用事も無いので、とりあえずユルトに戻ろうかとフランシス達を伴いながらユルトの方へと足を向ける。
カマロッツが手早く仕上げると言っていた厩舎の建設は、その言葉の通りに3日という早さで完成となった。
カマロッツ達が村に来たその日のうちに柱が建てられて、翌日にはその上に屋根が乗り、更にその翌日には壁や柵などが付けられて、細かい仕上げを済ませての完成。
その作業の早さの理由は、後は組み上げるだけという所まで加工の済んだ、出来合いの木材を使ったことにあるそうで、そうした出来合いの木材を使っての厩舎の建設方法は、変動しやすい家畜の数に合わせての移築や増築、解体がしやすいからと隣領では好んで使われている方法なのだそうだ。
今回はフランシス達の飼育小屋の近くに6つの個室が並ぶ横長の形の厩舎を建ててくれた訳だが、それでも家畜が増えたりして不足となったら、その旨を連絡すれば移築、増築、あるいは新築なんかも請け負ってくれるそうだ。当然その時は今回とは違い相応の料金を支払うことになる。
厩舎が完成次第に隣領に帰ると言っていたカマロッツ達だったが、厩舎が完成したのは夕方過ぎのことだったので、隣領へと帰るのは日が明けてからが良いだろうとなり……そうして昨晩はカマロッツ達への感謝を示すちょっとした宴を行ったのだった。
皆で歌い、踊り、盛大に騒いだ久しぶりの宴。
そんな宴の終わり際に今回の友好の証の礼としてこちらからの友好の証として、アースドラゴンの素材達と、使い道の無かったアースドラゴンの魔石を贈りたいと申し出ると、カマロッツ達はちょっとした混乱状態に陥ってしまった。
事前に倉庫から運び出し、馬車の側に積み上げておいた素材達を見るなり、カマロッツはこんなに大量のドラゴン素材を貰う訳にはいかないと困惑し混乱し、護衛達は一体何が目的だと悲鳴のような声を上げて、御者の一人は腰抜かしたりしていたが……最終的には条件付きではあるが、どうにか受け取って貰うことが出来た。
その条件というのは、いくつかの素材を私から贈られた物ではなく、預かった物として扱い、私達の為になるように活用する……とかなんとか、そんな感じの内容で、それについての委任状を書いたりもした。
まー……そこら辺の難しいことはエルダンが得意だそうなので、好きにやってくれたら良いと思う。
アルナーが馬好きだということはエルダンにも伝わることだろうから、もう何頭か追加の馬を用意して貰えたらありがたいな。
そんなことを考えつつ、村の広場に通りかかると、そこには焚き火を囲んで座っているマヤ婆さん達の姿があった。
その傍らにはカマロッツが持って来てくれた茶器とポットがあり……そこから漂ってくる香りから察するにどうやらマヤ婆さん達は今日も紅茶を飲んでいるようだ。
「マヤ婆さん、今日も皆で紅茶か?」
「今日も紅茶だよ。
坊や達が飲まないってんなら、あたし達が飲むしか無いだろう?
飲まずに腐らせるにはもったいない代物だからねぇ」
私の言葉にそう返したマヤ婆さんはヒェッヒェッと笑い声を上げる。
マヤ婆さんの言葉の通り、私は紅茶を一度口にして以来全く飲んでいない。
香りは良いとは思うのだが、味の方はよく分からないというか……ただ渋いだけのように思えて、何故これが金持ちや貴族達に人気なのか分からないというのが正直な所だ。
アルナーやクラウスも私と同じ感想のようで全く飲んでおらず……そういう事情でこの村で紅茶を好んで飲んでいるのはマヤ婆さん達だけだ。
ちなみにセナイとアイハンは、味は駄目だが香りは良いからとアルナーから貰った小さな壺に茶葉を詰め木栓をして持ち歩いて、ふとした時に木栓をあけて香りだけを楽しんだりしている。
「好きなだけ紅茶を飲んで良くて、好きなだけ砂糖を舐めて良いだなんて、まるで貴族の家のお嬢様になったような気分だよ。
ここに来たのは正解だったねぇ」
なんてことを言って、こんな皺だらけのお嬢様が居るもんかと笑い合うマヤ婆さん達の側には砂糖が入った壺の姿もあって……その様子を見るにマヤ婆さん達は紅茶を飲みながら砂糖を舐めたり、あるいは紅茶の中に砂糖を入れて楽しんでいるようだ。
紅茶と同じく相当の高級品であるはずの砂糖も村での評判はいまいちな物だった。
凄く甘いのは確かなのだけど……甘いだけで美味しくは無い。
これならハチミツやドライフルーツの方が美味しいというのが皆の素直な感想だった。
砂糖は料理に使えたりもするらしいが……アルナーが色々と試した結果、少なくともアルナーがする料理には合わないということで使われてはいない。
そもそもアルナーの料理には甘みのある薬草が既に使われているそうなのでわざわざ砂糖を使う必要が無いそうだ。
そういう訳でエルダンから貰った紅茶と砂糖は、完全にマヤ婆さん達専用の嗜好品となっている。
まぁ……マヤ婆さん達がこうして楽しんでくれているのだからこれはこれで良いとは思う。
今ある分が無くなったらマヤ婆さん達の為に隣領から追加を仕入れることも考えなければな。
「そういえば、ディアス坊や。
畑作りはいつから始めるんだい?農具は揃ったんだろう?」
「ん?ああ、明日にでも始めるつもりだったが……それがどうかしたのか?」
「いやね、チルチとターラが畑仕事が得意だから、ディアス坊やの手伝いをしたいって言うんだよ。
畑作りを始めるときには声をかけてやってくれないかい?」
マヤ婆さんがそう言うと、丸顔のチルチ婆さんと、婆さん達の中で一番背が高く背筋が真っ直ぐとしているターラ婆さんがこちらを見て顔の皺を深くしながらにっこりと微笑んでくる。
「手伝ってくれるのは嬉しいが……畑仕事は体力仕事でもあるし、無理はしなくても良いんだぞ?」
「誰も無理なんかしちゃいないよ、やれることをやりたいってだけの話さね。
なぁに、ここに来る前は畑作で自分の食い扶持を稼いでいたんだ、足手まといにはならないはずだよ」
そんなマヤ婆さんの言葉に、チルチ婆さんとターラ婆さんはその通りだとばかりに頷いている。
……まぁ、チルチ婆さん達には助言だとかの口出しをして貰って、力仕事や体力仕事は私がしたら良いだけの話か。
「そういうことなら……チルチ婆さん達の力を借りるとしようか。
明日の朝食後に始めようかと考えていたから、そのつもりで居て欲しい」
私がそう言うと、チルチ婆さんとターラ婆さんは、任せなさいとばかりに細い腕で自分の胸を叩いてみせる。
そうしてマヤ婆さん達は、そうと決まったら英気を養う為に紅茶だとの声を上げて、茶器に手を伸ばして紅茶の飲み会を再開させる。
私はそんなマヤ婆さん達が見せるなんとも言えない良い笑顔を見ながら……明日からは忙しくなりそうだと、気を引き締め直すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は畑作を始める……はずです。




