器を傾けて
ドシラドとひとしきりに遊んだセナイ達は広場に絨毯を敷いて、その上にドシラドや犬人族の子供達を座らせて、それから竈場に駆けていって……そうかと思ったらすぐにそれぞれ一つずつの器を持って広場へと戻ってくる。
そしてセナイはその器をドシラドに手渡し……アイハンは同じようにペイジン・ドに手渡そうとするが、色々な思いがあってか怯んだように動きを止めて……それを見てかセナイが駆け寄ってきてアイハンの背にそっと手を当てて押してやって、二人でペイジン・ドに器を手渡す。
「はい、薬湯!」
「げんきになるから、のんでください」
そんなセナイ達の後ろには見守るような態度のアルナーやマヤ婆さんの姿があり……あの二人がそうしているということは恐らく、あの薬湯はサンジーバニー入りなのだろう。
二人に許可を取ってササッと淹れてきて、そしてそれをドシラドとペイジン・ドに……。
ペイジン・ドに対しては色々と思うところがあるはずの二人が、そうしていることは驚くやら嬉しいやら、複雑な思いを抱いてしまう出来事で……それはペイジン・ドにとってもそうであるらしく、大きな目をギョロリと更に大きくしたペイジン・ドは……静かに微笑んでからしゃがみ込んで器を受け取り、礼の言葉を口にする。
「お嬢様方、あっしなんぞのために手ずからのご厚情痛み入りますでん。
早速こちらの香り高い薬湯……頂戴したいと思いやさぁ」
そう言ってペイジン・ドは薬湯を一気に飲み干し……その美味しさに目を丸くしているペイジン・ドを見てセナイ達はにっこりと笑ってお互いを見合い……そうやって二人にしか分からない無言の会話をしてからドシラドの方へと駆けていく。
「……いやはや本当にここに連れてきたと良かったと思うでん。
初めはだんれもいなかったここが、こんなにも賑やかになって……なって……。
いんや、改めて見回すと、よくもまぁたった一年そこらでここまで……あっしなら絶対に無理だったでん」
そんな二人を見送り……その流れで周囲を見回しながらそんな事を言ってくるペイジン・ドに、私は首を傾げながら言葉を返す。
「商人のペイジン・ドならもっと上手くというか……手際よくやってみせたのではないか?」
「いやいや、ぜーーーったいに無理でん無理でん!
あっしじゃぁまんず損得のことばっか考えてこんな風には出来ないでん!
そもそもお一人でアースドラゴンはっ倒して、その仲間までが怪我することなくアースドラゴンはっ倒して……そんなこと出来っちょはディアスどんだけだでん。
あっしだろうが誰だろうが他の誰でんそんなこと出来ようはずもなく……そんだけでなく、あっちゅう間にぎょうさん兵士抱えて、あんな立派な関所まで構えて……そんなディアスどんに敵うもんなんぞ、まーずこの世に存在するはずがないでん!」
そう言ってペイジン・ドはゲコゲコゲコと笑い……その腹を自らの手でペシペシと叩く。
「いやぁ、戦争中もそうだったが私より凄い、立派な人間は山のようにいるものだぞ?
敵に追い詰められたり苦戦したり……負けそうになったりしたのも一度や二度ではないしなぁ」
一切に偽りなく、心からの本音でそう言うがペイジン・ドはまともに取り合うことなく、むしろ冗談の類と思ったのだろう、更に強い力で自らの腹を叩いて……イルク村中に響き渡る程の声量でゲコゲコゲコと笑い続けるのだった。
――――マーハティ領 西部の街メラーンガルの領主屋敷で ジュウハ
この日ジュウハは領主屋敷の宴会場……エルダンがジュウハのために用意してくれた広い部屋に獣人達を集めての宴会を開いていた。
実力を認められ気心が知れてきて、距離が縮まって……酒盃を酌み交わしながら他愛のない雑談に興じられるようになって。
(ようやく足場が整ったってとこか)
分厚い絨毯の上に車座になって、大量の料理や果物、酒瓶を前にして……そんなことを考えたジュウハは、手にした酒盃を傾けてようやく美味いと思えるようになった、砂糖酒を喉の奥に流し込む。
「ところでジュウハさん、エルダン様と以前、メーアバダル公が敵に回ったらー、という話をされたようですが……もし仮にそうなった場合、打つ手は本当にないんですかね?」
そんな折、犬系の……独特の黒い斑模様の獣人にそんなことを言われて、ジュウハは笑顔を作り出し、軽い声をその獣人に返す。
「基本的には無いと思って良い。
ディアスはあの帝国が……国力で王国に勝る帝国が20年、あらゆる手を尽くしても倒せなかった男なんだからな」
「はぁ……でもほら、メーアバダル公はお人好しって話じゃないですか、ならそこを突くっていうか……家族とか領民を人質に、みたいな手もあるんじゃないですか?」
それは酒の場の冗談にしては過激に過ぎる、外の人間に聞かれてしまったなら大問題となるような発言で……そのことを承知した上でジュウハはあえて笑い、あえて声を軽くし、冗談めかした態度を取る。
「そいつは悪手の中の悪手、最悪の一手になるだろうな。
そして……当然帝国にもそんなことを考えて、そんな一手を打ったやつがいた訳だが……まぁ、ひでぇことになったもんだよ」
興味を引くような言い方をし、宴会参加者の注目を集め……話を聞きたいと誰もが口を閉じ、身を乗り出したところでジュウハは、ついでに勉強会でも開いてやるかと、大げさな身振り手振りを交えながら言葉を続ける。
「お前達も何度か戦争を経験して分かっていることと思うが……戦争において相手に勝つために大事なことは、どうやって相手を殺すかじゃぁなく、どうやって相手の戦意を奪うかにある。
戦意を失わせて降伏させたり逃亡させたり……敵兵を全部殺して回るよりかは、そっちの方がどう考えても楽だからな。
ディアスもそこら辺は心得ていて……開戦直後に強烈な一撃で敵兵を吹っ飛ばしてみせたり、敵の指揮官の下に一直線に向かってぶっ倒してみせたりと、こと戦意を奪うことに関しちゃぁ大陸一の腕前だったと言って良いだろう。
好んで人を殺す性格でもなかったからか、敵側の戦死者も少ない方でなぁ……そう言う意味ではディアスとやり合った連中は幸運だったのかもしれねぇな。
……ただそれはディアスが冷静な時に限る話だ、あれは気長というか悠然というか、他の連中なら激怒することでも平気な顔して受け流すんだが……人質だのなんだの、そういう逆鱗に触れられるような手を使われるとな、手が付けられなくなるっていうか、これ以上ないくらいの激昂ぶりを見せるんだよ」
そう言ってジュウハが一旦言葉を切ると、誰かがゴクリと生唾を飲み込む。
ジュウハの言葉からディアスが引き起こしたとされる、玉無し刑事件のことを思い出した者もいたようで……周囲の者達と「そう言えば~」なんてことを言いながら顔を見合っている。
「で、そうなるとディアスはそれをしでかした連中を許さねぇんだよ。
降伏も逃亡も認めない……というか、そうする間もなく全て叩き潰しやがるんだ。
もちろん交渉も脅迫も通じない、あいつは……孤児時代に色々あったようでな、その時の経験からか、そういう連中と交渉したりしても無駄だと、事態が悪化するだけだってことをよく分かっているようなんだよ。
真正面から真っ当に戦っていたなら被害も少なかっただろうに、そんな手を使ったがために完膚無きまでの全滅をすることになって……帝国もそこら辺を痛感したんだろうな、いつからかそういった手は使わなくなっていたな」
話に夢中になっているのかそれともディアスに恐怖しているのか、宴会場の誰もが言葉を発することなく、飲むことなく食うことなく、ただただ耳をそばだてている。
そんな獣人達を見てジュウハは、満足そうに頷き……コホンと咳払いをしてから砂糖酒で喉を潤し、更に言葉を続けていく。
「しつこいようだがディアスに関しちゃぁ敵対しないのが一番だ……だがそれでも敵対しちまったならさっさと負けて降伏しちまえば良い。
怒ってさえいなければディアスはお前の言う通りお人好しだからな……降伏した相手に手出ししたりはしないし、何かを奪われることもないだろう。
それが広まったからか戦争の後半はディアスを見るなり降伏する連中ばかりでな、俺様としちゃぁ楽をさせてもらったよ。
それを無意識でやっているんだからまったくディアスって野郎は、戦意を奪う天才だったんだろうな」
奇襲、罠、暗殺、毒、誘惑、数任せ。
その全てが通じず、うっかり逆鱗に触れたなら甚大な被害が出る。
一種の天災のように扱われ恐れられ……20年かけて帝国が見出した対策法はただただ降伏するのみ。
「……ディアスは真正面から挑み、降伏した相手には寛大だ。
それが卑劣な手でなければ、たとえ自分が傷つけられたり仲間が殺されていたりしても、それはお互い国や家族を守ろうとした結果だと怒りを飲み込むことも出来て……なるほど、そういう点においては確かにあいつは英雄だったんだろうさ。
常人じゃぁ飲み込めない怒りもあっさりと飲み込んでいたからな……。
その反動か何なのか、一度激昂したならもう、俺様の声すら届かねぇんだから全くなぁ……。
そうなったらもう4・5人で抑え込んだ上で説得を続けて……それでも止まらねぇんだからなぁ」
そう言ってジュウハは、話はこれで終わりだとばかりに目の前の皿に手を伸ばし、スパイスたっぷりの肉を手に取り、がぶりと食らいつく。
瞬間周囲から一斉にため息が漏れて……獣人達は今聞いた話について思うことを、近くの友人と共にあれこれと語り合い始める。
そうやって場が再び盛り上がる中……ジュウハは話を振ってきた犬系の獣人に鋭く力のこもった視線を送る。
するとその獣人は驚き、肩をすくませ縮こまり……もう余計なことは言いませんと、態度でもって返してくるのだった。




