公爵と老公爵
・登場人物紹介
・サーシュス公爵
第一派閥イザベル派閥の重鎮で白髪の老人。
戦地に近い東方に領地を持ち、その領地で起きたトラブル(玉無し刑事件)をディアスに解決してもらったことがある。
その関係で度々ディアスの味方をしてきたが、ディアス自身はそのことを知らない。
今回からディアス視点に戻ります
スープを食べ終えたエーリングは、旅の疲れが癒えるようにとマヤ婆さんが用意してくれた薬草と香辛料の入ったホットワインを一気に飲み干し……そうして馬車に乗って帰っていってしまった。
旅の疲れがある上に酔った状態で馬車に乗るのは大変だろうと、一晩泊まっていくことを勧めたのだけども、少しでも早く報告をしたいとかでその意志は固く……慌てて用意した土産を渡すのが精一杯だった。
馬車に乗り込み、御者が手綱を振るい、あっという間に道の向こうへと去っていって……そうして私達はもう一組の客が来るだろうからと、迎賓館の掃除やら支度をし始めた。
ゴミを払い、テーブルと椅子を綺麗に拭いて、料理とワインとそれとお土産の方も、もう一組用意して……そうこうしているうちにまた立派な馬車がこちらへとやってくる。
その馬車を先導する形で軍馬に乗ったクラウスと何人かの犬人族の姿もあり……緊張した面持ちのクラウスは迎賓館の外で待機していた私を見つけるなり、手綱を操り馬を駆けさせ……そうしてから私の前で馬を停止させ、馬から降り……こちらへとやってきている馬車の方をちらちら見ながら声をかけてくる。
「次のお客様はサーシュス公フレデリック様です。
戦地にもなった東方一帯の領主様で、先の戦争でかなりの活躍をされた古豪としても有名です。
第一王女イザベル様の使者として来た……とのことですが、いくら王女様の使者とは言え、こんな遠方まで来るような方ではないので……その、何か狙いと言いますか、裏があるかもしれませんので、十分にお気をつけください」
その言葉に私が「分かった」と頷くと、クラウスはこくりと小さく頷き……馬車の邪魔にならないようにと軍馬をつれて迎賓館の裏へと移動していく。
するとそれを待っていたかのように立派な……少々古く見えるが、細かい部分までしっかりとした彫刻のされた箱馬車が私の前へとやってきて、そんな馬車が停まるなり、馬車のドアが開かれ……一人の老人が姿を見せる。
太く長い杖……恐らくは何らかの武器が仕込まれている杖を手にし、分厚く全身を覆い隠すマントのようなコートを身にまとい……長く、首後ろでまとめた白髪に白ひげとベン伯父さんに似た格好をしていて……背筋はピンと伸びていて眼光は鋭くて。
その表情を見た瞬間私は、ああこの人はジュウハが苦手としていた敵軍の隊長によく似ているな、なんてことを思う。
自分が勝てるという確信が無ければ攻めてこず、こちらが攻めたり展開が不利になったりするとすぐに逃げ出し……勝てそうな展開になっても焦ることなく慌てることなく、その状況に合わせた定石とも言える戦い方を淡々と繰り返してきていたあの隊長。
奇策を嫌い、手足のように軍隊を動かし、皿洗いだとか拭き掃除だとか、そういった日常の何でもない雑務のように戦争を行う……ジュウハが最も苦戦した相手。
「久しぶりだね、ディアス君……いや、メーアバダル公」
そんな相手にいきなり、初対面のはずなのにそんなことを言われたものだから、驚いてしまった私は……どうしたものだろうか? こういう時に貴族はどう返すのだろうか? と、悩みながら頭をかく。
すると私の背中に張り付いたエイマから、
(申し訳ありません、どこかでお会いしましたでしょうか? と、素直に聞きましょう。
こういう時に変なごまかしや嘘は駄目ですよ)
との小声での助言が飛んでくる。
「……申し訳ありません、どこかでお会いしましたでしょうか?」
その助言に私が素直に従うと、サーシュス公は少しだけその眼光を緩めてから言葉を返してくる。
「ん? ……あぁ、そうか、戦場で一方的に見かけたことがあるというだけで、挨拶を交わしたことは無かったか。
君の軍に何度か助けられた情けない軍の将が私でね……。
いや、その場で礼を言うべきだったのだろうが、他の貴族の手前、そうすることも憚られてね……。
しかし今はお互いに貴族……それも同格の公爵だ、気兼ねする必要もないだろう……改めてあの時は本当に助かったよ、感謝する」
「いえ……戦場のことであれば、それはお互い様というものでしょう。
私も何処かでサーシュス公の軍に助けられていたのでしょうし、お気になさらず」
「そうか、そう言ってくれるとこちらも気が楽になるというものだ。
他の公爵というとどいつもこいつも、どうにも話が合わない連中ばかりだったものだが……君のような知己が公爵になってくれたこと、嬉しく思うよ」
「……いえ、私などまだまだ未熟者で、公爵となったばかりの青二才です。
こちらこそサーシュス公という知己を得られたこととても嬉しく、その縁でもってご指導いただければと思うばかりです」
と、そんな風にエイマの言葉をそのまま口にしているとサーシュス公は僅かにではあるが頬を緩めてくれる。
そしてそろそろ良い頃合いだとのエイマからの指示を受けてサーシュス公と、馬の世話をしていた護衛……というか部下というか、なんとも騎士らしい立派な鎧を身に着けた二人を、迎賓館の中へと案内する。
その間もエイマは、サーシュス公達に見つからないようにと私の背中から上手い具合に腹や肩、後頭部なんかに移動しながら細かい指示を出してくれたり、指示のついでにどこかに隠れているらしいアルナーからの『青だ』という報告を伝えてくれたりして……私はただただその言葉に従うことに徹する。
貴族だの礼儀だのに関してはまだまだ覚えきれていないことが多く、ヒューバートやエリーからあれこれと聞いていたらしいエイマに従うのが一番の手だと思ったからだ。
迎賓館の中へと案内したなら、ヒューバートとベン伯父さんのことを紹介し……サーシュス公の方からも隣に立つ茶髪の青年……思った通りに騎士だった彼のことを紹介され……そうして特にこれといった意味の無いというか、目的が見えない雑談がサーシュス公主導で続くことになる。
何か目的があって来たのだろうに、その目的を話すことなく、私の近況を聞いたり、迎賓館の中に飾ってあるものについての質問をしたり……ドラゴンを討伐したのは本当かと、そんな質問をしたり。
マヤ婆さんが料理を運んできても、ホットワインを運んできてもそれは変わることなく……二杯目のホットワインを飲み干した所でようやくサーシュス公は「ああ、そう言えば……」と、本題と思われる話を切り出してくる。
「今日は我が主イザベル様との婚姻話を……と思っていたのだが、同じような話を持ってきたはずの彼が早々と帰還していったのを見るに、どうやら君にその気はないようだ。
君にとってはイザベル様もヘレナ様も会ったことがないどころか、名前も知っているか怪しい縁遠い存在のはず……ヘレナ様が駄目でイザベル様が良いということも無いだろう。
巷で結婚したという噂を耳にしたが……どうやら出遅れてしまったようだね」
「えぇ、そうですね。
どんな人であれどんな条件であれ、結婚話についてはお断りさせていただくと思います」
こればかりはエイマの言葉ではなく、自分の言葉で言う必要があるだろうと思い、エイマの助言が来る前にそう言ってしまうと……エイマがその小さな爪で私の後頭部をちょいちょいと突いてきて……そしてサーシュス公は、空となった陶器のコップを見つめながら僅かにではあるがはっきりと分かるくらいに頬を緩めて口角を上げる。
「いや、それならばそれで良いんだ。
敵に回る可能性が極めて低いと分かっただけで、私は満足だ。
我が領地からも王都からもこれだけ離れていれば、君がかの騒動の表舞台に立つこともないだろう……。
あの派閥との縁もないと聞くし……ひとまずお互いを知己と呼べる仲となったことを素直に喜び、今回の成果とするとしよう」
かの騒動とかあの派閥とか、よく分からないことを言うサーシュス公に私はなんと返したら良いものかと、またも頭を掻くことになる。
するとエイマからすぐに助言が飛んできて……、
「えぇ、私も同感です」
と、そんな簡単などうとでも取れそうな回答を返すことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続き……サーシュス公にわたすお土産やら何やらについてです。




