エイマの献策
荒野に行っていたセナイとアイハンが帰ってきて……馬の世話をアイセター氏族に任せて、それから疲れたのか広場で日光浴をしていたメーアに抱きついての昼寝をし始めて……あんな風にして寝ていたら寝汗が凄いことになりそうだなぁ、なんてことを心配していると、セナイ達の側で報告書を書いていたエイマが、書き終えたそれを手にこちらへとやってくる。
それを受け取り……木の椅子に深く腰掛けながら、メーアモドキによく似た喋るトカゲに出会ったという報告を読みふけっていると、目の前にあるテーブルの上にちょこんと立ったエイマが首を傾げながら声をかけてくる。
「あの……その報告書とは別件なんですけど、ディアスさん達はここで何をしていたんですか?
木の椅子と机を並べて……あちらの犬人族さん達は何を?」
と、そう言ってエイマが指差す方向には、向かい合うテーブルについたシェップ氏族達の姿があり、2対2でまるで対決しているかのような姿が気になったようだ。
「ああ、ちょうど今裁判の練習をしていてな……昔、私が受けた裁判を元にそれっぽい場を作ってみたんだよ。
罪を問う側、問われる側、それぞれに助言をする文官がついて、罪が事実なのか、どのくらいの罰が適当なのかを討論する。
そしてそれを見た王様……じゃなくて、領主である私が判決を下し、罰を執行するという感じだな。
ヒューバートから領主の仕事の中で一番大切なのは治安維持……盗賊退治や裁判を行うことや、刑を執行することだと聞いてな、それで練習をしておこうと思い立ったんだ」
そう私が返すとエイマは、傾げていた首を更に大きく傾げて……それから妙に歯切れの悪い言葉を返してくる。
「……まぁ、はい、言いたいことは分かるんですけど……うぅん。
……えぇっと、裁判の練習ということですけど、今回のこれはどういう事件を想定してのことなんですか?」
「イルク村では犯罪らしい犯罪が起きたことがないからな、あえて犯人側……右側の若者にいたずらをしてもらって、左側の若者にいたずらの被害者として訴えてもらったんだ。
いたずらの内容は私にも分からなくてこの裁判で聞き出していく感じになる。
嘘も言って良いことにしているんだが……犬人族は生真面目だからなぁ、ちゃんと嘘をつけるかは、少しだけ不安かもしれないな」
「はぁ……なるほど。
……もう一つ質問なんですけど、アルナーさんやベンさん、ヒューバートさんやマヤさん、ゴルディアさん達は不在なんですか?」
「ああ、皆迎賓館だったり関所だったりに出かけていて、もう少ししたら帰ってくるはずだ」
「そう……ですか、そういうことですか、助言してくれる人が皆不在だったんですねぇ……。
ならボクがさせていただきますけど、魂鑑定魔法がある我が領の裁判は、魂鑑定を使ったものになる訳ですから、王国の一般的な裁判を真似る必要はないのでは?
魔力の流れをしっかり見張りながら魂鑑定を使えば嘘は絶対につけない訳で……犯罪を本当にしたかどうかの判定はそれで終わりますよね?」
その言葉を受けて私はぽかんと口をあけて何も言えなくなる。
そうだった、嘘を言えば分かる魂鑑定があったじゃないか……なんてことを考えていると、裁判の練習中だったシェップ氏族達も似たような顔をして……全員でしばしの間、そんな顔をし続ける。
するとエイマはそんな私達の顔を見回して……半目になりながら言葉を続けてくる。
「まぁ……うん、王国式の裁判に慣れておくこと自体は悪くないことですから、どうせなら皆がいる時に、見学席も作った上で大々的にやったほうが良いですよ。
そうすることで皆さんにも裁判がどんなものかを知ってもらえますし、犯罪に手を染めたらどうなるのかも知ってもらえれば、犯罪抑止にも繋がるでしょうし……。
後はどんな罰を下すかについてですけど、ディアスさんの独断で決めるのではなく、代表者の皆さんとしっかりと相談をした上で、文官のヒューバートさんに王国の法律がどうなっているのか、過去の判例がどうなっているかを確認しながらすべきだと思いますよ。
……そういうことはディアスさんが一人でやるには精神的な負担が大きそうですし」
その言葉を受けて私が「なるほどなぁ」と呟きながら感心していると……エイマは少しだけ真剣な、堅い顔になって言葉を続けてくる。
「……罰を下すのだって自分でやらずに誰かに押し付けても良いと思いますよ?
判決を下して罰まで下すなんて、そんな何もかもをディアスさん一人でやらなくても良いと思いますし……一年前と違って人はたくさんいるんですから、役割分担をするのもありだと思います」
その言葉を受けて私は、その意味をよく考えて……私なりに考えてから言葉を返す。
「心配してくれるのはありがたいが、戦争中に何度かそういったこともやったことがあるからなぁ、問題はないと思うぞ。
……普段は領主だとかいってふんぞり返っておいて、そういう部分だけ人に押し付ける方が嫌というか、気分が悪いからな……私がやったほうが良いだろう。
……まぁ、そういうことをしなくて良いように、犯罪を防ぐのが何よりの最善策なんだろうけどな」
するとエイマもまた考え込んで……少しの間考え込んでから、力を込めてはっきりとした声を上げる。
「そういうことなら一つ、犯罪抑止のための献策をさせていただきます。
鬼人族の長さんと相談して、鬼人族の方を3・4人雇うか、それか領民として迎え入れましょう。
鬼人族の方が村にいればそれだけで犯罪抑止になる訳で……アルナーさんが家事などで忙しい時でも動ける人を用意しておくべきです。
東西の関所にも駐在させて、クラウスさん達の仕事を手伝ってもらって……魂鑑定、生命感知両方の魔法で活躍してもらえば、犯罪者が入り込むことはほぼ不可能になるはずです。
……そう言えばジョーさん達のお嫁さん探しも課題の一つでしたよね? あちらが嫌ではないのなら、そういう方向でも話を進めても良いかもしれませんね」
「……ああ、それは確かにそうだなぁ」
エイマの献策にそう返して、そのまま私が悩み込んでいると、静かに何も言わず見守ってくれていた犯人役、被害者役、役人役のシェップ氏族達がトテテテンと目の前の木の机をその小さな手で叩いて声を上げてくる。
「皆で仲良くするのはとても良いと思います!」
「大事です! 家族大事! ジョーさん達にも必要です!」
「鬼人族さんとも、もっと仲良くなれますよ!」
「俺達アルナー様好きです! アルナー様の一族も好きです! だから嬉しいです!」
そしてトドメとばかりにエイマが、
「これからは色々な人がやってくるはずで……悪人もたくさんやってくるはずで、関所の守りを完璧にするためにも、この策を進めるべきだと思います。
鬼人族の皆さんにも喜んでもらえるよう、皆で話し合って案を詰めて……それからあちらに持っていくとしましょう」
と、言葉を続けてくる。
それを受けて私が「分かったよ」と言いながら頷くと……すっかりと趣旨の変わってしまった、仮設裁判所だったはずの場所でシェップ氏族達が飛び上がり……元気で楽しげな歓声を張り上げる。
「……トカゲの方はまぁ、メーアモドキの同類なら私達に出来ることはなさそうだし様子見で、裁判の方も鬼人族との話し合いが終わるまでは棚上げで……鬼人族との話し合いの方を進めるとしようか」
更に私がそう言うとシェップ氏族達はいたずらのことなんか忘れてしまったというような様子で駆け出して……今私が下した決定を皆に知らせるために、イルク村中を駆け回るのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続きと……そろそろ近付いてきた来訪者達の話になる予定です。




