土産
・現在のディアスの状況
迎賓館 (ユルト)の中、椅子に座り机を挟んで、同じく椅子に腰掛けたサーシュス公と向かい合っている。
左右にはヒューバートとベン、背後にはエイマ。
サーシュス公の左右にも同じ感じで部下達が控えている。
食事を食べ終わり、ワインを飲み終わり……そうしてサーシュス公はそろそろ良い時間なので帰路につくと、そんなことを言い出してしまった。
折角宿泊用のユルトの準備もしていたので、こちらとしては一晩で良いから泊まっていって欲しかったのだけれども……どうしても急ぐ用事があると言われてしまっては、もう何も言えなかった。
「そうですか、残念ではありますが、ご用事とあれば仕方ありません。
また何かの折にご来訪頂けることを願うばかりです」
仕方なくエイマの指示通りの言葉を口にすると、それを受けてまずサーシュス公の部下達が馬車の準備をと動きだし……次にヒューバートが土産の準備をと動き出す。
部下達にとっても急な帰宅は予想外だったのか、慌てた様子でユルトから出ていき……何故か「うおっ!?」なんて声を上げ、それに続いてユルトを出ていったヒューバートが「ああ、あれは犬人族達によるマッサージですよ」なんて声をかけているのが聞こえてくる。
犬人族達は仕事をし終えた馬達の足や腰、背中なんかをマッサージするのが大好きで、馬達もまたそれをされるのが大好きで、最近ではベイヤースなんかが犬人族達にマッサージをされたいがために仕事は無いのかと落ち着かない様子を見せたりもしている程で……5人から10人くらいで行われるそのマッサージは、馬に何人もの犬人族達が群がり、張り付いているという、見ようによっては異様にも見える光景だったりする。
背中に乗り、腰に張り付き、足に張り付き、その手でもってぐいぐいと押して疲れを揉みほぐし……馬はうっとりとした表情で体を休めているという、そんな光景を部下達は見てしまったようだ。
そんな会話を皮切りにして迎賓館の外が騒がしく、慌ただしくなっていって……それからすぐに土産用のメーア布包みを持ったヒューバートが戻ってくる。
エーリングにも渡したそれは、メーア布を初めとしたメーアバダル領の名産品を揃えたものとなっている。
メーア布に岩塩に、それとつい最近手に入ったばかりのウィンドドラゴン素材……の端材に。
軽くて丈夫で、いろいろな加工が出来るウィンドドラゴンだったが、その頭の部分はどうにも加工が難しく、苦労の割に大したものが出来上がらないのだそうで……ナルバント達のような職人的にはあまり良い素材とは言えないらしい。
今作っているサーヒィ達の装備にも使えないそうで、他に使う用事もないそうで、そういう事情で倉庫の中で眠っていた訳で……エーリングが帰る際に何か土産になるものはないかと倉庫をあさった結果、出てきたのがそれだった、という訳だ。
加工して使うには不便だけれども、それでもドラゴンの素材ではある訳で、その頭ともなれば討伐の証として飾ったりしても良いそうで……同じ重さの金よりも価値があるものだとのことなので、土産としてはまぁ悪くない品……ということになるようだ。
メーア布にも岩塩にも驚かなかったエーリングだが、ウィンドドラゴンの頭には大層驚いていて……それこそ金貨の山を抱えるかのように大事そうに抱えて帰っていった。
そんな布包みをヒューバートは、サーシュス公に直接渡すのではなく、一旦私の下へと持ってきて……その布包みを受け取った私は、一度広げて、中にある品の説明を行っていく。
メーア布も岩塩も端材も、エーリングに渡したものよりも多めとなっていて……伯爵と公爵で差をつけた、ということなのだろうか。
特にウィンドドラゴンの頭はエーリングには一つだけだったが、サーシュス公には三つも渡すようで……トンボの頭を三つも土産に渡すというのは、なんとも微妙な気分になる行為だった。
価値がなければこんなものを渡すなんて、ただの嫌がらせでしかない訳で……実際サーシュス公の目は、トンボの頭ではなく岩塩の方へと向いていて、ちょっとした小山になっている岩塩の方を喜んでくれているようだ。
説明が終わったなら、丁寧に……ヒューバートの手も借りながら包み直し、ヒューバートではなく私が抱えて、直接サーシュス公の下へと持っていく。
こういう場では本来、土産などの品は部下から部下の手へと渡すものらしいのだが、つい先程知己になったばかりという今のような状況の場合は、知己として直接の手渡しをしたほうが良いのだそうで……エイマからのそんな指示に従ってゆっくりと、サーシュス公が椅子に立てかけている杖の反対側へと移動して、布包を静かに差し出す。
するとサーシュス公は礼の言葉を口にしながら笑顔でそれを受け取ってくれて……部下を呼び、馬車に積み込むようにとの指示を出し、そうしてから杖へと手を伸ばし、持ち上げながらゆっくりと口を開く。
「メーアバダル公は最初からこれに気付いていたようで……いやはや、全くもって素晴らしい慧眼だ。
気付いた上でいつ私が振るっても対処出来るように身構え、距離も取って……なるほど、戦場で何度も暗殺者を退けたというのは、どうやら本当のようだ」
「……えぇ、まぁ、料理中の家族が包丁を持っていても、同じようにしていますので。
何かの拍子に転んだりしたら危ないではないですか」
サーシュス公の言葉に私がそんな即答をすると、サーシュス公は今日初めて見せるような目を丸くしての驚愕の表情を浮かべる。
私としては至って普通のことで……たとえばアルナーが包丁、セナイ達が弓矢、クラウスが槍を手にしている時も同じようにしていたりする何でもないことな訳で……だからエイマの指示を待つことなく即答した訳なのだけども、どうやらサーシュス公としては驚いてしまうようなことだったらしい。
そうしてしばらくの間、目を丸くし続けたサーシュス公は「くっくっく」とこれまた今日初めて見せる表情で小さく笑い……そうしてからその杖をそっとテーブルの上に置く。
「この杖はとりあえずの返礼品として渡しておこう。
ドラゴンの素材には負けるが、それなりに価値のあるもので……きっと君の力になってくれることだろう。
……本当はもう少し君を驚かせてから譲るつもりだったのだが……まぁ、今回は私の負けということなのだろう」
そう言ってサーシュス公は立ち上がり……簡単な礼をした上で「見送りは不要だよ」との言葉を残して迎賓館を後にする。
エーリングの時とは違ってこの後の予定は特になく、見送りをしても良かったのだけど、不要と言われたならば無理にするのも失礼かとそのまま迎賓館に残り……サーシュス公の馬車が出るその時まで、迎賓館の中に残っているヒューバートとベン伯父さんと「今日は疲れたなぁ」なんて会話を交わしていく。
会話を交わしながら迎賓館の中の片付けを始めて……椅子やらを運び出しやすい位置へと並べていって、その過程で机の上に置かれた杖を手にとった私は、首を傾げながら声を上げる。
「しかしこんな杖なんかもらってもなぁ」
するとその言葉に反応したヒューバートが言葉を返してくる。
「……何かに気付いているとかいないとか、そんな会話をしていらっしゃいましたが、その杖は特別なものなのですか?」
そんなヒューバートの言葉に頷いた私は……杖の真ん中の辺りと持ち手の部分をしっかりと握った上で、ひねったり引っ張ったりとしてみる。
そもそもあんなにもピンと背筋が伸びていて、足が弱っている風でもないというのに杖を持っているというのがおかしな話だ。
その上この杖は明らかに大きく太く、そして持ってみて初めて分かることだけどもとても重く、杖を必要とするような人が持つような代物ではない。
戦場でも何度か見かけることのあった仕込み武器というか暗器というか、そういった代物であることは明らかで……どんな仕込み武器かは分からないが、恐らくは剣か何かなのだろうと、剣と鞘をそうするかのように何度か引っ張ってみる。
するとすぐにカチリという音がして……鞘から剣を引き抜くかのように杖の持ち手を引き抜くことが出来て……そうして杖の中から輝く剣身が姿を見せる。
「……な、なるほど、それなりに価値があるというのはこういうことか……」
「仕込み武器で襲う振りをし、この剣身を見せつけた上で、贈り物としてお渡しするおつもりだったのでしょうね」
それを見るなり私がそうつぶやくと、ヒューバートがすぐにそう返してくる。
刃は潰れていて武器としては完全に役立たずだが、その剣身はきらきらと……黄金色に輝いていて……金貨何十枚か、百数枚かの金でそれは作られているようだった。
「……なんと言うか、サーシュス公はいたずら好きのお爺さんって感じの人なんだなぁ」
そんな黄金の剣を杖の形をした鞘に納めながら私がそんなことを言うと……剣をよく見るためにと私の手元に来ていたエイマとヒューバートが「何を言っているんだこの人は」とでも言いたげな物凄い表情を向けてくる。
その直後にベン伯父さんが吹き出し「はっはっは!」との笑い声を上げ始めて……そんな笑い声の中で私は、何かおかしなことを言ってしまったのだろうか? と、首を傾げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はサーシュス公のお土産への反応とか、その他とかになる予定です。




